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■最近は体がだるい日が多く、昼間でも2階に上がって布団に入り休む日が続く。
眠る前には読書を少しする。夜寝る時にもするので、読書の時間が少し増えてきた。
家の本棚を見ると、まだまだ本がたくさんある。これまで相当数の本を処分したつもりだが、
もう1度読みたい本は処分するに忍びず、まだ捨てずにとってあるのだ。
またいつか読もうと考えていただけあって、何度読んでも読みごたえがある本ばかりだ。
しかし再度読み返した後は、これからはどんどん段ボールに入れ処分していくつもりだ。
そんな思いをしながら最近読んだ本。
映画も見たが、本の方がやはりかなり詳細で読みごたえがある。
亡くなった520人の命の周りには、
何人もの家族や関係者の悲しい思いがある。
「暗夜行路」
あまりにも有名な本だが、
全部を通して読んだのは初めてのような気がする。
文庫本でも426ページの長編。読むだけあった。
尾道や大山など中国地方各地も出てくる。
主人公も志賀直哉も各地をよく旅したものだ。
「トイレのない旅」
ペルー、シベリア、中国の雲南省の旅。
最近テレビではあまり見かけない星野知子さんだが、
1957年生まれの現在62歳。50歳の頃、結婚をしたらしい。
この本は30代の頃の旅。逞しいほどの人だ。
■土曜日
相変わらずまだ体調不良が続く。胃痛と体の怠さだ。起床時、指のこわばりがあった。
体調不良の原因が分からないので、ちょっとしたことでも気になる。
またしても昼寝をした。起きていると怠くてやりきれないからだ。
この日1日何をしただろう。3食作りと床のモップがけ掃除だけだ。何とも情けない。
夫は夕方から飲みなので、夕食は1人であり合わせで済ませた。
■日曜日
実家行き。朝起きたら胃が少しだけ楽になっている。これなら実家へは行けそう。
しかし、体の怠さは相変わらずまだとれない。それも次第にひどくなる。
この日も夫が付き添いで車の運転をしてくれた。
実家に行ってもどんどんひどくなる。立って家事をするのがきついのだ。
本当にどうなったのだろう。原因が分からないだけに不安でしようがない。
昼食を3人で食べ(夫用の昼ご飯をタッパーに詰めて持参したものも)、
その後、父の夕食を作り、ゴミ処理などをして早々に帰った。
帰りに寄ろうと持参した風呂セットも使わず、ひたすら帰る。車内ではぐったり。
夕食は作れそうにないので、お好み焼きの持ち帰りにした。
何日こんな状態が続くのだろうか・・・・。
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読書
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◆今年も義妹から夫に高価なチョコを貰った。もう何年も続くものだ。
「現役ではないのだからもういいのに」と私は言ったのだが、
「年に一度のことなので良いよ」と義妹は言う。
私はこういうことには疎く気が利かないのだが、
義妹は誠に義理堅い。
お返しは夫が自分でするので、私はお相伴にあずかるだけ、まことにちゃっかりしたもの。
恐縮。反省。
◆ここしばらくの間に読んだ本。
私の読書はジャンルを問わず、分野は多岐にわたり、
面白そうだと思えば何でも読む。
最近は健康に関する本も増えてきた。年齢からくるものだ。
一番好きなのは小説だが、
夜寝床で読む時間がほとんどなので、あまり硬い内容は避ける。
気楽に読めるものを読んでいると、そのうちに眠気が来て、いつまでたっても読み進まない。
昨年の秋には、心身共に落ち込みが酷かったが、それでも読書はたくさんした。
平素は読まない心理学のような分野や、抽象的なものや人生論などたくさん読んだ。
区の図書館で借りたり、家にまだ残っている古い本を出してきたり、
気功や食事会の施設にある図書棚から借りてきたりする。
ヨガ教室の修道院でもらった本など、もらい物本もいくらかある。
近所の公民館からもよく借りていたが、近頃はあまり行かなくなった。
多かった蔵書は、退職後にかなり断捨離し、その後は新たにあまり買わないようにしている。
どうしてもしっかりと繰り返し読まないといけないものはアマゾンに注文して買う。
本の入手方法は様々だが、読書は楽しい。
最近のテレビは面白い番組もほとんどないので見なくなり、その間に本を読む方が楽しいのだ。
◆話がそれるが、膝痛予防の本で思い出した。
気功の先生が言うには、
「膝が痛いと、つい『この膝はどうしてこんなことになるの!!』」など愚痴が多くなるが、
「膝さん、長年よく頑張ってくれたね」と声掛けをすべきだと言う。
そして「膝のお皿を手のひらでしっかりとマッサージしたら良い」そうだ。
手のひらから膝のお皿に「気」が伝わるのだ。
自分の体に対して思いやりを持つことで、それは体に伝わるのだ。
なるほど。もっともだ。体への労りの気持ちこそが大切なのだ。
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◆家にあった本をたまたま見つけ読んだ。
近頃は新しい本はあまり買う気がしない。読書はもっぱら図書館利用だ。
ベストセラーですら少し待てば図書館で借りられる。
家にたくさんあった本もかなり処分したが、すぐには捨てられないものは多少残している。
そんな本を出してきて読んでは結構事足りる。
▼読んだのは
三島由紀夫の「金閣寺」新潮文庫版・昭和35年9月発行、昭和46年3月25刷
昭和25年7月に金閣寺が寺僧の放火によって焼失した事件を素材として、
6年後の昭和31年に書かれた小説。三島30歳の時の作品。
この小説は昭和31年度の最秀作として、多くの批評家から推され同年の読売文学賞を得た。
文庫本で257ページの内容は、詳細で事実もかなり綿密に書かれている。
相当の取材も重ねたようだが、主人公の内面を独自の思いで描いている。
最後は金閣寺に火を点け、その後駆けて山へ逃げ、金閣の焼ける音を聞く。
準備した小刀と薬を投げ捨て、たばこを吸い「生きようと私は思った」で終わっている。
◆金閣寺の放火に関しては、小林秀雄の「金閣焼亡」という論文もある。
小説家の水上勉の「金閣炎上」という作品もあると知り、早速図書館で探し借りた。▲
新潮文庫・昭和61年2月発行
「昭和25年7月2日未明、鹿苑寺金閣は焼亡した。放火犯人、同寺徒弟・林養賢、21歳。
果たして狂気のなせる業か、絢爛の美に殉じたのか?生来の吃音、母親との確執、
父親ゆずりの結核、そして拝金主義に徹する金閣への絶望・・・・。
6年後、身も心もぼろぼろになって死んでいった若い僧の生を見つめ、
足と心で探り当てた痛切な魂の叫びを克明に刻む長編小説」
作者のあとがき「この作品は、20年越しに成ったもの。犯人の林養賢君と縁も深かった。
在所も近かった。色々と周囲のことを調べ、人から話を聞いていくうちに、考えがまとまった。
その時間に20年かかった。作品はこの歳月の報告である。昭和54年6月」
三島作品と違い、金閣の炎上で終わっていない。その後の主人公の生き様まで追っている。
対象は金閣よりも林養賢の生だ。最後は探し当てた養賢と母親の墓の場面で終わっている。
解説の饗庭孝男は「作者の菩提の心」と言っている。「不幸の力の内実」とも言う。
文庫本で347ページ。
2冊とも深く心に響く小説であった。
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◆気づけば周囲は紅葉真っ盛り。
実家行きに通る国道2号線の宮島口付近まで来ると、最近は嫌に車が渋滞する。
ふと考えれば、宮島へは今まさに紅葉狩りに行く観光客でごった返しているのだろう。
途中に見える木々も、赤やオレンジ、黄色など随分色づいている。
我が家の皇帝ダリアは、毎年3〜4本は育って高く伸びるのだが、
今年は夏の暑さと水不足もあったためか、何本か育ったのにどんどん枯れた。
後にはたった1本だけ残ったものが、背もいつもよりはかなり低いが、どうにか咲いてる。
◆この2か月余り、忙しさに追われあれこれできないことも多かった。
それでも、読書だけは行った。
しかし、日中に読むことはほぼ不可能で、夜寝る前に少しだけ読むくらいだ。
そのうち睡魔に襲われ、ページがほとんど進まないことの繰り返だった。
▼この間、図書館予約本がほとんどなく、自宅にある古い本を出して再度読んだ。
どれも今読んでも感動するものばかりだ。
椎名誠のこの本だけは図書館本。息子のことを書いた「岳物語」「続 岳物語」、
孫のことを書いた「大きな約束」「続 大きな約束」「三匹のかいじゅう」に続くもの。
「家族のあしあと」2017年7月第1刷発行、集英社発行▲
今回は作者自身の子供時代(小学生)のことが中心だ。
さらにこの続編は2017年夏から始まっているというから、いずれ本になるだろう。
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◆相変わらず暑い毎日がまだ続く。
それでも昨日は雨が降った。しかし長い時間は続かず、お湿り程度。
おまけにその後は蒸し暑くて、またしても冷房を点ける。
もう8月も最終週なのに、いつまで冷房がいるのか。
暑い夏なので、菜園の野菜は出来が悪かった。
一時期鈴なりになっていたミニトマトも、実は小さく次第にならなくなった。
紫蘇も枯れかけたが、日々の水やりでどうにか持ち直してはきた。ネギは育った。
シシトウガラシが時々できる。ナスもかろうじて時々収穫する。
ゴーヤは、大きくなる前に熟して黄色くなるので、小さい実なのに仕方なく収穫する。
時たま芽を出すアスパラ。冬瓜が1個だけ育っている。
モロヘイヤは種を撒いたものが少しずつ育っているが、まだ収穫するまでではない。
カボチャは3個生った以後、別場所のものが育ちつつあるが、実はなっていない。
7〜8月は毎日水やりに精を出したが、収穫は微々たるものだった。
かといって、1日水やりをしなければ野菜は枯れてしまう。
せっせせっせと水やりだけが日課だった。
人も野菜もこの夏は過酷な毎日だった。
◆中国新聞社が「緊急出版・報道写真集・西日本豪雨2018・7」を発行した。
すぐに新聞販売店に予約したものが、やっと手元に届いた。
早速読むと、断片的に見聞きしていた被災状況の全容がわかった。
災害の起こった当時は、
テレビでは大きな被害場所ばかりがクローズアップされ、繰り返し流された。
新聞もやはり被害の大きな場所に焦点が当てられる。
さすが、中国新聞はローカル新聞なので、結構細かな場所までも記事になってはいた。
しかし、こういう本の形になると全体が見渡せる。
被災者はもちろん、救助活動者、ボランティア、復旧工事者など多くの人々の姿がある。
報道の重要性やその奮闘ぶりも伝わった。
自分のこれまでの人生で一番身近な場所での今回の災害は、かなりの衝撃だった。
何よりも被災の方々のショックは想像以上のものがあるだろう。
今回の災害を教訓として、そのことを次に生かすべきだ。
報道には出ない各地区ごとの地域ならではの記録やまとめを是非残していくべきだと思う。
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