美しく歳を重ねるために

13年間は長いようであっという間だった。交流のあった方々有難うございました。新ブログfc2をよろしく。

2度目のドイツ2ヶ月滞在記

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513日(金)
母子が用事で街中まで列車で出かけるというので、私も一緒に家を出て途中の駅まで一緒した。
私は乗り換えのため途中で別れて、それ以後は一人で出かけたのだ。
 
ドイツ語もまともにしゃべれず、英語とて怪しいのに「良い度胸をしている」ものだと笑われそうだが。
 
家から列車に乗って出かけ見学するような場所もなくなってきたのだが、
あとは唯一「地球の歩き方」に載っていたのが、「シラーの生まれた村・マールバッハ」だ。
 
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本に載っていたたったこれだけの資料を元に出かけたのだ。
「シラーの博物館」へ行ってみる計画を立てた。
 
シラーと言われてもぴんとこないが、あの「第九」の原詞になった「歓喜の歌」を書いた人だった。
ゲーテとの交流でも知られ、太宰治の「走れメロス」のモチーフはこのシラーの「人質」からだそうだ。
詩人、歴史学者、劇作家、思想家で、ゲーテと並ぶ古典主義の代表とされる。(1759−1805)
 
駅名の入った「列車の路線図」を自分の写真から印刷し、「出発時間や乗り換え時間、乗るプラットホームの番号、到着時間」が一覧になった表をネット検索で作ってもらい、それを持参して出かけた。
 
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会話集も持参したが、なまじドイツ語で聞くとドイツ語で答えられて、かえって困るのだ。
だから英語しかしゃべれないということにした。
 
全くの一人旅。S6から途中でS4に乗り換えて、終点で降りる。40分くらいで着いた。
市内中心部から北西の方向にある。
今回は少し長いので、3ゾーンで3.4ユーロだ。「マールバッハ駅」に到着だ。ここまでは楽勝だ。
ネッカー川沿い(河畔)にあるので(Neckar)とある。
 
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まずは駅前の地図で場所を確認。しかし南北方向を見誤って、別の方向へ行ってしまった。
 
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行けども行けどもそれらしきものはない。「駅からかなり遠いよ。」とだけ聞いていたのだが、
それにしても・・・どこにも標識が見当たらない。
 
仕方がないので、いろいろな人に聞いた。自動車整備工の若い男性はたどたどしい英語で答えてくれた。「あと1時間は歩くようですね。」と言われ、「1時間?」と思わず聞き返したほどだが、迷いに迷った結果それくらいはかかったのだ。
 
その後何人にも聞いたが、案外英語がしゃべれる人が少なくて、全くダメな人もいた。
お互い理解しにくいので、若い女の人は歩く方向の道まで連れて行ってくれた。
1本を間違えてもたどり着かないことが分かり、もうこうなればと次々に何度も聞いた。
 
左に曲がるとか、あと何メートルとか教えてくれるが、方向はわかっても曲がる道がどれだか分からない。郵便配達員に聞いたら的確な英語で答えてくれた。大学生らしき若い人の英語はしっかりしていた。
 
かくして・・かなりの人に尋ねまくりやっとたどり着いた。SchillerーNationalmeseumuだ。
 
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それにしてもたどり着くまでに標識がない。途中にほしいものだ。ドイツ文学の宝庫といわれるものなのにそれはないでしょう・・・・と思った。
住宅街の奥まった場所にあったのだ。周囲は静かな場所だった。
建物付近には人が全く見当たらないが、車はかなり停まっている。中には何人かの人がいたが静かなものだ。
 
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博物館のそばに建つと街が見渡せる。ネッカー川も見える。自然が広がり綺麗な町並みだ。
 
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建物のすぐ前の広場にはシラーの像がそびえていた。
 
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中に入っても戸惑うことばかりで、親切な案内の人が英語で答えてくれた。チケット売り場の年配の男性はドイツ語しかしゃべれないと言いながら、荷物を入れるロッカーはお金が戻る式で、その説明を丁寧にしてくれた。
入館料は9ユーロもした。やや高いと思ったが、後で分かったがその隣の施設と込みの値段だった。
 
外部の光をすべて遮断して薄暗い光の中に展示している。でも、見てもよく分からない。
資料は膨大なもので、1日では見られないほどだと言う。1週間も泊り込んで見学する人もいるらしい。「世界一大きいドイツ文学の書庫」だそうだ。
 
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隣にも建物がある。「近代文学博物館」だ。英語のオーディオガイドがあると聞いたので借りたが、
それでもドイツ文学そのものに疎いものだから、殆ど分からなかった。
余談だが、オーディオ機器は貸し出しに10ユーロも払った。後で戻ってきたが、高い値段に驚いた。
 
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それにしても・・生家はどこにあるのだろう??博物館そのものがそうなのか聞いてみようかとも思ったが、そんなこともなかろうと思い直した。近くにあるのだろう・・・と思いつつ博物館を離れた。
 
実は家に帰ってから分かったのだが、リサーチ不足で見逃してしまうことになったのだ・・・・。
その後、古い町並みを歩いた。<5時間の一人旅>・・・続く。
 
 
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     512日(木)
 
今月31日にはさすがにもう帰国予定だが、全滞在63日のうち44日が過ぎた
3分の2が過ぎたことになる。残り3週間をきった
 
しかし、来週にはパパさんの連続2週間にわたる長期の出張が入っている。
これには私にもママにもかなり影響が大きい。
平素よく家のことをしてくれる人なので、いないと途端に残された者に影響が出るのだ。
何かと失敗ばかりの私ですらいないと、乳飲み子を抱えた新米ママは一人では出来ないという。
 
明け方から雨だ。気温も下がるが、暑い日が続いたのでちょうど良い。
雷まで鳴り出して、寝ている赤ん坊が起きるのではないかと冷や冷やした。
 
夕方には、3日間の出張を終えてパパさんが帰宅した
赤ん坊は分かるのか、嬉しそうに笑顔が出る。あやし方も上手いので、声を上げて笑うのだ。
 
鯉のぼりの片づけをした
昨日のうちに鯉は綺麗に洗って干しておいた。説明書を読むと、あまり洗わないほうが良さそうだが、
今年のひどい花粉にまみれたので、ぬるま湯でさっと洗って乾燥させた。
支柱などはパパさんがちゃんと取り外してくれ、小さく分けて箱に収めてくれた。
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ママは午後からお出かけ。晴れれば赤ん坊を連れて行くつもりだったが、
天気が気になるので置いていった。「おかげで」私は掃除と夕食作りと子守りだ。
赤ん坊に泣かれると調理も出来ないが、ちょうどその頃パパさんが戻ってきた。
子供を見ていてくれるだけで助かるものだ。
 
夕食後は赤ん坊を連れて3人で散歩1日外に出ていなかったので、パパさんが誘ってくれたのだ。
家でもこまめでよく動く人だし、私に「家事や子守など色々やってくれて有難う。」と口に出してくれるのが嬉しい。親子の親しさからか、娘のほうが逆に口に出さないので、パパさんの言葉は一層嬉しいのだ。散歩の後しばらくしてママは戻ってきた。最近は出かけることも多くなった気がする・・・。
 
     街で見た光景あれこれ
 
清掃車。前にも載せたが、以前見たよりも一段と大型の車だ。
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生ゴミや燃えるゴミは週に1回。ビニールゴミや紙類は2週間に1回だそうで、回数が少ない。
だから当然ゴミ箱は大きいので、車も大きい。こんな大型の車は日本の狭い道路には横付けできない。
 
○ポルシェ博物館の前で見かけた信号機の押しボタン。万国共通の身障者のマークが付いているが、信号機の押しボタンにまで付いているとは。やはり欧米はバリアフリーは進んでいる。
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列車。普段乗るのは真っ赤な車体でかなり長いものだが、このような2両編成の短いものもあった。
ポルシェの駅で。↓
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こんな色の列車も。地元の駅で。↓
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貨物車
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○乗り継ぎ駅の高架より眺める。この駅はかなり大きい。
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そういえば、先般出かけたポルシェ博物館では「ポルシェ車」のパトカーを見つけた。
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先日見かけた救急車はどこの車だったか・・・見るのを忘れた・・・・・。
 
 
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511日(水)
 
夕方から散歩に出た。最近は昼間は気温がかなり上がるので、夕方にしたのだ。
ママが語学学校へ出かける日で、私一人になると夕方からよく泣くので、外に連れ出したのだ。
火曜日の4時ごろ郵便局に行ったら、どうしたことか閉まっていたので、夕方6時に閉まるまでに再度行こうと思ったのだ。またしても日本への航空便の絵葉書を出す用事だ。
 
夕方はいつまでも明るい。しかし、1時間も歩けば足も疲れそれ以上は無理というもの。
散歩から帰って、乳母車に乗せたまま上部分を外し2階まで運ぶのも重いこと。汗だくになった。
これが真昼ならもっと大変だっただろう。
 
家に帰ってテラスで外気に当てた。もう外は以前のような冷たさもないし、9時前までは明るかった
9時少し過ぎにはママも帰宅。この日はあまりひどくは泣かれなくて一安心したが、
眠ったのでベットに下ろすと泣き出すことの繰り返しで、何時間そうやっていただろう。
 
疲れきってしまった。おしめやミルクを済ませても、夕方からは機嫌が悪いのだ
きっと暗くなるのが恐いのか?出産時のことを思い出すのではないだろうかと私は予想している。
 
3ヶ月コリック」というのがあるらしい。「たそがれ泣き」とも「夕暮れ泣き」とも言う。
お腹の中の静かな環境が恋しいのではないかとも言われる。
しかし、もう4ヶ月目に入ったのでそれももうしばらくのことだろう。
 
以前はそれこそ「火がついたように」泣いていたものだが、今はそれが減ってきている。
 
■散歩途中で救急車を見つけた。スーパーの近くで、小さな子が大泣きをして運ばれていった。
見れば、乳母車には赤ん坊がおり、その傍らには子供用の自転車が転がっている。
詳細は分からないが、緩やかな坂になっている所なので、自転車の子供が転んだのだろう。
怪我をしたらしく、血のついたテッシュが転がっていた。
 
母子が運ばれていったようだが、後に残された乳母車の中には赤ん坊が眠っていた。
誰が面倒を見るのだろう。近くの人に頼んでいったのだろうか、気になるところである。
 
以前の記事にも書いたが、車体にあるように救急の電話番号は「112」で有料である。
 
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■以前にも見かけた馬が、またしても街中を歩いていた。よく見ると「乗馬教室」の練習のようだ。
服装がまさにそんな風だ。それにしても街の風景との対比が大きくて驚く。
 
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歩いているとどこにも家の前にゴミが出ている。どうやら大型ゴミのようだ。
夫婦で大きなゴミを担ぎ出しているのを何軒も見た。
この大型ゴミの光景は日本でも同じだ。
 
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白い花がきれいだ。
 
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何やら実がなっている。木は桜のようにみえる。さくらんぼのようだ。
いいな〜。ケーキに使ったりするのだろう。
 
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■先日の母の日に貰ったチョコレート。
Lindt リンツチョコとある。
 
調べてみたら、ネットにも多く出てきており、美味しいと評判のようだ。
私も美味しいと感じた。
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ネット資料
 
はじまりは、1845年。菓子職人ダーフィート・シュプルングリーとその息子ルドルフは、チューリッヒのオールドタウン、
マルクトグラッセに小さな菓子店を開きました。
 父子は、当時人気だったイタリアのレシピを使って、チョコレートを作りはじめました。
そのおいしく、目新しいチョコレートはチューリッヒの上流階級でたちまち評判になり、
小さな菓子店は2年後には工場を持つまでに成長しました。

一方、当時チョコレート職人として有名だったロドルフ・リンツは1879年、コンチェという精練装置を発明。
この画期的な発明によって口どけなめらかなチョコレートが世界を圧し、
「チョコレートならスイス」という名声を確立したのです。
 
その後も工場の拡大、移転、世界各国での買収により、
スイスの一製菓会社から、 世界の企業へと急成長していきます。
 1994年、キルシュバーグを拠点とするChocoladefabriken Lindt&Sprungli AGを設立、
すべての会社の親会社とします。
現在リンツグループの工場は、スイス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、オーストリア。
流通・販売網は英国、ポーランド、スペイン、カナダ、オーストラリア、メキシコ。
営業拠点は香港、ドバイに展開しています。
 
■こちらではパスタも種類がたくさんある。
まるで蝶かリボンのようなかわいらしいパスタ。
farfalleフェルファーレという。食べていても楽しい感じがする。
 
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■先般も載せたが、モッツァレラチーズ。イタリア産のチーズだ。
 
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私は昔人間で、こんなしゃれたもの食べたことがなかった。
「モッツァレラ」とは、引きちぎると言う意味だそうだ。
味は・・無味無臭のようで、強い印象が残らなかったのだが・・・・。
 
 
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510日(火)
今日からまたしてもパパさんは3日間の出張。
夜はパパがいないと落ち着かない赤ん坊のために、ママは乳母車でお出かけ。
外に連れて行けば少しは気分転換にもなるだろうということだ。
 
その間、私は家の掃除や洗濯や片づけをしたり、少し休んだりもしたが、
ふと、前の日に練習した列車に乗って出かけてみようと考えたのだ。
 
出かけた先は「ポルシェ博物館」。車に特別興味があるわけではないが
せっかく近くにあるのだから、行ってみる価値はあると考えたのだ。
 
プラットホームも<シュトゥットガルト行き>になっているので間違いない。
下りとか上りとか言う感覚はなくて、中央駅行きか、その反対かという感覚のようだ。
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1駅なので、ものの34分でもう到着。
車でも何度も通った所だし、散歩でこの地名を見つけたこともある。
駅に着いたらもうすぐそこは博物館だ。営業所や本社も見える。
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 ショールーム。その裏には本社工場が広がる。
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2007年版 地球の歩き方」には「小規模な博物館で無料」とあるが、
「2007年に新博物館がオープン」とあるように、今では立派なものになっている
しかし、去年行った「ベンツ博物館」はもっと大規模で入場者はかなり多かった。
 
受付では、はっきりと聞き取れる英語で対応してくれた。
「大人1人で8ユーロです。音声ガイドをお付けすると2ユーロ追加になります。
日本語オーディオガイドでよろしいですね。」と、しっかりとした対応だった。
 
ドイツ語漬けの毎日の中で、これだけはっきりと英語を聞いたのは久しぶりだ。
ドイツ語は語調がきつい感じで、なんだか喧嘩をしているような口調で、
英語の響きが軽やかな気がしたのだ。
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広い内部にはたくさんの車が展示されている。やはり男性が多い。
車好きならよだれが出そうなものだろう。
パリダカールラリーが有名なようだが、私はこれまであまり興味を持っていなかったので
ややぴんと来なかったのだが・・・。
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それでも、いつかは行こうと思っていた念願がかなって、これで満足だ。

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