美しく歳を重ねるために

13年間は長いようであっという間だった。交流のあった方々有難うございました。新ブログfc2をよろしく。

広島県大竹市(山口県岩国市も)

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昨日は実家の父の所へ。
 
外食後、県境を越え、山口県へドライブ。
岩国市の錦帯橋付近に行ってみようという事になった。
 
昔は出かけるのが好きな父だったが、さすがに近頃は出るのが億劫だという。
しかし、昨日は天候も良く出かけてみようという気になったらしい。
 
錦帯橋は歩かねばならないので、いつも見るだけだ。
 
車で行くことができるその近くの「吉香(きっこう)公園」へ。
山の頂上に見える岩国城へ行くロープウェイが見える。
 
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「白蛇」で知られるこの街だが、記念館に入ったのは初めてだ。
 
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その後、紅葉谷へ。
 
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広島の宮島にも同じ名前のところがある。同じような名所だ。
ここもかなりの紅葉だった。
今年はもうこれ以上紅葉を見ることはないだろうと思っていたが、思わぬことでまた見ることが出来た。
 
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見事な景色にさすがに父も大喜びだった。
工場萌え・・・と言う言葉を最近よく聞くようになった。先日、NHKテレビ番組「ワンダー×ワンダー」でも扱っていた。
 
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工場萌え(こうじょうもえ)とは工場の景観を愛好する行為。
日本において、コンビナートや工場の、夜間照明や煙突・配管・タンク群の、マッシヴな「構造美」を愛でる、工場観賞工場鑑賞)を趣味とする人々が増えており、従来悪い景観とされていた工場に美を見出すムーヴメントがインターネットを通じて拡大した。
 
・・・と言う事だ。このような現象が現れるとは、正直なところ驚きだ。テレビでも、若い人々がそれこそ食い入るように見つめて、カメラで盛んに写していた。まさに目がきらきらと輝き夢中になっていたのだ。
 
それを見て、何とも面白い現象だなと思った次第だ。
 
私は瀬戸内海工業地域の石油コンビナート群のある臨海工業地帯で育ったので、このような光景は幼い頃から馴染みのものだ。しかし懐かしいというより、良い思い出はない。
 
今でも実家からちょっと歩けば行ける距離にある。
 
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悪臭、廃液の垂れ流しで空気や海は汚染され、騒音もした。工場爆発事故もあった。
今から40年くらい前の事で、昼間のその事故の事を知らずに帰宅すると、辺り一帯の家々の工場に面した窓ガラスがことごとく割れて、事の次第を知った。その後も何度か事故はあった。
 
当時は三重県の四日市ぜんそくなども全国的に知られていた頃で、確かに汚染された空気では喘息になりそうだった。
 
このように決して良い思い出はないが、それでも今では以前に比べれば空気や海水の汚染も減ったようだ。汚染防止装置も充実してきている。
現在工業が盛んな異国の中国を見ていると、当時の当地の汚染状況を連想してぞっとする。
 
今こうして「工場萌え」などと言う現象を見るにつけ、時代の変遷を思う。
このようなものに興味関心を持つようになるとはなかなか理解は出来にくいのだが。
我が家の次女もこのような光景は好きだという。ワクワクする思いだという。
う〜〜ん、やはり理解できない・・・・。
昨日は実家行き。母の墓参りに行った。
 
今年のお盆15日には同窓会があるので、実家には出かけられない。
弟一家も日にちが決めにくいので、一堂に会することも難しくなり、
我が家だけで一足早く出かけたのだ。
盆灯篭の買ったものも気になっていたし・・・。
さすがにまだ少し早くて、盆灯篭の数もまだまだ少なかった。
 
その後は昼食だ。山口県の岩国市まで車を走らせ、
「さざん亭・岩国店」で平素よりはやや豪華な会食となった。
父はつい先日も弟と来たらしいが、今回も美味しいと言って食べていた。
 
▼レディースセット・エビ玉重
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▼花ごよみ・夏のお勧め膳
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■その後は、岩国の周辺をドライブ。
岩国市はレンコンで知られる土地だ。ハス畑がたくさん見渡せる。
夏の青空の下に葉の緑が目に映えるほどだ。
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岩国米軍基地周辺にも行ってみた。
もちろん中には入れない。かつて1−2度だけだが、年に1度の基地公開に行ったことはあるが、久しぶりなのでほとんど覚えていないほどだ。
敷地も広い。滑走路を延長して、民間の飛行場として利用する予定で、現在工事も進んでいた。
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基地の周辺にはカメラを抱えた人々が何人もいた。
メモをしたり、無線か何かで連絡を取り合っていた。
見れば車のナンバーも他府県のものも多い。米軍機の飛行の様子を観察しているようだ。これが軍用機飛行状況として最近新聞記事にもなっている調査隊か・・・?
 
基地前の道路の両側は米軍相手のお店が並ぶ。これも以前ほどの活気はなくなっていると聞く。
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あまりの暑さにアイスを食べたり、スイカを食べたりした。
昔は・・お盆と言えばスイカをたらふく食べたものだ。
今では1個丸ごと買うなど考えられないが、平素よりは大き目な物を買い、みんなして美味しく食べた。
 
庭に水をやると涼しさも感じられるほどになった。
家の仏壇の花の水を替え、埃をしっかりと取った。
ついでに父の夕食も作った。やることはいくらでもあったが、きりがないので夕方には切り上げて帰った。

実家行き・父と花見

昨日は実家の父のところへ行った。
新しく車も届いたことだし、やっと出かけることが出来た。
2月に行ってから長く行っていなかった。彼岸にも行っていなかったから気にはなっていた。
それにその頃は胃腸炎で長く苦しみ、出かけるどことろでなかった・・。
 
まずは母の墓参り。丁寧に掃除をしてお参りをした。
お彼岸に参ったのであろう・・・どこのお墓もお花がまだまだ新鮮で華やかな所が多い。
 
そうこうするうちにお昼時になった。
誰もこれが食べたいという強い希望がないので、結局大型SCにある回転寿司店へ。
「仙台・平禄寿司」の「特選握りランチ」(924円)を食べた。
回転寿司コーナーより別に落ち着ける部屋があったので、そこでゆっくりと食べることができた。
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水曜日は「女性デー」とかで、プチケーキがついていたのには思わぬ喜びだ。
 
食後はお花見ドライブ。まずは城址公園へ。
暖かければ弁当持参で花見をしたかったのが、まだ少し寒そうで
弁当持参の花見客らしき人もほとんどいない。
 
4日の日曜日にはここで「桜祭り」が行われるということだが、
その日にはちょうどいい咲き具合になりそうだ。
雪洞の準備もされていた。
小高い山の上でもあるし木々に囲まれてもいるので、開花も遅いのだろう。
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もう1箇所行ってみようということで、地元の氏神神社へ行ってみた。
ここは平地でもあるし日当たりも良いので、見事に満開に近い。
それでも平日でもあるので、ほとんど人はいなかった。
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2箇所の桜を見て、その後少し周辺ドライブ
 
89歳になる父はまだまだ元気で、毎日の散歩も欠かさず、週に2回の卓球練習にも行っているが、
さすがに我が家に来たりすることはもう自信がないという。
以前はJRに乗って一人でやって来ていたのだが・・。
 
ドライブは今でも好きだが、それでも遠出までは望まない。
近場ドライブだけで結構満足なのだ。
 
一日目一杯出かけると疲れるので、程々にして家に戻った。
家の片付けもしたいが、いつかゆっくりと時間をとって充分にしたい。
父はさすがに最近は掃除機が重くてしんどいという。
 
気にはなるが・・・それでもどうにか自立して毎日暮らしているのが嬉しい。
買い物も自転車で行っているのだ。欲しいものがあれば買ってきて食事の準備も自分でしている。
 
・・・ゆっくりと何も出来ず、心残りではあったが実家を後にした。
 
広島に着く頃に、雨が降り出した。
一応ぎりぎり花見が出来て良かった・・・と安堵した。
 
昨日は久しぶりに実家の父のところに行った。
年末に大掃除に行ってから、年始にはとうとう行かずじまいで気になっていたのだ。
行ける時に行かなければと意を決して出かけた。

娘を送って、その後車で出かけた。

まずは一番に母の仏壇へ。
その後、灯油や食料品の買い物と、墓参りにも出かけた。

去年は母の7回忌もすませたというのに、
いまだに思い出すと目に涙が滲む・・・・。

身近な存在の死は、いつまでも忘れることは出来ないものだ。

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用事が済んだらその後少しドライブをする。
車がない父は、こうして車でちょっと走るのが好きだ。

広島県と山口県境まで行った。

ここには「旧山陽道跡」の看板と、「吉田松陰」にまつわる碑がある。

吉田松陰は、県境のこの地で山口県との別れを歌に詠んでいる。
県境は「小瀬川」で分かれているのだ。

安政6年(1859年)のことである。
あの<安政の大獄>で処罰されるために江戸送りになった途中でここを通過したのだ。

安政の大獄では、100人以上の処罰者が出たが、
この吉田松陰は最後の処刑者になったといいわれる人物だ。

話の内容が変わるので、ここで一旦中断して次へ続く・・・。

  

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