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5月22日(土)
フランスのストラスブールから帰った日の夕方、隣に住む娘のマンションのオーナーの家に行った。
日本から家族が来ていると話したら、「ワインでもいかがですか?」と招待を受けたのだ。
庭が広くて素晴らしく、立派に手入れがなされている。
ご主人がいつも作業をしているのが、マンションからも見えるのだ。
庭が見渡せるテラスに広いテーブルが置かれていた。
家には靴のまま入った。
ドイツの家庭では結構靴を脱いで入る家が多かった。
マンションの入り口の横に靴を脱いでいる家庭が多かったのだ。
奥様手作りのケーキにお菓子やワインでもてなされた。
ご主人は70歳前、奥様は私と同じ年だという。
今も会社を経営しているとかで、いまだに現役である。
私は「退職して毎日何をしているのか?」と聞かれ、返答に困った。
子供さんたちはイギリスやアメリカに住んでおり、
訪ねて行った時には、その土地で近隣の方から良くしてもらうという。
だから、今こうしてお返しをしているのだ・・と話してくれた。
英語で話してくれたので、多少は理解できたが、ドイツ語になると話はちんぷんかんぷんだったのだが・・。
もてなしはスマートで、ご主人がまず庭の案内をしてくれた。
ワインを勧めるのも、ついでくれるのもご主人だ。
あまり飲めないのに、勧められるままに飲んだら少々酔ってしまった。
アジアには行ったことがないが、いつか行きたいとも。
親戚の方が京都の大使館にいるとも話していた。
2時間以上もお邪魔して、9時過ぎたらさすがに暗くなってきたので帰ることにした。
異国でこのようなもてなしを受けようとは、予想だにしていなかった。
本当に有り難いことで、また貴重な経験となったのだ。
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1回目のドイツ2週間の旅
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5月22日(土)ドイツ14日目
いよいよ最後の遠出。この日はフランスのストラスブール(ドイツ読み・シュトラスブルグ)へ行ったのだ。
フランスとはいえ、ドイツから車を西に走らせること約1時間半ほどでもう到着する。
9時過ぎに出発して11時前にはもう到着した。
この都市は今でこそフランスだが、昔はドイツ領で、両国間で何度も帰属が変わったという街である。
いよいよ入国。とはいえ全く何もなし。フリーパスだ。
朝、簡単に詰めた食事を食べた。これから人出が多くなるので静かな場所で早目に食べたのだ。
赤ちゃんが多い。ドイツもそうだったが、ここでもそうだ。
乳母車に乗せてあちこちへ連れて行くのだ。
日本ではあまり見なかった赤ちゃんが、しきりに目に付く。
広場はすごい人だ。この日は土曜日だったことにもよるか・・。
どの街にも広場があり、人が大勢集まる。そしてシンボルとなる建物や塔がある。
ここには、ノートルダム大聖堂があった。
かなりの高さの塔がそびえる。見上げるほどだ。相当遠くからでもしっかりと見える。
ここのからくり時計は見ものと聞いたので、入ってみた。
12時半から始まるのに、12時前には入場を締め切る。ぎりぎりに入れた。
しかし、待つこと30分以上、延々とビデオが上映される。
フランス語は分からないし、ずっと立ったままなのでしんどい思いをした。
待ちに待ったその時刻が来た。
しかし・・・人形が何体か少し移動するだけで・・・「え〜〜これだけ・・・・・」という感じだった。
少々期待が外れた・・・・。
街中へ出てみた。
川が流れており、遊覧船が行きかう。大勢の人が乗っている。
川べりの風景が美しい。
「プチットフランス」という場所があった。
どこも古い建物が残っている。外観こそ古いが、内部は改装してレストランやお店などに活用している。
途中から私たち夫婦だけで行動する。
娘たちとはどうしても興味関心が違ってくるからだ。
休憩がてらカフェに入った。
軽く飲み物とサンドイッチでもと思ったのだが、かなりの量あった。
後で・・「また食べたの・・・!!」と笑われた。しかし、フランス語はちんぷんかんだったし・・・。
そういえば、その前にアイスも食べていた・・・・・。
■この日も充実した日となった。
ゆっくりしたかったが、夕方7時に隣の家から招待を受けているので、
時間が気になり、3時前には早目に帰途についた。
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5月21日(金)列車でエスリンゲンに出かけた日。
その日の夕食は家で食べた。
ソーセージとジャガイモのドイツ定番料理だ。やはりテラスで食べた。
よそのお家もみな出て食べている。楽しそうな会話が聞こえるのだ。
夕食後出かけた。
夜は9時ごろまで明るいので、夕方からいくらでも出かけられる。
家から遠くにお城が見えるのだが、そこへ行ってみようということになった。
小高い山の頂上まで行けば、広々とした草原が広がり、そこにお城が建っている。
休みの日にはピクニック客で一杯だそうだ。
帰る途中にアイスのお店に立ち寄った。
長女のお気に入りのお店だ。「カプリアイス」といって、美味しいので大好きなのだ。
寒い冬にはこのお店は閉まるという。
コーヒーなどもあったが、それだけでは成り立たないのだろうか・・。
家の窓。
写真では分かりにくいが、ドイツに行ったらホテルでも家でもみな同じ形式の窓だ。
取っ手を横にすれば引き戸にもなるし、上にすれば上半分だけが開く方式にもなるのだ。
日本ではあまりない窓なので、興味を持った。
■翌日は最後の遠出。フランスへ出かけた。
シュツットガルトから西へ2時間も走れば、そこはもうフランスになる。
シュトラスブールへ行ったのだ。
これで今回の旅では5カ国へ行ったことになる。
ドイツ、オーストリア、スイス、リヒテンシュタインそしてフランス。
ドイツは9カ国に接している国だから、こういうことも可能なのだ。
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家に帰ってみるとハリボのお菓子があった。
このお菓子は1922年誕生というドイツの駄菓子で、
ドイツ人が子供の頃から慣れ親しんだものだという。
食べてみるとグミのようなガムのような歯ごたえの良いもので、
こうやってかめば子供の歯の成長にも良さそうだ。人気のほどが伺える。
季節限定ものや味もさまざまなものがあり、飽きることがない。
5月21日(金)ドイツ13日目・・・最終日の日曜まで残りもあと少しとなった。
この頃になると朝から晴れてきて、長くぐずついた雨や曇りの天気がやっと良くなってきた。
少しでも晴れると、どこの家もそろってテラスに出て食事をしている。
秋から冬の寒さの厳しい土地柄か、少しの晴れ間も嬉しいのだろう。
朝食をテラスで食べた。ピクニック気分で食べものも美味しく感じるのだ。
前日のチューリンゲンへの列車旅に気を良くして、この日は夫婦2人だけでの外出となった。
2人だけでももう大丈夫だ。
最寄り駅から乗ったが、駅売店にあったキットカットを買った。
日本式の「キットカット」と発音したらどうやら通じたのには、嬉しいやらほっとしたやら・・。
エスリンゲンという所に行ったのだ。
シュツットガルト中央駅まで出て、そこからSBに乗ること15分でたどり着いた。
駅前の商店街の中のお店へ入って、ピザとスパゲッティの昼食だ。
ここではメニューも言葉もなぜだかなかなか通じなかった。
イタリア語だったのだろうか・・・。「チャオ!」とか言われたし・・・。
街中から山手を目指して歩く。
この街も石畳と木組みの家並みが美しく、街は1200年もの歴史があるという。
一面にブドウ畑が広がる山すその一番上にあるお城まで歩いた。
砦がある。眼下の街が一望出来るのだ。
素晴らしい眺めだ。
あちこち街中を歩いた。小さな街で、半日あればすべてを見尽くせる。
綱渡りをしている人がいるかのようなものが目に入った。
近づいてみると作り物だと分かるが、それでも何かしらリアルな感じがする面白さだ。↓
駅前に戻って休憩。パン屋さんに入ってデザート系のパンを食べた。
特にイチゴのパンは人気のようで、あっという間にどんどん売れていた。
こうして2回目の列車旅も無事終了。
駅についたら迎えに来てくれるということだったが、歩いて帰ってみた。
15分で着くと聞いていたが、迷ってしまってそれ以上かかってやっと家にたどり着いた。
付近は同じような家ばかりで迷ったのだ。
通りに名前がついているのでそれを人に尋ねて、やっと帰る事が出来た。
家に帰り着くくらい簡単だ・・・と甘く考え過ぎていた。・・やや失敗。
念のために持参した住所のメモが役立った。何事も用心しすぎるということはないということを実感。
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ドイツ南部の小旅行から戻った日はさすがに自炊もする気力もなく、
車で行けば中華料理の美味しいお店があるというので、テイクアウトをした。
これがなかなか美味しい。ドイツ料理の合間にご飯を食べたりすると落ち着く。
しかし2週間のドイツ滞在のうち、日本料理はほとんど食べたいとも思わなかった。不思議なほどだ。
何度か使った観光旅行本を並べてみた。何度も見ているうちに表紙がかなり傷んだ。
5月20日(木)ドイツ滞在12日目
シュツットガルト近郊のチュービンゲンへ列車で行ってみることにした。
本当は我々夫婦2人だけでも大丈夫なのに、長女は心配して次女と一緒でないとだめだという。
ドイツ語どころか、英語すらあやふやな2人が出かけることを案じたのだ。
列車の乗り方を習い、時刻表をネットから探して印刷してもらい、万が一のために携帯まで持たされた。
3人で出発だ。3人でその日のうちに何度でも乗り放題のグループ券を3000円くらいで買った。
「ホイエルバッハ」という駅から乗った。
シュツットガルト駅から南に約45分ほどかかかる。
一旦シュツットガルト中央駅まで出て、乗り換える。
ドイツ鉄道(DB)の快速列車で2階建てだ。
近郊鉄道(SB)や地下鉄(UB)よりは豪華な感じだ。
外国で列車に乗ると「世界の車窓から」の気分になる。
改札のないドイツ鉄道だが、快速列車だからか途中で検札があった。女の車掌さんだった。
チュービンゲンに到着した。駅から中心部までどんどん歩くともうお昼だ。
レストランを探すが、なかなか良いものがない。
たまたま見つけた「アジアンレストラン」という看板を見つけて入る。
魚料理やタイカレーを食べた。
お店の女主人はアジア系の顔をしているが、ドイツ語を滑らかにしゃべっている。
店内の座席番号が漢数字で書いてあるので、英語で尋ねたら、
「これは私の母が書きました。母は中国の広東の出身です。」と話してくれた。
■食後また散策だ。ここからは集合時刻と場所を決めて、次女と別行動にした。
石畳の坂道を歩く。建物も何か風情がある。
この坂道はヘルマン.ヘッセやゲーテなどが愛した旧市街の坂道だ。
この街は、ネッカー川畔に佇む文学者の愛した街だ。
住民の4分の1が学生という街で、確かに学生らしい若者が多く歩いている。
1477年設立したというチュービンゲン大学は今も昔のままに校舎が点在している。
ホーエンチュービンゲン城へ行ってみた。築城は16世紀だという。
荘厳な凱旋門風の城門は17世紀の物だ。城内から眼下を眺めると街が一望できる。
茶色屋根の家々が見える。
街の中には、ヘッセが昔勤めていたという書店があった。
中には写真がたくさん展示してあった。ヘルマンヘッセは遥か昔「車輪の下」などを読んだな・・・。
ネッカー川を望む黄色い建物があると本に載っていたので行ってみた。
「詩人・ヘルダーリンの塔」と名前がついていた。
場所が分かりにくいので、ベンチに座ったおばあさんに尋ねた。
またしても、夫は観光本を指差して日本語で聞いたのだ。
その人は、「ちょっと待って。字が小さいので見えにくいので、めがねを取り替えるから・・。」
というような感じでドイツ語でしゃべった後、「ああ〜それならすぐそこよ!」と教えてくれた。
・・・しかし、会話はそうしゃべったであろうとの予想だ。
しゃべっている雰囲気でそうだと理解できた。
行ったこの場所が何とも素敵だった。左端にある黄色の家がヘンダーソンが住んでいたいたという家だ。
遠景も素晴らしい。観光の船も出ていた。
観光を終え駅まで歩いた。駅前の一等地に何ともすごいほどの建物が見えた。
またしても落書きかと思われるほどのアートのようなものだ。
待ち合わせの時間がまだあったので、駅前の店に入ってソフトクリームを食べた。
ドイツで食べたアイスは本当に美味しかったし、これが安いのだ。
ここは120円くらいだったが、場所によっては70〜80円位の所もあった。
それがまた美味しい。
ふと見ると、老人男性が一人でコーヒーと美味しそうなケーキを口にしていた。↑
何だか珍しい感じがした。
次女とも無事に再会し、3人で帰宅した。
列車の旅も良いものだ。乗り方は少々複雑だが、分かれば何ということはない。
楽しい旅になった。
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