美しく歳を重ねるために

13年間は長いようであっという間だった。交流のあった方々有難うございました。新ブログfc2をよろしく。

仕事・教育

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昨日は年金の手続きをするために、近所の出張所に出かけた。

退職時に様々な書類提出があったが、そのほとんどを職場の共済へ提出することで済んだと思っていた。

しかし、社会保険事務所から「国民年金資格変更届」を出すように連絡が来た。

私はこれまで、国民年金と厚生年金、それに職域年金と3階建てに入っていたが、
共済年金が無くなったので、国民年金だけになったための「資格変更」なのである。

私は早期退職だから、仕事を辞めても60歳までは保険料を払わなければいけない。
保険料は20歳から60歳までの40年間納めると満額支給されるという。

22歳で就職するまでの2年間はどうしていたのかなど、親に聞くような有様だ。
当時は今のように強制でなく任意加入だったので、入ってないのだろうという結論になった。

旧姓で調査しても記録はないといわれた。
母が生きておればおそらく知っていただろうが、父は記憶にないという。

この「変更届」だけは、自分で役所に行って届出をしなくてはいけなかったのだ。

退職に伴う冊子も貰ったし説明会にも行き書類もたくさん出したので、
いつか連絡が来るだろうくらいに暢気に考えていた。
この年金のことだけをすっかりと忘れていたのだ。

そういう人間もいると見えて、ちゃんとお知らせが来るようにはなっているのだ。

しかし、今後年金を貰う時には自己申請だから、知らないと損することは多いのだ。
納める時はきっちりと納めるのに、貰う時は自己申請だとは・・・。
ほっておいては駄目なのだ。

年金の制度もあれこれ複雑だ。
若い頃には何も考えなかったが、ここに来てにわかに現実味を帯びてきた。
しっかり調べて抜かりなくやらねばと思う。

それにしても知らないことが多すぎる・・・・・。

■ちなみに・・・・

昭和61年4月以降、20歳以上〜60歳の人は国民年金に<強制加入>とされた。
学生は、今でも保険料免除制度があリ、届け出れば認められる。

私の場合は無職になって収入がなくなったので、保険料の免除申請も出来るが、
その期間は年金額が減額されるので、
今後のことを考えれば無理してでも納めていたほうがいいのだろう。



     

小学生の田植えを見学

イメージ 1

今日買い物に出かける途中に、近所の小学生が田植えをしているのを見かけた。
面白いな・・・と思ったが、車には舅を乗せてもいることだし、止まる事もせず通過した。

用事を済ませてまたそこを通ったら、まだやっている。
これはもう写真に撮るしかないなと、カメラを取りに急ぎ家に戻ったところ・・・
家は鍵がかかっている。家の鍵を持って出るのを忘れた・・・!!

また戻って、仕方なしに「携帯」で撮ることにした。

行ってみると、もうほとんど田植えは済んでいて、小学生たちは田んぼから上がっていた。
その田んぼの持ち主さんが、残りの田んぼを田植え機でどんどん植えている最中だった。

それを携帯でパチリ!!

とはいえ、長いこと携帯での写真投稿をしていないので困った。
ブログを始めた頃、これがわからなくて<るはなさん>に懇切丁寧に教えてもらってしばらくやっていたのだが、
その後携帯も機種変更をしたし、デジカメ写真投稿に変えてから、長らくやっていない。

しかし、田植えの場面はこれしかないので、先ほどから四苦八苦してやっと出来上がった。
出来上がったのがこれだ。▲

内容も形もすべてどたばたの中でやったので、いやはやなんとも。
子供たちが田植えをしている場面ならよかったのに・・・。
校外学習か、総合学習か、それすら聞くのを忘れた。

歓送迎会があった

イメージ 1

今日は元の職場の歓送迎会だった。
広島市内中心部の基町「メルパルク」であった。

新学期が始まって3週間になるが、忙しい時ではある。
それにしても時期がやや遅い会ではあった。
しかし、幹事さんはこの辺りならどうにか時間的にも気が楽だっただろうと思われる。

生徒のことも気になっていたが、どうにかちゃんとやっているという。
あれこれ心配したが「案ずるより産むが易し」だ。
私の心配など杞憂だったようだ。

良かった良かった!!

今日は朝から花粉症がひどく、会には行かれないのではないかと思うほどだったのだが、
どうにか参加出来て良かった。これでほっと一安心だ。

この会には是非とも出て、お世話になった人たちへ御礼を言わねばならないと考えていた。
だから、これが済むまではどこにも行かれないなと思っていたのだ。

2時間はあっという間で、恒例の校歌に見送られた後、記念写真を撮って終了した。

花束と感謝状、記念品にコーヒーセットまで貰ったのだ。

感謝状は身に余る言葉で書かれていた。
「働く女性のかっこよさ」「こんな女性になりたいと尊敬し、憧れる・・」「お茶目で可愛らしい」
「これからも乙女の心を忘れずに・・」「優しさを忘れません」「これからの人生が素晴らしいものでありますよう」・・・
話半分にしても・・・・嬉しいこと限りない、この上もない言葉ではないか・・・・・。

カップはコーヒーを飲み出した私にとっては、何よりの贈り物だった。
WEDGWOOD(ウェッジウッド)とあった。
これがどんなものか疎いのでよくはわからないのだが・・。
イメージ 2


<おちゃるさん>も持っているそうで、お気に入りの品だそうだ。
模様はSWEET PLUMとあった。

これで本当にすべてが済んだという感じである・・・。

「しっかり主婦業をやっています。それから時間が取れればドライブに出かけています。」
と挨拶をしたら、
「ゆっくりされて良いですね。」「でも、そのうちまた仕事がしたくなるのでは・・・。」
などと言われた。

さてどうだか・・・。一旦家に入ると、もう出来ないような気はする。
仕事は、おそらくもうしないだろう。
あの時間に追われた生活は、もう出来ない・・・。
・・色々と考えさせられたひと時とはなった。
●30日に退任式が終わり、もう学校に出ることはないだろうと思っていたが、
31日に辞令が出るという。
退職なので今さら辞令を貰ったとてどうしようもないと思っていたが、
学校に残されても困るということだし、
今後退職証明がいることもあるので、貰いに出かけた。

春休み中なので教職員もいないだろうと思ったが、
結構の人数が出ていて、もうすでに新年度の仕事をしていた。

辞令は正式には「人事異動通知書・辞職を承認する」というものだった。
それを貰ったら他に用はなく、職員室にいる人に挨拶をして帰ることにした。

それを見つけて何人かの人が「お見送りをしましょう!」と言ってくれる。
恐縮して辞退するが、他の人にもそうしたと言うので受けることにした。

車で帰りかけたら、なんと玄関先に15人くらいはいただろうか、
みんなで見送ってくれたのだ。

・・最後まで有難く嬉しいことであった・・・。

●天気が良いので、桜でも見に行こうということになり、
市内の「黄金山」に出かけた。
ここは桜の名所で、山の頂上に上る道に沿って植えられた桜が
遠くからまるで輪っかのように見えるのだ。

3月27日の中国新聞によると、約480本の桜が植えられており、
見出しは「うっすらピンクの帯」となっていた。

平日なのに随分と多くの人が出かけていた。
明日から天気が下り坂になりそうなので、都合をつけて出かけたのだろう。

桜は見事に奇麗だった。

ここには地元の「広島テレビ」と「RCC中国放送」2局のアンテナが聳え立っている。

周囲を散策していたら看板に「二の丸」という説明書きがあった。

どうやらここには、昔お城があったらしい。
それも「仁保嶋城」とあるから、ここは島だったようだ。
1500年代のことだ。

ここが島であったとは、今からは信じられないことである。
「麦わらを敷いた谷」などという戦の跡もあり、海から攻めてきたと言う記録も残っていたのである。

広島城の展示資料を見ても、
広島市の太田川デルタは、戦国時代には今の半分もなく干拓により拡がっていったのだ。
仁保島(黄金山)も、江戸初期には比治山、段原などと地続きになってきたのだ。

桜見物から、広島の歴史の新たな面を知ることが出来たのだ。
これが昨日の収穫だ。

イメージ 1

イメージ 2

●昨日は退任式だった。

3年生が卒業していないので春休み中の1・2年が登校して行われた。
卒業生もちらほら見られた。

退任者は3人共に女性だ。校長も退任するが、これは3人の式後別途行われた。

これまで5回転勤したが、今回は退任ということでもう壇上に立つのは最後だと思うと、
感慨もひとしおであった。

しかし、1年前にはこの日を予想だにしていなかった。
先日来の片付け作業で忙しくしており、退任に際してまとまった思いにもなっていなかった。

だから、壇上での最後の言葉は素直に思い出を語った。

「本校で7年。実は初任校も本校で9年もいた。36年間の教師生活のうち合計16年になる。初任の時は開校2年目でまだまだ何もない時だった。その時に校歌が出来た。当時の美術の先生と教頭先生が作った。当時の生徒が保護者となりその子どもたちが本校に入学してきた人も多い。私は同じ区内に居住しており、転勤した学校も近隣ばかりなので、出かけるたびに多くの卒業生に出会う。皆さんにもまたどこかで会うこともある。私にとってこの学校は生涯残る記念すべき職場になった。・・・」

後で
「校歌誕生のいきさつが聞けてよかったです。」
「16年も本校に・・・!」「女性が働くという意味を感じました。」
などと色々と感想が貰えたのだ。
抽象的な名言などもいいが、自分の言葉で素直な気持ちが言えて良かったかもしれない。

さすがに最後の校歌斉唱には涙が出た。
歌には何かしら涙を誘う物があるのだ。

●式後、体育館から降りてみると、卒業生やらその母親、それに在校生の保護者の皆さんが
式の終わるのを待っていてくれていたのだ。
式場に来てくれれば良かったのに・・。

教室に入って、ささやかなお別れの会を持ってくれた。
わが3クラス5人の教職員のうち2人が去るので、そのお別れ会をしてくれたのだ。
生徒からの一言メッセージが<とんちんかん>なものもあり、笑いの絶えないものとなった。
先日のわがクラスだけのお別れの言葉では涙・涙であったが、今回はそうはならなかった。

残した生徒のことは気になるが、新しい先生の元で逞しく育って欲しいものだ。
いつまでも気になるが、それが杞憂になるほどになってくれれば嬉しい。

別れに際して花束や手紙を貰った。
餞別にも手紙が添えているものもあった。
このような心遣いは本当に嬉しいものだ。

退任に際して感謝状や表彰状も貰った。
市の教育委員会、PTA協議会、それに特別支援教育部会からだった。
これも良い記念になった。

イメージ 3 イメージ 4

イメージ 5 イメージ 6

最後に校庭の桜を写真に撮った。
今年の入学式はもう見れないものだから、しっかり見ておいた。
このところの寒さで足踏み状態だったが、やっと一気に咲いたようだ。
これもしみじみと眺めた。

イメージ 7

●先ほど娘からメールがきた。
「お疲れさん。お母さんのおかげでこれまで好きなことが出来ました。
これからは好きなことをしてください。お父さんと仲良くね!」
とあった・・・。

この一言で苦労もすべて忘れるほどだ。

   

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