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お城めぐり 101からの城

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今日のお城「有岡城」

2014/8/17(日)
交通費    累計

前から行きたかったけど近いので後回しになっていた有岡城。
JR伊丹駅のすぐ前に有ります。
大河ドラマ「黒田勘兵衛」で一躍脚光浴びだした荒木村重と有岡城。
ドラマタイトルも「村重と勘兵衛」で良かったんちゃうん、と思ったりして。今日も村重見せますよぉ!

さて、お城の方はJR福知山線が走り、本丸の東側が失われていますが、発掘調査の結果、堀跡や石垣など発見され復元整備されています。

これは雰囲気を出すために最近積んだ石垣(のはず)

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ほんまもんの石はここだけ。(適当に積み直した箇所有り?)

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本丸の井戸跡

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最近また綺麗にしたんでしょうか、礎石跡

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本丸西側の内堀跡

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ええ感じで残ってます。

JR伊丹駅の観光案内所に「有岡城と荒木村重」のリーフレットが置いてあります。
これがそこそこ力の入ったパンフレットになっていますので、是非どうぞ。

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2013/4/7(日)
かってにシロクマ城めぐり 69
交通費 3,780円 累計32万7050円
 
先日、綾部山梅林へ梅を見に行きましたが、本当は竜野城へ行くつもりで出かけました。
姫路まで来て、「城は逃げないけど梅はこの時期を逃したらアカン」と急きょ網干行きへ変更したので、今回改めて龍野城へGO!
 
めったにお城の本にも登場しませんが、「赤穂浪士」で赤穂城明け渡しの際の受取り役が「みごとな明け渡し、かんぷくいたしましたぞ」と結構、赤穂藩士に同情的な態度だったのを思い出しました。
それが龍野藩主、脇坂淡路守。
初代脇坂安治は、「賤ヶ岳の七本槍」と言われた、秀吉子飼いの武将。
4・8・9代は老中まで勤めています。御立派なお家柄。
素晴らしい。外様で良く徳川江戸幕府を生き延びました。
 
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「埋門」 復元
脇坂家の家紋「輪違い」
 
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「本丸御殿」 復元
枝垂れ桜が綺麗でした。
 
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本丸御殿内では、「ひいな展」が開催されており、明治大正や昭和初期、年代物のおひな様が数多く展示されていました。
そうそう、昔のお雛さんはゆらゆら飾りのついた冠をかぶっていました。
今見るとちょっと朝鮮王朝ちっくですが(ドラマの見過ぎでしょうか)、ゴージャスですねぇ。
我が家にも木目込み人形の立ち雛がありましたっけ、冠かぶってました。
どこへ行ってしまったんでしょうか・・・大切にしておけばよかった。
 
イメージ 4
「隅櫓」 復元
まだ、桜がこんなに残っていました。ラッキー。
後ろの鶏籠山(けいろうざん)に赤木氏が築いた初期の竜野城が有ります。
「竜野古城登り口こっち」の看板が有りました。
 
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「家老門」
家老の門なのに瓦に「輪違い」紋が入ってます。
??
 
イメージ 5
茶室「聚遠亭」
9代目脇坂安宅が孝明天皇から拝領したといわれている浮堂。
隣には茶室「楽庵」。
ここで一服。
イメージ 6
さくらまんじゅう
竜野の名物「醤油まんじゅう」に似たやさしい皮と餡のお饅頭でした。
 
東マルやカネヰの醤油倉や工場が有る醤油の町、
揖保の糸のそうめん資料館のあるそうめんの町、
赤とんぼの作詞者三木露風の生まれた町、
宮本武蔵が修行した円光寺のある町、
です。
 
■駅から龍野城へ徒歩20分、聚遠亭へは30分。
レンタサイクルしようと思いましたが、「30分くらいだから歩かれたら。皆さん歩いてますよ」と言われ、
「30分は徒歩圏内?」とたまげましたが、そこへ行きつくまでに和菓子屋さんが有ったり、白壁の醤油蔵・うすくち醤油資料館や寺院、などが有ります。
ぷらぷら歩きながらの散策がよろしいかと。
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「円光寺」の山門
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2012/10/28(日)
交通費 0円  累計26万1810円
かってにシロクマ城めぐり 67
 
彦根城をあとにし、いざ佐和山へ。
石田三成の居城ですね。
実は一度行ったんですが、登り口が分からず1時間くらいウロウロしてバテて帰ってきたことが有ります。
今日は、彦根城を案内してくれた現地ガイドさんが佐和山も案内してくださるので安心です。
 
雨です。
3人がバス待機。
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龍澤寺の中を通って山に入っていきます。
 
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櫓跡。
何の痕跡も有りません。
 
イメージ 4「向こうに見える沢を超えますので、ここ行きます。」
ご覧の通り道など無いです。
下見の時に付けたという、ところどころの木の枝に結ばれた紐が頼りです(>_<)。
 
イメージ 5
???
確か「大堀切」だったかと。
「急斜面ですからねぇ、小股でお願いしまーす」と後ろから添乗員さんのアドバイス。
「こっちから回った方が足場がいいですよぉ」と下からアドバイス。
い、いつの間に堀の下に回りこんだのでしょう!!
 
イメージ 6
道なき道を進み、んんー?
「二の丸」???
 
イメージ 7
どこをどう歩いたのか、さっぱりわかりませんが、「裏門」へ降りてきました。
 
イメージ 8
正面に見えるのが佐和山。
 
イメージ 9
佐和山が近くなっています。
現地ガイドさんは「行きますかぁ?ここ大手道です」
「せっかくやから行こ行こ」
「大手門コースは行ったこと無いしなぁ、行こ行こ」
後ろで添乗員さんが「帰りましょーー!」「暗くなる前に帰りましょーーぉ」
雨降ってます。
恐るべし常連客、皆さんどう見ても年金族です、お達者です。
 
イメージ 10
近江鉄道を渡ります。
危険ですので、自己責任でお願いいたします。
 
イメージ 11
左へ行くと「太鼓丸」、右へ行くと「本丸」と「女郎谷」。
関ヶ原の際、村人達は逃げ場を失い追い詰められ、女たちが大勢ここで自害したとの伝説あり。
 
イメージ 3
やったー、「石垣」 2個。
本丸やその他の石垣は、全て彦根城へ転用され、これしか残って無いらしいです。
 
容量オーバーでもう、掲載出来ません。
といってもあとは、ちょっと開けた本丸が有ったくらい。
 
一つの山を一度登って下りて、もう一度登るという、離れ技をやってのける、お達者倶楽部の皆さん。
聞けば、洲本城の登り石垣も場所だけ聞いて、コースから外れて見に行ってきたとか。
リタイヤせずついて行った自分を褒めてあげたいです。(@_@;)
 
いやー、おもろいですねぇ、お城めぐりって。
 
※山城へは、トレッキングシューズ・雨具・軍手・食料・水・地図等、十分な備えで臨んでください。
また、猿など野生動物も居ますので自然環境への配慮も必要です。
 
 
 
 
 
 
 
2012/8/5(日) 
交通費10,000円  累計228,030円
かってにシロクマ城めぐり 63
 
淡路島、洲本城は、何かの本で石垣がすごいと書いてあったので、100名城ではないけれど行きたかったお城の一つです。
今回は、毎日新聞旅行さんを利用させていただきました。
前回同様、「観光旅行ではないので土産物屋さんには寄らない」「ひと城最低でも1時間半はかける」徹底した、弾丸日帰り城めぐりツアーです。
 
今回も現地へ到着までの間、添乗員さんがむちゃくちゃ詳しい解説してくれました。
それによると、管領の細川氏がこの辺を仕切ってました、堺の繁栄とともに三好氏が勢力拡大してきたけど、家来に画策されたり信長の勢力に押されたりで降伏、明け渡したら、本能寺の変で信長は没。
四国を牛耳った土佐の長宗我部氏と信長の跡を継いだ秀吉が四国征伐を行い対立し、長宗我部が負けて秀吉の子飼いの将「脇坂安治」が入る。関ヶ原で西軍につくも伊予大洲へ飛ばされ、徳川の代で蜂須賀小六の孫「蜂須賀至鎮よししげ」徳島初代藩主藩に淡路国を与えられる。
でも治めたのは、城代「稲田氏」、しかも時代遅れのお山の上のお城は使われなかった。
概要はこれで合ってますでしょうか・・・(とっても複雑でややこしい)
 
イメージ 1
標高133メートルの三熊山に築かれた洲本城は、大阪湾の南の入口あり、重要な戦略基地でだったそうです。、西日本最大の要塞といわれるだけあってでかいです。
「大手門跡」、バスはここまでです。
 
イメージ 2
「南の丸南東隅の石垣」
増築して陵線が二重になってます。
 
イメージ 3
「本丸南面の大石段」
いやー、すごいわ。
「いいねぇ、いいねぇ、いいよぉー」とアイドル撮るみたいにみんなでバシャバシャ写真撮ってました。
 
イメージ 4
「本丸南の虎口」
大石段を上ったところ。
 
イメージ 5
大石段を上がらずに、南の丸からグルッと回ったところの「搦手門」
 
イメージ 6
ここの石は変わってます。
最初、「砂利を混ぜたモルタルの塊を作って復元したか?」と思いきや、「和泉砂岩」というらしい。
 
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本丸天守台に建てられた「日本最古の模擬天守」、昭和3年築!
えへへ?
あれれれのれー。
天守台の上に、まるで四本足の巨大灯ろうのようです。しかも「天守閣」って・・・(-_-;)。
現在ヒビが入って立ち入り禁止です。
 
松山城にもあった(と思う)山の下からずっと続く登り石垣とかもあるのに、これだけの城郭なのに、これほどの保存状態なのに、ややこしいけど歴史的にも面白い地点なのに、なぜ「日本100名城」に入ってないのか・・・
分かったような気がします。
補修じゃなくて、小さくてもいいから櫓にしましょー。
 
 
 
 
 
2012/5/19(土) 
交通費1,840円  累計218,030円
かってにシロクマ城めぐり62
 
皆様、お久しぶりでございます。
久々の城めぐりです。
しかも「唐招提寺うちわまき」の空き時間を利用してです。
毎年2月には櫓を利用しての「盆梅展」が開催されますので、その折りを狙っていたのですが、行けずじまいでした。
 
郡山城は、筒井順慶が築城、筒井氏の後豊臣秀吉の弟、秀長が城主となります。
そのあと、増田氏、江戸時代に入って水野氏、松平氏、本多氏と入れ替わり、吉宗の時代に柳沢吉保の子吉里が入り、明治まで柳沢氏が治めています。
柳沢吉保といえば、5代将軍犬公方綱吉のお側用人ですね。大河ドラマ「元禄太平記」の石坂浩二さんが憎々しく演じてましたねぇ。
 
イメージ 1
ということで、郡山城は、現在公園ではなく「柳沢神社」として整備されていました。
本丸への裏門にあたる「竹林門跡」と「竹林橋」。
 
イメージ 2
郡山城の本丸は、ちょっとかわっててこの堀を挟んで天守台の有る「天守」(左)と「毘沙門郭」(右)を合わせた部分です。
ん〜〜、麦粒というか、スイカの種を二つ並べたような感じ?
立派な石垣ですが、草深いのが残念!
 
イメージ 3
追手門(復元)
立派な櫓門です。
 
イメージ 4
追手門から続く「多聞櫓」と「追手向櫓」。(復元)
 
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天守台。
江戸時代には既に天守は無かったようです。
算木積の下から2番目のところに縦に薄い石が入っていますが、石蟷螂の一部です。
写真右側には、「さかさ地蔵」と呼ばれる石も使われています。(これは見逃してしまいましたぁ(^_^;))
 
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この向こう側は、堀です。
なんでこんなところに門が有るのか不思議でしたが、毘沙門郭へ渡る橋が掛けられていたそうです。
 
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郡山城は、さくら名所100選にも選ばれているそうで、桜の木が沢山植えられています。
桜の花は終わっていますが、サクランボがかわいいですね。
食用のではないですが、熟した黒っぽいのは、食べられないことも無かったですよ。
 
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近鉄電車の踏切そばの「鉄門跡」。
いいですねぇ。
ぐずぐすの野面積み、小さめの石が多いですね、やはり奈良での石調達は、大変だったようです。
後ろは、現在郡山高校になっている二の丸。
高校の中を抜ける時に、男子学生が「こんにちは」と爽やかに挨拶してくれました。
いい学校です(*^_^*)
 
イメージ 9
全体はこんな感じ。
西側(左)の「松隠門跡」「南門跡」や堀は、全くのノーチェック。
駅前の国道?沿いの交差点のところの「柳門跡」は、「お腹すいたァ」と言いながら通り過ごしてしまったような・・・
菊屋の看板は見たけど、そばまで行かなかったので「大手堀」「大手橋」も見逃したし・・・
また、行かなアキませんね。
 
 
 
 
 
 

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