出生時700gという未熟児的な体重でお産の最後に産まれてきた4頭は乳首争奪戦に加わることさえできなかった。
そのため最初の4日間しかも昼間だけ、その間は他の兄姉子豚を母豚から隔離しておいて、初乳を飲ませただけで牛乳などによって人工哺育してきた子豚2頭が幸いにもスクスクと育ってくれている。
とはいっても同じように700〜750gで生まれた他の2頭は、母豚から授乳中に母豚の下敷きになって圧死してしまっているので、運というか持って生まれた寿命と割り切るしかないのだろう。
その2頭は市街地内の空き地で、教育ファームに参加している父兄児童や近所のお年寄りたちの世話で、いまでも母豚と一緒にいる11頭の兄姉豚に全くひけをとらないまでに成長してきた。
この間、子豚たちの名前をみんなで考え(所有者の私はまったく蚊帳の外だった)、雄が「サスケ」、雌が「ミサキ」と名付けられた。
SMコンビというわけだ。
その子豚のSMコンビを、梅雨の合間をぬって市街地から1.5km離れた海沿いの耕作放棄地に引越しさせた。アマチュアカメラマンのハシベさんが所有するかつての水田跡地に、みんなで電気牧柵を敷設して作った放牧地だ。(新しい放牧地内で子豚と一緒にリュウマがなぜ剣玉を持って放牧されているのかよく解らない)
それにしても、この子豚たちを見ていると、子供というものは愛情で育つものだとあらためて思う。
母豚は自分の身を削ってやせ細りながらも母乳を通して子豚たちを育て、この2頭は母豚の愛情は無くても島民たちの愛情で、とりわけお年寄りたちがわずかな年金を使って差入れしてくれる1リットル300円の牛乳をたくさん飲んでりっぱに育っている。
市街地内の空き地で暮らしていた間は、いつも仮設のベンチにすわって子豚たちの仕草を見て楽しんでいるお年寄りたちの姿があったので、引越しした後にお年寄りから「子豚たちは元気かのぉ。遠くなったら歩けんけぇよう見に行かん。寂しゅうなったのぉ。」と言われるのが辛い。
余談だが、空き地で飼っている間に、空き地所有者のおばあちゃんが空き地に隣接しているわけではない漁師の住民から「市街地で豚を飼うなどけしからん!」と怒鳴り込まれたことがあった。
いろんな考え方の人がいるだろうし、動物好きの島民ばかりでもないのも当然だと思うが、責任は空き地所有者のおばあちゃんではなく子豚の飼い主である私なので、その男性に釈明に行ってきた。
もうすぐ市街地から離れた場所に移すことになっていることや、子供たちやお年寄りたちに可愛がってもらっていることなどを彼に説明したのだが、彼曰く「この環境問題がうるさくなってきている時代に、祝島で豚を飼うなどもってのほかだと、みんなが言ようるど!」と、要は市街地内だからということではなく、祝島で豚を飼うことがけしからんという話だ。
「貴方以外のみんなって誰ですか?」と私。 「東の浜に集まる者らじゃ」と彼。 彼も含めて東の浜に集まる者らとは、上関原発推進派の漁民のことだ。
そこまで聞いて私は「そんなに環境問題に熱心な漁師さんたちなら、豚と比較にならないくらい環境に大きな影響を及ぼす上関原発になぜ反対の声をあげないんですか?」と、つい売られた口げんかを買ってしまった。
こうなってはもうらちが空かないので「豚も上関原発も環境問題で論議したいのならいつでも私のところに直接来てください」と言って帰ってきたが、こんなところにまで上関原発問題が影を落として感情的になり、お互いが冷静に島の暮らしについて建設的な話ができないこと自体すごく残念なことだ。
それとも単に私が短気だというだけのことなのだろうか?
|