こいわい食堂がこの24日で無事(いまのところ)一周年を迎えるにあたって、小女将・太佳ちゃんはこの間物心両面で応援してくださった島内の方々にお礼をしたいという。
相談の結果、お礼の手紙にそえてブーたちが再生した耕作放棄地に無農薬・無化肥で栽培した甘藷(さつまいも)をかまどで石焼き芋にして、島内全戸に配ろうという壮大な(?)感謝プロジェクトになった。
小春日和だった昨日その感謝プロジェクト用の甘藷掘りをした。 我が家のブーたちのように16匹兄弟とまでいかないが、平均的に5〜6個の焼き芋に適した大きさの子いもがぶら下がっていた。
ブーたちの化石燃料に頼らない鼻耕(整地兼畝作りだけは耕運機使用)と、土壌微生物も含めた自然のエネルギー循環、それらを支えている太陽光エネルギー、まさにお天道さまの恵みの子いもたちだ。化学肥料を使えばもっと子いもの数が増え大きくもなるのだろうが、これで十分な出来ではないかと思う。
この対極にあるのが工業的といわれる農業で、その典型が米国における加工原料用トウモロコシ(2級フィールドコーン)だ。
このトウモロコシ生産は大型農業機械と大量の化石燃料、遺伝子組換え種子、除草剤(農薬)、流通を支えるこれまた輸送機関の化石燃料や加工を支える大量の電気エネルギーなしでは成り立たない農業の代表だ。
工業的な農業とは、いろいろなエネルギーを総動員して工業的な「効率」を追求する農業のことだ。工業的な効率性は同じことを何度も繰り返す単純化によって高まり、規模が大きくなることで増す。
それに対して、有機農業に代表される本来の(!)農業での効率は、土壌中の微生物から豚や牛などの家畜、雑木林の木に至る生物多様性に基づく複雑性や相互依存性が生みだしたもので、同じ効率でも「工業的効率」の対極にあるものだ。
このトウモロコシを使った商品はわれわれ日本人の生活にも深く静に食い込んでいる。 ある農水大臣が「日本の知財」と言った霜降り和牛肉も黒豚肉も国産鶏肉も、飼料の大半を占めている輸入のトウモロコシが形を変えたものだ。
大手酒造メーカーの日本酒にも、お刺身を食べるときの大手食品メーカーの醤油や、チューブ入り生わさびにさえもコーン油や増粘多糖類として入り込んでいる。
ファストフードの店は加工トウモロコシなしでは1店も存在できない。 それはほとんどの製品に加工トウモロコシ由来の原料が使われていると同時に、その安さを支えているからだ。
加工トウモロコシから直接、間接に作られた安い食品には高いコストが隠されている。 土壌の劣化、環境汚染、食物感染や肥満、大量の電気使用(その先に原発事故が潜んでいる)などなど。
実は米国の加工原料用トウモロコシ生産者のほとんどは米国政府の補助金無しでは経営が成り立っていない。
加工用トウモロコシ生産・流通を牛耳っているのは、一握りの遺伝子組換え種子企業、農薬・化学肥料企業、流通企業のいわゆる米国トウモロコシ村だ。
もちろん加工用トウモロコシは米国にとって世界(の食料)を牛耳る最強な輸出品目なので、膨大な補助金(税金)を使ってでも米国政府はトウモロコシ村の主要村民として座っている。
そのトウモロコシ輸出戦略〜米国産加工トウモロコシの傘に、これから需要増加が見込まれるアジアの人々を引き込もうとする動きがTPPに他ならない。
食農雑誌の編集者をしている友人のTさんが「雑食動物のジレンマ(上・下)/マイケル・ポーラン著/東洋経済新報社」を送ってきてくれた。
2年前に出版されたときから気になっていたのに、なかなか読む機会がなかった本だったので、さっそく読んだがすごく面白かった。(Tさんありがとう!)
著者は深い知性と洞察力で米国の抱えている食や農の課題を掘り下げながら、それらは米国に限らず経済先進国や開発途上国もふくめて普遍的で重要な課題だと教えてくれる。
肥満人口の急増や医療制度の圧迫は工業的で大規模な農業の展開と密接に結びついていること、工業的な農業は人の健康だけでなく国土(環境)の健康まで蝕んでいることなど。
そして著者は断言する。「農業とは大規模な運営には適応しない。それは農業が、生き、育ち、死んでいく動植物にかかわるものだからである。」
私たち消費者は、買うか買わないかという投票行動で、自分と家族を守るのがいちばん確実な方法だ。
健気にも輸入トウモロコシに頼らない努力を続けているのは、決まって地域に根ざした中小零細企業が多いというのは示唆的だ。
政府にTPP参加を迫る経団連傘下の大手企業には頼れない。
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