氏本農園・祝島だより

万葉集に詠われ歴史豊かな自然あふれる、万葉浪漫の瀬戸内海「祝島」での暮らしを氏本農園からお伝えします

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『お種戻し』

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 酷暑というにふさわしい暑さが続いている。
豪雨被害に遭った山陰側とは対照的に瀬戸内海側は半月以上も雨が降っていないので、放牧地の豚たちも泥浴び用ぬかるみが渇水状態だし、さすがに自然農の畑作物たちも心なしか元気が無い。
 それでも15日の夜、盆踊りから帰宅したら部屋を吹き抜ける風の感触が前夜までと違って爽やかだということに、ほろ酔いの身でも気づいた。
 翌16日の朝の放牧地ではほとんどアブが姿を消していた。たまに近寄ってきたアブも羽音からして元気が失せて動きが鈍い。季節の移ろいを実感できることになんだかホッとする。

 そんな16日は早々に農作業を切り上げて、神舞奉賛会長や自治会長、神舞を取り仕切る総代さんたちと大分県国東半島の東端にある石清水八幡伊美別宮に「お種戻し」のお参りに行ってきた。(画像:伊美別宮神殿)
 千年以上昔のこと京都石清水八幡宮の神官たちが乗った御座船が祝島沖で遭難しかかり、上陸した祝島で原住民に手厚くもてなされた返礼として、農耕の術を持っていなかった島人に神官たちは5種類(五穀)の種子とその栽培方法を伝授し、そのおかげで祝島では島民の生活が安定したという。
 祝島の住民たちは以降、周防灘をわたって豊後国伊美別宮にその年に収穫した五穀の種子を持参し(お種戻し)てお参りし、その感謝とこれからの豊作を祈願した。
 一方で伊美別宮側は祝島に豊作の神である大歳社を祀って数年おき(現在は4年ごと)に祝島に出向き豊作祈願の神楽を奉納してくれるようになった、という「神舞」故事に則って現在も続いているのだ。

 この「お種戻し(および神舞)」の故事は現在でもというか、むしろ現在だからこその強い示唆を私に与えてくれる。
 地域(集落)の暮らしの持続力の根源は「住んでいる人がそこで自分たちで作ったものを自分たちで食べる」ということだ。
「食料自治」と言ってよいかもしれない。そしてそれは集落単位だけでなく、道州制や国際的なTPPのレベルでも論議されるべきだと私は思う。
 種子は種子企業に依存せず、遺伝子組み換え種子やF1交雑種ではなく、土着性の強い在来品種で自家採集を繰り返す必要がある。
 煮炊きの燃料はもちろん地元の薪や炭を使うし、味つけの調味料の味噌や醤油も地域で作る技術をお年寄りから若者が受け継ぎ伝承していきたい。
 調理方法も煮炊きに限らず、発酵や天日乾燥、塩漬けなどによる保存食も地域食の豊かさを増してくれる。
 そしてこのような食事は「地産地消」とか「心土不二」といわれるように、そこに住む人々の心身の健康につながる。

 お盆前には10日間ほど福島県から、福島原発事故を逃れた子供たちや保護者10数人が保養で祝島に滞在していた。
 子供たちは汲みあげた井戸水が適度に冷たくそのまま飲んでも美味しいのが解ると、滞在期間中は自販機のペットボトル飲料を買うのを控えて、毎日何度も我が家の井戸水を汲みにきた。
 
 こいわい食堂がお手伝いして、ある日の夕食を全て子供たちの手による自炊にあてた。祝島産のお米をかまどで炊いた。 精米、井戸水を汲みあげての米とぎ、葉釜のセット、薪のセット、着火、火吹き竹での火吹き。
 放牧豚肉、放牧豚が再生した畑で育ったジャガイモなどの自然農野菜を使って豚汁も作った。もちろん味噌も島味噌だ。子供たちの真剣な表情がいまでもほほえましく思い出される。(画像:子供たちの自炊活動)
 食事をしながら保護者やボランティアの方々ともこのような食生活が脱原発につながっているのではないかと話し合った。

 食糧自治はエネルギー自治へ、福島の悲劇を二度と繰り返さない脱原発社会へ真っ直ぐにつながっている。 
 祝島にとって脱原発意識の原点は「お種戻し」かもしれない。

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