|
こいわい食堂では食材はできるかぎり島内産を使用する計画だ。 どうしても島内産が難しい場合は近隣の有機食材を使って、地産地消のコンセプトは踏み外さないようにしたい。
例えば、主食であるおにぎり用のお米は林さんから減農薬米を提供していただくことで了解を得ている。広島の酒蔵で杜氏(とうじ)を勤めていた林さんはお米の品質へのこだわりは人一倍だ。 林さんで足りない分はお隣の柳井市で私の先輩である河村郁生氏が栽培する「れんげ米〜れんげの緑肥効果を活用して栽培」を使用する。
野菜、果物はもとより魚、肉は全て島内産が手に入るし、お味噌やお漬物など発酵食品も島のオバチャンの手作りのものだ。
食器なども島内で昔使っていたものをリサイクルし、使うお箸は漁師のノブヤンが漁の合間に孟宗竹を削って作ってくれたものだ。
ほとんどが有機栽培や天然の食材だが、有機かどうかより、売るためでなく自分や自分の家族が食べるために作ったのをおすそ分けしてもらって使う、というところをこいわい食堂の信用や安心の基礎にしたい。
おすそ分けしてもらえるためには、何より私や太佳ちゃんと島の人たちとの平素からのつながりがいっそう大切になってくる。
こいわい食堂のもう一つのねらいは、そのつながりを通して、島のオバチャンたちが代々受け継いできている島食の知識や技術の紹介展示の場と伝承の受け皿の役を果たしたいことだ。
著名な芸術家で稀代の食通でもあった北大路魯山人は、晩年「天味(てんみ)」という表現で、食材が持っている天然の味を最良のものとして讃えたという記事を何かで読んだ。
彼は、料理の品質は材料の質が9割で調理の業が1割とまで言い切って食材の重要性と過度な人工的味付けを戒めた。
魯山人のこの主張に対しては品質論も含めて異論もあるだろうが、こいわい食堂で祝島の食材の高品質さをいかに打ち出すかをいろいろ議論した結果、結局は人工的な味付けを最小限にするところに落ち着いたことにつながる。
人工的でいつ、どこで食べても一律な味を便利で安心だと感じる人も大勢いるだろうし、その嗜好を否定もしない。
しかし、人工調味料に依存しすぎる料理は味覚を鈍化、幼稚化させてしまう可能性がある。 そしてそれは食材を産み出す自然やそれを担う農水産業への理解や関心を弱め、その国の姿や人々の原風景につながる農山漁村の在りようまで変えてしまいかねない。
その一例が瀬戸内海の天然の入り江の景観や生物多様性、漁場価値、そこを生活拠点にする漁業者より、埋立てて原発を建設し都市住民のためにより豊富な電力を得ることの方を優先する生活観につながっていると考えるのはうがちすぎだろうか?
|