4月になり本格的な春到来で、氏本農園の家畜たちはそれぞれ新任地に派遣された。
1月生まれの5匹の子豚たちは離乳して母親から独り立ちし、先輩格である1歳の種雄豚が転牧して無豚となっていた再生途中のキシタさんの元水田担当の後任豚田兵となった。 島民から差し入れされる野菜やオカラを取り合う兄弟喧嘩以外は寝るときも鼻耕するときもいたって仲良く過ごしている。
子供たちに栄養を吸い取られてやつれていた母豚(第2くるり)は、5月中旬に出産を控えている別の母豚(第1くるり)と一緒に、枇杷畑の下草処理を担当しながら体力を回復させている。
牛たちは、所有者が島外に転出し原野化した場所に移動した。 ヨシや雑木が生い茂り、枇杷の木は空に向かって伸びてもはや果樹としては利用できないが、ヒトは足を踏み込めない状態でも、牛たちには冒険心を刺激する魅力的な場所のようだ。
難点は外周に電気牧柵を敷設する作業が大変なことだ。 沢や石垣があるので電気牧柵は不要だと思って端折ってしまうと、てきめんにそこから脱走したりして、飼い主の手抜き工事を見事に突いてくる。
先日の新聞の国内経済面に「農水省が耕作放棄地について初の実態調査結果を発表した」と小さな記事が載っていた。(その日の一面は東電の柏崎刈羽原発稼動再開のニュースだった)
全国で28万4千ヘクタールが耕作放棄地となっていて、そのうち14万9千ヘクタールは機械で草や木を抜根すれば復元可能だが、残る13万5千ヘクタールは森林や原野になって復元不可能だとしている。 不可能とする基準は不明だが、おそらく今のように食糧が輸入可能な状況ではヒトはそこまでする気にならない、というのが本音のところだろう。
でもヒトが直接手をかけなくても、家畜たちは喜んでその仕事を引き受けてくれる。
今の日本ではほとんどの牛や豚たちが、ただ「お前たちの役目は肉になること(あるいは乳を出すこと)」として畜舎のなかで飼育されて、それ以外の活躍の場所を与えられていない。
しかし豚や牛は最終産物としての肉や乳を生産するだけでなく、生きているとき素晴らしい働きをしてくれるし、それが彼らの本当の姿だ。
人間が戦意喪失するような荒廃地で喜々として生活し、それが結果的にヒトにとっての農地再生につながる。
農政担当の役人に限らず日本人全体が少し発想を柔軟にするだけで、再生可能な耕作放棄地が増え国産食糧も増えるし、何より日本の豚や牛が本来の能力を発揮できる場所を与えられて、ヤル気になりイキイキと暮らせ、結果として良質な肉や乳も生産するようになる。
仕事を押し付けすぎるのは問題だが、仕事ができるのにさせないことによる当事者の辛さやその損失は、ヒトの世界も家畜の世界も同じだろう。
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