祝島では、大根を薄切りにして乾燥させた寒干し大根のことを、なぜか「干瓢:かんぴょう」と呼んでいる。
年が明けて松の内を過ぎたころから大寒に向って、おばちゃんたちのかんぴょう作りが始まり、晴れた日にはあちこちで天日と寒風にさらす寒干しの光景が見られる。
そして薄く剥いた大根の皮や葉が大量に、氏本農園のブーやモーたちの餌として道路脇に出されてくる。 毎年この時期はブーやモーたちは大根攻撃を受けているようなものだ。 でも大根役者といった表現をされるくらいだから、大根はどんなに食べても当たらない(食あたりの心配がない)ので安心だ。
先週土曜日の大寒の日に、こいわい食堂の太佳ちゃんもタミちゃん差しいれの大根で、食堂で出すかんぴょうを作った。 もちろんタミちゃんの技術指導と、「大寒のころに作ったものは長持ちして味もえぃ(良い)んよ」とか「触ってやればやるほど味がよう(良く)なるよ」とかの智恵もセットになってのお得な実習コースだ。 触るほど味が良くなるとは、面倒くさがらず大根の切片を何回も反転させて太陽光や風に当てるほど美味しくなるということなのだろう。
このように祝島ではかんぴょうだけでなく、もうすぐ始まる乾燥ひじき作りなど、伝統的な保存食作りがまだまだ受け継がれてきている。 地場の食材を、旬に生で食べるだけでなく乾燥、発酵、塩漬けなどさまざまな保存技術をつかって作る保存食は、食卓を豊かにするだけではない。 保存食の意義は、食の地産地消率を高め、食材の調達に要するエネルギーの大きな節約になり、環境負荷を抑える効果も大きい。
ファストフード的な食のスタイルは、世界中から安い食材を集め、その運送燃料だけでなく、包装資材、保存料や食品添加物、それらを製造するエネルギーも含めて加工などのエネルギー、どれをとっても環境や人の健康への負荷は、地産地消食材に比べて圧倒的に多い。
一見安く見える価格には大きな隠されたコストが除外されている。 それは原発の発電コストが核燃料廃棄物の処理コストや事故のコストを無視しているのと完全に同じ構図だ。
ファストフードに対応する生産地にしても、一面のトウモロコシ畑であるとか、一か所に何万頭もの肉牛が囲われている肥育場とかの人工的で殺風景な生物多様性の対極にある光景だ。
そのような光景を支えている象徴的な安くて大量のエネルギー製造システムが原発に他ならない。
祝島に限らず、かんぴょう作りや乾燥ひじき作りなど、伝統を受け継いで地産地消の食生活を守る当たり前のことが、暮らしに根ざした脱原発運動そのものなのだとあらためて思う。
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