放牧豚が下ごしらえしてくれた我が家の耕作放棄地の一角が水田として復活し、長崎に原爆が投下された際に現地の水田で被爆したイネの子孫が、ほんの50株ほどだが健気に育っている。
上関原発反対を応援してくれている千葉県選出の衆議院議員石田三示さん(民主党)から送られてきた被爆イネの稲穂4本を、祝島の米作り名人ハヤシさんの指導を受けて育苗し田植えしたものだ。
被爆イネの提供者は石田議員の後援会長でもある歌手の加藤登紀子さんで、加藤さんは千葉県内で有機農業の農園も経営している。
長崎被爆イネは稲穂の半分が空モミ(殻のなかに実が入っていない/実の入っているモミと入っていないモミの色が違うのが判る)なのだ!
大学などの研究によれば原爆の放射能で被曝しイネの染色体が異常をきたした結果だという。
それにしても長崎への原爆投下から65年を経ているので、このイネが毎年作り続けられているなら65回世代交代していることになる。 ヒトなら1世代20年としても約1,300年間未だに染色体異常が続いているのだ。
広島と長崎どちらも被爆体験者の高齢化によって、核兵器の残酷さを生の言葉で伝えてくれる人たちが減少の一途をたどっているなかで、被爆イネはその悲惨さと愚かさを分かりやすい形で語り続けてくれる貴重な生き証人だ。
これまで核兵器廃絶の署名運動などでしか被爆者の苦しみに寄り添う術を持てなかった私に、より具体的で実践的な関わりを与えてくれたことを感謝したい。
もう一つ大事なことがある。
「原発は原爆とちがって核の平和利用であり、人類に貢献する存在だ」という欺瞞に対する明確な反証作業だ。
地域住民にとって、被爆と被曝は人体への影響の程度差はあっても、道義的にはその区別に全く意味がないことは、このたびの東電福島原発事故でも明らかだ。
核の平和利用だからといって住民を含む地域の生態系が被曝を強いられるいかなる理由も有り得ない。地域の生態系を被曝させ、そのうえ後世に核廃棄物の処理を押し付けてまで、現世のヒトが暮らしに核の利用を許される根拠はどこにも見出せない。
中国電力の上関原発建設に反対している者の一人として、被爆イネの植え継ぎは、巡り会うべくして巡り会った役割りだと思っている。
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