|
旅をしていて良かったと思う事は、普段目にする事のない自然の美しさに立ち止まる事ができたり、日
常知る由もない他人の人生を垣間見る事ができることです。どの時代も人は懸命に生きているものだと思
うのですが、それが見事に一つの短歌になって詠まれていました。
何事も為せばなる てふ言の葉を 胸に刻みて 生きに来し我
この短歌を目にしたのは、京都洛南の観修寺の塔頭佛光院前の説明の立て札でした。「なんとあけっ
ぴろげだけど、素直で真っ直ぐな力強い歌だ」とすっかり魅せられました。
この短歌を詠んだのは、「大石順教尼」(明治21年〜昭和43年)本名大石よね、彼女は元大阪堀江の
芸妓であった。しかし、明治38年に義父中川萬次郎の狂乱5人の斬殺事件(堀江事件)に巻き込まれ、一
命は取り留められながらも、両腕を切断、まだ17歳の彼女の人生に大きな影を落とす事となった。一周忌
の法要を終えた翌年からよねは、口で書画をすることを思いつく、明治45年には日本画家の山口章平と結
婚をした。その後、2児をもうけ忙しい日常を過ごす一方、国文学を藤村僧正に指示したりと彼女の創作
活動が止まっているわけではなかった。創作を続け、ついに昭和30年には口筆による般若写経が日展に
入選した。その間の彼女は再度「堀江事件」で亡くなった人たちのために天徳院僧正を師として出家得度
している。また、戦時中は、陸軍の要請を受け、各地を慰問して歩き、身体障害者の福祉相談所をここ
(写真)に発足している。ここは後の佛光院である。
その後は、東洋で初めて世界身体障害者として会員になり、昭和41年にはミュンヘンで個展も開き、
印象を強くした。しかしその波乱に満ちた人生は二年後の昭和43年終わりを告げた。
何事も為せばなる てふ言の葉を 胸に刻みて 生きにきし我
両腕を失いながらも、常に前に前に歩を進めてきた順教尼が「何事も為せばなる」(なんでもなんと
かすればなんとかなるものだ)という言葉を胸に抱いて生きてきたという事実は人間の人生そのものに
幸あれ!といってくれている気がして勇気をもらった歌でした。純粋に前をむいて生きるという姿勢を
貫いた順教尼に拍手を送りたいです。ちなみにこのお堂には彼女と同じくらいの背丈という観音像があり
ました。とても穏やかな表情で私を迎えてくれました。合掌です。
|
なんか。。。勇気づけられる歌ですね。。
先日、京都に行ってきましたがここへは行きませんでした・・・残念。
まだまだいっぱい見どころがありそうですね。
また行きたくなりました。
2008/12/30(火) 午後 3:44
こんにちわLove Fighterさん。そうなんですよね。順教尼がそういうなら、本当にそうなんだと勇気づけられますよね。
2008/12/31(水) 午前 1:33
なんて凄い方なんでしょう!!
是非とも一度訪ねてみなくては!!
彼女の壮絶な人生を肌で感じて見たいです〜!!
今年もよろしくお願いします♪♪
2009/1/1(木) 午後 7:53 [ kiki&jiji ]
KIKIさん、コメント有り難うございます。「なんとかなるさ」という発想はとても大事だと思います。
2009/1/1(木) 午後 10:10
困難な人生を、すばらしく生ききった方ですね。旅をすると、自然と一体になれたり、自分を見つめなおす事ができたり等沢山の良いことがありますね。
2009/1/5(月) 午後 0:24 [ アキ ]
今京都から帰ってきました。色々また旅をしてきたので早いうちにレポートしたいと思います。
2009/1/5(月) 午後 11:41
京都にいってたのですね。私も久々に行きたいものです。本年もよろしくお願いします。
2009/1/11(日) 午後 7:07
そうなんです。1月の3日から5日まで。でもその時期はあまりお薦めはしません。春のほうがいいかも。今年もよろしくお願い致します。
2009/1/12(月) 午前 2:31