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こんばんわ。 大塚が最期のバッターから三振を取った時、珍しく込み上げるものがあった。 いや、泣いてもよかったのだが、選手達の顔を見ていると自然と笑みだけが残った。 今回は王監督のグッとくる話も書きたかったのだが、本職はサッカーなので割愛。 違うんですよ。 それはまるで別物。 我が兄は幼き頃より阪急(後のオリックス)の大ファン。 そう、近鉄とは同じリーグの覇を掛けて争うライバルだった。 昨日まで戦っていたライバルとの合併、なんて話は到底受け入れられるものでは無い。 当然ぽっと出のライブドア・堀江の出現なぞ、聞きたくも無かった。 「昨日の敵は今日の友」 などと、人は簡単に言うが。 近鉄への想い出を振り返ってみる。 本拠地:藤井寺球場(大阪)は遠いので、よくナゴヤ球場に観戦に行っていた。 しかし、あまりの観客の少なさに、もはやファウルボール、ホームランボールは取り放題。 昔、TVの好珍プレー集でもやっていたが、カップルなんて試合そっちのけでイチャ2×していた。 選手で言えば、300勝の鈴木啓二に始まり、有名どころではブライアント、野茂、中村紀、岩隈、etc… マニアどころでは大石、新井、村上、オグリビー、デービス、阿波野、小池、etc… 思い出の選手の枚挙に暇はありません。 ところが、この球団、唯一、日本一になった事が無い。ただの一度も。 89年、日本シリーズ。 ジャイアンツに3連勝して悲願の初日本一に最も近付いた瞬間。 その試合後の加藤哲のインタビュー。 『ロッテより弱い』 その発言は文字通り、巨人を巨人にし、4タテを食らってボコられた。 “いてまえ”と野蛮にネーミングされた応援、 そして計画の無さ・放蕩とも言える球団経営、 さらにこの観客の少なさ。。。 でもこれらは僕がこの球団を愛すべき要素だったのかも知れない。 しかし、大学生の頃、盛り上がりに欠ける飲み会(コンパ)で、 王様ゲームの罰ゲームに 『近鉄の帽子を被ってコンビニでエロ本を買ってくる!』 と言った輩がいた。 酒の流れに身を任せてゲームはたんたんと進んでいった。 結局、王様にも奴隷にもならなかった。 完全にシラケてしまったので、その後すぐ中座した。 ただ、その日の酒が不味かった事だけは今でも覚えている。 紆余曲折あったが、大塚も近鉄出身だ。 今日はこの帽子を脇に添えて、 いつまでもニュースで流れる歓喜の瞬間を美味い酒の肴にしたいと思います。 乾杯♪
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