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1963年6月15日は、日本のポップスファンにとって忘れられない日だった。そう坂本九の「SUKIYAKI」がついにビルボード1位になった日である。5/25に20位、6/1に10位と赤マル付きで上昇し、当時の日本のラジオ等でがぜん注目が集まった。翌週6/8には何と2位に。1位はレスリーゴーアの「涙のバースデイパーティ」である。誰もが次の週を興奮状態で待つ。日本中が固唾を飲んで見守る、そんな感じだった。そして6/15についに1位になるともう大騒ぎ。6/22迄2週連続1位の快挙だった。リアルタイムで遠い思い出だがその興奮状態を思い出す。

以来日本人はピンクレディや松田聖子、イエローマジック等がビルボードデビューしたが全く不発で、現在でもこれのみが日本の唯一の1位曲である。


そもそもこの曲に注目したのがドイツのケニーボールの所属会社のルイベンジャミンという人。彼は日本でこの曲を気に入り持ち帰り、ケニーボールに渡し、ケニーがデキシーががったエキゾチックなアレンジでヒットパレードに送り込みやや注目された。「SUKIYAKI」はその時に安易に命名された。その後、米音楽関係者がオリジナルに注目し発売したのがヒットのきっかけという。

作詞永六輔、作曲中村八大の六八コンビ。そして歌が坂本九と、六八九の合作である。外国では多分にメロディーの良さと個性の強い歌声が奏功したと思われる。

まさに名曲中の名曲。聞くほどにグッとくる。


Youtubeでは以下。
http://www.youtube.com/watch?v=RtXQ31F1A-k&a=GxdCwVVULXcTn83jernC_sgJA32aN7gL

米TV番組「スティーブアレンショー」でのコント等の貴重な映像が以下。
http://www.youtube.com/watch?v=PdijDGfABuY&feature=related

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1961年から5年ほど放送されたNHKのバラエティ番組「夢で逢いましょう」。テーマ曲を歌ったのが坂本スミ子。

日本のこの種の番組では草分けで、レギュラー出演者は、黒柳徹子、渥美清、坂本九、と云った顔ぶれ。司会が中嶋弘子(上の写真)で何とも垢ぬけたイメージであった。毎週放送で、民放の「シャボン玉ホリデー」と並んで毎回楽しみにしていた番組である。

演歌は全く入らずにもっぱら日本のPOPSや洋楽で構成されていた。「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」「こんにちは赤ちゃん」等この番組生まれの曲がたくさんある。今思えば大変な番組であった。

音楽は永六輔と中村八大の六八コンビが担当し、番組のテーマ曲も当然このコンビによるものである。

当時はあまり考えずに見ていたが、こんなすごい番組がNHKであったことは驚きである。この曲は時々ふと思い出すが、とても雰囲気があって素晴らしい。懐かしさもあってかググッと来てしまう。まさに名曲である。



坂本スミ子のエンディングバージョンは以下。
http://www.youtube.com/watch?v=ZOxAo8XXoPI&feature=related


オープニング編集版は以下。
http://www.youtube.com/watch?v=5Oy-MN0KQXk&feature=related

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ニューヨーク出身のジョニー・ソマーズJoanie Sommersは、もともとはスタンダードジャズの歌手。ジャズヴォーカルのアルバムを数多く出していて、アメリカではその分野で名声が高い。独特なハスキーボイスと何とも言えないビブラートはとても魅力的である。

彼女がジャズではなく、アメリカのヒットチャートに送り込んだ最初のヒットが、1960年の「ワンボーイ」だったが、50位には届かなかった。しかし日本では、この「ワンボーイ」がヒットし、ソマーズ人気が高まっていて、1962年6月の「Johnny get angry 内気なジョニー」で人気は決定的となった。これは全米でも7位まで上昇している。

「すてきなメモリーMemories memories」は、彼女の人気絶頂期の1963年末から翌年初めに放ったポップスで、日本だけのヒット。英語版より当然日本語版のほうが受け入れられている。

彼女らしい歌い方に軽快さが加わり、巧みに日本語をこなしていて素敵である。バックにデキシー風バンジョーが軽快に入り、その当時全盛だったスイート・アメリカン・ポップスの代表的な1曲となった。


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1961年公開のエルビス映画「ブルーハワイ」の挿入歌「好きにならずにいられない Can’t help falling in love」。

日本では挿入歌「ロッカフラベイビー」の裏面として発売され、また主題歌「ブルーハワイ」のほうが当時は印象が強かったように思うが、アメリカではこの「Can’t help…」が最初から大ヒットして、1961年12月にビルボード2位まで上昇している。イギリスでは1位になっている。

しみじみと唄うこのラブ・バラード、歌のうまさは抜群で、心に沁みる。この曲は彼の後期の代表作となり、好んで取り上げて晩年のライブでのクロージングとして歌われた。

もともとはドイツ生まれでフランスに移ったジャンパウエル・エジート・マルティーノの古いの曲「Piacer d'amor
愛の喜び」であり、それをエルビス用にバラードに改作したという。大変多くのミュージシャンにカバーされている。


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1947年フランス・パリ生まれのフランス・ギャルFrance Gall。

1965年イタリアで開催されたユーロビジョン音楽祭でこの「Poupée de cire, Poupée de son(夢見るシャンソン人形)」を歌い、見事グランプリを受賞した。勿論日本でも大ヒットしていて、その後日本語でも録音している。

シルヴィー・ヴァルタン、ジリオラ・チンクエッティに続く60年代ヨーロッパ女性アイドルの3番手として人気を博した。名前はなんとフランスの名前をそのまま用いており、いかにも受けの良い印象を与えている。

いかにも日本人好みの陽気なメロディーで、ちょっと舌足らずの幼い歌い方が特徴である。その後数曲のヒットを残している。


Youtubeでは、以下でライブ映像が見れる。
http://www.youtube.com/watch?v=-d2mnuhJahU&feature=related

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