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本日の仕事で中国から出張されて来た方の持ってきたこんなお土産のお相伴に預かりました。
ちょっと写真がぼけ気味ですが、なかなか美味でありました。要するに栗羊羹みたいなものでしたが、甘栗的の「的」が(中国語では英語でいうと所有を示す前置詞のofということではありますが)、なんか「みたいな」味を良く表している感じで思わず写真を撮ってしまいました。
更に
こんな注記?(宣伝??)が印刷されてました。
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サンフランシスコ写真館
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多分今後ず〜〜〜っと住み続けるであろう我が町サンフランシスコを写真でご紹介いたします。
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歩いてたら、「ん???」という物に出会ったので、思わず写真を撮りました。
舗道にこんな感じで鯉が描かれているのです。最初はペットショップの広告かな、と思ったけれど、別に近くに魚関係のお店があるわけでもない。無作為?に点々と描かれておりました。
なかなか上手に描けているので、市内の美術学校の生徒さんのプロジェクトなんでしょうかねえ。。。。
プロジェクトといえば、この鯉を発見?する少し前に、ビルの壁に白い布をはりつけて、普通に歩いている年輩者に「学校のプロジェクトなんですが、ポートレート写真を撮らせてください」と声をかけている青年がいました。
Only in San Francisco(サンフランシスコならでは)の風景なのかな!?
ま、おもむろに携帯を取り出して、舗道の写真をとっている私も異常に見えたかもしれませんがね!
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羊ー>ひつじー>(江戸っ子訛りを反映して?) シツジー>執事
広告代理店の発想なのか知りませんが、非常に面白い。
Softbankの白戸ファミリーのCMも面白いと思うけれど、このシツジ君のCMを見たとき、好きな俳優である堤真二と堀北真季((漢字ってこれでよかったですかね?)が出ていたこともあってファンだったので、
感動!?「お土産としてお好きなものを」といわれたグッズの中から、迷わずシツジ君を選ばせていただきました。
しかし、英訳(しかも同通で??)羊ー>ひつじー>シツジー>執事
の流れを説明するのは不可能だったので、アメリカ人の参加者は理解できなかったでしょう。村上春樹のThe WIld Sheep Chase(「羊をめぐる冒険」でしたろか?)が好きな身としてはちょっと残念でした。
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サンフランシスコジャイアンツがワールドシリーズに初優勝して、今週は街全体がお祭ムードという感じでした。
11月1日にブッシュのお膝元テキサスのチームであるRangersを負かし、3日は祝賀パレードでした。1958年にジャイアンツがニューヨークから移ってきた時のWelcome Paradeと同じルートをとったのだそうです。この日は午後から仕事だったのですが、パレードのルートが近かったので、覗きにいってみました。ところが、え!!!って感じの人が舗道を埋め尽くしていて
こんな?感じでみんなが携帯やデジカメで写真を撮るために頭上に高く手をかかげるので、調度普通のアメリカ人?の肘の部分に頭が来てしまう身長の私はぼこぼこ殴られる!??感じで写真はおろか、パレードそのものもほとんど見えない状態でした。
この日はダウンタウンから市庁舎にかけてチームカラーのオレンジで埋まったし、交通規制もあったので、仕事先には電車で行きました。BARTという電車の駅の近くはパレードが通過した後の紙ふぶきで埋ってました。
大分ピントがずれた感じの写真ですいません。信号を渡るときにあわてて携帯で撮ったもので。。。
英語の俳句仲間がジャイアンツのシーズンチケットを持っていることが判明したので、来季は球場に応援に行こうと思います。二年連続優勝は無理でしょうが、友人Pによると「ピッチャーが皆若いし、チャンスがない訳じゃない」らしいです。
最後の写真は仲間優勝チーム全員がサインしたボールの中の1枚目の写真の背番号55のエース、Lucenicのサインです。ショップのマネージャーに「どれが彼のサインなの??」ときいて写真に撮っておきました。(洋さん:頼まれた彼だけのサインボールはなかったので、これでお許しを!あ。。。もちろん写真だけでなくボールそのものも送ります!) |
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ニューヨークその3、ラストです。
9・11同時多発テロで崩壊したワールドセンターのグラウンドゼロの近くにモスクを建てる計画に対し、反対の声が高まっていて、秋の選挙で民主党が苦戦する原因にもなるといわれていいます。で、久しぶりにグラウンドゼロまで行ってきました。ジハードのテロリストたちがイスラム教だったからって、モスクを建てるのは駄目、というのは私はおかしいと思っており、ニューヨークタイムズの社説にも同じような意見が載っていました。
メモリアルセンターなど、新しいビルが色々と建つ予定であるらしいグラウンドゼロの付近は、クレーンが林立する巨大工事現場みたいになっていました。
グラウンドゼロのクレーンまた9月 飛
こんな句を作って先週土曜日の句会に出したら、有馬主宰の特選をいただきました。
グラウンドゼロのすぐ近くにはSt.Paulという昔からの教会があり、ここの墓地はマンハッタン最古の墓地(「唯一残っている墓地」だったかな。。。)らしいです。テロのときにはワールドトレードセンターからビルから破片などが大量にこの墓地を覆い、一般の人に再び公開されるまでに2年以上かかったそうです。
ミッドタウンのホテルに戻ってきたら、レストランの前にこんなトラックがとまっていました。ニューヨークからカリフォルニアへ移住し、バケーションで再び戻ってきた自分を示す矢印みたいに感じました。
以前住んでいたウエストサイドもため息が出るぐらいに超高級になり、ドラッグの売人の溜まり場だった
Avenue Aの公園も蛍が飛ぶほどの平和な、綺麗な場所になってました。5年ぶりくらいのニューヨークは様変わりしてました。生れた町である東京も「住む町」から「訪れる町」になりましたが、色々なことを教えてもらったニューヨークも「訪れる町」になったな、多分、もう住むことはない、、、そんな風に思った8月でした。 |




