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天為

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「天為」のこと、日本の会員誌よりの俳句の紹介など
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 「天為」6月号から、私の4回目の「天心粲花」同人集鑑賞文をご紹介します。書いた本人が言うのもナンですが、普通の?鑑賞文が書けないとはいえ、どんどんエスカレートしてくる感もある文章ではありますが、紹介してしまいまする。
 
***
「天心粲花」  天心集(同人欄)4月号より   青柳 飛
 
 「ドレミの歌」の日本語の歌詞を作った人はすごいと思う。ド(do)は「ドーナツ(doughnut)」はまだしも、レ(re)を「レモン(lemon)」、シを「シアワセ」としたのには脱帽する。俳句にはどんなドレミファソがあるだろう。
 「 ( ど )」は魚を取る道具を表す字である。俳句という海には句材という魚は豊富にいるが、闇雲に網を投じても思い通りの結果は得られない。
   冬蝶の夢は甍を越えにけり     戸恒東人
   地球の裏揺らげよと引く大根かな  渋田かおる
   今はもう地図にない国山眠る    芥ゆかり
冬が厳しければ厳しいほど春を待つ蝶の夢は膨らむ。甍を越え、山を越え、海の果てまで飛んでゆく力を持つ。大根を引く腕は地球の裏側まで揺らさんと筋肉を張る。その背中にはたっぷりの自信が溢れている。しかし、大根だって簡単に抜かれはしない。大地は抵抗する。冬の山は、甍を越える夢も、地をふるわせる力も、その地にしみこんだ涙も全て心におさめて静かに眠る。一度は地図から消えた名前も、山が笑い出す頃、別の形で生まれ変わるに違いない。
 「 ( れん )」という字は輿 ( こし )を意味する。詩歌や絵画を通じて、また歌舞伎や能などを通じて、現代人たる私たちも連綿と続いてきた歴史に触れる。後の世へ伝えてゆく担ぎ手としての役割も果たしていると思う。
   届くはずないメール待つ狸かな   稲根克也
   年賀状戯画の兎は転びをり     西野編人
   少年の日の霜焼が今かゆい     前川紅樓
二十一世紀である。狸だってスマートフォーンを持っている。しかし肩からかけた徳利がずいぶん軽くなってしまっても待ち人からの返事は来ない。そこで隣の兎をひょいと覗いてみる。今年は干支だとやけに威張っていたけれど、何のことはない。モデルになった年賀状にはすとんと転げた姿しか描かれていない。年賀状を作った主は少年の日の霜焼のかゆさを思い出している。もう霜焼などには縁のない豊かさの中で暮らしている。狸と兎を梅見へ誘うゆとりがありそうだ。
 「 ( み )」という字にはゆるりと動く時間が感じられる。命というのは時という回り舞台の上に乗っているのかもしれない。
   命ごと計りにかけて海鼠売り    津久井紀代
   風鈴の素頓狂の冬の音       福田真美代
   凍蝶の羽は宇宙へ広げし帆     梶 倶認
私は海鼠が苦手だ。命ごと計りにかければ、自分が手に取った重さに尊敬の念を覚えることができるだろうか。あるいはその軽さに不思議な憐憫を感じるのだろうか。風鈴をうるさいと思うことがある。が、冬の夜に素頓狂な音を出す風鈴なら愛着を覚えるかもしれない。季節外れの風物詩に音楽を与えたのは北風たる私なのだ、と少々優越感を感じられるかもしれない。暗い海たる宇宙に凍蝶は羽を広げる。舵を取ってあげるからこの船に乗れと誘う。星のまわりをぐるりと巡れば、闇の中で瞬く星の気持ちも理解できるだろうか。
 私の名は、アルファベットの頭文字にするとFAとなる。アメリカという国でふわふわと生きている身には「 ( ふ ) ( わ )」という当て字がぴったりかもしれない。
   冬満月からだ少うし浮く心地    服部祥子
   鉛筆のやうな灯台春を待つ     甲斐由起子
   百年を襖絵に棲む白雀       清水安奈
英語で、冬満月がもう少しで箸でつまめそうな低い所にあるという句を作ったことがある。月の引力を感じて、ふわりと浮くことが出来ればあの満月もつまめたろう。背筋をぴんと伸ばし灯台になってみようか。鉛筆のごとき細さ、かぼそさのままでも春を照らすことは出来るに違いない。井戸に投げ入れられると、襖絵に描かれた模様は消えてしまうだろう。しかし雀、しかも白い雀なら、水に溶けてしまう前に月のぽっかり浮かぶ空まで飛ぶことも可能な気がする。ところがこの白雀は百年ずっと襖の中で生きてきた。飛び出しても意味のない世の中がまだ続いているのなら、もう百年、いや千年でも待ち続けるのかもしれない。
 馬を追うときの声、または相手の注意を引くときの声を「 ( そ )」という字で表す。
   破魔弓や森は太古の香を放つ    筒井慶夏
   鮟鱇やシャイではないといふをとこ 合谷美智子
   繭玉の夜は囁きあつてをり     市川康子
ヒトがまだこの世に存在していなかった昔から森は新年の淑気を吸ってきた。私たち人間にはなかなか聞き取れない言葉を吐いてきた。そんな森が根を張る土もかつては海の底だった。その中から数え切れないほどの細胞分裂を繰り返して登場した人間の中には、自分という存在を熱く弁護する者もいる。シャイな草食系男子ではない、鮟鱇の面構えも出来るのだ、とぐいと酒をあおってみせる。森も海も家々も夜の眠りにつく頃、何物にも属さない影たちがひそひそ話を始める。その声は、繭玉にでもなってみないと聞き取ることは出来ない。俳句というイヤホンを耳にあてれば、音にならない音も聞こえてくる。風、囀り、散る花、自分なりの十七文字の唄を紡ぐための応援歌は身のまわりにあふれている。
 

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「天為」6月号の同人作品集より、鑑賞文には引用しませんでしたが、気にいった句をご紹介。
 
 
ホメラレも苦にもされずに雪を掻く  中村青路
地震かとも思ふ落雪身構へる     中村青路
穴出づる蛇真赤なり大地震      対馬康子
鯉の頭のごつんと春の目覚めかな   日原 傳
首少し長くて五人囃子かな      岸本尚毅
慰むるためにたんぽぽ積んでゐる   仙田洋子
ふらここを漕ぐやこの子も淋しくて  仙田洋子
朧夜の膠を溶いてゐる画室      天野小石
佐保姫に深夜未明の餃子かな     澤田和弥
午後となる石にぬくもり告知祭    笹下蟷螂子
濡れてゐる山また濡らす春の雨    笹下蟷螂子
斑雪駅売店の喪のネクタイ      竹内宗一郎
大浅蜊ぽかりぽかりと蒸し上がる   竹内宗一郎
少年の泣きにくる浜さくら貝     石川渭水
初蝶に風まだ馴れてをらざりき    石川渭水 
マンモスも人も凍土に眠りしか    佐々木典子
動きだすダリの秒針牡丹雪      小橋柳絮
復活祭イエスに頬をつねられる    前川紅
遅き日や渡来の仏をはす里      福永法弘
いつ頃に季語となりしや花粉症    福永法弘
ひと群れの鳥の飛翔や紀元節     山田紗衣枝
花の宴場所取り次は振飛車で     久野雅樹
花疲れ俳句の神に愛されず      久野雅樹
もの焚けばグリム童話や春の山    矢野玲奈
ゼンマイの綿毛の中の午睡かな    芥ゆかり
銅鑼の音の海まで届き風光る     市川康子
音たてて飛ぶ啓蟄のポップコーン   市川康子

「天為」五月号より

日本はもう5月31日。31日が締め切りたる同人作品集鑑賞文「天心粲花」は、あともう少しで完成。心に残ったけれど、鑑賞文には使用しなかった作品を「天為」五月号同人作品集よりご紹介。使用させていただいた句より劣っていると思ったわけではないのですが、XXシリーズで書いている流れに上手く乗せられなかった。。。
 
(天心集より)
 
チェンバロの音色を抱き枯木星    朱 月英
雪がまた降りだす人をおくる夜    大澤久子
鬼の豆落ちたる雪の白さかな     山田浩司
節分や内なる鬼へチョコレート    中田征二
雪をんな出さうな闇へ猫消える    佐和日那緒
白えぷろん揃ふ教室春来る      佐伯憲一郎
敗軍の将は語らず海鼠かな      池上守人
光源となる鯉しづめ春の水      宮田カイ子
てのひらをひらりと交し牡丹雪    岩田精一
大寒や鏡の中のシクラメン      加藤廣子
厄落しかも知れぬ櫛落ちてをり    小畑柚流
どこからがどこまでが余白雪の原   村上美智子
立春大吉猿の徒競走見てゆこか    高橋のり子
わらルーツ辿ればきつと雪をんな   山内き句子
枯はちす花を夢みて枯れつくす    生出鬼子
岩山は獣色して寒明くる       丸山信榮
春炬燵人のうはさは蜜の味      永島唯男
あかあかと燃ゆる火星に冴返る    永島唯男
掬ひてはささささささ紙を漉く    小林巳之
閻王の袖より零れ年の豆       橋本有史
遊びとて神の目隠し東風の昼     石原一折
寒卵すでに優劣ある重さ       高原 桐
数学といふ美しきもの冬彦忌     宮崎和義
 
今年担当させていただいている同人集の鑑賞文です。五月号掲載のものをご紹介。
 
 私は直木賞作家の東野圭吾という作家のファンである。今回はテレビドラマにもなった物理学者を主人公にした連作ミステリーの題である「爆ぜる」「燃える」などから案を得た「動詞分類」で天為集の作品を鑑賞してみたいと思う。 
  どの家も湖に向き合ひ大根干す      森  覚
  ふんはりと生きる力や雪ばんば      津田とわ子
  語部は嬶座にどかと炉を開く       中村青路
 俳句は遠くにある日常を「映す」。ハイテク産業のクライアント先でvisualize(可視化)という言葉を良く聞くが、この表現に最も適しているのは実は俳句ではないかとさえ思う。私は東京の二十三区で育ったので、大根を干している景色はテレビか写真でしか見たことがない。しかし湖に向き合って低い軒を並べる家々の守ってきたものがはっきりと心の鏡を通じて見えた。少し哀しい元気を感じたのは大根を干す背中が若い人のそれではないように思えたからか。我が町サンフランシスコに最後に雪が舞ったのは一九七六年だそうだし、井上靖の小説の題名という以外には、雪ばんばに関する知識はない。そんな私でも雪催いの空を飛んだ気分になれた。風に身を任すことの心地よさを体感した。少し不安も覚えたが、一匹で飛んでいる訳ではないから大丈夫だと思った。数年前に初めて遠野に行って「どんと晴れ」で終わる語り部の話を聞いた。CDも買ったが、残念ながらほとんど理解できず宝の持ち腐れとなっている。私は炉のある暮らしをしたことはない。が、嬶座にどかと開く女たちの冬のみちのくの炉の火の暖かさを感じた。その空間が共有できた。天井の鉤から釣り下がる鉄瓶が見えた。 
  放鷹や雑兵となる城鴉          藤田えみ
  古文書にこまごま記す猪の害       湊 冬子
  数ふるやいくさの頃の手毬唄       松本悦子
 インターネットで視聴しているNHKの大河ドラマの影響かもしれないが、歴史小説を読むことが増えた。作家自身も体験したことのないはずの時代が「示す」ものに妙に惹かれるようになった。城を守るという気持ちは鴉にもあるのかもしれない。命を落とす可能性が高い雑兵としてでも、将の眼を持つ鷹と共に戦おうという心か。シリコンバレーに一九七十年代から広大な敷地を持つI社で、猪が山から下りて来て芝生を荒らすので困っているという話を聞いた。古文書に細々記された猪の害は深刻な悩みだったのかもしれないが、何だかにんまりとさせられた。猪に右往左往している村の長たちに妙な親近感が沸いた。童話やわらべ歌には残酷な内容が含まれていることも多いという。幼女が天真爛漫な笑みを浮かべながら歌う手毬歌には、落武者の首でも取って褒美をもらおうという歌詞が入っているのかもしれない。
  旅の白汚さずもどる憂国忌        石川渭水
  針山の寂しさうなり一葉忌        熊谷佳久子
  芭蕉忌の近江につつく軍鶏の鍋      米田清文
 アメリカ人はリンカーンやキング牧師の誕生日を祝うが、日本の季語は忌日を尊ぶ。次の世は蝶になって戻ってくるかもしれないという輪廻の考えが日本人の心を「震わす」からだろうか。切腹という最期を選んだ三島由紀夫の忌に真っ白な旅装を汚さずに戻って来た主を、家人はどのように迎えたのだろう。その旅はどんな目的のものだったのだろう。自分探しの旅だろうか。それとも、故郷での久しぶりの同窓会に行くためのものだったのだろうか。私の祖母の針山はいつもやや褪せた赤い色だった。男女平等も雇用均等法もない時代の女性たちは膝の上に縫い物を広げながら、何を夢見ていたのだろう。芭蕉は冬の野に自分の夢を駆けさせたが、近江に集う平成の俳人たちは賑やかに軍鶏の鍋をつつく。冬の夜の暖かい時間である。忌日は終わりではなく、残された人々の中で綿々と続いてゆく時間の始まりなのかもしれない。
  ことごとくおちて蓑虫のみのこる     山内純二
  古日記人が火となるまでのこと      柚木紀子
  ひうひうと風栖むひよんの実でありぬ   山下美夜子
 俳句というのは時間を「遊ばす」ものだと思う。日本語の俳句で主語が用いられることは極めて少ない。基本的には一人称の文学だといえる。蓑虫のみを残して葉を散らせたのは、冬の北風であろう。しかし、蓑虫にスポットライトをあてているのは舞台監督的な作者だ。つい「ちちよ、ちちよ」と鳴いてしまいそうになった。良い意味で操られたといえる。日記というのはあくまでも自分のために書くものだ。が、蜻蛉日記のように何百年も生き延びている日記もある。ブログやツイッターが流行るのは、自分の当たり前の日常を多くの人とシェアしたいがためだろう。火葬が一般的な日本では人は最期には火となる。この日記が誰の手によるかは語られていない。でも行間ににじむそれまでの時間、またそれからの時間が、この古日記を閉じた後にも静かに流れた。ひょんの実を見たことがないのでグーグル検索してみた。虫こぶという言葉を更に辞書でひく羽目になった。その音を聞いたことはない。鳴らしてみたこともない。しかし、ひうひうと音をたてる風は自分自身かもしれないという気分にさせられた。話を聞いただけで真犯人をあてるarmchair detective(現場捜査をせず書斎の肘掛けいすに座ったまま事件を解決してしまう探偵)のように、十七文字に触れただけで未知の世界にすうっと入れることが、俳句の妙なのかもしれない。(青柳 飛)
 
 

「天為」4月号より

「天為」四月号天心集(同人作品)の中から。。。
 
義士の火のビル解体の響かな    日原 傳
湯船とはおもしろき船うららけし  日原 傳
たましいの円さを巻いているショール 対馬康子
誰が眼ひそみをりしや白障子    高田いねを
雪女出さうな山内たたら跡     宮本壮太郎
海を背にアインシュタイン餅搗いて 池永 寛
寒鯉の一尾は暗き川の底      池上守人
十年の恋落葉焚く火の匂ひ     渋田かおる
マスクしてごほんとゴッホ展の列  渋田千々穂
ある夜は阿修羅像恋ふ雪女     松本悦子
きりもなくまだぎ村へと雪しまく  戸塚時不知
湯豆腐や独りになつた話など    矢野玲奈
まづ本に朝が来る部屋冬かもめ   立久井昌子
だまし絵の果てなき廊下寅彦忌   市川康子

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