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新しい場所で、新しいスポーツにチャレンジしている。しかし、改めて勝ち続けることの意義を考えさせられている。
今のチームは伝統と歴史があり、どこか常に勝つことが求められている雰囲気がある。故に、選手たちは前年の成績やチームとの比較、保護者も比較と評価をしている気がする。果たして、選手たちは楽しめているのだろうか?
育成年代で勝利至上主義に陥ってはならないという言葉の意味を噛みしめている。今のチームもそうだが、『強い=勝つ』『伝統=強い』『強くあるため=勝ち続ける』という発想がどこかにある限り育成と勝利の両立は難しいと私は考える。最終目標は勝利で良いと思うが、その過程でいかに選手が楽しみ、いかに成長できるかが大切だろう。過程の中で選手が楽しめていない、達成感や充実感がない状態でプレイし続けても将来につながらないと思う。
だが、勝つ喜びを知っているからこそきつい練習や自己犠牲の精神を発揮できるのも事実である。勝つことが楽しいからやるのはアスリートとして当たり前の感情であり、勝ち続ければ楽しいはずである。しかし、それが周囲の評価や声によってプレッシャーへと変わり、自分自身を追い込むように練習をするようになってしまう。そして、負けた瞬間に燃え尽きてしまい、自己嫌悪に陥って競技から遠ざかってしまうようなケースが起きているのではないだろうか。
こうなると、誰のための勝利か。何のための勝利か。これでは、スポーツの楽しさと醍醐味である『勝つことの喜びと頑張ることの意味』が失われ、勝ち続けることは自分を成長させていくことというフィロソフィーは形骸化していくことになる。その結果、勝ち続けることが自分の首を絞めていくだけの苦しみの無間地獄に変わってしまうのである。
さて、勝ち続けることの意義とは何か?勝つことの意味とは何か?勝ち続けることの有用性はどこにあるのか?
勝ち続けることの意義とは、選手が競技を楽しいと感じ、成長し続けるために必要だと求めることだと私は考えている。故に、大切なことは選手自身が甲子続けることが楽しいと感じていることに対し、周囲が無用な発言や考えをぶつけてプレッシャーに変えてしまわないことなのではないのだろうか……駄文。
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