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FDY家具デザイン研究所ブログ
背景はイギリス ハイウィカムチェアミュージャム 1996年頃

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1/5模型による比較
左がゴールドスミスチェア、右端がキャプテンクックチェア
 
ウィンザーチェアにカブリオール脚が取り付けられるようになったのはジョンピットのカブリオール脚に見られるように18世紀中ごろと思われる。おそらくそのウィンザーチェアはゴールドスミスチェア型であったにちがいない。それが今回模型で再現したものである。その後そのボブテールが取れた形のものを経て、それにゴールドスミス型の脚が取り付けられたものがキャプテンクックチェアということになる。キャプテンクック型のカブリオール脚の椅子にチッペンデールスプラットを取り付けアームの三部品のラップジョイント(相欠き接ぎ)から曲げのアームボウタイプに移行することによって下の写真のファンバックチェアへと変貌をとげていったと考えられる。その頃はちょうどチッペンデール(1718−79)やヘップルホワイト(?−1786)のファッショナブルなデザインがウィンザーチェアのスプラットに取り入れらる時代であった。ウィンザーチェアのカブリオール脚が一般的になり、需要が増すにつれてカブリオール脚では対応しずらくなるとカブリオール脚を取り付けられるシートに量産に適したゴールドスミス型の脚が取り付けられようになり、曲げボウのアームが背を覆うボウバックタイプが登場すると、コムバックは19世紀初期までにはボウバックへとその地位をゆずって行くが、カブリオール脚の取り付け位置が残ったままのシートの形は変わらずそのまま継承されていったと考えられる。
 
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コムバック型、ファンバック・アームチェア
(チッペンデールスプラット付き)
(18世紀後期)
 
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ボウバック・アームチェア(チッペンデールスプラット付き)
(c1792−1808) 

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続 ウィンザーチェア物語  「ザ・ウィンザーチェア」
 
イメージ 1ゴールドスミスウィンザーチェアとキャプテン・クックチェアの間にカブリオール脚の椅子があったに違いないという想定のもとで、ゴールドスミスタイプの椅子をヴィクトリア&アルバートミュージャムのウィンザーチェア資料の中から抽出してみた。それが左の鉛筆画のゴールドスミス型チェアである。それにカブリオール脚を取り付けてみることにした。
 
1/5模型制作
カブリオール脚を取り付けた1/5模型を2脚制作して検討してみた。ボブテール付とボブテールなしの2脚を作ってみることで確かにカブリオイメージ 8ル脚のゴールドスミスタイプとキャプテン・クックタイプの二種類の椅子が存在したという確信を得ることができた。17世紀から18世紀にかけてロンドンの西バークシャーに集結した家具生産地のウィンザー城方面から来る安っぽい椅子がゴールドスミスチェアに向けられていたものであったとするならば、それを払拭せんとして考えられたカブリオール脚の椅子があったはず。そこに介在したのがジョン・ピットのカブリオールの椅子であったのではないか?そこに誕生した椅子こそ名実ともにウィンザーチェアの中のウィンザーチェアの名を冠する椅子ではないか!そこでその椅子をFDYのオリジナルウィンザーチェアに加えることにしました。(The windsorchair)ザ・ウィンザーチェアとして
 
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1/5模型
 ゴールドスミス型 カブリオール脚
FDYオリジナル ウィンザーチェア
 
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模型部品1.
 
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模型部品2.
 
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模型部品3.
 
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1/5模型
 キャプテンクック型 カブリオール脚
 
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この記事に

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   ウィンザーチェア勢ぞろい  
      
カブリオール脚とウィンザーチェアの関係について
ウィンザーチェアとはなにか?その実態を明らかにしようとして18世紀、19世紀のウィンザーチェアと呼ばれた椅子を選んで試作制作を重ねてきた結果、16種16脚(ウィンザースツールを含む)のウィンザーチェアを再現したことになる。もちろんウィンザーチェアと称する椅子は何千種とあるにちがいない、厳選された参考資料の中からこれぞウィンザーチェアというものを個人的に判断して抽出した16種であるので、中には異論をとなえる人もいるかもしれない。そこでウィンザーチェアのおお方全容が明らかになったが、その結論としてその変遷をチャート化してみることで今までに不明であったり、疑問に思っていたものが明らかになってきた。その一つがウィンザーチェアとカブリオール脚の関係であった。当初カブリオール脚とウィンザーチェアとの間に接点があるとは考えていなかったが、カブリオール脚がウィンザーチェアに取り入れられた理由そのものが安物(18の世紀当時の)という風評に対するものであっただろうという答えになるし、そのことがウィンザーチェアの特徴でもあるシートの形に大きな役割をしていたことも明らかになった。カブリオール脚が取り付けられたシートの形がのちのウィンザーチェアの形態に大きな影響を与えていたことが明らかになったのである。(それがアメリカンウィンザーとの決定的な違いになったのではないか?)
 
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イメージ 14指物師がつくるカブリオール脚ををそのまま取り付けた場合、左の図のように内側にバンジーレッグ(ワニ脚、がにマタ)といわれるような形になってしまう。特に脚物の場合は内側に傾いてしまうと構造上の問題が生じてしまうためにウィンザーチェアの外側にころぶ脚にする工夫がなされたはずである。そこで考え付いたのがダボ構造による解決方法であったのではないかという推論が成り立つのである。

 参照:
ウィンザーチェア物語 カブリオール脚 コムバック・アームチェア
ウィンザースツールの作り方 7 カブリオール脚の作り方
ウィンザースツールの作り方 8 カブリオール脚の作り方
 
ウィンザーチェアの形態変遷について 
 
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初期のガーデンチェアとして使用されていた椅子のシートは台形か円形であったということであるので、この年代別変遷のチャートから見えてくるものはその台形のシートにカブリオール脚が取り付けられていたものが最初のコムバックアームで、その後ゴールドスミス型が現われ、それにカブリオールを取り付けたタイプが現れる。それがキャプテン・クックチェアへと進化したと考えられるのである。キャプテン・クックチェアのシートに受け継がれたカブリオール脚を取り付けた跡が後のシートの形へ受け継がれ、5番目のカブリオール脚のチッペンデールスプラット付きのコムバックアームチェアへと進化していったと考えられる。そのアームボウの曲げの応用でボウが上部にかぶさったものがボウバック・アームチェアとなり、同時に下部にクリノリン・ストレッチャーが取り付けられるようになる。19世紀に入ってカブリオール脚の流行が去り、量産できる4本脚に戻ることでイングリッシュ・ウィンザーチェアの姿が確立していったと考えられる。
 ※ この時点ではまだジョン・ピットとリチャード・ヘウェットの椅子は’ゴールドスミス’チェアより以前のものであることに同意していたが、ピットとヘウェットの椅子に取り付けられたカブリオール脚が当時のチッペンデール型脚の影響であることで間違いはないが、ゴールドスミス型にそのカブリオールがが取り付けられたということから’ゴールドスミス’チェアの年代が後になったと推察できる。だがしかし’ゴールドスミス’型はその以前に存在していたと考えるのが自然ではないのか?
2017.05.22

ウィンザーチェアが語るもの
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ゴールドスミス ウィンザーチェア
 
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 文献によるかぎりゴールドスミスチェアは1750年から60年頃のものと考えられている。しかしそれは劇作家であったゴールドスミス(1728-74)が生存していた時代から推測したと思われる。だがしかし1708年のフィラデルフィアのウィンザーがゴールドスミスチェアではなかったか?という仮説を立ててみるとゴールドスミスチェアが年代順でみれば一番に来なければならないことになる。ゴールドスミスチェアが量産による生産のために考えられた最初の椅子であり、当時それが長い間ウィンザー地方から来る安っぽい椅子として定着していたのではないか?そのイメージを払しょくするためにカブリオール脚が考えられたのではないかという推論が成り立つのである。
※これはあくまでも私の個人的見解をはみでるものだはありません。
 
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参照:
英国ウィンザーチェアの鉛筆画資料による解説 13
 
英国ウィンザーチェアの鉛筆画資料による解説 14
 
FDY家具デザイン研究所ホームページ
 

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ボウバック・アームチェア
(チッペンデール・スプラット)
 
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制作年:2013年
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チッペンデール・スプラットについて
 スプラットは確実にハンドメイドであった。形を描き鋸で切り突き通すという、それは複雑で繊細さを発揮するものであった。18世紀にはスプラットは一枚板でシートからバックボウまで伸びてシートに取り付け、それからバックボウの下部に取り付けられていた。アームボウを通る部分は、はめ込み式になっており、その表面はフラットにされた。スプラットを受けるためにバックボウには切り込みが入られてスプラットの両サイドから二本の釘で保持されていた。
19世紀にはバックスプラットは2つに分断して作られていた。バックボウと組み立てる際に、18世紀の椅子に登場したのと同じようにアームボウの強さを壊さない方法でシングルスプラットのイメージを持たせた。この二つの部品は鋸で切り落としてシートとアームボウとバックボウに施された溝にお互いの先端が収まるサネ継ぎにされてデザインどおりに差し込まれた。アームボウは二つのスプラットのサネを取り付けるために垂直にとおすように溝がつけられた。このやり方法は19世紀のすべてのボウバックアームチェアの構造に使用された。
 
スプラットの加工について
スプラットは加工よりもその形態を把握するのが大変であった。スケッチで描いてそれを図面化するのだが、スケッチの段階でモチーフの割合をつかむのに何枚ものスケッチを重ねなければならない。それを実際に制作するのだが、まず1/5模型を作り検討する。そのフィードバックで模型は4脚は作ったことになり、スプラットの模型はその数以上になった。
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最終的にスプラットの加工に入ったが、原寸のスプラットは
糸鋸による加工になるが、せっかく作ってみてもどうしても実際のものと違うことに気づき、また最初から作り直すといった
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ふうに大変な作業であった。
 
私見
カブリオール脚(猫脚)のウィンザーチェアの制作が後回しになったことは前にふれましたが、ウィンザーチェアつまり初期のスティックバック・アームチェア(ゴールドスミスチェア)との関係が不明のままでした。しかし制作してみることでその関係がわかってきたのでした。最初に手掛けたカブリオールのウィンザーはジョン・ピットの時代(1750年頃)のウィンザーでした。それはウィンザーチェアの仲間になる以前の椅子でした。それがゴールドスミス型と合体する中で生まれたのが先のファンバックアームチェアではなかったのか?ようするにゴールドスミスチェアにカブリオール脚を取り入れることによって生まれたシートの形がキャプテン・クックチェアではなかったのか?キャプテンクックチェアのシートにカブリオール脚をくっつけて、上部にファンバックのアームと背を加えた形が、先のファンバック・アームチェアになり、その背がボウに代わることで誕生したのがこのボウバックになるというセオリーがなりたつのです
 
 FDY家具デザイン研究所ホームページ
 
 

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ファンバック・アームチェア(チッペンデール・スプラット)
 
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制作年:2013年
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 ファンバック・アームチェア(チッペンデール・スプラット)について
18世紀中葉にはチッペンデール(1718−79)やヘップルホワイト(?−1786)のファッショナブルなデザインがウィンザーチェアのスプラットに取り入れられるようになったが、同じようにスプラットが取り付けられたいわゆるホイールバックや似かよったモチーフのボウバックウィンザーが優位になっていった。コムバックは19世紀初期まで作られていたが、ガーデンチェアの外のタイプとの競合により流行からはずれて衰退していった。
カブリオール脚にはカウホーン・ストレッチャーとクリノリン・ストレッチャーが連動していたが初期にはHストレッチャーのものがあった。
アーム・ボウはシートの輪郭に添って平行で、一般的にトネリコあるいはブナや時にはフルーツウッドで作られた。沸かしたお湯にその木を浸して型に合わせて曲げたあと乾燥させた。コムの形はそのボウに垂直方向に穴を開けてバックスティックをとおしてシートに取り付けて出来上がった。その両サイドはアームサポートで支えられていた。このサポートは初期にはブナかトネリコの板からうしろは真っすぐに、前はC型に切り抜かれて、シートにホゾ接された。19世紀中ごろにはアームボウのサポートはクリノリンストレッチャーの半形のものが登場した。
コムバックは18世紀をとおして作り続けられ、イメージ 6その世紀の後半には二つまたは三つのシートがありシルエットスプラットと 猫脚のコムバックウィンザーセイメージ 7ティーが数は少なかったが現れた。
なぜコムバックチェアが衰退したかを調べる意味があるが、コムバック・チェアの流れは高度に工業化された19世紀に重たいラスバックとラス・アンド・バラスターウィンザー・アームチェアとして息を吹き返すことになる。
 
私見:イメージ 8
ジョン・ピットのコムバック・アームチェアと比較すると、スプラットがチッペンデールの影響を受けていることと、まず、シートの幅が大きく異なっていること、次に笠木が波型へと変化してアームサポートがクリノリン型の半円形になっていることでこの椅子が18世紀後期になってなんらかの影響を受け大きく変換していく前触れを感じさせていることに気づきます。それはボウバックに取って代わられ、コムバックが衰退していく前触れでもあります。次に紹介しますボウバックアームチェアのボウに入れ替え、脚の貫をカウホーン型にすれば良いだけなのです。ここで現在、我々がイメージするウィンザーチェアの形態が確立していくことになります。コムバックは後にラスバックやスモーカーズボウという形でコム型は蘇ることになるのです。
 
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