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「今夜、逢おう」
「……ウン!」
「少し時間遅くなると思うが、また連絡するよ」
ヒトシからの突然の電話。マリエは嬉しかった。
しかし今夜は、人数合わせで呼ばれた合コンの予定があった。
マリエは行きたくなかったのだが、すでに返事を受けてしまった以上は断れなかった。
(ヒトシの電話が来たら、途中で抜けよう)
そう思い、合コンの待ち合わせ場所へと向かった。
4対4の総勢8人。
メンツが揃う以前から、あまり気の進まなかったマリエは、顔合わせをし、ますます気が失せた。
できることなら、今すぐにこの場から抜け出したかった。
どうやって早く帰ろう、考えるのはそんなことばかり。
時刻は7時。1時間位で抜けるつもりでいた。
合コンのメンバーが予約を入れたという店は、一部屋ごとに個室スペースとして仕切られた、和風懐石料理の店。
よりによって、すんなり帰れそうにないメニューだ。
料理のひとつひとつが運ばれて最後まで、1時間では済まないだろう。
せっかくの料理も、これでは味気ない。
みんな合コンとあって浮かれているのか、わざと盛り上げようとしているのか
個室なのをいいことに大声で騒ぎ立てて、初対面であるにも関わらず、下品な会話。
マリエのつまらなそうな態度は目に余るほどだったので、男性陣はそっぽを向き、他の女性たちと会話していた。
マリエは携帯を気にして、頻繁に覗いた。まだヒトシからの着信はない。
ビールにワインと酒を飲んでは食事の進まないみんなのペースで、料理はなかなか運ばれてこなかった。
そのうち幹事の男がマリエの浮かない顔に気づき、マリエに話題を振るとみんなで囃し立てるのだった。
一人でも人数が途中で欠けたら、誰かがあぶれてしまうのを懸念したのだろう。
その場が楽しければ良いものではない。
男たちは下心を常に頭で計算している。
マリエはまんまと男たちの策略にはまり、いつの間にか機嫌を取り直しておしゃべりに溶け込んでいた。
誰かがトイレに立った瞬間、ふと思い、携帯を覗くと2件の着信が。
マリエは携帯を手に席を立ち、トイレに向かった。
一緒にいた女性は、マリエの心配げな顔を見ると言った。
「ごめんね。今日のメンバー、タチ悪いね」
「ううん、気にしないで」
彼女のせいじゃない、マリエはそう思って言った。
ヒトシからの携帯の着信時間を見ると、30分も前であった。
時刻は9時。2時間も経過している。
マリエはヒトシに電話した。
「ごめんなさい、着信に気づかなくて……。今、何処にいるの?」
「うん、もういいよ。2回もかけて出ないから、帰ってきちゃった」
「帰っちゃったの!? そんなぁ…」
「今夜はタイミングが悪かったと思って。また次回逢おう」
「ごめんなさい。今からそっちに行くから、ゆるして」
「いいよ、もう。こんな日もあるさ」
「怒ってる?本当に、本当にごめんなさい」
「怒ってないよ。じゃ、また」
居たたまれない思いで電話を切り、マリエは泣きたい気持ちになった。
(合コンなんて、最初から断っていれば良かった……)
部屋に戻ると、ようやく最後のメニューのデザートが運ばれた。
この場がメインではない男性陣は、早くお開きにして次へと行きたがった。
幹事の男が言った。
「じゃ、これにて解散しましょう。各自各々散って結構です」
気がつけばそれぞれにカップルができていた。
マリエはひとりで店を出たのだが、余った男が一緒にくっついてきていた。
「あの、ごめんなさい。私このあと予定があって……」
「そうなんだぁ……。じゃあ今夜は縁がなかったんだね……。」
「ごめんなさい」
男に一礼すると、駅に向かって走った。
マリエは今から、ヒトシの家に行くつもりだ。
また次回と話したはずであったが、このまま帰るには偲びなかった。
自分のせいで今夜のことが駄目になってしまった。
申し訳ない気持ちで、胸が押しつぶされそうだったのだ。
電車に揺られながら、マリエは今夜の自分の行いを深く後悔し、反省した。
気の進まない合コンに参加したことも、ヒトシの電話に気づかなかったことも。
そもそも、つまらないままでいたならば、電話に気づいたはずだった。
ちょっとチヤホヤされたからって、いい気になった自分が情けなかった。
今から向かったとしても、ヒトシに逢えるかどうかはわからない。
とにかく駅に着いたら、一言、連絡しようと決めた。
ヒトシの家の最寄り駅にようやく着いた。
電車を降り、携帯を鞄から取り出すと、着信1件の表示。
ヒトシだ。時間は1分前。
あわててヒトシに電話をかけた。
「あのね、来ちゃったの。ヒトシに一目でも逢いたくて」
「……えっ!?」
「あのままじゃ、どうしても居たたまれなかったから……今からちょうど改札を出るところよ」
「マリエ、そのまま引き返せよ」
「……え?……どうして?」
改札を出ようとしたが、Suicaの残高が足りずに扉が閉まった。
それはまるでマリエの行く手を阻むかのように。
(ヒトシ、やっぱり怒ってる……)
引き返し、チャージしながら、気もそぞろで電話の声を聞いた。
「引き返して来い、今すぐ」
「ちょっと待って。今、チャージしてるから……」
「俺も今、マリエのアパートの前にいるんだ」
「…え!? どういうこと!?」
ヒトシは家に帰った後、電話で落ち込むマリエがどうしても気がかりで、車を飛ばした。
さっきの着信は、マリエのところに着いたと連絡するつもりだった。
ふたりして同時にお互いを思い、お互いの場所に向かっていた。
地の果てのようなすれ違い。
電話越しに、ふたりでお互いの滑稽さに笑い合った。
「何やってんだよぉ、俺たち」
「まさかヒトシが私のウチに向かってたなんて」
「マリエこそ」
「真ん中で会いましょう」
「よし、真ん中で」
真ん中。それだけで、ふたりには暗黙の了解だった。
上りホームで電車を待つマリエに、春の夜風が心地良く吹いた。
ヒトシが車内でタバコをもみ消すと、開けた窓から風が舞い込んだ。
せめてどちらかが、途中で連絡したなら良かったのに。
そうしたら、こんな真逆に達することもなかったであろうに。
着いてから電話し合うなんて、似すぎたふたり。
しかしお互いを思いあっての同じ行動ゆえ、時間の無駄でさえもが、やけに愛しく思えたふたりだった。
それぞれに想いを噛みしめて、真ん中の待ち合わせ場所へと向かった。
マリエは真ん中の駅に到着し、ふたりの暗黙の待ち合わせ場所へと向かい、階段を降りていた。
あと半分で階段を降り切るというあたりで、見覚えのある車が道路わきにすーっと静かに停車した。
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