妄想短篇

[ リスト | 詳細 ]

けっこう真面目にチャレンジしてます。
記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

想いあふれて

「今夜、逢おう」
「……ウン!」
「少し時間遅くなると思うが、また連絡するよ」

ヒトシからの突然の電話。マリエは嬉しかった。
しかし今夜は、人数合わせで呼ばれた合コンの予定があった。
マリエは行きたくなかったのだが、すでに返事を受けてしまった以上は断れなかった。

(ヒトシの電話が来たら、途中で抜けよう)
そう思い、合コンの待ち合わせ場所へと向かった。

4対4の総勢8人。
メンツが揃う以前から、あまり気の進まなかったマリエは、顔合わせをし、ますます気が失せた。
できることなら、今すぐにこの場から抜け出したかった。
どうやって早く帰ろう、考えるのはそんなことばかり。
時刻は7時。1時間位で抜けるつもりでいた。

合コンのメンバーが予約を入れたという店は、一部屋ごとに個室スペースとして仕切られた、和風懐石料理の店。
よりによって、すんなり帰れそうにないメニューだ。
料理のひとつひとつが運ばれて最後まで、1時間では済まないだろう。
せっかくの料理も、これでは味気ない。

みんな合コンとあって浮かれているのか、わざと盛り上げようとしているのか
個室なのをいいことに大声で騒ぎ立てて、初対面であるにも関わらず、下品な会話。
マリエのつまらなそうな態度は目に余るほどだったので、男性陣はそっぽを向き、他の女性たちと会話していた。

マリエは携帯を気にして、頻繁に覗いた。まだヒトシからの着信はない。
ビールにワインと酒を飲んでは食事の進まないみんなのペースで、料理はなかなか運ばれてこなかった。
そのうち幹事の男がマリエの浮かない顔に気づき、マリエに話題を振るとみんなで囃し立てるのだった。
一人でも人数が途中で欠けたら、誰かがあぶれてしまうのを懸念したのだろう。
その場が楽しければ良いものではない。
男たちは下心を常に頭で計算している。

マリエはまんまと男たちの策略にはまり、いつの間にか機嫌を取り直しておしゃべりに溶け込んでいた。
誰かがトイレに立った瞬間、ふと思い、携帯を覗くと2件の着信が。
マリエは携帯を手に席を立ち、トイレに向かった。
一緒にいた女性は、マリエの心配げな顔を見ると言った。

「ごめんね。今日のメンバー、タチ悪いね」
「ううん、気にしないで」

彼女のせいじゃない、マリエはそう思って言った。
ヒトシからの携帯の着信時間を見ると、30分も前であった。
時刻は9時。2時間も経過している。
マリエはヒトシに電話した。

「ごめんなさい、着信に気づかなくて……。今、何処にいるの?」
「うん、もういいよ。2回もかけて出ないから、帰ってきちゃった」
「帰っちゃったの!? そんなぁ…」
「今夜はタイミングが悪かったと思って。また次回逢おう」
「ごめんなさい。今からそっちに行くから、ゆるして」
「いいよ、もう。こんな日もあるさ」
「怒ってる?本当に、本当にごめんなさい」
「怒ってないよ。じゃ、また」

居たたまれない思いで電話を切り、マリエは泣きたい気持ちになった。
(合コンなんて、最初から断っていれば良かった……)

部屋に戻ると、ようやく最後のメニューのデザートが運ばれた。
この場がメインではない男性陣は、早くお開きにして次へと行きたがった。
幹事の男が言った。

「じゃ、これにて解散しましょう。各自各々散って結構です」

気がつけばそれぞれにカップルができていた。
マリエはひとりで店を出たのだが、余った男が一緒にくっついてきていた。

「あの、ごめんなさい。私このあと予定があって……」
「そうなんだぁ……。じゃあ今夜は縁がなかったんだね……。」
「ごめんなさい」

男に一礼すると、駅に向かって走った。
マリエは今から、ヒトシの家に行くつもりだ。
また次回と話したはずであったが、このまま帰るには偲びなかった。
自分のせいで今夜のことが駄目になってしまった。
申し訳ない気持ちで、胸が押しつぶされそうだったのだ。

電車に揺られながら、マリエは今夜の自分の行いを深く後悔し、反省した。
気の進まない合コンに参加したことも、ヒトシの電話に気づかなかったことも。
そもそも、つまらないままでいたならば、電話に気づいたはずだった。
ちょっとチヤホヤされたからって、いい気になった自分が情けなかった。
今から向かったとしても、ヒトシに逢えるかどうかはわからない。
とにかく駅に着いたら、一言、連絡しようと決めた。

ヒトシの家の最寄り駅にようやく着いた。
電車を降り、携帯を鞄から取り出すと、着信1件の表示。
ヒトシだ。時間は1分前。
あわててヒトシに電話をかけた。

「あのね、来ちゃったの。ヒトシに一目でも逢いたくて」
「……えっ!?」
「あのままじゃ、どうしても居たたまれなかったから……今からちょうど改札を出るところよ」
「マリエ、そのまま引き返せよ」
「……え?……どうして?」

改札を出ようとしたが、Suicaの残高が足りずに扉が閉まった。
それはまるでマリエの行く手を阻むかのように。
(ヒトシ、やっぱり怒ってる……)
引き返し、チャージしながら、気もそぞろで電話の声を聞いた。

「引き返して来い、今すぐ」
「ちょっと待って。今、チャージしてるから……」
「俺も今、マリエのアパートの前にいるんだ」
「…え!? どういうこと!?」

ヒトシは家に帰った後、電話で落ち込むマリエがどうしても気がかりで、車を飛ばした。
さっきの着信は、マリエのところに着いたと連絡するつもりだった。

ふたりして同時にお互いを思い、お互いの場所に向かっていた。
地の果てのようなすれ違い。
電話越しに、ふたりでお互いの滑稽さに笑い合った。

「何やってんだよぉ、俺たち」
「まさかヒトシが私のウチに向かってたなんて」
「マリエこそ」
「真ん中で会いましょう」
「よし、真ん中で」

真ん中。それだけで、ふたりには暗黙の了解だった。

上りホームで電車を待つマリエに、春の夜風が心地良く吹いた。
ヒトシが車内でタバコをもみ消すと、開けた窓から風が舞い込んだ。

せめてどちらかが、途中で連絡したなら良かったのに。
そうしたら、こんな真逆に達することもなかったであろうに。
着いてから電話し合うなんて、似すぎたふたり。
しかしお互いを思いあっての同じ行動ゆえ、時間の無駄でさえもが、やけに愛しく思えたふたりだった。
それぞれに想いを噛みしめて、真ん中の待ち合わせ場所へと向かった。

マリエは真ん中の駅に到着し、ふたりの暗黙の待ち合わせ場所へと向かい、階段を降りていた。
あと半分で階段を降り切るというあたりで、見覚えのある車が道路わきにすーっと静かに停車した。

時計を見ると、もうすぐ夕方になろうとしていた。
あと2時間もしたら私の小さな幸せが叶う。
離れた子供たちとあたりまえに生活するということ。
1年ぶりの再会は、保育園に迎えに行くことで果たされる。

この胸の痛みは……この1年1日たりとも思わない時がなかった子供たちに、長い苦しみを越えてようやく会える嬉しさから込み上げる喜びの痛みなのか、それとも。

足元の粉々に割れた鏡の欠片を拾い、1つずつ口の中に入れて噛み砕いた。
噛み砕いては飲み込み、また欠片を拾って口の中に入れた。
歯茎に突き刺さって取れずに残したまま、また新たな欠片を噛み砕いては飲み込んだ。
大きい鏡の欠片を手に取り、舌を出して鏡に映した。
舌は穴があちこち開き、血を滲ませていた。

胸が痛かった。割れた鏡のとなりに身を横たえ、寝ながら欠片を口にして飲み込んでいた。
適当にしか噛み砕けなくなってきた少し大きい欠片を飲み込むときに、のどにも痛みを覚えた。
ごくっと飲み込んでも飲み込めなかったのは、のどにも突き刺さっているんだと自覚した。
私の体内で飲み込んだ欠片が無数に突き刺さっているんだと。

あと2時間後には子供たちに会える。迎えにいかなくちゃ。
それまで少しの間、休もう。
あの人が、部屋にひとり残る私が寒くないようにと
暖房を点けたまま出かけて行ってくれた。
部屋が暖かすぎるせいなのか、ぼーっとしていた。
天井近くの排気口に炎が噴き出していた。

やどかりの恋

ある日のこと。
僕は浜辺でひとり歩いていた。
すると、急にふわりと身体が宙に浮いたかと思ったら
あったかいところに連れてこられた。

「うわあ、ちっちゃ〜い♪ カワイイッ ヤドカリクン☆」

目の前に大きな瞳がキラキラと現れ、僕にニコッと微笑むと
僕の貝殻をナデナデした。
どうやら僕は人間の手のひらに乗せられたようだ。
驚いて貝殻に引っ込み、そぉっと様子をうかがった。
人間のオンナノコは僕の貝殻を突っついていた。

「なあ、こっちに綺麗な貝殻が落ちてるよ!」
「エッ?ど〜れぇ?」

オトコの声がしてオンナノコは僕を浜辺に戻すと行ってしまった。
貝殻の中から身を乗り出してオンナノコの姿を目で追うと
向こうでオトコと一緒にしゃがみこんで貝殻を拾っていた。

「わぁっ 綺麗ね〜・・・持って帰ろ♪」
「まだ探せばいっぱいあるよ」
「ううん、いいの。また来ましょう。もう帰らなくちゃ」

あたりは夕暮れがせまって、燃えるようなオレンジに包まれた。
僕は初めて乗ったオンナノコの手のひらの温もりと
キラキラとした大きな瞳が忘れられずにいた。
ヤドカリのくせして、人間のオンナノコに恋をしてしまったのだった。


きっとまた逢える。
そう信じて何日も過ごした。
でも逢えない日々は妄想を広げるばかりだった。

どうしたらまた、あのオンナノコに逢えるだろう。
逢えるだけじゃ満たされない。
綺麗な貝殻に忍び込んで、オンナノコに拾われたい。
でもあのオンナノコには恋人がいる。悲しいな、悔しいな、ちくしょー。
僕があのコの恋人になれたらいいのに。
そしたら…あんなことやこんなことも。

あの日オンナノコに会った時の、ちっちゃな貝殻を脱ぎ捨て
オンナノコに拾ってもらえるように、綺麗な貝殻を探して身に纏った。
僕は虹色に輝きを放つ、傷ひとつない美しい巻貝の主になって
オンナノコが再びこの浜辺に貝殻を探しにやってくるのを待った。


そしてついに念願の日がやってきた。
忘れもしないあのオンナノコの優しい声だ。
僕の企て通り、オンナノコは僕を拾った。
ヤドカリであることを気づかれないように、貝の奥へと身を潜めた。

「こないだのよりも素敵よ…ねえ、見て?」
「ああ、綺麗な巻貝だね。ちょっとよく見せて?」
「はい、どぅぞ♪」
「ありがとう。海の音がするんだよね、貝殻って…」

そう言ってオトコは僕の巻貝を耳にあてた。
その一瞬のチャンスを逃さなかった。
僕はオトコの耳の中に侵入した。
オンナノコの恋人になるべく、僕はオトコを占有した。

「・・・!!! ▲○%■¥◎」
「どぅ?海の音、聴こえる?」
「さあ、どうかな?君も試してごらん」
(やったぁ!乗っ取り成功!!)

僕はオンナノコに僕が脱ぎ捨てた虹色の貝殻を差し出した。
手が微かに触れて、僕は有頂天になった。
ああああ、だめだ。ドキドキする。こんな感覚は初めてだ。
人間の身体が馴染むまで僕は何にもできないよ。
あんなことやこんなことをしようって考えてたけど。

オンナノコに手を握られ、浜辺を歩く、人間になったばかりの僕は
火が吹き出そうなほど全身がカッカと燃え、恥ずかしさで俯いた。
あの日と同じ、夕暮れがせまりオレンジに溶ける海辺で…。


黙々と手を繋いだまま歩いた。
オンナノコに話をする余裕もないほど緊張していた。
オンナノコも黙って歩いていた。
僕達は何処へ向かって歩いているのか、僕にはわからなかった。
ただこうして、大好きなオンナノコと一緒にいられるだけで最高に嬉しかった。

と、オンナノコが立ち止まった。

「着いちゃった…」
(ここはオンナノコの家?)
「これで…さよならなのね」
(エッ!?)
「東京で…仕事…がんばってね。私の事…忘れないで…」
(いきなり別れかいっ!)

オンナノコは涙をぽろりと零した。
僕は思わずオンナノコをぎゅーっと力強く抱きしめた。
イヤだ、せっかく大好きなオンナノコの恋人になれたっていうんだゾ!
これで逢えなくなってしまうなんてひどすぎる。耐えられない。
そうだ、コイツの身体を捨ててオンナノコに飛び移ろう。
僕はオンナノコの顔にコイツの顔を寄せ、キスをした。
その一瞬のチャンスを逃さなかった。
僕はオンナノコの口の中へと飛び込んだ。

「・・・!!! ▲○%■¥◎・・・ガリッ」
(うぎゃっ!)
「なっっ、何!?」
「どうした!?」
「口の中に何か入ったの!噛んじゃったの!」
「ええっ!!出してごらんよ!」

ペッ、と手のひらに吐き出すと、虫のようなものが。

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」




オンナノコは家族で夕飯を食べていた。
その日はご馳走のタラバガニ。

「美味しいね〜」
「う〜ん、ウマイ♪」
「ねえねえ、知ってる?タラバガニってさ、ヤドカリの仲間なんだって」
「へー、そうなんだぁ。知らなかったー」
「昨日ね、TVで言ってたよ。カニ類じゃないんだって」
「・・・ふ〜ん・・・」

オンナノコはヤドカリと聞いて思い出していた。
就職で上京してしまう恋人と、夕焼けの浜辺を歩いたことを。
オンナノコに恋したヤドカリを、噛んで死なせてしまったことなど知りもせずに
別れた恋人を思いながら、タラバガニを黙々と食べていた。

桜の木の下で

すっかり外は春の陽気だった。
男は久しぶりの僅かな余暇を近くの河原で過ごそうと、本を1冊片手に出かけた。

河原の土手には桜が咲いていた。
春休みであろうにも関わらず、人ひとりいない静かな昼下がり。
桜の花が咲いていることにさえ気づかないほど、働きづめだった男は
ご褒美でも貰えたような気分で、桜の木の真下を陣取って土手に寝そべった。
しおりを挟んだ箇所から本を開くが、目に飛び込んでくるのは
文字よりも、桜の花と抜けるような青い空。
時折、春風がそよぎ、桜の花と前髪を揺らす。
そういえば床屋にもしばらく行っていなかったなぁ…
めったに取れない休日、やらなければならないことは山ほどあるのだが
それ以上にこうしてのんびりとした時間を過ごすことの方が、何よりも必要に思えた。
仕事のことで詰め込みすぎた頭の中を、空っぽにしたい気持ちだった。

鳥がつがいで大空を飛んでいく。
陽の光が河の表面に反射して煌く。
眩しさに目を細めると、暖かな陽気に誘われるように
瞼が次第に重くなっていった。


「おい、死んでるぞ」
「待ち望んだ甲斐があったな」
「そうだな。ここのところさっぱりだったしな」
「よし、早くこいつを埋めちまおう」
「そうしよう」

…ザバッ!

(何だっ!? 俺は死んでない!やめろ!)

何やら男達の声が聴こえたかと思うと、いきなり土をかけられ、男は叫んだ。
しかし目の前は真っ暗、身体を動かそうにもびくともしない。
男の叫びはまったく通じず、次から次へと土をかけられた。

「来年はいい色に染まるな」
ザバッ
「昔はもっと濃いピンク色だったが…。すっかり色抜けしたものだ」
ザバッ
「やっぱり人の血じゃないと、な」
ザバッ
「桜さんよ、こいつの血を吸って、豪華なピンク色に染まってくれよ」

(やめろ、やめろ!俺は生きているんだ)
(聞こえないのかっ!? おい、やめろ!)

(…俺は死んでいるのか?)
(光を感じない、身体が動かない、まさかそんな)
(確かに俺はいつ死んでもおかしくないと思う…俺は死んだのか…?)

ザバッ!

「やめて!!この人をひとりきりで埋めないで!!」
「…なんだ?」
「おまえさん、こいつの知り合いか?」
「そうよ、待って。埋めるなら私も一緒に埋めてよ」

(…誰?この声は…)
「私よ…」

何も見えないはずの真っ暗闇の中に、女の姿が映った。
水晶のような瞳、カラスの濡れ羽のような黒く長い髪。
まぎれもなく、女は3年前に病死した…恋人。
男は恋人を失った哀しみを紛らわすために、仕事に打ち注いだのだった。
だが忙しさは募り、何のために忙しくしていたのかも忘れてしまった。

(君…僕の声が聴こえるの?)
「聴こえるわ…」
(どうして、ここに?君は3年前に…)
「ずっと待っていたわ…でもこんなに早く貴方に逢えるなんて…」
(君のこと忘れていたわけじゃないんだ…ただ)
(ただ…君がいない辛さを忘れていたかったんだ)
「…わかってる。わかってるわ」
(逢いたかった…)
「私もよ…」
(これからはずっと一緒なんだね?)
「そうよ…一緒。一緒に桜の花を染めましょう」
(君とこの桜に…)

…ザバッ!ザバッ!ザバッ!…ザバザバザバザバーーーーッッ…
容赦なく土がかけられた。
男は女と身を重ね、幸福感と温もりの中、静かに瞼を閉じた。


風そよぐ、桜。
柔らかい光放つ、夕暮れ間近の空。
子供たちが駆け足で通り過ぎてく。
自転車のブレーキ音。
普段何気なく見聞きする、日常の何でもない風景に
桜が咲くというだけで特別な心象風景を醸し出す。

うたた寝から目覚めた男の胸には、一枚の桜の花びらが。
心なしか他の花びらよりもピンク色におびているようだった。
男は桜の花びらをそっと手に取り、大切に本に挟んだ。
床屋には近いうちに行けばいい、本もこれからたくさん読める。
忙しない日々を改め、ゆっくりと自分のペースで生きていこう、
そう思い、河原をあとにした。
自分自身を取り戻した男は、夕陽の逆光でシルエットになり
風景の一部として溶け込んでいた。

目が眩んだ人々

男は、昨年1年間、とある女に惹き込まれていた。
女は、虚言吐きだった。
きっとすべてが嘘であろう。
そう判っているのに、女に惹き込まれてしまった。

ある日、男の携帯が鳴った。
表示される見慣れない番号は国際電話であった。
香港に支社を持つ男の会社関係ならば、名称が表示されるはずである。
男は出た。
すると電話の主は、ボイスチェンジャーを使った女?の声であるようだった。

「もしもし、高山様ですね?」
「…はい、そうですが」
「水野亮子の秘書の矢島と申します」
「…はぁ」
「水野は香港マフィアに監禁されて、薬のせいかショックのせいか、記憶を失っています。水野には以前、自分の身に何かあった場合は、高山様に連絡を取ってほしいと聞き置きしていましたので、ご連絡差し上げました」
「マフィア?監禁?…冗談だろっ!!」
「嘘や冗談ではありません。しかし、ご心配は無用です。高山様の身の安全は、こちらで手配をし、万全に確保致しております。水野はようやく解放され、日本に送還されます。貴方に引き取り手になって頂きたいのです」

矢島は話を続けた。

「水野は整形手術を施して、多少顔が変わっています。記憶も失っておりますが、私共がある程度のことは話して聞かせました」

そして数日後、男は約束どおりの時間と場所で、女を出迎えた。
女はプチ整形を施していたが、さほど変わった印象はない。

「僕が…わかる?」
「……わかんな〜い。でも秘書に聞いてるからぁ…」

女はとぼけているのか、話し口調が馬鹿っぽかった。

男は、今後のこの女の身の拠り所を用意していた。
相談相手の社長夫妻が自ら申し出たのだ。
女には100億の金がある。その金で、女を生活させてやってほしいと、秘書が伝言の手紙を女に持たせていた。
100億の3%は面倒を見る人間の自由にしていいとも書かれていた。
そして都心の外資系ホテルには決して出入りさせないようにとも。
しばらくの間、女は、社長夫妻の自宅に預けられた。

男は、前に女が話していたことを思い返していた。
クライアントが6人いるうちの、一番の出資者が、香港の大物。
国内の株の50%を保有し、この人間の手に香港は牛耳られているほどらしい。
そして、イタリア人と、アメリカ人。皆、揃いにも揃って暗躍者たち。
数年前、詐欺容疑で逮捕された大神という男もそうだったと。

どこまでが本当で嘘なのか、いや、ほとんどが虚言だと男は信じている。
自分に害があるわけでも、利益があるわけでもない。
ただ、1年間、この女に振り回されたのは事実だ。

昨年の秋、真夜中の電話で女は言った。

「高山さん、貴方に出会えて私は幸せでした。とても楽しかった」

話す語尾がすべて過去形なのに疑念が湧き、男は尋ねた。

「こんな夜中に、どこからかけてるの?」
「……大月」
「また随分と遠くにいるんだね。大月で何してるの」
「マンションの屋上にいるの…風が冷たい…」

男は会社の人間に一目散で大月まで車を走らせ向かわせた。

それだけではない。
急に具合が悪くなったと、銀座の歩行者天国の交差点のど真ん中でひとりうずくまり
電話をよこしてきた時も、一番近くの支社の人間に行かせた。
女を囲むように周りには人だかりができていて、見知らぬ人が救急車を呼ぼうと声をかけていた。

実際に救急車に乗せたこともある。
「薬を飲んだ」と言って電話をしてきた。
ただちに病院で胃を洗浄しなければいけないと、女の家に救急車を呼んだ。
しかし女が飲んだのは、市販の睡眠導入剤6錠ほど。
そんなことが度々続き、とうとう病院から、女を引き取りにきてほしいと逆に呼ばれてしまったのだ。

今年に入り、男は二度と女とは関わらないことにしようと決めていた。
そんな矢先に社長夫妻から連絡が入った。
奥さんが言うには、女はかなりヤバイらしい。
覚せい剤をやっているとかそういったことはないのだが、あまりに不審なことが多すぎた。
夫妻は女に気づかれないように、探偵を雇い女を調べ上げた。
女の正体を暴くべく、たくさんの証拠を得たと。

女を取り囲んで、夫妻含む仲間内数人で証拠を突き出した。
香港で殺されたと言っていた秘書の矢島は、高島平に住み、生きていること。
相次いで自殺したという両親は、福島の片田舎に暮らしていること。
パスポートに記された、香港からの帰国日が実際より10日も前であったこと。

「君は妄想に獲り憑かれているだけだ。心が病んでいるんだ、精神病だ!」

そう言われて、女は豹変した。
白目を剥き、男をキッと睨むと、ホラー映画に出てきそうな顔で叫んだ。

「…私がキチガイだとでもいうの!?」



社長夫妻は、結局すべて自腹を切って面倒を見ていたのだ。
いずれ手に入るであろう大金を待ち望んで。
女は金など一銭も持ってはいなかった。
それどころか無用に金を引き出され続けた。
その後、女は追い出され、ホステスをして稼いだ日雇い金で、ビジネスホテルでのその日暮らしをしている。

何人もが、女の妄想に引き摺りこまれた。
男は妄想から抜け出したかった。
仕事で渡米したとき、空港で飛行機を降りた目の前にヘリが降り立ち
「高山さーん!一緒に夜景を見に行きましょうよ!」と女がにこやかに手を振ったのも
リッツホテルのエグゼクティブスイートを取った女が、紹介するわ、と会わせたのは、売れる前のライブドアの社長だったことも
誕生日パーティーをしましょうと、竹芝の豪華客船ヴァンティアンをたった3人で貸し切り、音楽の生演奏を聴いたことも
みんなみんな。

すべてが、夢幻だったと。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.

過去の記事一覧

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

COOL!!!

Friend’s Brogs

登録されていません

Yahoo!からのお知らせ

にこ
にこ
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事