いずれ慣れるのだろう。
その表記を初めて目にしたとき、ヨーグルトを思い浮かべた。
それ以外のものは、連想できなかった。
H29、H30と続いたあとのR1。
令和の頭文字はLにあらず。
Rなのだ。
令和時代の幕明けから3週間弱。
仕事柄、令和を平成に読み換える機会がしばしばある。
そんなとき、令和元年をついつい平成32年と変換してしまう。
平成31年の次は平成32年。
私の体内時計は、未だ令和への切り替えができていない。
平成生まれの新人が、初めて職場の仲間となったとき、それはそれは物珍しかった。
「いよいよ、平成生まれが入ってくるようになったのか!」
それがいつしか、当たり前になった。
中途採用に積極的な我が職場でも、昭和生まれの新人はほとんど見なくなった。
平成生まれの連中よ、令和世代を迎え入れる心の準備をどんなに早くしても、決して早過ぎるということはない。
新しい時代が始まっても、涸沼湖畔は相変わらず静かだ。
ゆうに100m以上は離れた、隣の釣り人の息遣いまで聞こえてくる。
これはチョット言い過ぎた。
隣の鈴がこちらまで、ハッキリと聞こえてくる。
釣り人の悲しい性で、隣の鈴と分かっていても反応してしまう。
たかが鈴の音だ。
いくら鳴らしても、「やかましい」と苦情を言われることはない。
だからうなぎよ、心置きなく鈴を鳴らしておくれ。
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