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ここから入りました。
入ったのは、この建物
カラフル?
入り口です。
中は、こうなっております。
写真の男性は、荒川修作氏?
上と下が、逆になっているんですか? 良く分かりません。分からない所が芸術?
これが、天井です。
四日市市の献血ルームに行く途中に、こちらに寄りました。養老鉄道の養老駅で下車、徒歩10分程度
有料施設の、「養老天命反転地」です。施設内に、確か9つ位の変わった建物等が有ります。
あいにくの天気、そして、紅葉の季節が過ぎてますので人出は、極端に少なかったです。
帰りの時間の関係で、1時間位しか見れなっかたのは残念でした。
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旅血(旅行献血非鉄道)
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地上から、地下の洞窟までの断面図
このEVで、地下まで一直線
ここで、記念写真などが撮れそうです。
少し暗いですが、こういう構成です。
狭い洞窟に、太平洋の荒波が…
熊野水軍?
迷路のような、不気味な洞窟
10/11に、西宮で献血して和歌山で1泊して、こちらに来ました。三段壁は、かねてより一度は訪れてみたいと
思っていました。又、タンゴを流す背景の映像の蒐集も兼ねております。
さすが、太平洋からの荒波が直接、狭い洞窟に打ち寄せる迫力は、なかなかのもの、
尚、この時点で台風は、はるか南の方なので、直接の影響は無いと思いますが、それにしても、この迫力…
一度は、この迫力を間近に見て下さい。お薦め致します。尚、この後ここから徒歩7〜8分の所に有る
地ビールレストランで、食事をしました。こちらの方は、又、後日にアップします。
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少し分かりずらいかも知れません。
1〜4デッキが、トラック、乗用車等…
5〜7デッキが、居住区になっております。
右下隅をクリックして、拡大画像を
ご覧下さい。
乗船時の受付
ここで、乗船券を提示して
キーカードを渡されます。
5デッキの、メインストリート?
男性の大浴場
入港の30分前まで、入れます。
マッサージ機
有料 確か100円かな?
ゲームコーナー
自動販売機の数々…
こちらが、乗船、下船時の出入り口
5デッキでの撮影です。ご覧の様な各施設が有ります。言葉で、あれこれ説明するより、映像を
見てもらうのが、一番説得力が有ります。
仙台から、苫小牧まで約16時間の旅、ゆっくりとした時間が流れます。
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6デッキです。
この時間、人影もまばら…
ピアノが、有りますが
9:30から、ピアノ演奏が有りました。
レストラン ここで朝食(バイキング)を済ませました。
レストラン サントリーニ
朝食は、7:30から…
プロムナードとは、反対側の寛ぐところ
こちらが、プロムナード
プロムナードの、終わり地点
6デッキは、こんな感じです。レストランや、軽い食事が出来るラウンジ、そして、寛げるプロムナード等が
有ります。船旅は、時間がゆったり流れていくような気がします。何もしないで、ぼーとするのも
良いかも知れません。尚、動画の最後に、7デッキと述べておりましたが、6デッキの誤りです。
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航空母艦 瑞鶴の艦橋 読みは「ずいかく」
右やや前方に付いてます。
尚、姉妹艦は、翔鶴 読みは「しょうかく」
この2艦で、第五航空戦隊を組んでました。
空母瑞鶴の船首
カタカナの、「ス」が見えますが
これは、上空から自分の着艦する
母艦を識別する為です。
因みに、翔鶴は「シ」です。
当時のニュース映画に発艦する空母の船首に、「シ」が見えますがこれは翔鶴から、
発艦してます。
空母瑞鶴の、エレベータ
瑞鶴は幸運艦と呼ばれております。真珠湾攻撃、インド洋作戦、珊瑚海海戦、南太平洋海戦、
マリアナ沖海戦等、いずれも無傷、代わりに被害を受けたのが、姉妹艦の翔鶴
そもそも、真珠湾攻撃で、全員無事に戻って来たのは、瑞鶴の搭乗員のみ…
航空母艦 赤城
艦橋は、左の中央付近
空母赤城の、艦橋付近
発艦する飛行機を、帽振れで
見送ってます。
右が、零式艦上戦闘機(零戦) 後ろが99式艦上爆撃機(脚は引っ込みません)
零戦の尾翼に、Aが見えますが、これは第一航空戦隊の1番艦の印だと思います。
因みに、2番艦は、空母加賀 この2艦で第一航空戦隊を組んでました。
因みに、第二航空戦隊は、空母飛龍、蒼龍 指揮官は、かの山口多聞少将(当時)
読みは、 飛龍(ひりゅう) 蒼龍(そうりゅう)
上空からの、識別です。「赤城」の「ア」です。一番後ろの飛行機は、97式艦上攻撃機、主に魚雷や
水平爆撃の時は、爆弾を積んでました。一番機体が重いので、飛行甲板を、めいっぱい使います。
空母赤城
発艦する飛行機の見送り
通称ポケットに、乗員が見えます。
空母瑞鶴
後方からの撮影
白と赤のストライプ模様は、
日本空母独特です。
期間限定の、進水式展の記念品が主に展示されてます。軍艦の模型としては、戦艦や航空母艦も
有ります。主に航空母艦を撮影しておりますが、本来、航空母艦の名は、旧日本海軍では
空想上の生き物の名を付けるのが、慣例となっております。
戦艦は、旧国名を付けます。戦艦武蔵、長門、陸奥、霧島、伊勢
何故、赤城という名を付けたかと云いますと、元は巡洋戦艦として建造され、後に空母に改装された
為です。同じような例に、空母加賀、信濃等が有ります。
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