|
神は、人のために、人の役に立つ多くのこと、ものを人に与えし。
その多くは、人を幸せにし、また、人の役に立つべき筈(はず)のものでありし。
なれど、人間心(にんげんごころ)でそれらを使い、作り始めるや、人は独占欲、利己心、自己愛の奴隷となり、人に分け与えるよりも、自分が、自分一人のものに、自分だけのために、そうした強い我執(がしゅう)の虜(とりこ)となり果ててしまいし。
よいか、人とは、かように心弱く、我欲強きものなり。人に役に立たんという気持ちは生まれにくく、また育ちにくい。
それが行の始めなり。
人に分け与え、人と共に栄え、人と共に楽しむ。それが神の望まれし、初めの人間たちなり。
なれど、人が物、物質、金銭と、己れの願望を満たさんための工夫を凝(こ)らし始めし後、人の考え、思想、観念、価値観、全て物質にのみ占領され、心、精神、魂、先祖、神、そうした目に見えぬものはことごとく忘れられ、隅(すみ)に追いやられてしまいし。
なれど、さなりても、人の幸せを司(つかさど)るは心なり、神なり、魂なり。
いくら物に囲まれ、金銭に埋(う)もれてみしも、ますます困窮(こんきゅう)の感を強め、餓(かつ)え、満たされぬ空しさのみが募(つの)るものなり。
なれば、いかに、人は心を満たすべきなるか。心を豊かにすべきなるか。
答えは一つ、神の心を取り戻すことなり。神の心に立ち返り、神の光に己れの魂を照らすことなり。
言うは易(やす)く、行うは難(かた)し。人は、目に見えるものへは、なかなか心を捧げることはできぬものなり。
なぜなら、人は肉体のみが発達し、心の目、心眼をば、衰えさせてしまいしなればなり。
心の鏡もて、己れを照らし、己れの魂を照らし見れば、容易にわかること。己れの曇りし魂が、今、いかに汚れ、腐り、汚濁(おだく)にまみれしか。
なれど、人は、心の鏡すら持たず、上辺(うわべ)の美醜(びしゅう)や、上辺の見た目のみを気にかけ、真(しん)に己れを支配し、操る元の魂すら、物質の奴隷と化さしめしなり。
人が、これから後、神の道に戻るには、先ずは心を浄め、曇りを取り、汚れを浄めねばならぬなり。
それが神とのつながり、結びつきを強め、また、己れの踏み迷いし迷妄(めいもう)がら逃れる第一歩なり。
なれば、人は先ず、神を知り、神のご存在を信じ、神に帰依(きえ)する心を強めゆかねばならぬ。
なれど、心低き者にいくら聞かせても、声は耳からすり抜け、光は翳(かげ)りを照らさず、ことばは空(むな)しく虚空(こくう)に響く、空しき音の集まりに過ぎず。
されども、もし人が、誠の心持ちて、誠の心から人のために尽くし、奇跡を見せ、光による諸々(もろもろ)の奇跡を行わば、心低き、魂低き者も、いやがうえにも信ぜねばなるまい。
人が行いし奇跡は、神のみ力に因(よ)るものなれど、身近な人のことば、身近な人の経験ならば、そは最も信ずるに足るものならん。
なれば、人を救うに、身近な人から救わんとするが一番なり。
心高く、心浄め、日々神に祈り、感謝し、神につながらんと想いを忘れず、神のお役に立ちたしの念を強めゆかば、その人の魂は、自ずと神の御心に適い、神はみ力を惜しみなくお与え下さらん。なれば、人が迷い、心弱く、己れの道に不安を抱(いだ)かば、何より神を思い起こすべきなり。神を求めるべきなり。
困りしときも、苦しきときも、神は共にあらせられる。神を信ずる一念が、心を鎮め、心を安ませ、心を輝かせゆくなれば、人の心は、神を思うか否か、それ一事(いちじ)のみなり。
神を信じるとき、人は悪しき想いを持たぬ。神を思うとき、卑しき念は遠ざかりゆく。これみな、神のおかげなり。
神が人に光を照らし、人がその光を受くる状態にあるが故(ゆえ)に、神の光は素直に人の心、魂に、無駄なく降り注がれるなり。
人は、全て神の御心に適(かな)う天性の清き魂を持ちて生まれる。そこには何の不平等も、差別もあることはなし。
あるは、神の思惑(おもわく)により、人それぞれの行の質の違いのみなり。
行は、その者に必要ありて課さるるものなれば、人は嫌わず、いかなる行も、有り難く遂行(すいこう)すべきなり。
もし、人間心で怠(おこた)る行あらば、後に再び、別の行として、さらに厳しさを加えて課されよう。訳なく課される行は一つとしてなかりしかば、神のお仕組みを信じて疑わぬ、素直で真白き魂でそれを受くべし。
神は人に、人としての成長を望まれ、また、人としての行を修めし後、あの世に帰りてからも、神のお役に立つ魂になる行を積むことを望まれる。
魂が昇華し、霊層を高めし後は、次には人を導く魂に昇華することを望み、そのように仕組まれる。
人が神のお仕組みに応え、神の御心にまで成長せし後は、この世の人を導き、神のお役に立つ魂を、さらに増やしゆくことが大事なり。
それ故、魂の修行は、終わるときなく見えるとも、魂の昇華は時を要するものなれば、一つ一つ、一段一段を登りゆくことが最も近道ならん。焦らず、急がず、今ある行を、誠を込めて行うのみ。
一二三よ、混迷の時なり。困惑の時代なり。
そなたも、人も、惑(まど)い悩み、苦しむこと多かるらん。なればこそ、神を信じよ。人を救わんの気持ち高めよ。
己れ一人の霊行ならぬ。共に行ずる行なれば、我等と共に、迷うことなく、導きについて来られよ。
そなたの想いが高きものならば、声も届き、道も拓(ひら)けん。神に感謝し、己れの我を取り、身近の人への感謝と利他愛を強めゆけ。
霊行は、難(かた)きものにあらず。素直な魂持ちてこれに臨まば、露ほども難(むずか)しきことなし。
要は、そなたの心に曇りなく、汚れなくば、行は進む。神の後押しがあればなり。
よいな。一二三よ。
神の力に頼るのではなく、神のみ力にすがるのではなく、神のみ力を信じて、人間心で案じる気持ちを捨て、素直に臨まば、道は自然に拓(ひら)けゆくのだ。
よいな、忘るなよ。神は慈愛なり。神は慈しみなり。
神のみ手に見も心も委(ゆだ)ねる気持ち、その安らかさを持ちてゆかば、神は己れの最も近くにあらせられるよ。
さあ、今日もそなたに伝えしこと、繰り返し読みて、行を行え。
明日もまた、そなたに伝えん。
ひふみともこ著 「神から人へ・上」より抜粋
ひふみともこHP
|
全体表示
[ リスト ]



