震度速報 2019年11月16日 18時18分 気象庁発表
11月16日18時17分ごろ地震がありました。
[観測地域] 宮城県北部など  [震度] 3  今後の情報にご注意ください。詳細
地震の速報を、スマートフォンのアプリやメールでも受けとることができます。防災速報について

聖なる光透波(ことば)〜神から人へ〜

今の世界は末世ならん。猶予は適わず。最後の前に目を覚ますべし。己の務めを思い出すべし。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全191ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

神は、人と、人と共にある様々なこと、もの、現象、天命、人一人一人の行うべきみ役、全てを仕組まれ、ご計画に沿って、神仕組み、神経綸をお進めになられてこし。
今、最後のお仕組みとして残りしは、この世の立て替え、立て直しのみなり。その神仕組みがようやく成就を迎えつつある。そは、神が今世を創られ、この世に、神の御心を映す地上の神の国を創らんがために、この世の初めから定められしことなり。

この世が、次第に汚れ、崩れ、神のご意図から離れゆくも、神はこの世の初めから、予測もされ、そのようなご計画でありしといえよう。人が一度(ひとたび)は汚れ、曇り、我の奴隷となり、神を忘るる。そのことすら、神は、初めからご存知のことにありし。
人には、この世が神のご意図から外れゆくことを、憂うる者もあろう。行く末を案じて、己れの力をもちて、この世を創り直そう、作り変えよう、そう意図する者もあろう。なれど、神のお仕組みが働く以上、それら人間の業(わざ)、人間の知恵、人間の技術、能力、全て現界あり。できることの範囲は極めて狭く、ものの数にも入らぬ行いなり。
今、人に求めらるるは、神のご存在を知り、神に全てを委(ゆだ)ねる心、神に全てをお任せする心、神に一途(いちず)に帰依(きえ)せんとする、真白き魂への、浄化なり。
なぜといえば、神は一切を、慌(あわ)てふためきことをなすも、その多くは小手先の、ただただ些末(さまつ)な、取るに足らぬ行いに過ぎぬ。

今、神に降ろされし魂、即ち、最後の時の臨みて、最後の仕上げを、神仕組みの最後の仕上げをするに当たり、神のお役に立つために降ろされし魂、神のお仕組みを手伝いをせんと命ぜられし魂が、各々(おのおの)のみ役を実行に移し始めし。神に授けられしみ役を果たし始めし。神のお仕組みによりて、ある者は書を、ある者は光を、ある者は声を、己れの能力・才能・天分に応じて、人に広め、知らしめ、気付きを与え、悟りを得させ、心・魂の浄化を手伝いつつあるなり。
神のご経綸、神のお仕組みは、そのためであらば、いくらもその者に力・光・能力・機会・人脈・金脈・物質・金銭・いくらでもお与えになる。なれど、それら全て、み役のためなり。み役を果たし、世の立て替え立て直しに活かすためなり。
もしその中に、神の御心に適わぬものが多少なりとも混じりおらば、神仕組みは容易に働かず、その不純なるものが取り払われるまでは、お仕組みを賜ることはなし。
もし、神のために、利他愛のために、み役のために、その者自身は汚れなく、純粋に、無垢に、み役を果たさんとしても、そに関わるもの・こと・人・いずれかのどこかに、その行を行うに相応(ふさわ)しからぬ思いを持ちしもの・こと・人あらば、神は先ずはそのことを戒むるなり。
それ故、人は、謙譲に、素直に、己れの心、行い、魂、肉体の行、日々の行、人との交わり、人への思い、改め見直す必要あり。

神は、現象をもってお伝えになられる。神は罰をお与えになることはなし。
全て、必然の結果なれば、起こりし不幸は、己れの行いのいずれかどこかに、必ず誤りあり。
その必然の結果を、現象によりてお示しになるのである。
それ故、よいな、一二三よ、この世で起こる一切は、己れの行・行いの必然なれば、よきことはよき心の、よき行いの、よき魂の結果なり。また、悪しきことは、悪しき心、悪しき行い、悪しき魂の結果なることを思い、常に己を省(かえり)みることを忘るなかれよ。
なれど、一二三よ、神は喜んでおられるよ。そなたの行い、思い、行、日々によき方向に向かうなれば。
そなたの内の魂が、ようやくに目覚め、自らの行いに、日々素直に従い、神のお役に立たんとして、行に励んでおること、神はご存知なり。よいな、これからも、一途(いちず)な思いを忘れず、神経綸(けいりん)のための己れのみ役、果たされよ。
そして、我等の声を、そなたの励みとし、心緩(ゆる)めることなく、日々、気持ち新たに、気持ち引き締め、行を積めよ。
今日は、そなたへの伝え終わらん。

ひふみともこ著 「神から人へ・上」より抜粋
ひふみともこHP
神が創られし人間、万物、自然、地球、生命の全ては、この世の始まりしときに、この世で初めて創られしものとして、この世に清く美しい世界を実現させるために、多くのみ恵みと数々の 目には見えねど、今よりはるかに高い能力を授けされおりし。
そして、その一つ一つを、それら全てを使い、力、能力を合わせ、共に励むことで、神はこの世に幸福と繁栄をもたらさんとされし。
なrど、先にも何度も告げしように、人間一人一人が、己れの我(が)の虜(とりこ)となりて、己れの我欲、損得、執着に使われ始めたがために、神のご意図は無視され、神のご意図とはおよそかけ離れし世と化さしめた。
神が再度この世を立て替え、神の国とし、ご自身もこの世に降りられるような、清い世界に甦らせるためには、人一人一人を変えていくことが必要とお考えになられた。
そして、神の国から、人として使命を持たされし幾つもの魂を、この世におつかわしになられた。
そうした一人一人の魂は、これまでになく、急速に一つの集まりとして集まり始め、呼び集められている。
神の命ぜられしみ役なるものを、それら魂の一つ一つが、思い出し、その実現を進め、充分に個々の能力を活かし、機会を利用して、この世でのみ役を果たすために、それら魂は、神の声を聞かされ、或いは神の書を書かされ、また、神に御心を映す諸々(もろもろ)の諸芸術、諸宗教、諸集会などを通じて、互いの存在を確認しつつ、互いが協力し合うようにと仕組まれた。
今、この時、この世だからこそ、人の最期の時だからこそ、人は心を入れ替えねばならぬ時だからこそ、神は一つ一つの魂に、直接に、声を、光を、力を与えられた。
一二三よ、そなたも信ぜしように、我等霊界におる者も、共にそのみ役を果たさねばならず、そなたに呼びかけ、語り続けてきた。
今日そなたようやくにして、己れの眠りから覚め、神の子としての目覚めを得、神のみ役を思い出し、神のお役に立たんと心を高めしこと、切に嬉しく、また、ありがたく思うなり。
一二三よ、溢(あふ)れ出(い)づるように、心に浮かぶことば、想念は、皆、我等からの通信なるぞ。
恐れず、疑わず、ひたすら神に感謝を捧げつつ、我等の送信を受け、文字に変えゆけ。書き残しゆけ。
先ずはそれがそなたの霊行の第一歩なり。
なれば、一つ一つを、元の赤子(あかご)のように、一つ一つを覚え、そなたの力を磨き、高めよ。
先ずは、ゆっくりとで構わぬ。遅くてもよからん。焦らず、急がず、神の御心に適う魂を育(はぐ)み、神に感謝し、人に感謝し、ものに、事物に、現象に、全てのものに感謝を捧げ、心を開く鍛錬(たんれん)を積まれよ。それからまた一つ階段を進みゆかば、自(おの)ずとみ役も変わり、次なるみ役を賜らん。
それまでは、今の我等が導くなり。

一二三よ、そなたの決意を我等共に喜びし。感謝し、神に祈りし。
神のご守護を、さらなるみ光を、さらなるお導きを、我等共々与えられんことを、神に祈りし。
己れの我欲ならぬ、利他愛の心で、これからの困難を乗り越え、霊行を行じん。
障害、妨(さまた)げ、心の迷い、これからも幾度となく、そなたも経験されようが、我等と共に常にあることを、素直に、深く、胸の奥に刻みおけ。
そして、心の中で呼びかけられよ。迷いしときには尋ねられよ。苦しきときには、求められよ。
そなたの魂を、我等の魂と、両の波長が合いなば、通信は容易に行われよう。
それ故、一二三よ、魂を磨き、高めおけよ。下卑(げび)た、卑しき汚(きたな)き想念は持たれるなよ。
高き、清き、直(なお)き、清々(すがすが)しき想念に満ちるよう、常に心高く、晴れやかな心で過ごされよ。
よいな、そなたと共に歩まんかな。共に行じんかな。共に神のみ役を果たし、神のお役に立たんかな。
今日、そなたの問いは何なるか。問いてみられよ。

(己れ、我欲、自己について)
己れ、我欲、自己、全て神の心を失いしときにはびこり、力を強める悪(あ)しき想念なり。
ひとたびこの想念に使われなば、それから逃れるに難(かた)く、それを取り去るはさらに難(むずか)し。
なれば、人は、神を想い、己れの魂を磨き高め、己れの存在と神のご存在との共にあることを喜び、常に感謝を捧(ささ)げおくことが肝要なり。
神が創られしときの人間は、一人一人が個でなく、我でなく、我でなかりし。
人は、神の子、神の写し絵、神の心を持たされ、神の心を映す、何にも染まらぬ透明な魂を持ちて創られし。
なれば、一人一人がそのまま、神と交信し、神の声を聞き、神と交流し楽しむことすら可能なりし。
人が己れを持ち始めしは、全て、物質が心を越え、物質が、魂、心以上に価値を持つと人が信じ始め、心、魂を隅に押し込め、我欲に魂を曇らせ、我欲に取り付かれしときからなり。
なれば、人は己を戒め、己の奥底に眠らされし魂を復活させ、その居場所を整えゆくことが大事なり。

(宗教とは)
宗教なるは、神が、ご自分のご存在を現界の人間に知らしめるために、作らせしものなり。
神はそれをもちて、先ずはご自分のお力をお示しになり、信仰を持たせ、人間の理解を超えし力の存在、人間の知恵を越えて及ばぬ英知の存在をお示しになられる。
それをもちて、人が神を見付けることを、己れの中に眠らされし魂、魂の億に隠されし神のご存在に気付かせることを図られた。
なれど、現行の宗教、教団の多くは、初めの元の神のご意志を映すものは少なし。
時を経(へ)るに従い、人の思惑が先に立ち、神のご意志をそのまま映すものは残り少なし。
信仰と宗教は別なり。
信仰持ちても、宗教持たぬ者有り。宗教持ちても信仰持たぬ者有り。いずれも神は認められよう。
なぜなら、己れの意志、意図に関わらず、神のお役に立つ行いなさば、自(おの)ずと魂も変わりゆくなり。なれど、信仰持ちても何もなさずば、神はその魂を昇華(しょうげ)させることはおできにならぬ。
同じく、宗教持ちても、自ら何もことをなさずば、やはり、神は、真(しん)にその魂をお救いになることはできぬなり。
心、魂、肉体、一つなり。一つのものなり。
それ故、宗教も信仰も、己れの全てをもって行うべきものなり。心のみの信仰、宗教に、何の価値もなし。肉体のみの真似事(まねごと)の行い、これも価値なし。
なれど、神の御心に適う行いなさば、心・魂は、気付かぬうちにも変わりゆく。
なれど、行い何も致さずば、いくら心高く、口に清きことば述べても、神の御心に適うことはなし。
なれば、宗教に入(い)りし者は、救われ易く、宗教に入(はい)らぬ者は救われるに難(かた)きも、それがためなり。
よいな。しかと覚えおけ。
行い、行動、働き、行、これら全て、肉体を伴う。
肉体なからば、行はなし。肉体なからば、現界の行なし。現界の行、即ち全て肉体もちて行うことなり。
よいな。想念のみにては、魂は向上せぬ。心は浄まらぬ。肉体は浄まらぬ。
行いもちて人は、昇華しゆく。これを可能にす。
しかと命じておかれよ。そなたの胸、肚(はら)、魂に。

ひふみともこ著 「神から人へ・上」より抜粋
ひふみともこHP

神から人へ◎人の幸せ

神は、人のために、人の役に立つ多くのこと、ものを人に与えし。
その多くは、人を幸せにし、また、人の役に立つべき筈(はず)のものでありし。
なれど、人間心(にんげんごころ)でそれらを使い、作り始めるや、人は独占欲、利己心、自己愛の奴隷となり、人に分け与えるよりも、自分が、自分一人のものに、自分だけのために、そうした強い我執(がしゅう)の虜(とりこ)となり果ててしまいし。
よいか、人とは、かように心弱く、我欲強きものなり。人に役に立たんという気持ちは生まれにくく、また育ちにくい。
それが行の始めなり。

人に分け与え、人と共に栄え、人と共に楽しむ。それが神の望まれし、初めの人間たちなり。
なれど、人が物、物質、金銭と、己れの願望を満たさんための工夫を凝(こ)らし始めし後、人の考え、思想、観念、価値観、全て物質にのみ占領され、心、精神、魂、先祖、神、そうした目に見えぬものはことごとく忘れられ、隅(すみ)に追いやられてしまいし。
なれど、さなりても、人の幸せを司(つかさど)るは心なり、神なり、魂なり。
いくら物に囲まれ、金銭に埋(う)もれてみしも、ますます困窮(こんきゅう)の感を強め、餓(かつ)え、満たされぬ空しさのみが募(つの)るものなり。
なれば、いかに、人は心を満たすべきなるか。心を豊かにすべきなるか。
答えは一つ、神の心を取り戻すことなり。神の心に立ち返り、神の光に己れの魂を照らすことなり。
言うは易(やす)く、行うは難(かた)し。人は、目に見えるものへは、なかなか心を捧げることはできぬものなり。
なぜなら、人は肉体のみが発達し、心の目、心眼をば、衰えさせてしまいしなればなり。
心の鏡もて、己れを照らし、己れの魂を照らし見れば、容易にわかること。己れの曇りし魂が、今、いかに汚れ、腐り、汚濁(おだく)にまみれしか。
なれど、人は、心の鏡すら持たず、上辺(うわべ)の美醜(びしゅう)や、上辺の見た目のみを気にかけ、真(しん)に己れを支配し、操る元の魂すら、物質の奴隷と化さしめしなり。
人が、これから後、神の道に戻るには、先ずは心を浄め、曇りを取り、汚れを浄めねばならぬなり。
それが神とのつながり、結びつきを強め、また、己れの踏み迷いし迷妄(めいもう)がら逃れる第一歩なり。
なれば、人は先ず、神を知り、神のご存在を信じ、神に帰依(きえ)する心を強めゆかねばならぬ。
なれど、心低き者にいくら聞かせても、声は耳からすり抜け、光は翳(かげ)りを照らさず、ことばは空(むな)しく虚空(こくう)に響く、空しき音の集まりに過ぎず。
されども、もし人が、誠の心持ちて、誠の心から人のために尽くし、奇跡を見せ、光による諸々(もろもろ)の奇跡を行わば、心低き、魂低き者も、いやがうえにも信ぜねばなるまい。
人が行いし奇跡は、神のみ力に因(よ)るものなれど、身近な人のことば、身近な人の経験ならば、そは最も信ずるに足るものならん。
なれば、人を救うに、身近な人から救わんとするが一番なり。

心高く、心浄め、日々神に祈り、感謝し、神につながらんと想いを忘れず、神のお役に立ちたしの念を強めゆかば、その人の魂は、自ずと神の御心に適い、神はみ力を惜しみなくお与え下さらん。なれば、人が迷い、心弱く、己れの道に不安を抱(いだ)かば、何より神を思い起こすべきなり。神を求めるべきなり。
困りしときも、苦しきときも、神は共にあらせられる。神を信ずる一念が、心を鎮め、心を安ませ、心を輝かせゆくなれば、人の心は、神を思うか否か、それ一事(いちじ)のみなり。

神を信じるとき、人は悪しき想いを持たぬ。神を思うとき、卑しき念は遠ざかりゆく。これみな、神のおかげなり。
神が人に光を照らし、人がその光を受くる状態にあるが故(ゆえ)に、神の光は素直に人の心、魂に、無駄なく降り注がれるなり。
人は、全て神の御心に適(かな)う天性の清き魂を持ちて生まれる。そこには何の不平等も、差別もあることはなし。
あるは、神の思惑(おもわく)により、人それぞれの行の質の違いのみなり。

行は、その者に必要ありて課さるるものなれば、人は嫌わず、いかなる行も、有り難く遂行(すいこう)すべきなり。
もし、人間心で怠(おこた)る行あらば、後に再び、別の行として、さらに厳しさを加えて課されよう。訳なく課される行は一つとしてなかりしかば、神のお仕組みを信じて疑わぬ、素直で真白き魂でそれを受くべし。
神は人に、人としての成長を望まれ、また、人としての行を修めし後、あの世に帰りてからも、神のお役に立つ魂になる行を積むことを望まれる。
魂が昇華し、霊層を高めし後は、次には人を導く魂に昇華することを望み、そのように仕組まれる。
人が神のお仕組みに応え、神の御心にまで成長せし後は、この世の人を導き、神のお役に立つ魂を、さらに増やしゆくことが大事なり。
それ故、魂の修行は、終わるときなく見えるとも、魂の昇華は時を要するものなれば、一つ一つ、一段一段を登りゆくことが最も近道ならん。焦らず、急がず、今ある行を、誠を込めて行うのみ。

一二三よ、混迷の時なり。困惑の時代なり。
そなたも、人も、惑(まど)い悩み、苦しむこと多かるらん。なればこそ、神を信じよ。人を救わんの気持ち高めよ。
己れ一人の霊行ならぬ。共に行ずる行なれば、我等と共に、迷うことなく、導きについて来られよ。
そなたの想いが高きものならば、声も届き、道も拓(ひら)けん。神に感謝し、己れの我を取り、身近の人への感謝と利他愛を強めゆけ。
霊行は、難(かた)きものにあらず。素直な魂持ちてこれに臨まば、露ほども難(むずか)しきことなし。
要は、そなたの心に曇りなく、汚れなくば、行は進む。神の後押しがあればなり。

よいな。一二三よ。
神の力に頼るのではなく、神のみ力にすがるのではなく、神のみ力を信じて、人間心で案じる気持ちを捨て、素直に臨まば、道は自然に拓(ひら)けゆくのだ。
よいな、忘るなよ。神は慈愛なり。神は慈しみなり。
神のみ手に見も心も委(ゆだ)ねる気持ち、その安らかさを持ちてゆかば、神は己れの最も近くにあらせられるよ。
さあ、今日もそなたに伝えしこと、繰り返し読みて、行を行え。
明日もまた、そなたに伝えん。


ひふみともこ著 「神から人へ・上」より抜粋
ひふみともこHP
神は人を創りたまいしとき、人に、それぞれのみ役を課された。
ある者には教育の道、ある者には芸術の道、ある者には宗教の道、そしてある者には学問の道。
このように、人は人としての行、み役を課され、それを行じて、この世の行として行じることを望まれた。
なれど、それのみが行の全てではなく、もう一つ、霊行なるものを行じなければならぬように仕組まれた。
人により、生まれし時代、所により、その霊行の形、目的は異なりてみえようとも、相通ずる一点は、人が己れの我を取り、執着を取りて、己れの欲得によらず、己れの利害から離れて、神に仕え、神に祈り、神に近づかんと欲する気持ちを高めることであった。
なれば、人は、目の前の欲得に動かされるのではなく、広く高い境地から、己れの今ある意味を悟り、己れの生を受けし意味を見つけ、真摯(しんし)に神に感謝を捧(ささ)げ、実直に生を生きることが求められよう。

人のために何かをさしあげる奉仕の精神、神に捧(ささ)げる誠の感謝、宇宙万物に帰依(きえ)せんとする崇高な願い、そうした思いを常に抱(いだ)き、育(はぐく)むこと。そして、ありとあるこの世の全て、目には見えねど確かに在ると、無意識にでも感得(かんとく)できる宇宙意志、神、霊、神幽現(しんゆうげん)の世界、そうした諸々の事象を、目には見えずとも信じ、畏(おそ)れかしこみ、己れの微小は生の営みを、神から与えられしものとして、尊く生きんと、心を高めゆくこと。
そうした心の営みを、日頃から心がけ、たゆまず努力すること。人が霊行を行うための、必要にして最低限の心がけなり。
さすれば、霊行は、望まずとも自然に進み、自然に成就(しょうじゅ)し、神の御心に、自ずと添いゆくこととならん。
なれど、人の心で、損得ばかりを計算し、目先の利益に振り回され、人の目、思惑(おもわく)、噂、評判ばかりを顧慮(こりょ)するならば、行は滞(とどこお)り、いつまで経(た)ち手も、一向に進まず、ついには何も行うことなきまま、生の終わりを迎えゆくなり。

よいか、人の心は飽きやすく、うつろいやすく、変わりやすい。
今日の強き決意も、明日の僅(わず)かの障害で、たちどころに雲散霧消(うんさんむしょう)し、別の思いに囚われゆくなり。
日々、こうしてそなたに伝えることも、そなたの心の中で、恐らくは、初めのときの感動を伴いで書かれはせぬであろう。
それが、人の心なり。弱く、はかない人の常なり。
よきこと聞き、よきこと知りても、時と共に、薄れ、弱まり、ついには何も聞かぬと同じになりゆく。それが、多くの人の在りようなり。

よいか、一二三よ、我々はそなたに、目覚めのときを待ってきた。
真(まこと)の魂が、目覚め、悟り、高まることを望んで参った。
そして今日(こんにち)、そなたが我々の言葉を聞き、書きて残さんとの思いを高め、それを日々怠(おこた)りなく励行(れいこう)するを、心より嬉しく感じている。
なれど、そなたに伝えしように、それのみで終わりては、何の意味もなきこと。今一度、反省せられよ。
人に機会あらば伝え聞かせ、教え説きて、その人の霊魂が、目覚め、活動するの助けをすること。
或いは、その人の魂が、浄められ、高められて、神とのご因縁を深めることを手助けすること。
或いは、書を配り、配られし家々で光を放ち、その家の家族、先祖、家の守護神、守護霊たちも共に神の光をいただけるよう、手伝うこと。以上の三つを滞(とどこお)りなく行い、行を積みゆけ。

今の世の中に、幾人(いくたり)の魂が、神とのご因縁を切らずに保ちているのか、思い描いてみられよ。
神は、ご自分から、その縁をお切りになることはない。
人が、自ら、たとえ知らずにとはいえ、神との縁を切り、去ってゆくなり。
そうした、さまよいし魂を救い、神とのご縁を取り戻し、この世の立て替え立て直しに臨んで、一人でも多くの魂が、神のお役に立たんと望むよう、一つ一つの魂を高めゆくこと。
そのための神の手伝いが、人としての行ではなく、神の子としての大切な、最も重要なる行なるぞ。
よいな。一二三よ、心に刻め。
日々、心新たに、霊行を積め。目の前の些事(さじ)に追われて、大切なる行を、怠(なま)けるなかれ。
一つ一つが、霊行なり。神の御心に添う、神の御心に適う、霊行なり。
なれば、たとえ、心行体行は遅れようと、先ずは霊行から始められよ。
一日の、始めと終わりに、神に向かい、感謝を捧げ、祈り、挨拶を欠かすことなきよう。

これにて、本日の伝えは終わる。
神に感謝を。誠の心からの感謝を。

ひふみともこ著 「神から人へ・上」より抜粋
ひふみともこHP
今日、人を支配し、牛耳(ぎゅうじ)っているのは、殆(ほとん)どが、物質、金銭、欲得、我執(がしゅう)である。
そのことは、そなたも既に多くの書物や、人からの話などによりて、充分承知しておろう。
肝心なのは、魂と心の昇華、高まりであり、そうした浄まりし魂は肉体を支配し、自らの欲得で、己れを失うことはないといえよう。
なれど、人間心の弱さは、常に人を同じ心の状態、魂の在りように保ちおけるものではなく、ときに、ひどく暗い、淋(さび)しい、辛い、苦しい、そうした気分を味わうものであり、ときに嬉(うれ)しく、楽しく、安らかな心持ちになりて、幸せを感じ、感謝の念を強めたりもするのである。
人の心の弱さ故(ゆえ)、ときに、邪神(じゃしん) 邪霊(じゃれい)なるものにかかられ、己れの意志とは反対のことを、無意識、意識のあるに拘(かか)わらず、気が付きしときには、取り返しのつかぬことをやりのけてしまいし、ということもあるらん。
なれば、人は、できるだけ魂を高く、清く、清浄に保つ努力を怠(おこた)らぬようにし、できうる限り、高い理想と清い心で、人にも物にも、自然、万物、全てに接しようという心がけが必要である。

人が何故(なにゆえ)、ときに、そのように自己の心を一定に保てぬのか。かくも弱く、心も魂も、想念も、乱し、低めてしまうのか。
それは、一つには、己れの修養が足らぬからであり、また一つには、真(しん)の宇宙法則たるものに、人間の意識の奥底に在る、宇宙意識、霊的意識、霊的感性、霊的直感が目覚めておらぬからなり。
そうした、本来人間が具有していた感性を、この世の物質欲、金銭欲、我利、我執にて曇らせ、そうした濁(にご)りに心も魂も、満たしてしまいしことによらん。
なれば、人は、そうした我利、我執、我欲を取り去らば、本来の魂の光を取り戻し、また、真(しん)の魂の、感性なるものを鋭敏にすることができるものなれど、金銭欲、物質欲、己れの強き執着は、なかなかに取り去れるものではなく、人が生を生きれば生きるほどに、ますます強まる類(たぐい)のものなり。

なれば、人がこの世で修行を課されし意味は、そうした欲得、執着を一つ一つ取り去るための、神が与えられし、ありがたきお仕組みなるに、人は、神のご意志、ご意図を分かろうとせず、ただ、己れの作り上げし、価値観、物質観、人生観、浅はかな知恵に毒され、侵(おか)され、ついには、神との一筋の糸さえも、自ら断ち切り、勝手な所業を繰り返すものなり。
人を救うは、こうした魂に、神とのご因縁(いんねん)を、再び付けさせ、信じさせ、魂と、その奥に眠りし、宇宙との一体感を、直感的にでも甦らせ、魂と、切れ掛かりし神とのご因縁を、深めることが何よりも重要なり。

死にゆく前に、神とのご因縁を復活させ得(え)し魂は幸いなり。
あの世に帰りても、神のご守護により、改心の機会を得ることができ、再び、その魂に見合いし霊行を課していただけるなればなり。
なれど、神とのご因縁の切れしままに、あの世に帰りし魂は、神からのご守護を頂けず、霊界の低きところに落とし込まれ、辛く苦しき行を命ぜられ、再び神とのご因縁を結べるまで、長き年月を苦しむこととなる。
それ故、人は、己れの行を少しでも疎(おろそ)かにしてはならぬし、素直に己れの魂の昇華を望み、その求めるまま、魂の求めるまま、に、素直に霊行を積みゆくことが肝要なり。
人間心(にんげんごころ)で、今の目の前の、己れの用に使われ、神との約束は果たさずば、現界で、いかに高き地位や名誉を得ようとも、あの世にては、何ら価値なきものなり。
よいな、一二三よ、我々の伝えることは、たとえ些細(ささい)なことであろうと、実行し、実現させてゆかれんことを。
我々の望む魂の行なくして、いかなる行も、そなたの魂の昇華にはつながらぬ。昨日今日明日、時は過ぎ去り、明日にては既に遅すぎることが多くあることを思えよ。
そなたの家族、親戚、友人知人、そうした身近な人たちの魂が、一人でも多く神とのご因縁を復活できるよう、臆せず、ためらわず、働き動け。
そなたの今日までに積まれし行の多くは、そなたの魂の修行に、活かされもし、役にも立ちしが、魂の昇華に結び付く行は、まだまだ足らぬ。まだまだ少なし。
よいな、神の命ぜし神の子としての霊行を積まずば、そなたがいかに現界で、人の目には偉大に映る偉業をなそうと、神はそれを認めてはくださるまい。
そなたの家族、親戚、知人友人、そうした限られし範囲の人にさえ、何ら働きかけることができなくば、何の霊行がなせようか。
人類の窮乏(きゅうぼう)を間近に控え、神の降ろされし、人と異なる行を課され、み役を担(にな)わされて降ろされし魂の者は、神に、今こそ、その約せしことを返してゆかねばならぬのだ。
日々の行は多く、時は短し、肉体は衰え、心は老いを深めゆくなれど、霊行は、人の力の及ばぬものなれば、神に使われるままに、己れの身体、頭脳、感性を使っていただく。それでよいのだ。

人が限られし時間の中で、この世においてやり終えることは小さく、神の世界の諸事に比ぶればMなきに等しきものなり。人の界で作られ、この世に残る幾つかの事象、物質、功績、いずれも、神の世界においては、いくばくの価値もなし。
人の世にて役に立ちても、神の世にては、価値在り役立つものは、人の力で作れるものではなく、神のみ力をお借りしてのみ、現界でも霊界神界でも役に立つことが行えるなり。
人の力は微小なり。神のみ力は偉大なり。
その神のみ力をお借りしてなせる業(わざ)が霊行であり、さればこそ尊く高い行ならん。

一二三よ、現在そなたの励みし心行体行、どちらもそなたの魂を、多少は強め高めはするなれど、直接そなたの魂を、より高く昇華させうるものは霊行なり。
霊行をおいて他なし。
よいな、明日に明日にと霊行を、延ばし延ばしゆくことは、神に対する裏切りに等しきことと心得よ。
神を真(しん)に敬い、お役に立ちたくば、すぐにでも、そなたのみ役を果たさんと心せよ。
我々の伝えしこと、聞かせしことを、人にも伝え、聞かする努力を怠らず、明日には新たなみ役を賜(たまわ)らんとの心組(こころぐみ)を持ちて、今日の行を行ってゆけ。
明日に延ばせし今日の行は、明日にては遅すぎしこともあるものなり。
日々霊行は変わりゆくものなれば、今日せぬ霊行を明日行いても、それは既に霊行ならぬ、ただの人間心のなせる行いなりて、神の御心に適うや否や、はなはだ心許(こころもと)なきものなり。
よいな、一二三よ、書を拡げ、この書記を広め、神の声を知らしめ、神とのご因縁を深めるお手伝いを、明日にも行えよ。

今日は今日の行があり、霊行があるらん。明日には明日の霊行があるなり。
し残しし霊行は、明日には遅いものあり。時の短き、去る時の速さを思いためらわず、行を行ってゆけ。辛く長い行の明けには、楽しく明るい喜びの時を迎えられん。
その時を迎えられるよう、日々の行に励み、日々心を新たに、うむことなく、たゆむことなく、行を行え。
今日、そなたに我々は、多くのことを伝えし。そなたに望む霊行の遂行(すいこう)を、心より望み、祈るばかりなり。
共に行じん。共に励まん。そなた一人にての行にあらず。
我等と共にあることを、信じ、忘るな。
よいな、一二三、一二三よ、一二三朋子よ。伝え、終わらん。


ひふみともこ著 「神から人へ・上」より抜粋
ひふみともこHP

全191ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
ひかり
ひかり
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

登録されていません

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事