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			<title>聖なる光透波(ことば)～神から人へ～</title>
			<description>一人でも多く、最後の審判(次元上昇)を超えられるよう、ひふみともこさんに下ろされている神示をお伝えしています。

「いろは」「ひふみ」は強い浄めの霊力があります。この世を浄め、伝え、広めてください。

＊人間の霊性進化のための祝詞＊ 


 「いろは祝詞」

いろは　にほへとち　りぬるを(wo)わかよ　

たれそ　つねならむ　うゐ(wi）のおくやま 

 けふこえて　あさきゆめみし　

ゑ（we）ひもせすん　 




 「ひふみ祝詞」

ひふみ 　よいむなや　こともちろらね

 しきる　ゆゐ(wi）つわぬ　

そを(wo) たはくめか うおえにさりへて

 のますあせ ゑ（we）ほれ- けん 

※３回続けて宣る 





【祝詞（のりと）の唱え方 】

 最も大切なるは、人の心の清浄さ、

なれば、よからぬことを思わず、

 健やかなるを心がけ、声も澄みて

 やわらかに、清らに響く声にて唱えよ。

 言霊なるは響きなり。よき音色ほど

波動も清く、高く尊くあらん。 



ひふみともこHP
http://hifimitomoko.cocolog-nifty.com./blog/
真理の御霊 三輪山の巫女　
http://plaza.rakuten.co.jp
人に内在する良心神(神言会)
http://kamikotokai-b.jugem.jp/</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>聖なる光透波(ことば)～神から人へ～</title>
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			<description>一人でも多く、最後の審判(次元上昇)を超えられるよう、ひふみともこさんに下ろされている神示をお伝えしています。

「いろは」「ひふみ」は強い浄めの霊力があります。この世を浄め、伝え、広めてください。

＊人間の霊性進化のための祝詞＊ 


 「いろは祝詞」

いろは　にほへとち　りぬるを(wo)わかよ　

たれそ　つねならむ　うゐ(wi）のおくやま 

 けふこえて　あさきゆめみし　

ゑ（we）ひもせすん　 




 「ひふみ祝詞」

ひふみ 　よいむなや　こともちろらね

 しきる　ゆゐ(wi）つわぬ　

そを(wo) たはくめか うおえにさりへて

 のますあせ ゑ（we）ほれ- けん 

※３回続けて宣る 





【祝詞（のりと）の唱え方 】

 最も大切なるは、人の心の清浄さ、

なれば、よからぬことを思わず、

 健やかなるを心がけ、声も澄みて

 やわらかに、清らに響く声にて唱えよ。

 言霊なるは響きなり。よき音色ほど

波動も清く、高く尊くあらん。 



ひふみともこHP
http://hifimitomoko.cocolog-nifty.com./blog/
真理の御霊 三輪山の巫女　
http://plaza.rakuten.co.jp
人に内在する良心神(神言会)
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		<item>
			<title>神から人へ◎立て替え直し・神経綸</title>
			<description>&lt;div&gt;神は、人と、人と共にある様々なこと、もの、現象、天命、人一人一人の行うべきみ役、全てを仕組まれ、ご計画に沿って、神仕組み、神経綸をお進めになられてこし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今、最後のお仕組みとして残りしは、この世の立て替え、立て直しのみなり。その神仕組みがようやく成就を迎えつつある。そは、神が今世を創られ、この世に、神の御心を映す地上の神の国を創らんがために、この世の初めから定められしことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;この世が、次第に汚れ、崩れ、神のご意図から離れゆくも、神はこの世の初めから、予測もされ、そのようなご計画でありしといえよう。人が一度（ひとたび）は汚れ、曇り、我の奴隷となり、神を忘るる。そのことすら、神は、初めからご存知のことにありし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人には、この世が神のご意図から外れゆくことを、憂うる者もあろう。行く末を案じて、己れの力をもちて、この世を創り直そう、作り変えよう、そう意図する者もあろう。なれど、神のお仕組みが働く以上、それら人間の業（わざ）、人間の知恵、人間の技術、能力、全て現界あり。できることの範囲は極めて狭く、ものの数にも入らぬ行いなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今、人に求めらるるは、神のご存在を知り、神に全てを委（ゆだ）ねる心、神に全てをお任せする心、神に一途（いちず）に帰依（きえ）せんとする、真白き魂への、浄化なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なぜといえば、神は一切を、慌（あわ）てふためきことをなすも、その多くは小手先の、ただただ些末（さまつ）な、取るに足らぬ行いに過ぎぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今、神に降ろされし魂、即ち、最後の時の臨みて、最後の仕上げを、神仕組みの最後の仕上げをするに当たり、神のお役に立つために降ろされし魂、神のお仕組みを手伝いをせんと命ぜられし魂が、各々（おのおの）のみ役を実行に移し始めし。神に授けられしみ役を果たし始めし。神のお仕組みによりて、ある者は書を、ある者は光を、ある者は声を、己れの能力・才能・天分に応じて、人に広め、知らしめ、気付きを与え、悟りを得させ、心・魂の浄化を手伝いつつあるなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神のご経綸、神のお仕組みは、そのためであらば、いくらもその者に力・光・能力・機会・人脈・金脈・物質・金銭・いくらでもお与えになる。なれど、それら全て、み役のためなり。み役を果たし、世の立て替え立て直しに活かすためなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;もしその中に、神の御心に適わぬものが多少なりとも混じりおらば、神仕組みは容易に働かず、その不純なるものが取り払われるまでは、お仕組みを賜ることはなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;もし、神のために、利他愛のために、み役のために、その者自身は汚れなく、純粋に、無垢に、み役を果たさんとしても、そに関わるもの・こと・人・いずれかのどこかに、その行を行うに相応（ふさわ）しからぬ思いを持ちしもの・こと・人あらば、神は先ずはそのことを戒むるなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、人は、謙譲に、素直に、己れの心、行い、魂、肉体の行、日々の行、人との交わり、人への思い、改め見直す必要あり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、現象をもってお伝えになられる。神は罰をお与えになることはなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;全て、必然の結果なれば、起こりし不幸は、己れの行いのいずれかどこかに、必ず誤りあり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その必然の結果を、現象によりてお示しになるのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、よいな、一二三よ、この世で起こる一切は、己れの行・行いの必然なれば、よきことはよき心の、よき行いの、よき魂の結果なり。また、悪しきことは、悪しき心、悪しき行い、悪しき魂の結果なることを思い、常に己を省（かえり）みることを忘るなかれよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、一二三よ、神は喜んでおられるよ。そなたの行い、思い、行、日々によき方向に向かうなれば。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの内の魂が、ようやくに目覚め、自らの行いに、日々素直に従い、神のお役に立たんとして、行に励んでおること、神はご存知なり。よいな、これからも、一途（いちず）な思いを忘れず、神経綸（けいりん）のための己れのみ役、果たされよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、我等の声を、そなたの励みとし、心緩（ゆる）めることなく、日々、気持ち新たに、気持ち引き締め、行を積めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日は、そなたへの伝え終わらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873813.html</link>
			<pubDate>Sat, 07 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎自己・自我・我欲・宗教</title>
			<description>&lt;div&gt;神が創られし人間、万物、自然、地球、生命の全ては、この世の始まりしときに、この世で初めて創られしものとして、この世に清く美しい世界を実現させるために、多くのみ恵みと数々の　目には見えねど、今よりはるかに高い能力を授けされおりし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、その一つ一つを、それら全てを使い、力、能力を合わせ、共に励むことで、神はこの世に幸福と繁栄をもたらさんとされし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なｒど、先にも何度も告げしように、人間一人一人が、己れの我（が）の虜（とりこ）となりて、己れの我欲、損得、執着に使われ始めたがために、神のご意図は無視され、神のご意図とはおよそかけ離れし世と化さしめた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神が再度この世を立て替え、神の国とし、ご自身もこの世に降りられるような、清い世界に甦らせるためには、人一人一人を変えていくことが必要とお考えになられた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、神の国から、人として使命を持たされし幾つもの魂を、この世におつかわしになられた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そうした一人一人の魂は、これまでになく、急速に一つの集まりとして集まり始め、呼び集められている。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の命ぜられしみ役なるものを、それら魂の一つ一つが、思い出し、その実現を進め、充分に個々の能力を活かし、機会を利用して、この世でのみ役を果たすために、それら魂は、神の声を聞かされ、或いは神の書を書かされ、また、神に御心を映す諸々（もろもろ）の諸芸術、諸宗教、諸集会などを通じて、互いの存在を確認しつつ、互いが協力し合うようにと仕組まれた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今、この時、この世だからこそ、人の最期の時だからこそ、人は心を入れ替えねばならぬ時だからこそ、神は一つ一つの魂に、直接に、声を、光を、力を与えられた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、そなたも信ぜしように、我等霊界におる者も、共にそのみ役を果たさねばならず、そなたに呼びかけ、語り続けてきた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日そなたようやくにして、己れの眠りから覚め、神の子としての目覚めを得、神のみ役を思い出し、神のお役に立たんと心を高めしこと、切に嬉しく、また、ありがたく思うなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、溢（あふ）れ出（い）づるように、心に浮かぶことば、想念は、皆、我等からの通信なるぞ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;恐れず、疑わず、ひたすら神に感謝を捧げつつ、我等の送信を受け、文字に変えゆけ。書き残しゆけ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;先ずはそれがそなたの霊行の第一歩なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、一つ一つを、元の赤子（あかご）のように、一つ一つを覚え、そなたの力を磨き、高めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;先ずは、ゆっくりとで構わぬ。遅くてもよからん。焦らず、急がず、神の御心に適う魂を育（はぐ）み、神に感謝し、人に感謝し、ものに、事物に、現象に、全てのものに感謝を捧げ、心を開く鍛錬（たんれん）を積まれよ。それからまた一つ階段を進みゆかば、自（おの）ずとみ役も変わり、次なるみ役を賜らん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それまでは、今の我等が導くなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、そなたの決意を我等共に喜びし。感謝し、神に祈りし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神のご守護を、さらなるみ光を、さらなるお導きを、我等共々与えられんことを、神に祈りし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;己れの我欲ならぬ、利他愛の心で、これからの困難を乗り越え、霊行を行じん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;障害、妨（さまた）げ、心の迷い、これからも幾度となく、そなたも経験されようが、我等と共に常にあることを、素直に、深く、胸の奥に刻みおけ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、心の中で呼びかけられよ。迷いしときには尋ねられよ。苦しきときには、求められよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの魂を、我等の魂と、両の波長が合いなば、通信は容易に行われよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、一二三よ、魂を磨き、高めおけよ。下卑（げび）た、卑しき汚（きたな）き想念は持たれるなよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;高き、清き、直（なお）き、清々（すがすが）しき想念に満ちるよう、常に心高く、晴れやかな心で過ごされよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、そなたと共に歩まんかな。共に行じんかな。共に神のみ役を果たし、神のお役に立たんかな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日、そなたの問いは何なるか。問いてみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（己れ、我欲、自己について）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;己れ、我欲、自己、全て神の心を失いしときにはびこり、力を強める悪（あ）しき想念なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひとたびこの想念に使われなば、それから逃れるに難（かた）く、それを取り去るはさらに難（むずか）し。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は、神を想い、己れの魂を磨き高め、己れの存在と神のご存在との共にあることを喜び、常に感謝を捧（ささ）げおくことが肝要なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神が創られしときの人間は、一人一人が個でなく、我でなく、我でなかりし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、神の子、神の写し絵、神の心を持たされ、神の心を映す、何にも染まらぬ透明な魂を持ちて創られし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、一人一人がそのまま、神と交信し、神の声を聞き、神と交流し楽しむことすら可能なりし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が己れを持ち始めしは、全て、物質が心を越え、物質が、魂、心以上に価値を持つと人が信じ始め、心、魂を隅に押し込め、我欲に魂を曇らせ、我欲に取り付かれしときからなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は己を戒め、己の奥底に眠らされし魂を復活させ、その居場所を整えゆくことが大事なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（宗教とは）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;宗教なるは、神が、ご自分のご存在を現界の人間に知らしめるために、作らせしものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神はそれをもちて、先ずはご自分のお力をお示しになり、信仰を持たせ、人間の理解を超えし力の存在、人間の知恵を越えて及ばぬ英知の存在をお示しになられる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それをもちて、人が神を見付けることを、己れの中に眠らされし魂、魂の億に隠されし神のご存在に気付かせることを図られた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、現行の宗教、教団の多くは、初めの元の神のご意志を映すものは少なし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;時を経（へ）るに従い、人の思惑が先に立ち、神のご意志をそのまま映すものは残り少なし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;信仰と宗教は別なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;信仰持ちても、宗教持たぬ者有り。宗教持ちても信仰持たぬ者有り。いずれも神は認められよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なぜなら、己れの意志、意図に関わらず、神のお役に立つ行いなさば、自（おの）ずと魂も変わりゆくなり。なれど、信仰持ちても何もなさずば、神はその魂を昇華（しょうげ）させることはおできにならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;同じく、宗教持ちても、自ら何もことをなさずば、やはり、神は、真（しん）にその魂をお救いになることはできぬなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心、魂、肉体、一つなり。一つのものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、宗教も信仰も、己れの全てをもって行うべきものなり。心のみの信仰、宗教に、何の価値もなし。肉体のみの真似事（まねごと）の行い、これも価値なし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、神の御心に適う行いなさば、心・魂は、気付かぬうちにも変わりゆく。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、行い何も致さずば、いくら心高く、口に清きことば述べても、神の御心に適うことはなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、宗教に入（い）りし者は、救われ易く、宗教に入（はい）らぬ者は救われるに難（かた）きも、それがためなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな。しかと覚えおけ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;行い、行動、働き、行、これら全て、肉体を伴う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;肉体なからば、行はなし。肉体なからば、現界の行なし。現界の行、即ち全て肉体もちて行うことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな。想念のみにては、魂は向上せぬ。心は浄まらぬ。肉体は浄まらぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;行いもちて人は、昇華しゆく。これを可能にす。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかと命じておかれよ。そなたの胸、肚（はら）、魂に。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873812.html</link>
			<pubDate>Fri, 06 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎人の幸せ</title>
			<description>&lt;div&gt;神は、人のために、人の役に立つ多くのこと、ものを人に与えし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その多くは、人を幸せにし、また、人の役に立つべき筈（はず）のものでありし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人間心（にんげんごころ）でそれらを使い、作り始めるや、人は独占欲、利己心、自己愛の奴隷となり、人に分け与えるよりも、自分が、自分一人のものに、自分だけのために、そうした強い我執（がしゅう）の虜（とりこ）となり果ててしまいし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、人とは、かように心弱く、我欲強きものなり。人に役に立たんという気持ちは生まれにくく、また育ちにくい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが行の始めなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人に分け与え、人と共に栄え、人と共に楽しむ。それが神の望まれし、初めの人間たちなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人が物、物質、金銭と、己れの願望を満たさんための工夫を凝（こ）らし始めし後、人の考え、思想、観念、価値観、全て物質にのみ占領され、心、精神、魂、先祖、神、そうした目に見えぬものはことごとく忘れられ、隅（すみ）に追いやられてしまいし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、さなりても、人の幸せを司（つかさど）るは心なり、神なり、魂なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;いくら物に囲まれ、金銭に埋（う）もれてみしも、ますます困窮（こんきゅう）の感を強め、餓（かつ）え、満たされぬ空しさのみが募（つの）るものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、いかに、人は心を満たすべきなるか。心を豊かにすべきなるか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;答えは一つ、神の心を取り戻すことなり。神の心に立ち返り、神の光に己れの魂を照らすことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;言うは易（やす）く、行うは難（かた）し。人は、目に見えるものへは、なかなか心を捧げることはできぬものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なぜなら、人は肉体のみが発達し、心の目、心眼をば、衰えさせてしまいしなればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心の鏡もて、己れを照らし、己れの魂を照らし見れば、容易にわかること。己れの曇りし魂が、今、いかに汚れ、腐り、汚濁（おだく）にまみれしか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人は、心の鏡すら持たず、上辺（うわべ）の美醜（びしゅう）や、上辺の見た目のみを気にかけ、真（しん）に己れを支配し、操る元の魂すら、物質の奴隷と化さしめしなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が、これから後、神の道に戻るには、先ずは心を浄め、曇りを取り、汚れを浄めねばならぬなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが神とのつながり、結びつきを強め、また、己れの踏み迷いし迷妄（めいもう）がら逃れる第一歩なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は先ず、神を知り、神のご存在を信じ、神に帰依（きえ）する心を強めゆかねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、心低き者にいくら聞かせても、声は耳からすり抜け、光は翳（かげ）りを照らさず、ことばは空（むな）しく虚空（こくう）に響く、空しき音の集まりに過ぎず。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;されども、もし人が、誠の心持ちて、誠の心から人のために尽くし、奇跡を見せ、光による諸々（もろもろ）の奇跡を行わば、心低き、魂低き者も、いやがうえにも信ぜねばなるまい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が行いし奇跡は、神のみ力に因（よ）るものなれど、身近な人のことば、身近な人の経験ならば、そは最も信ずるに足るものならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人を救うに、身近な人から救わんとするが一番なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心高く、心浄め、日々神に祈り、感謝し、神につながらんと想いを忘れず、神のお役に立ちたしの念を強めゆかば、その人の魂は、自ずと神の御心に適い、神はみ力を惜しみなくお与え下さらん。なれば、人が迷い、心弱く、己れの道に不安を抱（いだ）かば、何より神を思い起こすべきなり。神を求めるべきなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;困りしときも、苦しきときも、神は共にあらせられる。神を信ずる一念が、心を鎮め、心を安ませ、心を輝かせゆくなれば、人の心は、神を思うか否か、それ一事（いちじ）のみなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神を信じるとき、人は悪しき想いを持たぬ。神を思うとき、卑しき念は遠ざかりゆく。これみな、神のおかげなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神が人に光を照らし、人がその光を受くる状態にあるが故（ゆえ）に、神の光は素直に人の心、魂に、無駄なく降り注がれるなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、全て神の御心に適（かな）う天性の清き魂を持ちて生まれる。そこには何の不平等も、差別もあることはなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;あるは、神の思惑（おもわく）により、人それぞれの行の質の違いのみなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;行は、その者に必要ありて課さるるものなれば、人は嫌わず、いかなる行も、有り難く遂行（すいこう）すべきなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;もし、人間心で怠（おこた）る行あらば、後に再び、別の行として、さらに厳しさを加えて課されよう。訳なく課される行は一つとしてなかりしかば、神のお仕組みを信じて疑わぬ、素直で真白き魂でそれを受くべし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は人に、人としての成長を望まれ、また、人としての行を修めし後、あの世に帰りてからも、神のお役に立つ魂になる行を積むことを望まれる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;魂が昇華し、霊層を高めし後は、次には人を導く魂に昇華することを望み、そのように仕組まれる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が神のお仕組みに応え、神の御心にまで成長せし後は、この世の人を導き、神のお役に立つ魂を、さらに増やしゆくことが大事なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、魂の修行は、終わるときなく見えるとも、魂の昇華は時を要するものなれば、一つ一つ、一段一段を登りゆくことが最も近道ならん。焦らず、急がず、今ある行を、誠を込めて行うのみ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、混迷の時なり。困惑の時代なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたも、人も、惑（まど）い悩み、苦しむこと多かるらん。なればこそ、神を信じよ。人を救わんの気持ち高めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;己れ一人の霊行ならぬ。共に行ずる行なれば、我等と共に、迷うことなく、導きについて来られよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの想いが高きものならば、声も届き、道も拓（ひら）けん。神に感謝し、己れの我を取り、身近の人への感謝と利他愛を強めゆけ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;霊行は、難（かた）きものにあらず。素直な魂持ちてこれに臨まば、露ほども難（むずか）しきことなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;要は、そなたの心に曇りなく、汚れなくば、行は進む。神の後押しがあればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな。一二三よ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の力に頼るのではなく、神のみ力にすがるのではなく、神のみ力を信じて、人間心で案じる気持ちを捨て、素直に臨まば、道は自然に拓（ひら）けゆくのだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、忘るなよ。神は慈愛なり。神は慈しみなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神のみ手に見も心も委（ゆだ）ねる気持ち、その安らかさを持ちてゆかば、神は己れの最も近くにあらせられるよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さあ、今日もそなたに伝えしこと、繰り返し読みて、行を行え。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;明日もまた、そなたに伝えん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873810.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎神とのご縁を結ぶ手伝い</title>
			<description>&lt;div&gt;神は人を創りたまいしとき、人に、それぞれのみ役を課された。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ある者には教育の道、ある者には芸術の道、ある者には宗教の道、そしてある者には学問の道。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;このように、人は人としての行、み役を課され、それを行じて、この世の行として行じることを望まれた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、それのみが行の全てではなく、もう一つ、霊行なるものを行じなければならぬように仕組まれた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人により、生まれし時代、所により、その霊行の形、目的は異なりてみえようとも、相通ずる一点は、人が己れの我を取り、執着を取りて、己れの欲得によらず、己れの利害から離れて、神に仕え、神に祈り、神に近づかんと欲する気持ちを高めることであった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は、目の前の欲得に動かされるのではなく、広く高い境地から、己れの今ある意味を悟り、己れの生を受けし意味を見つけ、真摯（しんし）に神に感謝を捧（ささ）げ、実直に生を生きることが求められよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人のために何かをさしあげる奉仕の精神、神に捧（ささ）げる誠の感謝、宇宙万物に帰依（きえ）せんとする崇高な願い、そうした思いを常に抱（いだ）き、育（はぐく）むこと。そして、ありとあるこの世の全て、目には見えねど確かに在ると、無意識にでも感得（かんとく）できる宇宙意志、神、霊、神幽現（しんゆうげん）の世界、そうした諸々の事象を、目には見えずとも信じ、畏（おそ）れかしこみ、己れの微小は生の営みを、神から与えられしものとして、尊く生きんと、心を高めゆくこと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そうした心の営みを、日頃から心がけ、たゆまず努力すること。人が霊行を行うための、必要にして最低限の心がけなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さすれば、霊行は、望まずとも自然に進み、自然に成就（しょうじゅ）し、神の御心に、自ずと添いゆくこととならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人の心で、損得ばかりを計算し、目先の利益に振り回され、人の目、思惑（おもわく）、噂、評判ばかりを顧慮（こりょ）するならば、行は滞（とどこお）り、いつまで経（た）ち手も、一向に進まず、ついには何も行うことなきまま、生の終わりを迎えゆくなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、人の心は飽きやすく、うつろいやすく、変わりやすい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日の強き決意も、明日の僅（わず）かの障害で、たちどころに雲散霧消（うんさんむしょう）し、別の思いに囚われゆくなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々、こうしてそなたに伝えることも、そなたの心の中で、恐らくは、初めのときの感動を伴いで書かれはせぬであろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが、人の心なり。弱く、はかない人の常なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よきこと聞き、よきこと知りても、時と共に、薄れ、弱まり、ついには何も聞かぬと同じになりゆく。それが、多くの人の在りようなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、一二三よ、我々はそなたに、目覚めのときを待ってきた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;真（まこと）の魂が、目覚め、悟り、高まることを望んで参った。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして今日（こんにち）、そなたが我々の言葉を聞き、書きて残さんとの思いを高め、それを日々怠（おこた）りなく励行（れいこう）するを、心より嬉しく感じている。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、そなたに伝えしように、それのみで終わりては、何の意味もなきこと。今一度、反省せられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人に機会あらば伝え聞かせ、教え説きて、その人の霊魂が、目覚め、活動するの助けをすること。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;或いは、その人の魂が、浄められ、高められて、神とのご因縁を深めることを手助けすること。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;或いは、書を配り、配られし家々で光を放ち、その家の家族、先祖、家の守護神、守護霊たちも共に神の光をいただけるよう、手伝うこと。以上の三つを滞（とどこお）りなく行い、行を積みゆけ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今の世の中に、幾人（いくたり）の魂が、神とのご因縁を切らずに保ちているのか、思い描いてみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、ご自分から、その縁をお切りになることはない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が、自ら、たとえ知らずにとはいえ、神との縁を切り、去ってゆくなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そうした、さまよいし魂を救い、神とのご縁を取り戻し、この世の立て替え立て直しに臨んで、一人でも多くの魂が、神のお役に立たんと望むよう、一つ一つの魂を高めゆくこと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのための神の手伝いが、人としての行ではなく、神の子としての大切な、最も重要なる行なるぞ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな。一二三よ、心に刻め。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々、心新たに、霊行を積め。目の前の些事（さじ）に追われて、大切なる行を、怠（なま）けるなかれ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一つ一つが、霊行なり。神の御心に添う、神の御心に適う、霊行なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、たとえ、心行体行は遅れようと、先ずは霊行から始められよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一日の、始めと終わりに、神に向かい、感謝を捧げ、祈り、挨拶を欠かすことなきよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;これにて、本日の伝えは終わる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神に感謝を。誠の心からの感謝を。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873807.html</link>
			<pubDate>Wed, 04 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎神とのご因縁・霊行</title>
			<description>&lt;div&gt;今日、人を支配し、牛耳（ぎゅうじ）っているのは、殆（ほとん）どが、物質、金銭、欲得、我執（がしゅう）である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのことは、そなたも既に多くの書物や、人からの話などによりて、充分承知しておろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;肝心なのは、魂と心の昇華、高まりであり、そうした浄まりし魂は肉体を支配し、自らの欲得で、己れを失うことはないといえよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人間心の弱さは、常に人を同じ心の状態、魂の在りように保ちおけるものではなく、ときに、ひどく暗い、淋（さび）しい、辛い、苦しい、そうした気分を味わうものであり、ときに嬉（うれ）しく、楽しく、安らかな心持ちになりて、幸せを感じ、感謝の念を強めたりもするのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人の心の弱さ故（ゆえ）、ときに、邪神（じゃしん）　邪霊（じゃれい）なるものにかかられ、己れの意志とは反対のことを、無意識、意識のあるに拘（かか）わらず、気が付きしときには、取り返しのつかぬことをやりのけてしまいし、ということもあるらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は、できるだけ魂を高く、清く、清浄に保つ努力を怠（おこた）らぬようにし、できうる限り、高い理想と清い心で、人にも物にも、自然、万物、全てに接しようという心がけが必要である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が何故（なにゆえ）、ときに、そのように自己の心を一定に保てぬのか。かくも弱く、心も魂も、想念も、乱し、低めてしまうのか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは、一つには、己れの修養が足らぬからであり、また一つには、真（しん）の宇宙法則たるものに、人間の意識の奥底に在る、宇宙意識、霊的意識、霊的感性、霊的直感が目覚めておらぬからなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そうした、本来人間が具有していた感性を、この世の物質欲、金銭欲、我利、我執にて曇らせ、そうした濁（にご）りに心も魂も、満たしてしまいしことによらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は、そうした我利、我執、我欲を取り去らば、本来の魂の光を取り戻し、また、真（しん）の魂の、感性なるものを鋭敏にすることができるものなれど、金銭欲、物質欲、己れの強き執着は、なかなかに取り去れるものではなく、人が生を生きれば生きるほどに、ますます強まる類（たぐい）のものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人がこの世で修行を課されし意味は、そうした欲得、執着を一つ一つ取り去るための、神が与えられし、ありがたきお仕組みなるに、人は、神のご意志、ご意図を分かろうとせず、ただ、己れの作り上げし、価値観、物質観、人生観、浅はかな知恵に毒され、侵（おか）され、ついには、神との一筋の糸さえも、自ら断ち切り、勝手な所業を繰り返すものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人を救うは、こうした魂に、神とのご因縁（いんねん）を、再び付けさせ、信じさせ、魂と、その奥に眠りし、宇宙との一体感を、直感的にでも甦らせ、魂と、切れ掛かりし神とのご因縁を、深めることが何よりも重要なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;死にゆく前に、神とのご因縁を復活させ得（え）し魂は幸いなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;あの世に帰りても、神のご守護により、改心の機会を得ることができ、再び、その魂に見合いし霊行を課していただけるなればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、神とのご因縁の切れしままに、あの世に帰りし魂は、神からのご守護を頂けず、霊界の低きところに落とし込まれ、辛く苦しき行を命ぜられ、再び神とのご因縁を結べるまで、長き年月を苦しむこととなる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、人は、己れの行を少しでも疎（おろそ）かにしてはならぬし、素直に己れの魂の昇華を望み、その求めるまま、魂の求めるまま、に、素直に霊行を積みゆくことが肝要なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人間心（にんげんごころ）で、今の目の前の、己れの用に使われ、神との約束は果たさずば、現界で、いかに高き地位や名誉を得ようとも、あの世にては、何ら価値なきものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、一二三よ、我々の伝えることは、たとえ些細（ささい）なことであろうと、実行し、実現させてゆかれんことを。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;我々の望む魂の行なくして、いかなる行も、そなたの魂の昇華にはつながらぬ。昨日今日明日、時は過ぎ去り、明日にては既に遅すぎることが多くあることを思えよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの家族、親戚、友人知人、そうした身近な人たちの魂が、一人でも多く神とのご因縁を復活できるよう、臆せず、ためらわず、働き動け。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの今日までに積まれし行の多くは、そなたの魂の修行に、活かされもし、役にも立ちしが、魂の昇華に結び付く行は、まだまだ足らぬ。まだまだ少なし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、神の命ぜし神の子としての霊行を積まずば、そなたがいかに現界で、人の目には偉大に映る偉業をなそうと、神はそれを認めてはくださるまい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの家族、親戚、知人友人、そうした限られし範囲の人にさえ、何ら働きかけることができなくば、何の霊行がなせようか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人類の窮乏（きゅうぼう）を間近に控え、神の降ろされし、人と異なる行を課され、み役を担（にな）わされて降ろされし魂の者は、神に、今こそ、その約せしことを返してゆかねばならぬのだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々の行は多く、時は短し、肉体は衰え、心は老いを深めゆくなれど、霊行は、人の力の及ばぬものなれば、神に使われるままに、己れの身体、頭脳、感性を使っていただく。それでよいのだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が限られし時間の中で、この世においてやり終えることは小さく、神の世界の諸事に比ぶればＭなきに等しきものなり。人の界で作られ、この世に残る幾つかの事象、物質、功績、いずれも、神の世界においては、いくばくの価値もなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人の世にて役に立ちても、神の世にては、価値在り役立つものは、人の力で作れるものではなく、神のみ力をお借りしてのみ、現界でも霊界神界でも役に立つことが行えるなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人の力は微小なり。神のみ力は偉大なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その神のみ力をお借りしてなせる業（わざ）が霊行であり、さればこそ尊く高い行ならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、現在そなたの励みし心行体行、どちらもそなたの魂を、多少は強め高めはするなれど、直接そなたの魂を、より高く昇華させうるものは霊行なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;霊行をおいて他なし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、明日に明日にと霊行を、延ばし延ばしゆくことは、神に対する裏切りに等しきことと心得よ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神を真（しん）に敬い、お役に立ちたくば、すぐにでも、そなたのみ役を果たさんと心せよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;我々の伝えしこと、聞かせしことを、人にも伝え、聞かする努力を怠らず、明日には新たなみ役を賜（たまわ）らんとの心組（こころぐみ）を持ちて、今日の行を行ってゆけ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;明日に延ばせし今日の行は、明日にては遅すぎしこともあるものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々霊行は変わりゆくものなれば、今日せぬ霊行を明日行いても、それは既に霊行ならぬ、ただの人間心のなせる行いなりて、神の御心に適うや否や、はなはだ心許（こころもと）なきものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、一二三よ、書を拡げ、この書記を広め、神の声を知らしめ、神とのご因縁を深めるお手伝いを、明日にも行えよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日は今日の行があり、霊行があるらん。明日には明日の霊行があるなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;し残しし霊行は、明日には遅いものあり。時の短き、去る時の速さを思いためらわず、行を行ってゆけ。辛く長い行の明けには、楽しく明るい喜びの時を迎えられん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その時を迎えられるよう、日々の行に励み、日々心を新たに、うむことなく、たゆむことなく、行を行え。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日、そなたに我々は、多くのことを伝えし。そなたに望む霊行の遂行（すいこう）を、心より望み、祈るばかりなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;共に行じん。共に励まん。そなた一人にての行にあらず。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;我等と共にあることを、信じ、忘るな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、一二三、一二三よ、一二三朋子よ。伝え、終わらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873806.html</link>
			<pubDate>Tue, 03 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎み役</title>
			<description>&lt;div&gt;では、今日の伝えを始めん。昨日申せしように、人には人の、それぞれのみ役がある。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたにはそなたのみ役、神にには神のみ役がある。神にみ役ありというは、神にもいろいろな方がおられ、神も人と同じく、様々な役割を担わされているからなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、神も人と同様、そのみ役を果たしつつ、人間界の行い、営み、万物の仕組みが滞（とどこお）り無く進むよう、日々行を積まれておられる。そしてその中でも、高い層の神と低い層とがあり、やはり行が進みゆくにつれ、その層が上がり、それに伴いみ役も変わる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;されば、神は人と同じく行をもって自らの霊層を高め、更なる昇華（しょうげ）を積まれる。そして、神と人とは、一体となりて行を積みゆく。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なぜなら、神のみ役は人の行い、行に通じ、神の行が滞（とどこお）らば、人の世界にての行もそれを写し、神の世界の乱れが、人間界の乱れとなる仕組みなればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故（ゆえ）、行を怠（おこた）りし神の下（もと）では、その神の導かれる、霊体、幽体、人体、全ての生命に乱れが生じることとなる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、神の世界の乱れは、神のみ力、神ご自身のご努力により、いつでも回復し、元に戻すことは容易なるが、人間界の乱れは、人のみの力で回復できぬが常なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ときにその乱れは、さらに強まり、極まりて、人類の存亡にまで広がることも、あり得べきことなり。それ故、神は、人に力を貸し、力を与え、光を与えられて、この世を浄めさせ、乱れを改めさせ、そして、自ら気付かせんとして、不幸現象を見せられ、悟れよ、気付けよ、と呼びかけておられる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人の多くは、その呼びかけ、神の諭（さと）しに気付かず、むしろ神への恨み、他の人間への憎しみ、妬（ねた）みをもって、自らの我（が）を、なお一層に強めゆくが、多くの常なり。大半の者なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;されど、中に幾人かの人間が神から下ろされ、人間の姿形を以て地上に現れ、この世の乱れを改め、人の心を諫（いさ）め、人に気付きを与えんとして、この世で特別のみ役をもって生まれる者あり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは、ときに人に、書をもって光を示す者あり。声をもって伝える者あり。また、手から放たれる光、或（ある）いは肉体による神の力の体現をして、神の力を示し、人に神の存在を知らしめ、人の心の改善を図らんとされる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、この世で、奇跡といわれることの多くは、その者自身の力にあらず、神がその者に、その者を使いて、神の力を与え、神のご意図、ご意志を示させているに過ぎぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかれど、神はそれによりて、人を変えんとされるのではなく、人を、神の御心に適（かな）う者に変えんとされるのではない。神は、人を変えることを望んでおられるのではなく、ただ、人自（みずか）らが、神の力を信じ、人が自らのみ役に気付き、人としての行、神の子としての行に、真摯（しんし）に目覚め、気付き、悟りて、神の心を取り戻す、そのことのみを望んでおられる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が、この世に生を得、生を生き、神の子としてではなく、人の我に囚われ始めてから、この地上に、神の御心に添わぬ物を作り始め、神の御心に添わぬ物質に囚われ始めて、人の心が汚れ、神の御心がら遠ざかり、次第に地球、自然、万物の命、魂、肉体を、あらゆるものを汚し始めた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今から何千年前からのことか、それは与（あずか）り知らぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人は、己れの我欲と闘いつつ、行を行わねばならぬ。それは、決して楽しく楽なことではない。我というものがある以上、人は己の我と闘（たたか）わねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;闘って、そして悟りを得、気付きを得るものなり。そのように仕組まれているものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;然（しか）るに、今の世にて、己れの我と闘い、己れの我欲と真摯（しんし）に対峙（たいじ）し、それをなくさんと行を積む者がどれだけいようか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;恐らくは、極く限られた者たちだけであろう。極く少数の、極めて稀な者たちに過ぎまい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかれど、それではもう地球は、元に戻らぬ。人の全てが、自らを改め、心を改め浄め、魂の向上を願い、図らずば、この地球も、人も、生物、物質、全てのものが滅びゆくなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が神の子として、最初の魂に戻り、気付くときまで、神は人に呼びかけを続けられよう。そのためのお仕組みを、幾つも用意され、一つ一つをもって示され、待っておられる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、その神のご意図も、今の荒れた人の心には、届く術（すべ）もなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は二度、三度、人に気付きの機会を与えられて、今日（こんにち）に至りしが、既にもう地球は、自然は、万物は、その体系を崩し、取り返しのつかぬところまで来てしまいし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、神も決断を下されし。もう時はなし、もう待つことはならぬと。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、神々のお計らいによりて、幾人かを地上に降ろし、そのみ役として、他の者とは異なる役を担わされし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが、神のご意志、ご意図を人に伝え、広めるみ役の者たちなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;先にも触れしように、それは神のみ力、ご意志、ご意図を、身近に感じさせ、最期の気付きの機会を与えんためなれば、人は、ついに最期の時を迎えんことをも示すものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よりて、人は、この機会を逃（のが）し、気付かぬ者は、神の救いも届かず、この世だけでなく、この宇宙、空間、時間の一切から、存在を消され、永遠に消えゆくこととならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;脅（おど）し、脅迫ではなく、それが仕組みなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人よ、人と共に歩みし神の子よ、神の子というは全てなるが、神の心を失いし者は、神の子たらぬ者なれば、ここに人と区別して呼ぶなるが、神の心持ちし神の子と、人と、全ての生を持ちし生きものたちとが、再度、神に近づき、神の御心に適う生を与えられるために、最期の機会を共に活かし、共に行じてゆかんことを願うなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の願いなれば、人は気付かねばならぬ。悟らねばならぬことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が再度の生を与えられる、最後の機会なり。魂の存続を許されるか否かの、最後の機会なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さあ、一二三よ、最後にそなたに伝えおかん。そなたも、神のみ役を忘れるでないぞ。怠（おこた）るでないぞ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々が行なり。霊行ならんこと、先にも申し伝えおろう。怠（おこた）るなよ。投げ出すなよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたのみ役、とくと承知しておろう。この書記に書かれしこと、ゆめ疑うことなきよう、しかと肝（きも）に銘じられよ。しかと肚（はら）に納められよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、神は待っておられる、そなたたちの全てが、神の子であることに気付き、悟りて、自らの行を積みゆくことを。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、少しずつでも構（かま）わぬ故（ゆえ）、そなたの行を積んでゆけよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;残されし時の短さを思うなら、日々を疎（おろそ）かに過ごすことはできまい。そうあらねばならぬであろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;昨日の話を肝（きも）に、肚（はら）にしかと入れて、行を積みゆけよ。そなたの新しな目覚め、気付きを待ちて、伝えとせん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;伝えは終わるが、何ぞ知りたきこと、聞きたきことあらば、問うてみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（ことばとは）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ことばとは、神が人に与えられた、人と人とが、お互いの力を合わせ、この世の行を高め、この世を美しく、住み良くするための、心の道具として、神が人に与えられしものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は、その道具をもちて、この世に、神の国を実現させねばならぬなりし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人は、ことばの使い方を誤り、悪い道具として用い、乱して、己れの我欲を満たす手段として使い始め、ついに、ことばは悪しきものばかりが残り、人の心に毒を流し込むまでになりし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;元来、ことばは、人を浄め、高める働きありしものなり。人がことばを用いるは、神のご意志、ご意図を、自らの心に理解し、自らの行いにそれを映さんがためなりし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ことにはことの、ものにはものの、魂有り。ことばに備わる魂が、言霊（ことだま）なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;言霊をみだりに用い、言霊を汚し、それ故、人は、自ずと己れの魂をも汚してしまうこととなりし。言霊の汚れは、人の魂の汚れ。汚れし魂が用いることばは、汚れしことばにて、言霊もまた、汚れ、乱れし、悪しき霊（たま）なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故、言霊を浄め、最初の光を供（そな）わせしむるためにも、ことばを浄め、自らを浄め、神から賜（たまわ）りし頃の言霊に戻さねばならぬ。ことばは、人に与えられし神のみ恵み、そのみ恵みを乱れさせ、汚すことは、神への冒涜（ぼうとく）にも等しき行いなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;清く美しき魂は、美しく正しきことばを用い、汚（けが）れ濁（にご）りし魂は、汚（けが）れ汚（きた）なきことばを使う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心せよ。ことばの乱れ。ことばの悪用。ことばの乱造。言霊の乱れを改め、浄めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神のみ恵みを、汚すなかれよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ことのは、ことば、ことたま、ことばに備わる霊力は、今や、衰え、弱まりつつある。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今一度、自らのことばを見直し、自らの使うことばを改めてみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;むやみにことばを、もてあそぶなく、ことばの霊力を高め、強めてゆくよう、各々（おのおの）が努めることが必要ならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ことばを大切に使うこと、正しく使うこと、正しきことを、正しく表し、正しく伝え、正しく理解し、ことばの乱れを生じさせないこと。ことばは美しきものなり。ありがたきものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心を豊かに、清らかに、健やかに、育て、伸ばしてくれるものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ことば清き者は、魂も清く、汚れも少なし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ことば汚く、乱れし者は、心も魂も、醜く、汚なく、汚れし者ならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人の心を磨き、高める、そのためにも、ことばを正しく、大切に用いられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが一つの、人への教育ならんかな。大切な教えとならんかな。人を育てる教え、神の子に育てゆく一つの教えたらんかな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一二三よ、教育なるは、ことばにて行われん。それ故、ことばを用いるときには、よく心せよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;汚きこと表すことなかれ。汚きことば使うなかれ。汚きことば聞かすなかれ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ただ美しきことを、美しき音色にて、美しく表せよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;されが魂の写しなれば、そなた自身の魂を美しく、汚れなく保たれよ。よいな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さても今日の伝えは終わらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;明日の聞けよ。問いたくば、問うてみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;明日の日に。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873805.html</link>
			<pubDate>Mon, 02 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎最後の悟り</title>
			<description>&lt;div&gt;では、始めよう。よくよく聞けよ、聞いて残せよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;先ず、命、人の生命について答えよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;命とは、神の与えられしものなり。命に生を与えるものは、神のみ力、お仕組みによる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;生とは現界での状態であり、命とは、無限に続く、魂のことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故（ゆえ）、命は死と生を繰り返すなるが、命は無限に、与えられし時から、無限に続き、この世の生を持つこともあれば、死としてあの世に帰ることもある。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、一つ一つの命、魂は、せねばならぬみ役が定められており、命の続く限り、それぞれの勤めとして、果たしていかねばならぬ。生は、人の肉体をもってこの世で行を積むが、死はこの世での肉体の終わりであり、あの世では、霊魂となる。しかし、貫くものは一つなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、その命、魂であっても、終わるときが来る。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは、神のご意志、ご意図にそぐわず、神のみ光をもってしても、浄まらず、曇りを消せぬまでに、その命、魂が汚れしときなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのとき、神は自らのお仕組みにより、その命を消される。しかし、それは、その魂の終わりであっても、この世での人類全てが消え去るのではなく、再びの生を与えられし魂、命は、この世で、あの世から命ぜられし行を積む。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よく生きて、よく死に、あの世での修行を終えずば、この世でもあの世でも、行は続く。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、仮にこの世で、どのような善行（ぜんこう）を積もうとも、もしそれが、神のご意志、ご意図にそぐわずば、それは神の命ぜしものでなければ、し残した行となってあの世に持ち越される。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、人を、人類を、神のご意志、ご意図でお作りになられた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、今、この世は、神の求められし地球のあるべき姿でなく、人もあるべき姿形ではなくなった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、人類　全ての生の存続を望まれる。神の心を持ち、神のことばを持ちて、自らの存在の意味を知り、自らのみ役を悟り、自らのみ役を果たさんとする魂を救い、そうした神の国で再生するを、全ての人類に、切に望んでおられる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは、人を分けるためでなく、人全てが神からの魂、命を、大切に使い、そしてこの世に神の国を復活させるためなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、この世に起こる不幸現象は、全て、神が人に、自らのみ役を認識させるために与えられる、神からのお伝えなのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その不幸現象、病苦、事故、災害、その他の現象から、自らのみ役を、神の御心に適（かな）う霊行を、それぞれの行うべき行を、人に悟らせんとされておる。それ故、神の御心（みこころ）を知るためには、その不幸現象から、神のご意図、ご意志を読み取る努力が必要である。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;例えるなら、戦争は、人の自我、我欲、我利（がり）、我執（がしゅう）の最たるものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;自己の我利、我欲、我執、その一事のために、人は命を、家族を、失ってまで、己れの欲望を　満たさんとする。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、本来の姿に立ち返るとき、人は平和に暮らすことが可能な筈（はず）なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なのに何故（なにゆえ）、人は、人同士、殺し合うのか。そのように作られているのであろうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは誤りなり。神は、人に、殺し合うことの悲惨さをもって、愛の尊さ、平和の有り難さを知らしめんとされ、それを仕組まれしなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、我（が）の塊（かたまり）であってはならぬ。神と共にあるとき、人は、己れを小さく、弱く、狭くしていることができるものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、人が神と離れ始めるとき、我は強く、大きく、魂の内に広がり、神の声を聞こえなくなるよう、自らを仕向けてゆく。それは、人類にとっての、地球全体にとっての大きな危機を意味する。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が己れの我をのさばらせ、己れの立場のみを考え、己れのの幸せを求めることは、神のお仕組みを妨（さまた）げ、神のお仕組みを起こらなくさせてゆく。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、そうした危機を避けさせ、取り返しのつかなくなる前に、人類の一部に戦争を起こさせ、或いは災害を起こして、その元となっている、人の誤り、間違いに気付かせ、悟らせんとされる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が賜りし肉体は、永遠の生は与えられぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、魂は、この世の肉体が滅びても、あの世に帰り、その活動を続ける。命を持ち続ける。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;魂と命、それは神の御心を映し、ご意志、ご意図を実現させるために、肉体が与えられる。しかし、ひとたび肉体を手に入れし魂は、我を持ち始め、欲望、執着を持ち始めて、神の御心を映さぬものとなる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、魂の曇りを消し、魂が、再び神の御心を映せるまでに、魂を浄め、高めねばあんらぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さなくば、この世は、人の欲望のみが渦巻く地獄ともなるらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、この世の立て替え、立て直しの時期を近き明日に定められし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その時までの短き間に、一人でも多くの魂、生命、肉体が、この世にいる間に、果たさねばならぬみ役を、十分に果たさねばならず、それは、選ばれし幾人かの人が行うのではなく、人々が集まり、神の手足となりて、互いを助け合って、行わねばできぬことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;出会いし者は、早急に神のご意志、ご意図を確認し、己れのみ役を確認し直し、自らの役目を果たしていかねば、間に合わぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神がどのようにお仕組みを仕組まれようと、それに人が気付かずば、この世は変わらぬ。仕組みも止まる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;止まり、滅びるか。気付きて動くか。それは各々（おのおの）の決めることなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;あるいは、各々（おのおの）が、振り返り、顧（かえり）みて、いかなる悟りを得るかにかかろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは、各々の生き方、この世での行の積み方により、変わってこよう。よき生き方、行の積み方をされし者は、悟りも速かろう。しかし、神の御心に適わぬ行い多き者、曇り汚れの激しき者は、いかなるお仕組みにも悟りを得ず、曇り汚れをさらに深めゆこう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;最後（さいご）の時に、人は、最期の悟りを与えられる。しかし、最期の悟りの時では既（すで）に遅し。悟り得ても、肉体は既になく、魂の消滅とともに、永遠の時の中から消えゆくなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;時は短し。与えられし時は短し。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;いかなる努力も、神の御心（みこころ）に適わぬ努力、自らのみ役を担（にな）わぬ努力は、ただ我欲からなされる行いにて、神は見捨てられよう。そして、魂を消滅させられよう。神は、気付きぢ魂のみを残し、集め、新たにそれぞれのみ役を与えられる。その時、残りし魂は、神の御心を素直に映す魂なり。神のご意志、ご意図に通じる心を備わせられし魂なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、今日そなたが我々のことばを聞き、書き留（と）め、この世に残すことは、必ず他の人に読ませ、知らしめ、一人でも多くの魂に気付きを与えんためなり。一人は全て、全ては一人。一人一人が独りではならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一人一人が集まり集あ（つど）いて、神の御心に調和し、一つの生命体のようにして全体を作り、この世を動かしテイク時、我（が）は消え、欲もなく、争いもなくなろう。なぜなら、人を動かすものは一つなればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が人と比べ合い、違いを見付け、他を憎み、そねみ、羨（うらや）む。それは我（が）にて、神の御心に遠きものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の御心に、人の心が通じゆき、一つに和する時、人は我なく欲なく、己れなく、人との違いも、み役の違い、課せられし行の違いに過ぎぬことを知り、故（ゆえ）に争うことなく、妬（ねた）み　そねむこともなし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が己れをなくし、神と真（しん）に心　調和させ、神のご意志が即ち　自らの意志となるとき、それは　この世に神の国を実現させ得たときなり。その時、人は、神に近く、神の御心に適い、神の御心を映したこの世を作り得よう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神はただ、人に幸せを与え、人を平和に楽しく暮らさせんために、今日（こんにち）までの長い歴史、時の流れを費やされた。歴史、時の流れ、人の営み、万物の盛衰、生命の興亡、何一つ、意味無きものはない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;来たるべき日、神の国がこの世に生まれしとき、人は再び、その意味を知ろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、その時にこそ、人は人として、神の子として、神の映された心を持ち、神の御心を見、思い、悟ることとなろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それまでは、人は、人としてのみ、この世を、この世での現象を、見聞き感じることしかできぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、間もなくの日、来るべき時の訪れる日、人は己れの役割と、神の御心と、他の生命、全ての生命、自然、物質、地球、それら全てと和する魂を与えられる。否、自ら浄まり高まっておらねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、今日、我々はことさら長く、神のご意図ご意志をそなたに伝えし。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、それは、一つ一つが異なることを意味するのではなく。意味することはただ一つなることを、そなたに、或いは、これを読まれる人の魂に、悟って頂きたいがためなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、人、一人一人、生命の元は一つなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、肉体を持ち、我（が）を持ちし時から、人は、神の御心から急速に離れてゆくものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、気付きし者は、今すぐ神の御心に立ち返り、清い魂を取り戻さねばならぬ。そして、霊行を求め、霊行を積まねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、霊行を通じてのみ、神の御心を知ることができる。それは、我（が）のない、欲のない、汚れ、曇りとは、最も遠き行であり、神の御心に最も近き行いなればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は、人類全ての救済のため、人類全てを生まれ変わらせるために、仕組みをもって示されてきた。その仕組みを学び、悟れよ。肝に銘じ、肚（はら）に刻めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、そなたももうすぐ変わりゆこう。神の御心に近づくための、幾つかの鍛え、試しが与えられよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;耐えて、忍べよ。清き魂には、それも辛く苦しいものではないはず。有り難いお仕組みとして、感謝し、喜びて、行に励めよ。共に行じ、共に越えなん。神のお仕組みなれば、共に導き、高まりゆかん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日は長き伝えになりし。今日も、明日も、人は人として、なすべきことあり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、そなたも、その行をなされよ。そして、明日また新たな通信をせん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873804.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎合気道・教育</title>
			<description>&lt;div&gt;では、始めよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;先ず、合気道について幾つか申し伝えん。合気道と申すは、神の行なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかるに、合気道を行う者は、すべからく身も心も浄め、浄まるものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかるに、合気道を修め、心行（しんぎょう）　体行（たいぎょう）を積みゆかば、それによりて、自ずと神の道に近づくものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、心せよ。それを行う際の心構えを忘るなかれ。それは、合気道は人を浄める力を持つなるが、それのみで人は浄まるものではない。人の魂は、多くの行を要する。行いつつ、常に己れを振り返り、自らの内なる魂に問わねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の道が、いかに遠く険しい道であるか、己が進みゆく道が、神の道、即ち神の御心に適うものなのかを。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の道は一つなり。なれど人の道、人の行うべき行は、人それぞれであり、一筋ではないのだから、人を見て己れと異なる道をゆくとも、それは間違いではない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神が決められる道であるなら、それはその人の道として神の御心に適（かな）うのじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人は、行を行いつつも、忘れてはならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;果たしてそれが、己れの魂に適った道なのか、神の御心に適いし道なのかを、常に問いつつ、その行を積みゆくことが肝要じゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今そなたが行うべき神の道に通じる道は、即ち、合気道もその一つであろう。教育もその一つであろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、忘れてはならぬのは、神の御心に、そなたの行う諸々（もろもろ）の行が、果たして本当に適いしか否かを問うことじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人はそれぞれの行を積みゆかねばならぬ。それが、神が与えられ、また、神が人に許された行であることを思うならば、人はその行を一途（いちず）に積みゆかねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さて、次なる問い、教育について答えんかな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;教育というは、人を教え導くためのものにはあらず。己れを見つめ、問い、己れを写す営みなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人が人を教える、導くとは、自（おの）ずと、自（みずか）らの行いを改め、高めてゆくことにも通ずるなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人を教え導くためには、やはり、神の御心に照らし、己れの欲求、願望、熱意のみにて行うは誤りの素なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、神ではなく、本来人が人を教え導くことは、あり得ぬことなればなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が人を教え導くとは、その真の意味は、神の御心を、人に伝え、人に神の道に通ずる道を指し示すによりて、教え導くこととなるなり。それは、単なる知識や技術を人に伝授することではないことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の御心を第一とせねば、真の教育はあり得まい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;教育と申すは、人を競わせ、人に上下をつけ、人と人とを区別、分類していくものであってはならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人、皆、神の子なること、それ故、人、皆、神の子として、互いに磨き合い、高め合わんとの気持ちを抱かせんことを本来の目的とするなり。しかるに現行の教育の多くは、過った教育なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人が、人を教え導くことに、最初の過誤あり。人が人を区別、分類することに、次ぎなる過誤あり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの行う、霊行としての教育は、かかるものであってはならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、よくよく心せよ。教育が人を、高めるものではない。高め、磨いていくためには、己れが先ずその範（はん）とならねばならぬ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その上で、教え導かんとする相手の者の魂を、より高き位に高める手伝いをする、させて頂く、そうした心持ちで行わんことを。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、皆、同じ神の子なるの信念を持ちて、その神の子たる人が、踏み迷いし迷いの道から、いかにして神の道に近き、人としての道、神の子として道を見いだすかの方向を共に探していく、それが教育なり。決して、そなたの知りしことを押しつけ、覚えさせんおｔすることではないぞ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、教育を、一つの霊行と捉えるならば、行うべきことは、心による浄めなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心にて、心の中の神の光をお借りして、相手の心の中心、即ち魂に呼びかけること、魂に光を与えること、その人それぞれの魂に適った、人の道を見いださせ、人としての行と、神の子としての行に、気付かせんと心がけることなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、神の子よ。人皆同じ神の子なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の子として、この世を生きる、その手伝い、手助けが、神の子として行う教育なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;では、本日のお伝えは終わらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そなたの心の中の迷い、疑い、ためらい、一切を、この通信をもちて消してゆかれんことを願うなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873803.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Aug 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎宗教・学業・生業</title>
			<description>&lt;div&gt;本日は、そなたの問いし、宗教に対する現界の、或いは現世の人の感じ方、考え方について答えんかな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;確かに現世、この世の中の人の多くは、神を見失い、神を畏（おそ）れず、神を忘れて、己れの欲得のみしか考えぬという人間が多くなり果てた。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、それでも人は神の子なのじゃ。神の御霊（みたま）を分け与えられ、自らの魂の奥には、眠らされしままの神がおられるのじゃ。その神のご存在に気付かば、神は自ずと人の心を、目覚めさせ、自らのみ力をもちて、人の中の眠りし魂を呼び覚ましてくれよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、そのためには、やはり、神のご存在を知らしむる何らかの現象が必要じゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが、神のみ光による病の癒（いや）しであり、家族の和の復活であり、富・財宝の取得となって、人の幸せが現実化することなのである。そして、そのことをして、人は、神を、神のご存在、神にみ力、神の愛を、お仕組みを悟るべきなのである。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかるに、人の多くは、それにても、まだ神を信じず、己れの中の魂に気付かず、人の目に見える物、金、物質のみに縛られてしまう。それは、人の心の曇りなり。その曇りを持ち続ける限り、どのようなことをおこなっても、見せられても、神は永遠の救いはできぬのじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、神を信じねば救われぬ。これは真実なり。なれど現界においても、かくも曇りし魂が、神を信じるためには、自らの魂を甦らせ、浄め、高める以外には何物もない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかれば、人の霊行は、自らの魂の清浄化だけでなく、人の魂を目覚めさせるための、お手伝いをすること、それも大事な霊行となる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれば、人よ、人のために行うとは、人の魂の精進昇華（しょうげ）を手伝ってさしあげること。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;共に神の存在に気付くよう、書の光を示したり、書の光による様々な現象かの実態を示すことなのじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、我々の、このことばが、決して、そなたの中から沸き出すことばではなく、どこか知らぬところからの通信であることを、人に見せることも、ときには神の御心（みこころ）を示すよすがとならん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人の汚（けが）れ、腐りし魂は、神のみ光のみでは、救うことはできぬ。そこに何らかの浄めを望む心、神を求める心があって、初めて　神は人を救うことができる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人は、人として、神に仕え、神のお役に立ちたいの心がなければならぬ。なぜといえば、神は、人に、自らを救うためのよすがとして、霊行を授けるからなり。それが、一つには自らの浄めともなり、一つには、神を手伝うことともなるのじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;されば、霊行は、自らを浄めるためだけではなく、人をも救い、神をも手伝う、有り難くも尊い行だと知れよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、霊行、霊行、日々の霊行が肝心なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;積み重なりし、己れの汚れを、日々の霊行で浄め、高めてゆかれんことを。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さて、そなたの告ぎなる問い、いかにして自らの学業・生業と霊行とを両立させるかについて答えんかな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、先にも伝えしとおり、学業・生業は人としての大切な行である。それはまごうことなく、確かなことじゃ。それ故、人は、生業を行わずして、霊行のみを行うわけにはゆかぬし、神の御心にも適わぬであろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、生業のみでも、やはり神の御心に添うものではない。どちらも大事じゃ。大事な故に、どちらも自らの全能力を傾け、行うべきなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、霊行については、先にも申したとおり、長い時間は要さない。たとえ短くとも、毎日欠かさぬことが大事なのじゃ。それによりて、ますますも魂の高まり、浄まりが図られる、そう考えられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さて、そなたの問いし、生業との両立については、かのような答えでよかろうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;では、次なる問いはいかん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（人の好き嫌いについて）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人の好き嫌い、これは、そなたの気持ちの持ち方一つにかかることなり。そなたがわがままで、人を憎む気持ち強からば、人にも嫌われ、人にも妬（ねた）まれよう。逆に、人を信じ、思いやる気持ち強くならば、人からも尊敬も受け、慕われることにもなろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それ故（ゆえ）、先ずは自らが変わることじゃ。結果は後からついてこよう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、神の御心に適うためには、人からの好意ばかりを　慮（おもんばか）るのではなく、人から一時嫌われようとも、その人の真の浄化に役立つことをしてさしあげること。さすれば、たとえ、その人本人は気付かなくとも、その人の守護霊・守護神が、きっとそなたに感謝し、霊界にて、そなたのためによく計らってくださろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、人の好き嫌いは、極めて現界的な感覚であり、ないと思わば、自（おの）ずと消えゆくものなるよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;あまりに強く意識すればするほどに、人は自分の感覚に囚（とら）われ、一番大事な、霊感に基づく無私の心で人に対せなくなるなり。それ故、人はあまりに、自己の内なる感覚に囚われすぎては、かえって心の眼を失い、現実の大切な事象を見失うこととなるぞよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;心せよ。大切なのは、神の御心（みこころ）に照らした、己れの心の持ちようなのだから。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人間心（にんげんこころ）に囚われた、感じ方、考え方は、次元も低く、汚れにつながろう。よくよく心せよ。自然に任せ、神に任せ、己の感覚、感情に頼り過ぎることなきように。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;さても尊き神に頂きし、己れの肉体、魂、霊魂というものは、得（え）てして現界の中で、曇り、汚れてゆくものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;好悪（こうお）、欲望、わがまま、利己心、そうした心の曇りを浄め、祓（はら）い、禊（みそ）ぎてゆくべし。禊ぎ禊ぎて、神の御心に近づくように、自ら戒め、悟られよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;難（かた）きことなり。なれど、神に賜りし、肉体、魂、霊魂を、賜（たまわ）りしときの清らかな姿形、魂でお返しせずして、行は行とはなるまい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、汚れ、曇り、それはただ行を積み重ねるだけでなく、自らを律する中で行い、行うことで、より魂は磨かれてゆくものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の御心に適（かな）いし魂、心は、自（おの）ずから、高められているが故に、あるがままにあらば、それでよい。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、人間心に囚われし魂、心は、厳しく律し、自らを戒めよ。しかし、また、それに囚われ、縛（しば）られすぎて、不自由なることも、やはり、曇り、翳（かげ）りを増やすものなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;俗念を起こさぬこと、起こりそうにならば、気持ちを高めんとして、その心を隅（すみ）に押しやること、目をそらすこと、かかることも行（ぎょう）なるよ。よいな。積まねばならぬ行は、まだまだあるが、一つ一つが行なれば、無心に　感謝し、ありがたく行えよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神の御心に適う魂は、遠く遠く、なれど、常にそなたの傍（かたわ）らにあらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;信ずることが、道を近める。疑うことは、道を遠く険しくさす。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;人間心はとうざけん。神の御心のみを思え。神の御心に照らせよ、道を。己れの歩みし、今、己れの前に広がる心の道を、神の御心、神の光で照らしてゆかん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;神は示されよう、模様心に。真実への、神の御心につながりゆく一筋（ひとすじ）の道を。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;己れの道は、一つなり。よいな、迷うことなかれよ。迷うことなく、進みゆけよ。人と異なる、それぞれの道。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;道はそれぞれ異なれど、神の御心に通じる道は、一人に一筋　定められしものなるよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;曇らぬ心で、浄め高められし、澄んだ心で、神の道を見いだし、その道を進めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;次なるときにも、問いを設けよ。そなたに伝え、導かん。さすれば、行も進みゆかん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、明日も必ず、神に向かい、己れに向かえよ。さなくば、道は見えてこぬぞ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;迷い、疑い、ためらい、心の闇に堕ちてはならぬ。一日の霊行は、心をさらに高め、浄めるためにあるのだから、日々の行が大切なるよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;では、今日は終わらん。今日の残りし行を、行え。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
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&lt;div&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873802.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 Aug 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>神から人へ◎無心</title>
			<description>&lt;div&gt;これから訪れる、人類への立て替え、立て直しについては、既に多くの宗教家、予言者、霊能者などにより、ずいぶん前から、言い尽くされもし、書かれもして、そなたも既に知悉（ちしつ）しておろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;だが、それは決して、恐ろしいことでも、避けるべきことでもなく、人類にとっては、喜ばしいこととも考えられよう。なぜなら、それは、人類全体の清浄化であり、地球そのもも再度、新しい命の芽吹きの契機ともなるからなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なれど、人は、自分が可愛く、家族が可愛く、己れを取りまく人が大事なものであろう。その方たちが永劫（えいごう）なくなることは、やはり辛く恐ろしくもあるらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ならば、人が今できることは、ひたすら神に祈ることなるか。否よ、そらは間違った霊行じゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;宗教によりては、そうした祈り念仏で救われることの教えを人に拡げる類（たぐい）のものも多からん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、それは決して十二分な行とは申せまい。なぜなら、それは、単なる自己愛のみ、己れの周辺のみが救われることをのみ願う、狭い利他愛に基づくものだからなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;では、真（まこと）の利他愛、人類愛とは、いかなるものであり、それをいかにして実践すべきなるか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;先ずは、そなた自身考えられよ。恐らくは、そなたも既に気付きおろう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々のこの書記を通じて、利他愛、真の霊行を、それをいかに実行していけばよいのか、神の御心に適うものなのかを徐々に悟りおろう。しかし、真の利他愛とは、その相手の真の幸せ、即ち、その方の魂が、浄められ、高められることを、祈り願う気持ちのことなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その方の心が神の御心に近づき、その方が真（まこと）の気持ちから、神を求め、神にそれまでの非をお詫びし、神に全てを委ね、任せんとする素直な、直（なお）き心向けを待ちて、神に対さんとする思いを高めゆく、そのお手伝いをせんと願うことじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、己れが救うのではない。そなたが自らの力で、その人を諫（いさ）め、諭（さと）し、心を変えさせんとするのではなく、結果は一切、神の御心にお任せする気持ちで、その方の魂が浄化されることを素直に祈り、念じてさしあげ、できることを、できる範囲でしてさしあげること、それが自己愛の入らぬ利他愛なるよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;では、それを行うには、実際に行として行じるには、どうすべきなるか、今一度、そなた自身で考えてみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;考えてみられしか。そなたの考えしことは、いかなるものなるか。ここに、そなたの考えしことを記してみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;（人の魂の浄化の祈り、書の真配（まくば）り、この書記を読ませる・・・）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;可なるよ。我等の求めし答えと、ほぼ同じものなり。但（ただ）し、一つそなたに伝えんかな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それは、そなたの心に生じる、幾分かの迷い、疑い、妬（ねた）みや恨みをなくしていこうと、精進昇華（しょうげ）に励むことを加えられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;なぜなら、上の三つだけでも充分な霊行なるが、それでも、人間心は弱きものなり。いついかなるときにも、自己愛、人間心は消えぬもの。それ故、常に自己を戒め、向上を心がけ、そして、神に向き合い、神の御心に適いし心か否か、自ら問う気持ちを忘れてはならぬのじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;それが神の御心に、より自（みずか）らの気持ちを近づけ、高めることの意味なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいか、ただ、念じていても、それは無意味じゃ、何も起こらず、何も変わらぬぞ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一つ一つを行じることは、常に向上を心がけ、神の御心と、今現在の己れの心とを比べみて、それが神の御心に適うものか否かを問いつつ、己れの行を見直すことが肝要じゃ。その上で、先に伝えし霊行を　日々行じること、己れの欲得を離れ、ただ無心に行じればよいのじゃ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;無心と言いしは、神に心を全てお預けする、全てを委ねる、清浄無垢の境地を言う。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;決して己れの我欲に囚われず、利他愛すらなく、ただ神の御心によりて動かされることを、神に感謝申し上げること、それが、無心に近づく方法なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、一二三よ、我等の日々の行を通じて、そなた自身が変わられることを、願っておる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;無心となりて、疑いを捨て、神のお役に立てることを喜びとして、神の御心に適う魂を願いて、行を積めよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しからば、徐々に変わりゆかん。徐々に気持ちも心も高まらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;これもまた、一つの修行なり、霊行なり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、み役はある日突然命ぜらるるのではなく、こうして鍛え、試されを、繰り返しし後に頂けるものなるよ。それ故、日々を大事にせんことを祈り、願うばかりなり。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;日々、行じられよ。己れの心を、魂を、高めんと努力、精進せられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;欲得、利害、我欲、そうした一切のことを、己れの心に芽生えさするな。迷わるるな。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;無心の、無垢の境地で、神にお任せせんの気持ちのみを抱くよう心して、日々を過ごせよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、今日伝えしこと、素直に聞けよ。素直に行ぜられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;よいな、いつでもよいぞ。分からぬこと、迷い生じしときは、いつでも尋ねよ。いつでも答えん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのための通信じゃ。ためらわず問うでみられよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;では、今日の通信、お伝えは終わらん。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;元気に、健やかに、心も体も保たれよ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこ著　「神から人へ・上」より抜粋&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ひふみともこＨＰ&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#0066cc&quot;&gt;http://hifumitomoko.cocolog-nifty.com/blog/&lt;/font&gt;&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/felicitas800/18873801.html</link>
			<pubDate>Thu, 29 Aug 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
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