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高校の履修漏れが大きな問題になっている中で、11月5日の毎日新聞の報道によれば、東京の足立区教育委員会は学力テストの結果を基準に区内の公立小中学校をランク分けし、予算配分に差をつける方針を決めたという。
「特色ある学校づくり予算」と称して、東京都が年1回実施する学力テストの平均点を基準に、上位1割のAランク学校には最大約500万円、全体の4割を占めるDランクの学校には約200万円を配分する。これまで必要経費として中学校に約1000万円、小学校に約850万円を配分して来た分については減らす。
高校の履修漏れ問題では、成果主義と称して入試の結果のみを重視して来た文科省、教育委員会、高校の姿勢が、試験に結びつかない必修科目の未履修を生み出したと指摘されている。履修漏れではなく意識的な履修逃れだ。そうした中で、足立区教育委員会は、予算配分の圧力で小中学校でも学力テストの結果のみを重視するよう強制しようとしている。学力テストに結びつかない科目を軽視し、あるいは履修科目から追放してしまうような学校をAランクとし、履修逃れを推奨しようというわけだ。
履修漏れ問題では、高校のみが批判され、文科省、教育委員会の統制強化の口実にされているが、足立区教育委員会の今回の措置は、まさにその問題の原因が、成果主義を掲げて恣意的な基準と特定の価値観のみを教育現場に強制する文科省とそれに忠実な教育委員会に存在することを示している。そして、文科省や教育委員会ばかりに眼を向け、生徒の主体性を無視する学校現場の考え方が、それを助長している。
教師が校長に、校長が教育委員会に、教育委員会が文科省に尻尾を振り、その不当で一方的な主張の言いなりになっている姿は、生徒に対する“強い者はなにをしてもよい”という価値観の強烈な実物教育となっている。履修漏れ問題といじめ問題の原因は同じだ。
この問題の解決のためには、統制強化ではなく、権力者の不当な強制に抵抗する教育現場の闘いが必要なのではないだろうか。そして、そのためには、文科省から教師にいたる強者に一方的に翻弄され、勝手な価値観を強制されている生徒の主体性の確立が不可欠だ。
目指すべきは、抑圧しようとする権力者への“生徒の反乱”であり、それを呼びかけ、守る大人たちの闘いだろう。
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その後、足立区教育委員会は上記,学力テストの成績による予算配分方針を撤回したと報じられている。しかし、成績のみの重視がこれまでの文科省、教育委員会の方針であったこと,それが履修逃れといじめの原因であることに変わりはない。
2006/11/8(水) 午後 11:00