自由ネコ通信

冤罪乱発の警察から強制捜査権を剥奪し、職業裁判官から市民の手に刑事裁判権を取り戻そう。予審制度と陪審制度の復活を求めます

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 昨年(2009年)に起訴された郵政不正事件で今年9月21日、捜査を担当していた前田恒彦・大阪地検特捜部主任検事が、証拠隠滅容疑で逮捕された。
 まず報道をもとに簡単に事件の経過を整理しておこう。

2009年
5月26日 大阪地検特捜部が、障害者団体向け郵便割引制度の偽証明書を発行したとして厚労省U係長を逮捕
6月14日 同特捜部が、偽証明書の作成をU係長に指示したとして、厚労省M局長をを逮捕
6月29日 偽証明書を保存していたFD(フロッピーディスク)の最終更新日時を6月1日と記載した捜査報告書作成
7月4日 U氏、M氏を起訴
7月13日 前田検事が、FDの最終更新日時を04年6月1日から6月8日に改ざん
7月16日 改ざんしたFDをU氏側に返却
9月   6月29日付捜査報告書開示
10月   M氏が捜査報告書に記載された「FDの最終更新日時6月1日」という記載を発見
2010年
1月30日 大阪地検で前田検事の改ざんが問題化
2月2日 大坪弘道特捜部長、前田検事の行為を「誤って変えた」と上司に報告
2月   U氏の弁護団が捜査報告書記載の更新日時とFDの更新日時の食い違いを発見
9月10日 大阪地裁、M氏に無罪判決
9月21日 前田検事の証拠(FDの更新日時)改ざんを報道
同日   最高検、前田検事を証拠隠滅容疑で逮捕
9月23日 最高検、大坪部長(当時)の事情聴取開始
10月1日 大坪部長らを犯人隠避容疑で逮捕
 特捜部は、M局長が04年6月上旬にU係長に指示して偽証明書を作成させたと主張していた。ところが、偽証明書が1日にすでに作成されていたとなるとその主張は崩壊する。実際、1日と記載された捜査報告書の存在がM局長に対する無罪判決の大きな根拠となった。そこで前田検事は、FDの更新日時を改ざんしたのだ。
 前田検事のミスは1日と記載された捜査報告書の存在に気づかなかったことにある。そしてもう一つのミスは、特捜部がその捜査報告書を開示したことだ。無実の証拠を隠蔽・破壊にできなかったこの二つのミスが、被告人の無実を示す証拠がなければ有罪にしてきた戦後刑事司法の現実にもかかわらず、特捜部による犯人ねつ造を失敗させ、その証拠改ざんを露呈させてしまった。

特捜部解体だけでは解決にならない

 特捜部の主任検事による証拠改ざんの表面化を受けて、取り調べの全面可視化とともに特捜部解体の声が出ている。しかしそれだけで解決になるだろうか。
 全面可視化は確かに重要な一歩前進だ。しかし、記録する主体が警察・検察であれば、改ざん対象を増やすだけともなりかねない。警察・検察による証拠の隠蔽や改ざんの根本的解決にはならないように思う。
 特捜部や検察は、前田検事の改ざんを組織的に確認する前に捜査報告書を開示したという今回の失敗を反省して、今まで以上に証拠の隠蔽・破壊に努めるだろうし、そうしたノウハウを蓄積している警察現場に学ぼうとするだろう。これまで多くのえん罪が表面化する度に検察はそうしてきた。
 特捜部廃止は、これまで特捜部が対象としてきた事件も警察に直接の捜査をゆだねることによって、犯人ねつ造の失敗つまり自白の強制や証拠の隠蔽・改ざんの露見を少なくするだろう。しかし、犯人ねつ造がなくなるわけではない。特捜部廃止が第二のM氏をえん罪の獄に放り込むだけになる可能性は高い。

検察の強制捜査権はく奪こそが必要

 改ざんの根本的原因は、有罪判決獲得を組織の目的とする検察とその指揮下の警察に強制捜査権、つまり証拠の収集と管理を全面的に認めている戦後刑事手続きの歪みと欠陥だ。それを解消するためには、日本の刑事手続き近代化の原点にもどって考える必要がある。
 日本の司法手続きの近代化を進めたボアソナードなど明治初期のの法律家は、検察に強制捜査権をゆだねなかった理由を次のように述べている。
「検察官は刑事の訴訟に付き原告官なるをもって自ら検(捜査)し自ら訴えるべからず。もし自ら検し自ら訴えるときは民事の訴訟において原告人自ら貸金証書を作ってその返金を訴えると同一にして不理(不合理)もまたはなはだしい」(村田保『治罪法注釈・再版』1882年=現代表記に修正=)
 相手を自宅監禁して無理矢理「確かに借りました」と言わせ、その記録を証拠として訴えることを貸金業者に認めるような不合理が日本の刑事手続きに導入されるのは、治安維持法の改悪など1943年に行われた刑事手続きの戦時体制強化によってだった。
 敗戦と戦後憲法公布もそうした不合理を解消せず、強制捜査権を検察に独占させる予審制廃止によって逆に不合理を強化・一般化してしまった。
 治安維持法を批判する現代の法律家は多いが、多くのえん罪の根本原因である戦後刑事手続きの戦時体制的性格を生み出している、その刑事手続き改悪を問題にする者はほとんどいない。そうした法律家の怠慢の上に今回の事態がある。

予審制度は人権保障の砦

 予審制度の復活を訴えると、多くの法律家は「糾問主義」だとか「当事者主義に反する」などと反対する。
 そうした反対論には、予審制度が公判ではなく捜査に関する制度であることへの誤解や「糾問主義・弾劾主義」と「職権主義・当事者主義」との混同混乱があるように感じる。しかし、私自身の理解・主張を述べるより、ここでは法学者である高内寿夫教授の見解を紹介するほうがいいだろう。
「予審制度のに対する批判の第一はその糾問主義的性格であろう。予審手続きは裁判官によって秘密、非対審で進められるので被告人の人権を侵害すると考えられている。しかし、戦前における予審存廃論の構図を見ると、必ずしもこの批判は当てはまらない。小田中教授の分析によれば、旧刑事訴訟法の下で行われた予審改革の動きの中で、予審廃止論は、刑事裁判の迅速処理という観点および検察・警察の強制捜査権限の拡大・強化という観点からなされているのに対して、予審存置論の方は、主として、検察権限の抑制と被告人の人権保障という観点からなされている。予審の支持者は、予審を被告人の人権保障の砦として認識していたことが伺えるのである。
 二番目に、予審の廃止は、戦後、アメリカ型の当事者主義を導入したことによる必然的帰結だとする見方がある。しかし、それは誤解である。戦後改革の中で、連合国総司令部が予審に否定的であったという事実は存在しない」(「予審的視点の再評価」『刑法雑誌』1996年35号)
 同じ秘密・非対審の取り調べでも予審判事がすれば「糾問主義」で、検察官のは「弾劾主義」というのは不合理だ。
 一方的に責め立てられ自分の意志や知識に反する供述を強制される現代の被疑者の方が、強制捜査や証拠を自らのために利用することを「予審統制権」によって認められていた予審制度下の被告人より人権保障が厚いと言えるのだろうか。
 戦後刑事手続きの現実は、検察などの強制捜査権拡大と被告人の人権保障の縮減という予審廃止論の狙いが実現していることを示している。検察官による証拠改ざんはまさに予審制廃止が生み出した権力犯罪である。

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