「この世界の片隅に」という映画を見た。アニメは滅多に見ないのだが、映画評などを読んで一抹の不安にかられ見にいった。そしてやはり落ち込んだ。
戦争以上に悲惨な平和
筆者は以前から、戦争の悲惨さを強調し悲惨ゆえに戦争に反対する日本の反戦・平和運動の主要な考え方に危惧を表明してきた。戦争以上に悲惨な平和が存在する。そうした「悲惨な平和」が現実になっても「悲惨な戦争」を拒否し続けられるのか。
今、生活保護などにより貧困が必ず死に結びつくわけではない。しかし、そうしたセーフティーネットから外れれば、追い詰められた犯罪に走るか孤独に餓死するしかない。かつての戦争の時代、欠乏と死は日常的にあったかもしれないが、隣には同じように欠乏と死と闘う存在があった。今、貧困は孤立と社会からの排除を意味する。そこで奪われるのは希望と未来なのだ。韓国には結婚や夢などを諦めた若者たちを指す「7放世代」という言葉がある。日本でも状況は違わない。すでに私たちは戦争より悲惨かもしれない平和の中にいる。
そして「悲惨な平和」の中にいる私たちが「悲惨な戦争」を振り返る時、この映画のように戦争の時代がノスタルジーとともに浮かんでくるのだろう。
避けられない戦争
「この世界の片隅に」でも戦争の悲惨さは一通り描かれる。物資の欠乏、兄弟の戦死、空襲や義姉の子どもの爆死、そして広島への原爆投下…。しかしすべては主人公の傍らをたんたんと通りすぎてしまう。画面からは血や硝煙の臭いも、主人公の悲しみもあまり伝わってこない。
落語に「天災」という話がある。けんかっ早い男に、すべては天がもたらした災い「天災」と考えて怒りを抑えろ、天とはけんかできないだろうと諭す話だ。この映画の中に戦争に対する怒りがまったくないのは、主人公そしておそらく作者にとって戦争とは一種の天災だからなのだろう。ちょうど「シンゴジラ」で描かれたゴジラが、そして一部の人にとって福島の原発事故がそうであるように。天災は避けることはできない、ただ受け入れて堪え忍ぶしかない。
敗戦後の主人公の姿には台風一過の晴れ渡った空のような明るさすらある。未来も希望も奪われた「悲惨な平和」の閉塞状況の中にある私たちに、戦争もそれほど悪いものではないかもしれないと思わせる明るさが。
傍観者の戦争
「この世界の片隅に」ではまったく描かれていない戦争の一面がある。相手を殺す場面だ。
確かに地方の農家の女性が直接誰かを殺すなど戦争下でもありえない。しかし、戦争は15年続いた。戦いはそれ以前から続いていた。南京で中国人が虐殺されていたとき、日本人は提灯行列で占領を祝っていた。国内でも戦争に反対する人びとが特高に拷問され殺され、強制連行された朝鮮人が飢えと暴力で殺されていた。そうした現実はまったく無視されている。主人公が戦争に直面するのは、頭の上に爆弾が降ってきてからだ。主人公が軍港の絵を描いて憲兵に摘発されても、この映画ではその粗忽さを示す笑い話でしかない。
海軍に勤める夫を支え、軍需工場で働く家族を支えながら、そうした生活が大陸や海で多くの人びとを殺している日本の戦争を支えているという意識は浮かばない。目の前に広がる呉軍港に浮かぶ軍艦を眺めながら、それが「敵」を殺すために存在し、現実に殺しているという感覚はまったくない。呉の海軍工廠などで強制労働させられていた朝鮮人たちの姿は目に入らない。
主人公は終始、戦争の傍観者であり続ける。傍観者として平穏な生活を続け、空襲の悲惨さを体験する。積極的に戦争に賛成するわけではないが反対でもない。家族友人の被害は悲しんでも、戦争に対する怒りも痛みもない。主人公にとって、戦争はどうしようもない現実でしかない。
「悲惨な平和」が広がっている今、人びとの意識の中で戦争は絶対悪ではなくなってきているのかもしれない。
容赦なく広がる貧困と飢えと絶望を打開するために戦争しかなければそれを受け入れるしかない。「悲惨な平和」より「悲惨な戦争」の方がましかもしれない。映画「この世界の片隅に」は、そうしたメッセージを静かに淡々と描いているように感じた。
戦災は天災ではない
父・母の「戦争に反対できなかった」という言葉に激しく反発した世代である。そうした私たちの世代が「戦争は仕方なかった」と次の世代に言い訳するような現実を、絶対にふたたび生み出してはならない。
戦災は天災ではない。
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