この間、釜山の日本大使館前に「従軍慰安婦」を象徴する少女像が設置されたことに対して、日本政府の撤去要求が強まっています。5日にも、菅官房長官は「極めて遺憾」「(撤去を)強く申し入れていきたい」と発言しました。
加害者の卑劣な居直り
街を歩いていると、時々道ばたに花束が置かれているのを見ます。たぶん交通事故の現場なのでしょう。被害はどれくらいだったのか、ドライバーはどれくらいの罰を受けたのかなどと考えてしまいます。
ところで、法廷では「深く反省しています」などと述べて刑罰の減免を受けたドライバーが、裁判所の帰りに事故現場の花束を踏みにじったとしたら、そうしたドライバーを私たちは卑劣な人物と非難するのではないでしょうか。
御巣鷹山という山に慰霊碑があって慰霊登山などが行われています。1985年に発生した日航ジャンボ機の墜落事故の被害者を慰霊する碑です。加害者・日本航空が資金を出して建設されました。
もし、日本航空が慰霊碑建設を拒否するだけでなく、補償はしたからと言って、被害者の建てた慰霊碑の撤去まで要求したら、日本航空に対するごうごうたる非難が巻き起こらないでしょうか。
「従軍慰安婦」に関する日韓合意で当時の岸田外相は「日本政府は責任を痛感」「心からおわびと反省の気持ちを表明」と述べました。合意に対する批判・評価はひとまず置いて、少女像撤去を要求するなどということが責任を痛感し反省したという日本政府の取るべき態度なのでしょうか。卑怯・卑劣としか言いようがありません。
「謝罪」を逆効果とする無能
本当に反省し、謝罪の気持ちがなかったとしても、少なくとも日本政府は「謝罪」という態度を選択しました。被害者の怒りを弱め非難を鎮めることで、「従軍慰安婦」問題の外交的比重を下げようとしたのでしょう。だったら最後まで謝罪の態度を貫くべきです。
日本政府は、頭を下げた直後に後ろを向いて舌を出してみせることで、「謝罪」を逆効果にしてしまいました。「加害は認めるが反省はしない」という、誰に対しても正当化できない居直りを行ったのです。その結果、被害者の怒りに油を注ぎ、非難を強めるだけでなく、中立的立場の存在まで非難する側に回してしまいました。
日本政府が撤去を要求すればするほど、韓国だけでなく米国など多くの国で日本政府の卑劣さを示す少女像の建設は拡大するでしょう。卑劣さだけでなく、政治的無能を示しているのが少女像撤去要求です。
そしてそれは、そうした政府の存在を許している、私も含めた日本人の卑劣さ・無能を示していることにもなるのです。
やってしまった愚かな行為は無視し否定してもなくなりはしません。直視し、反省し、謝罪することだけが新たな道を開くのです。少女像を、日本政府あるいは日本国民の資金と責任で日本国内に建設することが、再び反省と謝罪を受け入れてもらうための唯一の道です。
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