政府は「共謀は犯罪実行に結びつかない」と認識
共謀罪を表現するのに、重大犯罪を実行のはるか前、予備(準備)の前の計画段階で取り締まるものと説明されることが多い。共謀罪の推進派からも反対派からも。
しかし、共謀罪はそのようなものではないことが、金田法相が2月21日に行った記者会見の発言で明白になった。
報道された発言は次のようなものだ。
「正当な団体が特定の重大犯罪を1回だけ実行することを意思決定したとしても、そのことだけで直ちに処罰対象にはならない」(時事ドットコム)
もし、重大犯罪の共謀が将来の犯罪実行のための計画段階を意味するなら、主体が「正当な団体」であろうと犯罪組織であろうと、一回目であろうと二回目であろうと、それを見逃せば重大犯罪の実行を黙認することになる。とくに、共謀罪対象犯罪の多くが予備の処罰規定を持っていないから、計画段階を見逃せば次に摘発できるのは未遂つまり犯罪に着手してからということになる。知っていながら犯罪実行まで待つなどということがありうるのか。
しかも、いわゆる泳がせ捜査は麻薬特例法や銃刀法で認められているだけだから、共謀した団体を合法的に監視下に置くわけにもいかない。
また、金田法相が「1回だけ」は「処罰対象にならない」と言っているのは、二回目以降の共謀があると考えていることを示している。最初の共謀が犯罪実行まで進めばそこで摘発されるから、二回目の共謀など問題にもならない。
このことは、政府自身が共謀という行為が必ず犯罪実行と結びつくわけではないこと、とくに「正当な団体」の共謀は犯罪の実行とは無関係と認識していることを示している。
重大犯罪の計画そのものの犯罪化
それでは共謀罪とはいかなるものか。それは、
重大犯罪の共謀・計画の策定という話し合いそのもの、思想の表現行為自体を犯罪とする
ということだ。中にはそのごく一部が犯罪の実行まで進んでしまうかもしれない。しかし進むか進まないかは共謀罪とは無関係だ。
これは共謀罪が、米国の共謀罪とほぼ同じものだということだ。
したがって、「準備行為」というものも将来の犯罪実行のための準備ではない。単に話し合いがあったという事実の証明を行動から補強するものでしかない。米国での顕示行為(オーバート・アクト、overt act)と呼ばれる「何らかの合意内容の具体化を示す行為」(国立国会図書館・調査及び立法考査局 「共謀罪をめぐる議論」)と同様のものだ。だから、共謀した者なら絶対やらない行為以外のあらゆる行為が「準備行為」と見なされ、犯罪実行のためかどうかという目的は問題にされない。
二重処罰の可能性
米国と同様の共謀罪ということになると、これまで私自身も前提としてきた、犯罪が実行されれば共謀・計画は処罰されなくなるという想定が違っていたことになる。
犯罪実行の可能性がなくても話し合いだけで処罰されるだけではない。何らかの犯罪行為が実行されて摘発された場合、事前に共謀していたということになれば、米国のようにその犯罪の刑罰に共謀罪の刑罰が加算され、より重い刑に処せられるということだ。
これまでも市民運動は様々な口実で弾圧されてきた。共謀罪は、そうした弾圧をさらに重罰化する効果も持っているのだ。
共謀罪が「テロ」対策でも、組織犯罪対策でもなく、政府に反対の声を上げ、行動する市民を対象とした思想・表現活動鎮圧法であることはもはや誰の目にも明白となった。
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ただし、「そのことだけ」という言葉に注目すれば、共謀だけなら処罰しないが準備行為が行われれば処罰するという解釈もできる。その場合は犯罪組織と正当な団体との間で共謀罪の適用に違いはまったくないということになる。どちらにしても「正当な団体も」処罰対象という主旨に変わりはない。
2017/2/24(金) 午後 7:24