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「抵抗権」「革命権」の復権が現実の課題となる時代の到来
改憲クーデターに反対する
むらづみさんこんばんは
国民連合政府などですが、どのような手法で樹立するのでしょう?おそらく選挙で反政府の議員を大量当選させ、統一戦線で……ということでしょう。
しかし、自民党改憲案では、政府が「社会秩序の混乱」などと認定すれば「緊急事態」を宣言でき(98条)、「衆議院は解散されず」「任期及びその選挙期日の特例を設けることができ」(99条)ます。いったん改憲・緊急事態宣言が強行されれば選挙は行われず政府を代えることは不可能になるでしょう。政府は「法律と同一の効力を有する政令を制定」(同)など独裁的権力を行使できるようになります。
むらづみさんがおっしゃっているのは、戦後民主主義という枠組みの中でのお話です。しかし、前節に述べたように、いま進行しているのは、民主主義的な枠組み(統治形態と言います)そのものが変えられようとしているということなのです。
政府が憲法を恣意的に解釈して法律を制定するという「戦争法」制定過程で行われた手法は、政策レベルではなく、この統治形態つまり立憲主義と民主主義の維持か、独裁かという問題だということをまず理解することが必要だと訴えているのです。
「抵抗権」「革命権」の復権が現実の課題となる時代の到来
改憲クーデターに反対する
>あれこれの政策を巡る対立ではなく
そうでしょうか。共産党・志位委員長は、戦争法廃止・閣議決定撤回の国民連合政府を提唱しています。民主党・岡田代表も民主党主導の同様の提案をしています。
主権者である国民の代表が選出されて活動しているのが国会です。その場に自分たちの支持する政策を掲げる政党の議員が一人でも多くなること。民主主義は、多数決で決定する、という側面があることは事実です。事実、戦争法は数の力で押し切られました。
国会を真に国民主権の場にしていくこと。それが国会軽視、自由ネコさん言われる、改憲クーデターによる独裁制の樹立に対抗するものではないでしょうか。
自由ネコさんは、国会をどのように位置づけられていますか?
図書館戦争ー自由を守る武装
七つの命
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七つの命
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七つの命
上記、自由ネコさんの明晰な論理に、敢えて私の駄弁を付け加える必要はないですが、ご所望に応えまして。
ツタヤ図書館問題は、図書館の公共性を巡る、まさに現代の図書館戦争だと考えます。この問題については、小牧市がツタヤ図書館の是非について住民投票にかけた結果、否決されたときに、私もブログで雑感を書いているのでそれもご覧頂けると有り難いです。
現在、多くの図書館が「指定管理者制度」で図書館の業務を民間委託していますが、ツタヤ図書館はその延長線上にあるものか、それとも別物か、不勉強のゆえわかりませんが、諺に喩えれば「庇を貸して母屋を取られる」というか、市とツタヤが全く主客転倒している感があります。
否決されてもツタヤは建設費が高かったからだろうと、投票には理由欄がないのに勝手に解釈しています。そもそも建設費はツタヤが決めるものなのでしょうか。
図書館戦争ー自由を守る武装
七つの命
むらづみさん、こんばんは
私もツタヤに図書館の管理を任せることは、図書館の歴史的・社会的役割を変質させる暴挙だと考えます。営利企業であるツタヤに、図書館の自由の主体となることや自由を守る行動を期待できないからです。例えば、ツタヤにとって利用者情報は守るべき秘密ではなく、積極的に活用すべきビッグデータです。実際、かなり前ですが、ツタヤが、誰がいつどんなビデオを借りたかという蓄積された情報を利用してダイレクトメールの発送を請け負ったり、情報そのものを販売する計画だという報道があったのを記憶しています。
犯罪が起きるとある本や映画が影響を与えたと取りざたされることがあります。たまたまそれを借りていたとして、それが図書館なら問題ありませんが、ツタヤでならほぼ間違いなくその情報は警察に提供されるでしょう。ツタヤ図書館で借りていた場合はどちらになるか、予想することは容易です。
これが私の反対理由です。むらづみさんは、ツタヤ図書館のどのようなところに問題を感じているのでしょう。簡単でいいので教えていただけると幸いです。
図書館戦争ー自由を守る武装
七つの命
「図書館戦争」の背景には、現実に存在する「図書館の自由に関する宣言」
http://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/232/Default.aspx
があります。宣言はその中で「図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る」「図書館の自由が侵されようとするとき、われわれ図書館にかかわるものは、その侵害を排除する行動を起こす」と述べています。図書隊やタスクフォースは架空のものであっても、その思想は現実のものです。「図書館戦争」の著者・有川浩さんも、この「図書館の自由に関する宣言」に触れたことが、「図書館戦争」を執筆した動機だと述べていたと記憶しています。
大学が自治を放棄し、国立大学などでは文部省の意向のままに学問・研究の枠組みすら変えようとしている現在、こうした思想を持ち、守ろうとしている組織が存在していることはとても貴重と私は感じています。
図書館戦争ー自由を守る武装
七つの命
むらづみさん、こんばんは、コメントありがとうございます。
「民主主義=話し合い」こういった考え方は「戦後民主主義」のもとで教え込まれてきたことですね。でも、話し合いを成り立たせるのは決裂した場合の闘う覚悟です。残念ながら私たちはそこまでは教えてもらってきませんでした。覚悟がなければ、あるいは権力者の力が圧倒的なら、話し合いとは権力者の意志が全体の意志として強制される手続きにほかなりません。
言論の力は、それが自由と人権のために闘う覚悟を持つより多くの人々を獲得するからこそ、初めて力を持つのだと私は思います。
図書館とは単なる無料の貸本屋ではありません。あらゆる市民が書籍という人類文化にアクセスできるという権利も、フランス革命などの銃火とバリケードの流血の中で市民が初めて獲得した一つの人権です。だからそれを守るためには市民の不断の戦いが必要なのです。「図書館の自由に関する宣言」の背景にはそうした歴史が横たわっています。
図書館戦争は話としては荒唐無稽ですが、自由と人権を守るためには日本の私たちになにが必要かを問いかけた良い映画だと思います。







