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「テロ」というのは非常に便利な言葉です。相手を「テロリスト」と決めつけ、その行動を「テロ」と非難した瞬間、相手は無条件の絶対悪となり、自分たちは絶対の善となります。相手はただただ抹殺の対象であり、その絶滅のために自分たちがどのような手段をとることも正当化されます。
かつての戦争で、政府と支配階級は対立する戦争相手国とその市民に対する憎悪をあおるために様々なシンボルを使ってきました。「鬼畜米英」「匪賊」、「黄禍」「日禍」、「アカ」などなど。そして様々な差別と蔑視の言葉が、敵対する相手に投げつけられてきました。そうした言葉は、戦争の反動的目的や自国軍の残虐行為から自国民の目をそらすことに役に立つだけでなく、市民にとってもそうした現実から目をそらし、考えるのをやめ、良心のとがめをなくす効果がありました。 現在、これまで以上に効果的な魔法の言葉として「テロ」とか「テロリスト」という言葉が多用されています。「テロ」という呪文さえ唱えれば、相手がどのような存在でなぜそうした行動を行うか、一切考える必要はなくなります。それがエスカレートすれば、同じ人間とすら考える必要がなく、まるで病原体を駆除するように、ただその絶滅に全力を挙げればいいとなってしまいます。 そうしたやり方からは解決は絶対にえられません。イスラム国の抹殺に成功したとしても、新たにより強硬で硬直した運動が生まれてくるだけです。だから、解決を求めるなら「テロ」という呪文を唱えて思考を停止し、現実から目をそらすことをやめなければなりません。 「憎しみを贈らない」からあふれる憎悪と嘲笑報道によれば、イスラム国(IS)の攻撃で妻を亡くしたラジオ・ジャーナリストのアントワンヌ・レリスさんがフェイスブックに投稿した「君たちに憎しみという贈り物を贈らない」と書く文章が「世界中で共感を呼んでいる」(東京新聞11月20日夕刊)とのことです。同紙に全訳が掲載されています。レリスさんの文章を読んで驚くのはイスラム国に対する憎悪の激しさです。「死んだ魂」「神の名で無分別に殺戮」「無知」といった罵倒が並んでいます。 「憎しみを贈らない」といっても憎しみがないわけではありません。ただ、憎しみをストレートに表明することはイスラム国の狙いにはまるとの考えから「怒りで応えることは、同じ無知に屈する」と称して憎悪の存在を否定してみせるのです。確かに一市民である筆者が改めて憎しみを叫ぶ必要はありません。何も語らなくても自国・フランス政府がイスラム国の抹殺のために攻撃を拡大してくれているのですから。筆者は「銃ではなく、紙やペン、そして音楽という武器」と言いながら、この文章ではフランス政府の攻撃拡大を批判も反対もしていません。 妻を殺された人が殺した相手を憎むのは理解できますし、共感することもできます。 しかし、この文章からあふれるのは憎悪だけではありません。筆者は「君たちが誰かも知らないし、知りたくもない」と言い放ちます。その目的を批判したり、手段の残虐さを弾劾するという同じ人間の行動として考えることすら拒否します。家族を赤痢など病気で亡くしたとき、人は赤痢菌を憎悪したり、その目的や手段を考えるでしょうか。筆者にとってイスラム国はまるで赤痢菌のような人間に害をなす人間以下の存在なのかもしれません。 そして、おまえたちが何をしようと「私はまだ、私のままだ」「安全のために自由を犠牲にしない」、何も変わらないと嘲笑します。「先進国」に生まれた自分の子どもは「毎日、おやつを食べ、私たちはいつものように遊ぶ」と。 踏みにじられ、殺され続ける中東・シリアの人々の現状は変わらないし、中東の子どもたちが常に、突然頭の上から落とされる爆弾、撃ち込まれるミサイルに怯えて暮らさなければならなくても私の知ったことではない、ざまあみろ。これがこの文章の結論ではないでしょうか。 「テロ」という呪文が隠す傲慢さ筆者は主観的には、憎悪による報復が新たな憎悪を生む現実を変えようという意図なのかもしれません。「世界中で共感を呼んでいる」というのもそのためなのでしょう。でも、どちらがどちらを憎悪の連鎖の中にたたき込んだのでしょうか。石油支配のために反動王政を維持し独裁政権を生みだし、都合が悪くなればそれを倒すために戦争を繰り返してきた米国やフランスなど「先進国」なのか、安全も自由も奪われた中で、自分の命すら投げ出してそれに抵抗してきた中東の人々なのか。筆者はこの文章の中で「テロ」という言葉を使っていません。しかし、「誰か知りたくもない」と言い放つことで「テロ」の呪文に縛られていることを示してしまいます。呪文に縛られている限り、絶対悪であるイスラム国と絶対善の有志連合・フランスの関係の中で、イスラム国の一方的な攻撃の停止、屈伏と解体を要求するものとなってしまいます。中東諸国の市民が置かれた現実への無知と無関心という「先進国」市民である自分自身の傲慢さに気づくことができないばかりか、ついにはそうした人々を無視し、抹殺してしまうところまでいってしまいます。 「彼らの主張にはまったく耳を貸さずに国際社会から孤立させることが、本当に平和へと続く道なのか」と書いた乙武洋匡さんの発言と「知りたくもない」というレリスさんの発言を読み比べてみてください。どちらが憎悪から解放されているか、解決の道なのか。 |

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