7月10日に投票された参議院議員選挙は、「改憲勢力」が発議に必要な3分の2以上の議席を確保するという結果に終わりました。この日付は、戦後民主主義が終わった日として歴史に記録されるかもしれません。
残念ながら、安倍首相を先頭とする改憲クーデタ勢力の改憲・独裁政権樹立を戦後民主主義の枠内で阻止する最後の機会を私たちは生かすことができませんでした。
なぜ生かせなかったのか。
改憲クーデター勢力はこの間の一連の過程をクーデターつまり一種の戦争として位置づけ、一連の戦闘局面において、国会の無力化、内閣の決定権の一部閣僚への集中(日本版NSC…)、軍部の権力拡大(防衛庁の省への昇格、文民統制の解体、秘密保護法制定…)、地方政府の中央政府への屈伏、マスコミ統制……と着々と勝利を積み重ねてきました。
一方、戦後民主義と憲法・平和を守ろうとしてきた私たちは、この間の過程をクーデターつまり戦争と位置づけることができず、それぞれの戦闘においてあるいは戦いを回避し、あるいはそのテーマに関心を持つ一部の人々に戦いを任せ、参議院選挙にすべてをかけるという、いわば戦闘力の逐次投入と待機主義という戦争において取ってはならない道をたどってきてしまったのです。
投票の直前に展開された、次期都知事選に誰が立候補するかというどうでも良いことへのマスコミの集中報道は、改憲クーデター勢力がどれほど周到に準備し、戦闘を展開しているかということを示す一例でしょう。
ただ、以上の記述を民主主義と平和を守ろうと闘ってきた人々への非難と受け取らないでください。日本が資本主義国家である限り戦争は不可避であり、民主主義と平和は資本主義経済の拡大期にのみ可能な「ぜいたく」でしかありません。民主主義と憲法・平和を守ろうとする闘いの真の成否は、次の戦争の悲惨さをどれほど抑えられるか、戦争と独裁をどれほど早く終わらせられるかによって決まります。これまでの闘いはそのための訓練期間です。私たちは、到来する戦争と独裁に対する新たな戦闘態勢を生み出すためにこそ、これまでの認識の甘さと戦術的未熟さを反省しなければなりません。敗北を敗北として認め、その原因を厳しく見つめ直すことで初めて、勝利への途を見つけることができるのです。
まず戦争つづいて改憲・独裁
改憲と独裁政権樹立の後に戦争が始まるわけではありません。まず戦争が始まり、それが生み出す愛国主義の蔓延と排外主義・差別主義者の跳梁の中で改憲発議や国民投票が強行されるでしょう。独裁権力は、人々の初期の愛国主義が厭戦へと転換した後にこそ戦争継続のために威力を発揮します。
安倍政権はすでに中東での「反テロ戦争」への参戦を表明し、最高裁は日本国内のイスラム教徒への日常的監視を「テロ対策」の名目で承認しています。もはや日本と日本人は中東で闘う人々の敵として、したがって彼・彼女らの攻撃目標として自分自身を打ち出しています。
また中華人民共和国(中国)や朝鮮民主義人民共和国(北朝鮮)に対する戦争挑発もいっそう拡大しています。安倍政権とそれに屈伏した地方政府による日本国内の朝鮮人、中国人への差別主義の扇動と抑圧の拡大も進んでいます。
差別主義者・レイシストの跳梁に反撃し、朝鮮、中国、中東の人々との連帯を強めていく日常的闘いがますます重要になっています。
そのうえで、以前にも書きましたが、盧溝橋事件型、トンキン湾事件型の日本軍・自衛隊による戦争挑発に警戒を強めてください。真相が公式に明らかになってからではすでに遅いのです。
2年半の闘い「訓練は終わった」
現衆議院議員の任期は2018年12月までです。改憲クーデタ勢力はこの2年半の間に、開戦、改憲発議、国民投票、緊急事態宣言=独裁政権樹立まで突き進もうとするでしょう。その過程は、強権を振りかざした強行に次ぐ強行の過程にならざるをえません。国会の開会や憲法審査会の開催などを待っていては間に合いません。参議院選挙で形成された民主主義と平和を守るための統一戦線の解体を防ぎ、いっそう強化する闘いを今日から始めましょう。
「訓練期間は終わった、これからが本当の闘い」です。大韓民国(韓国)やフィリピン、東南アジアやラテンアメリカの民主化運動の歴史から学んで、日本における反戦、反独裁の闘いを今から始めましょう。選挙結果に一喜一憂する暇はありません。
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