予審制度・陪審員制度の再評価へ
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7月14日、東京高裁は1967年に茨城県利根町布川で発生した殺人事件で強盗殺人罪で有罪とされ無期懲役が確定した二人の男性に対して、再審開始を支持する決定を出しました。 |
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高野善通という方が、裁判員制度に反対する根拠として次の10点にまとめて下さっています。高山弁護士の「裁判員制度はいらない」という著書の主張もほぼ同様だと思います。 裁判員制度はこんなにヒドい法律です ・共産社民を含め国会全会一致、司法権力も協力、日弁連翼賛、メディアは一切批判しない、まさしく国家権力総与党化、憲政史上の大暴挙です ・オウムや和歌山カレー事件の類の裁判に当たったら長期拘束を受け生活にも重大な影響が出ます。この制度のために人生狂わされかねません ・死刑制度反対の思想を持っていようが指名されれば拒否することは至難の業。国家権力によって思想信条までが統制される危険性があります ・捜査当局の情報を無批判的にリークするようなメディアの報道姿勢が市民の判断に重大な影響を及ぼします。松本サリン事件の悲劇が再来します ・出産育児でも平気でリストラが起こる社会では、「裁判員任務によるリストラは起こらない」という制度推進者の説明は全く信用できません ・重罪事件を扱うため評議中にセクハラ・暴言などの不法行為が起こりやすい上、被害を受けても守秘義務により立証不可能のため泣き寝入りです ・2chなどで少年事件被告人の実名流出が平気で起こる社会では、個人情報は隠匿されるので安心という制度推進者の説明も全く信用できません ・凶悪犯の被告人に顔を見せることを強制され、氏名も知らされるため、個人情報が保護される保障がない以上逆上被害を受ける危険性があります ・外国人と日本人の共同犯罪の場合、極端な思想を持った市民裁判員が外国人だけに極端に重い刑罰を言い渡す危険性があります ・市民にとって制度への有効な反対手法がなく手をこまねいている間にも、皆様の血税がこんな大悪法のために次々に注ぎ込まれていきます刑事裁判とは誰のためにあるのでしょうか。まず何より、犯罪の容疑を受けた被告人が不当な刑罰を受けないよう防禦権を行使する場としてあるのではないでしょうか。ところが前記10点を見て気がつくことは、刑事被告人の人権をどう守るかという視点からの批判が極端に少ないことです。メディアの影響を述べた4番目と外国人への偏見を述べた9番目のわずか2項目だけです。高山弁護士の著書を読んだ時にも感じたのですが、「裁判員制度はいらない」と訴えている運動には、刑事裁判で被告人の人権をどう守るか,冤罪をどうなくすかという視点がとても希薄なように思います。 職業裁判官はメディアの影響は受けないのか、外国人に対する排外主義や差別主義を持った者はいないのか。そんなことはありません。裁判員制度の場合は少なくとも明らかに極端な偏見を持つ者を排除する機会が与えられています。職業裁判官を選ぶことはできません。例えば、恵庭冤罪事件というのがあります。犯行現場も犯行時刻も犯行手段も不明でも有罪判決が出されました。判決を書いた遠藤和正という人物は裁判所内でも「検事もどき」と言われる、なんでも有罪とする判事だそうです。冤罪で責任を取った裁判官がいたでしょうか。無実と思っても出世のため有罪判決に署名し、退職してから「実は…」と告白した裁判官もいます。 裁判員に選ばれた市民の負担の重さが強調されていますが、被告人はたとえ無実でも有罪となれば人生は破壊され、時には命すら奪われてしまうのです。そうした重大な犠牲を人に強いるのに半年や1年拘束されたからといってなんだというのでしょう。職業裁判官にまかせて、俺は知らないよと知らん顔をしていれば良いのでしょうか。「人を裁く自信がない」という反対論がありますが、だったら「無罪」にすれば良いのです。「人をいかに有罪にするか」に腐心している職業裁判官の現状を前提にしているから、「有罪の証拠がないと有罪判決は書けない。どうしよう」と心配になるのです。 和歌山カレー事件を語るなら、長期裁判で大変と言うより、証拠もなくあやしいというだけで命を奪われようとしている林さんのことを考えてほしいと思います。 私は裁判員制度には反対です。少なくとも次の3点が実現されない限り、賛成できません。
1) 評決に対して職業裁判官の関与をなくすこと,評決に拘束力を与えること 2) 有罪評決を行うためには、裁判員(陪審員)の全員一致を必要とすること 3) 無罪評決に対しては検事控訴を禁止すること (実際には公判前手続きの全面改革が必要ですが、ここでは論旨がずれるので省略します) 人を有罪とするためには、通常人であれば誰でも有罪を確信するだけの証明がなされなければなりません。通常人とは普通の市民を指します。「合理的疑いを超える証明」とはそういうことです。無作為に選ばれた市民が一人でも「もしかしたら犯人ではないかも」と思ったらその時点でかつ最終的に被告人は無罪にしなければなりません。それが近代刑事裁判の原則です。 ところが日本では、そうした主張をストレートに述べる人は法曹関係者も含めてあまりいません。「そんなことをしたら犯人が野放しになる」。それが日本の多数意見のようです。でも犯人が野放しになってもしかたがないと言い切るのが近代刑事裁判です。 残念ながら「裁判員制度はいらない」という運動には、被告人の人権をどう守るかというこの最も重要な点が希薄化しているように思います。 |

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