発射された弾丸(放射線)より乱射を続けるガンマン(放射性物質)の方がはるかに人に危害を加える可能性が高く危険です。そこでこのガンマンの性格・性質について検討していくことは、放射能そのものについて検討する以上に大切でしょう。
管理・統制不可能な放射性物質の性質
この放射性物質というガンマンには次のような性質があります。
第一は、人間は誰もこのガンマンの乱射(放射線の放出)を止めることはできないということです。
したがって、危険を避けようとすれば、ガンマンを壁の中に閉じ込めるか、人間の方が逃げるしかありません。
第二に、ガンマンに撃たれるとそれまで乱射していなかった物質がガンマンとなりしばしば乱射を始めてしまいます。そのため、ガンマンを閉じ込めようとすることは新たなガンマンを生み出してしまう結果になってしまいます。
これが、原発が大量のガンマン(汚染物質)を生み出してしまう原因です。福島原発の周囲に散乱する高濃度に汚染したガレキは、単に放射性物質が付着しているだけではなく、ガレキ自体が放射線を放出するようになったものが少なくないというところに深刻さがあります。
第三に、ほかのガンマンに1発撃たれるとそれ以上の数、例えば2発撃つという性質を持つガンマンがいます。その結果、西部劇の中で酒場の片隅で始まった殴り合いがあっという間に酒場全体に広がるように、一人のガンマンが発射した弾丸をきっかけにその場にいる無数のガンマンすべてが乱射を始めてしまいます。連鎖反応と言われる現象です。
この性質を利用したのが原子爆弾です。原子力発電の場合も原理は変わりません。ただ違うのは、原発の場合、ガンマンが乱射する弾丸を途中で遮ることで、発射される弾丸の数を常に一定範囲に抑えることができるとしていることです。確かに原理的には不可能ではありません。重心さえ正確にあわせれば、針の先にパチンコ玉を乗せてバランスをとることが原理的には可能なのと同じです。しかし、針の先のパチンコ玉がいったん少しでもバランスを崩すと転げ落ちてしまうように、原発の場合もいったんバランスを崩して暴走を始めると一挙に行き着くところまでいってしまいます。これが福島原発事故で起きたことです。
そしてすべての原発がそうした可能性をもっています。原発とはすべての条件が想定内に収まり、一瞬の隙なく正確な操作が続くかぎりで初めて維持される不安定で脆弱なシステムなのです。そうしたシステムが現実には破綻を避けられないのは、多くの原発がしばしば運転停止に陥っていることにも示されています。これまではパチンコ玉は運転停止の方向で転がり落ちてくれました。しかし、福島原発では暴走の方向で転がり落ちてしまったのです。
ガンマン(放射性物質)からは逃げるしかない
福島原発では、現在も大量のガンマン(放射性物質)が生産され、空中、水中、地中に放出され続けています。水素爆発のときのように一挙に遠距離まで広がるわけではないにしても、じわじわと広がり続けています。水素爆発を防ぐために注入されている窒素ガスは放射能に汚染されたガスとなって原発の隙間から大気中に流れ出しています。循環型の冷却システムが稼働し始めたといってもすべての冷却水がそれでまかなえているわけではありません。冷却のために新たに注入された水は汚染水となって地中や海中に流れ出しています。
ではこうした大量の放射性物質から自分たちを守るために私たちは何ができるでしょうか。
目の前に銃を乱射するガンマンが立ち塞がって、それを止めることができない時、自分の身を守るために私たちは何ができ、何をするでしょうか。ほとんどの人はガンマンから逃げるだけでしょう。
放射性物質というガンマンに対処する手段もただ逃げること、放射性物質から距離を置くことしかありません。福島原発から1キロでも10キロでも離れることです。もちろん、放射性物質は風向きなどの要因によって飛散し、必ずしも距離に比例するわけではありません。しかし、すべての地点に対して放射能レベルを測定することは不可能ですから、距離を一つの判断基準とするしかありません。
食物についても同じです。福島原発の近くで栽培されたり飼育されたものは、汚染の可能性が高いと考えるべきです。もちろん、測定・検査されて汚染レベルが明らかになっているものはそれを判断基準とすればいいのですが、すべての食物についての検査が不可能なことも考慮しなければなりません。
マスコミは「風評被害」などと、そうした食物の汚染に対する危惧には根拠がないかのように語ります。しかし、汚染牛肉の流通は、マスコミのそうした「安全」主張こそが根拠のない虚構であることを示しています。
リスクと価値判断による選択
放射性物資というガンマンの乱射から身を守るためには逃げるしかないとしても、それは逃げるべきだとか逃げる方がいいということを意味しません。
なぜなら、第一に、逃げるという行為自体が新たなリスクや被害を生み出しかねないからです。
例えば、水が放射能で汚染されているとしても、それしか手に入らないのであれば飲むしかありませんし、飲んだ方がいいでしょう。水を飲まないで脱水症状となり健康を害するリスクと飲むことによる何年か後のガンにかかるリスクとどちらを選択するかということです。
現在福島原発が広げている放射能汚染に関しては、常にこのような二つのリスクの間の一人一人が決断すべき選択になります。だから、無意味な安全神話にごまかされることなく、それぞれのリスク・危険・被害をより正確に把握する必要があるのです。
第二に、人は時にリスクを冒すことを選択することも不合理ではないからです。
例えば、福島県など被災地の復興を支援するために、原発の近くにいってボランティアをしたり、福島県やその周辺の農産物や畜産物、水産物をあえて選択することも可能でしょう。その場合も、根拠のない「安全」幻想からではなく、あえてリスクを冒していることを理解した上での選択であるべきです。そのためにも、放射性物質の危険性についての正確な理解が必要です。
ガンマン(放射性物質)から逃げ切ることはできない
当初は、放射性物質というガンマンから逃げることも可能でしょう。しかし、放射性物質は長いものは数千〜数十万年にわたって存在し続け、その間世界中に広がり続けます。
「高濃度の放射性物質を海中に放出しても海水で薄まるから問題ない」とうそぶいた原子力安全・保安院の審議官がいましたが、薄まったからといってなくなるわけではありません。戦後の核実験や1986年に発生したチェルノブイリの原発事故で放出された放射性物質が最終的に全世界的な環境放射能の増加として現れているように、福島原発から放出されている放射性物質も最終的には全世界に広がり、人びとに健康被害を与えます。これから逃れられる場所はありません。
福島からどれほど離れようと、ガンマンはいつか必ずあなたのところに到達します。
これ以上放射性物質というガンマンを生み出さないために核兵器と原発を廃棄するか、自分が撃たれるまで現実から目を背け続けるか、それは一人一人の選択です。