自由ネコ通信

冤罪乱発の警察から強制捜査権を剥奪し、職業裁判官から市民の手に刑事裁判権を取り戻そう。予審制度と陪審制度の復活を求めます

七つの命

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猫には七つの命があるといいます。一方、好奇心は猫も殺すとか。七つの命がすべてなくなるまで、好奇心丸出しでいろいろ書いていこうと思います。
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 私のツイッターやブログ「自由ネコ通信」のアイコンになっている自由ネコ・本名チロ(14歳)は9月からガンで闘病していましたが12月10日に永眠しました。

 小さい頃、腰の骨を折る大きなケガをして動かない後ろ足を引きづりながら階段をよじ登り、2階で寝ていた私のところに助けを求めてきたガンバリ屋のチロでした。
 屋根裏に何度も潜り込んではそこに巣くうネズミを追い出し、ネズミの糞のアレルギーで苦しんでいた私を助けてくれたのもチロです。
 何度も雀を捕まえてきては部屋の中に小さな羽をまき散らしました。自分より大きな鳩やカラスの子どもすら捕まえてきた野性味の残るチロでした。
 近くの公園を散歩するのが好きで、真冬の夜中でも防寒着を着て震える私を従えて散歩する自由すぎるくらいの性格のくせに、気が小さく見かけない訪問者が来ると逃げ回っていました。
 冥福を祈りたいと思います。

 ただ、日本が戦争へ突入しないために、レイシストの跳梁を許さないために、休んでいるわけにはいきません。自由ネコ・チロがネズミを一掃したように、日本を崩壊に導きかねないネトウヨなどの方々に消えてもらうため、発信は続けていきます。

キーボードを枕にして寝るのが好きでした

イメージ 1

不満の表し方

生きていると時に不愉快な思いをすることがあります。
そんなとき、あなたはどのタイプですか?

【暴君型】

殿様「予は不愉快じゃ、三太夫、なんとかしろ」
家老・三太夫「ははっ」
******
三太夫「殿様はご不興だ、何か思い当たる節はないか?」
食事係「食事はすべてご機嫌で召し上がられましたが。そういえば途中で3度ほど箸をお止めになり…」
衣装係「気候に合った衣装を用意して、あっ、着せて差し上げた時にかすかに眉を御ひそめになったような」
気晴らし係「そういえば普段より3分ほど早く運動をおやめになったのが気になっておりました」
三太夫「うむ、お前達全員首じゃ」
******
三太夫「ご不興とのこと、スタッフ全員入れ替えました」
殿様「何、あの衣装係は気に入っておったのにやめさせたとは許せん、三太夫責任を取って腹を召せ!」
かくして家老・三太夫もいなくなった
《教訓》ただ闇雲に不快を訴えるだけですと、かえって余計な不愉快を生むことがあります

【幼君型】

殿様「今日の天気は不愉快だのう」
家老・三太夫「ははっ」
******
三太夫「殿様は天気が不快とおっしゃってる.何とかならないか」
衣装係「今の気温と湿度に最適な衣装ですが、暑いのか、寒いのか、それとも…」
気晴らし係「脇でたまたま聞いておりましたが、お殿様は今日はことのほか激しい運動をなさっていましたから」
三太夫「それじゃ! 諜者を呼べ!」
******
(1時間後)
諜者「望遠鏡で観察しましたところ、確かにお殿様は汗をおかきでした」
******
(1時間10分後)
衣装係「汗を拭くタオルとお召し替えをお持ちしました」
殿様「グシュン、遅い、何をしておった、寒気がとまらんぞ」
かくして殿様は風邪で3日寝込んだ
《教訓》不愉快の内容を正しく伝えないと解決に時間がかかるばかりでなく、思わぬ副作用も発生します

【凡君型】

殿様「今日の飯は少しまずかったな」
家老・三太夫「ははっ」
******
三太夫「殿様は食事にご不満だ。どうなっている」
食事係「一流シェフの料理だからまずいはずが…今日の魚料理がお口に合わなかったのかも」
三太夫「では明日は肉料理に」
******
翌日
三太夫「今日もご不満だった」
食事係「では明日は野菜料理に」
******
3日目
三太夫「今日もご不満だった」
食事係「では、明日は中華風の味付けで」



******
9日目
三太夫「今日もご不満だ、あとは味付けの濃さぐらいしか思いつかないが」
食事係「それです、きっと、明日は薄味にしてみましょう」
かくして殿様はようやく10日目に、自分好みの薄味の料理を食べることができた
《教訓》不満だけを訴えても満足に至るまでには時間がかかります

【名君型】

殿様「今日の朝食に出た塩鮭、少し塩気が強すぎた、焼き過ぎだったしな。予はどちらかというと鮭よりあじの干物が好きじゃ」
家老・三太夫「ははっ」
******
三太夫「殿は、薄塩のあじの干物をご所望じゃ。焼きすぎないようにな」
食料係「ははっ」
かくして翌日、お殿様は軽くあぶった薄塩のアジの一夜干しで朝食を召し上がり、ご機嫌であった。メデタシ、メデタシ
《教訓》不満の内容を具体的に言うだけでなく何を望んでいるかもいうと解決は早まります

※※※※※※※※※※※※※※※※※

ハートの女王「なに、またあのウサギめが、わけの分からぬ長ったらしい手紙を送りつけてきたとな。首をちょん切っておしまい!」
 「この世界の片隅に」という映画を見た。アニメは滅多に見ないのだが、映画評などを読んで一抹の不安にかられ見にいった。そしてやはり落ち込んだ。

戦争以上に悲惨な平和

 筆者は以前から、戦争の悲惨さを強調し悲惨ゆえに戦争に反対する日本の反戦・平和運動の主要な考え方に危惧を表明してきた。戦争以上に悲惨な平和が存在する。そうした「悲惨な平和」が現実になっても「悲惨な戦争」を拒否し続けられるのか。
 今、生活保護などにより貧困が必ず死に結びつくわけではない。しかし、そうしたセーフティーネットから外れれば、追い詰められた犯罪に走るか孤独に餓死するしかない。かつての戦争の時代、欠乏と死は日常的にあったかもしれないが、隣には同じように欠乏と死と闘う存在があった。今、貧困は孤立と社会からの排除を意味する。そこで奪われるのは希望と未来なのだ。韓国には結婚や夢などを諦めた若者たちを指す「7放世代」という言葉がある。日本でも状況は違わない。すでに私たちは戦争より悲惨かもしれない平和の中にいる。
 そして「悲惨な平和」の中にいる私たちが「悲惨な戦争」を振り返る時、この映画のように戦争の時代がノスタルジーとともに浮かんでくるのだろう。

避けられない戦争

 「この世界の片隅に」でも戦争の悲惨さは一通り描かれる。物資の欠乏、兄弟の戦死、空襲や義姉の子どもの爆死、そして広島への原爆投下…。しかしすべては主人公の傍らをたんたんと通りすぎてしまう。画面からは血や硝煙の臭いも、主人公の悲しみもあまり伝わってこない。
 落語に「天災」という話がある。けんかっ早い男に、すべては天がもたらした災い「天災」と考えて怒りを抑えろ、天とはけんかできないだろうと諭す話だ。この映画の中に戦争に対する怒りがまったくないのは、主人公そしておそらく作者にとって戦争とは一種の天災だからなのだろう。ちょうど「シンゴジラ」で描かれたゴジラが、そして一部の人にとって福島の原発事故がそうであるように。天災は避けることはできない、ただ受け入れて堪え忍ぶしかない。
 敗戦後の主人公の姿には台風一過の晴れ渡った空のような明るさすらある。未来も希望も奪われた「悲惨な平和」の閉塞状況の中にある私たちに、戦争もそれほど悪いものではないかもしれないと思わせる明るさが。

傍観者の戦争

 「この世界の片隅に」ではまったく描かれていない戦争の一面がある。相手を殺す場面だ。
 確かに地方の農家の女性が直接誰かを殺すなど戦争下でもありえない。しかし、戦争は15年続いた。戦いはそれ以前から続いていた。南京で中国人が虐殺されていたとき、日本人は提灯行列で占領を祝っていた。国内でも戦争に反対する人びとが特高に拷問され殺され、強制連行された朝鮮人が飢えと暴力で殺されていた。そうした現実はまったく無視されている。主人公が戦争に直面するのは、頭の上に爆弾が降ってきてからだ。主人公が軍港の絵を描いて憲兵に摘発されても、この映画ではその粗忽さを示す笑い話でしかない。
 海軍に勤める夫を支え、軍需工場で働く家族を支えながら、そうした生活が大陸や海で多くの人びとを殺している日本の戦争を支えているという意識は浮かばない。目の前に広がる呉軍港に浮かぶ軍艦を眺めながら、それが「敵」を殺すために存在し、現実に殺しているという感覚はまったくない。呉の海軍工廠などで強制労働させられていた朝鮮人たちの姿は目に入らない。
 主人公は終始、戦争の傍観者であり続ける。傍観者として平穏な生活を続け、空襲の悲惨さを体験する。積極的に戦争に賛成するわけではないが反対でもない。家族友人の被害は悲しんでも、戦争に対する怒りも痛みもない。主人公にとって、戦争はどうしようもない現実でしかない。
 「悲惨な平和」が広がっている今、人びとの意識の中で戦争は絶対悪ではなくなってきているのかもしれない。
 容赦なく広がる貧困と飢えと絶望を打開するために戦争しかなければそれを受け入れるしかない。「悲惨な平和」より「悲惨な戦争」の方がましかもしれない。映画「この世界の片隅に」は、そうしたメッセージを静かに淡々と描いているように感じた。

戦災は天災ではない

 父・母の「戦争に反対できなかった」という言葉に激しく反発した世代である。そうした私たちの世代が「戦争は仕方なかった」と次の世代に言い訳するような現実を、絶対にふたたび生み出してはならない。
 戦災は天災ではない。


 
 現在公開中の映画『怒り』を見ました。とても考えさせる映画です。
 以下、一部ネタバレがありますので未鑑賞の方はお気をつけください。

虐げられた者同士に向かう怒り

 映画は一つの殺人事件から始まります。一家惨殺事件、現場の壁には「怒」の血文字、いかにもサイコスリラー風のスタートです。しかし、映画は別の展開を見せます。
 映画は二つの怒りとその結果としての二つの殺人事件を描きます。最初の事件と逃亡殺人犯を思わせる人物に対する殺人事件。しかし、二つの怒りはその真の原因になった人物にも怒りを生み出す社会的歪みにも向かいません。原因となった人物は自らの行動が殺人事件を起こすほどの激しい怒りを引き起こしたことを知りません。
 虐げられた者の怒りががんじがらめの社会的な規制・檻の中で空回りし、身近の者に向けられてしまう現実は、いじめによる自殺や低賃金や失業の恐怖にさらされている労働者による移民排斥やレイシズムの横行、ネットで燃え上がる貧困者たたき、生活保護たたきを思い出させます。

見えない抑圧に踏みにじられる愛情

 映画はまた二つの不信を描きます。ともに性的、肉体的・精神的な社会的少数者に属する者の愛情が、相手が逃亡殺人犯かもしれないという不信によってもろくも崩されてしまいます。表面化することの少なくなった差別と抑圧ですが、逆に日常化した抑圧の中で「たとえ殺人犯であっても、私の愛する者だ」と言えない心の壁と人間関係の圧力を社会的少数者の中に作り上げている現実が、静かなタッチで描かれていきます。
 この不信を生み出したのがマスコミの犯罪報道です。客観的報道というより、警察の広報と化したマスコミは逃亡犯の写真を大々的に映し出し、視聴者に通報を呼びかけます。こうした報道は現実社会でも、批判精神を失ったマスコミによって近年増えていますが、それが人びとの間に疑心暗鬼と不安をまき散らし、人間関係・愛情を破壊していることをマスコミは気づこうともしないし、気づくことができません。

あまりにかすかな希望

 この映画では、宮崎あおいが演じる社会的少数者の女性が一度は離れた恋人を迎えに行く場面でかすかな希望を抱かせて終わります。絶望的な状況を絶望だけで終わらせないために、このエンディングが必要だったのだと思います。でも、希望はあまりにかすかです。今の日本の現実、その中で李監督が体験してきただろう経験が、これ以上の希望を描かせなかったのかもしれません。
 怒りは横や下ではなく、上に向けられなければならない。真の原因となった存在とそれを許している社会に向けられなければならない。怒りやその結果の暴力が犯罪として頭から否定されるのではなく、その向けられた方向が、対象が問題とされなければならない。私はそう感じます。
 李監督のもう一歩踏み込んだ次回作が作られることを期待します。
 現在公開中のシン・ゴジラをめぐっていろいろな方が語っています。総じて、ゴジラを福島第一原発の事故と結びつけて語っている方が多いようです。
 週刊金曜日の特集の中で、長山靖生さんは次のように述べています。
「そもそもゴジラは今から62年前の1954年、核の脅威を象徴する怪獣として生み出された」
「放射能を帯びた熱線を吐くゴジラは、原水爆の脅威そのものだった」
「われわれは、ゴジラに匹敵する現在進行形の課題を抱えている」
「震災とそれに続く東京電力福島第一原発」
 制作者の意図がどうだろうと、映画をどう解釈するかは見る者の特権です。だから、映画の解釈に正解はありません。しかし、この長山さんの見解には強い違和感を感じます。
 以下、第一作のゴジラは「ゴジラ」とシン・ゴジラに登場するゴジラは「シン・ゴジラ」と表現します。
 ゴジラ=原水爆と位置づけてしまうと、原水爆は人間の誤った意志によって生み出されたものではなく、突然襲ってくる自然災害のような避けられない存在になります。そしてその「ゴジラ=原水爆」の脅威をなくしたのはさらに強力な科学・兵器「オキシジェン・デストロイヤー」でした。これは、敵の原水爆に対抗するためとしてより強力な原水爆をより多く求めた冷戦の論理、軍拡の論理そのものです。第一作はそんな冷戦推進メッセージの映画だったのでしょうか。
 長山さんは震災と福島第一事故とを並列に並べています。でも、福島第一原発事故は自然災害ではありません。「シン・ゴジラ=福島第一事故」を出発点とすれば映画『シン・ゴジラ』の語るメッセージは、「シン・ゴジラ=原発事故がどれほど恐ろしく見えようと、政府が正しく対処すれば封じ込めることができる」。まさに現在、政府が原発推進の根拠としている考え方そのものでしょう。強烈な原発推進映画ということになります。

ゴジラ=荒ぶる神

 ゴジラは何を象徴していたのか。それを考える一つのヒントは、ゴジラが大戸島の伝説の中に登場する存在だったということでしょう。島民がその怒りを恐れて生け贄を捧げてきた荒ぶる神・ゴジラ。原水爆実験はその荒ぶる神を目覚めさせ、その怒りを解き放ってしまいました。ゴジラは原水爆そのものではなく、それによって破壊された自然であり地球・ガイアであると私は感じます。
 そして、人間が愚かにもガイアに向けた凶器・放射能がガイアの象徴・ゴジラの姿で人間に戻ってくる。それでも人間はゴジラに対して原水爆以上の超兵器「オキシジェン・デストロイヤー」で対抗するしかありません。だから、ゴジラの死は同時に科学者芹沢大助の死であり、科学が進歩と人類の幸福をもたらすという幻想の死でなければなりませんでした。原水爆とその民生版・原発は「人類の未来を開く夢のエネルギー」という幻想はこのとき死んだのです。

シン・ゴジラ vs

 ゴジラ映画には第二話以降、ゴジラvs怪獣という系譜が脈々と連なっています。シン・ゴジラもそうした系譜に連なるものと見ることもできます。
 映画『シン・ゴジラ』に特徴的なのは人間がほとんど登場しないことでしょう。登場するのは、内閣官房副長官をはじめ首相などの政治家や官僚、軍人という機能を持つレプリカント・人造人間たちです。映画『シン・ゴジラ』は、シン・ゴジラがそうした非人間で作られた日本国家・政府という最強、最凶悪の怪獣と衝突し、敗れさる映画です。
 シン・ゴジラとの闘いで、国家・政府はまるで消耗部品であるかのように多くの命を使い捨てていきます。そして、それが人びとを守る貴い犠牲・英雄行為として語られます。これはまさに戦争と戦争動員の論理そのものです。戦後憲法によって牙を抜かれていた日本が、再び牙をむき出しにして戦争を始めようとしている時にゴジラ映画がこのように描かれるのは象徴的ではないでしょうか。

シン・ゴジラが象徴するもの

 では、シン・ゴジラは何を象徴しているのでしょうか。映画の中でどのように描かれているか、それを手がかりにしましょう。
 シン・ゴジラはどこからともなく突然東京湾に現れ、様々に姿を変えながら圧倒的な暴力で人びとの命を奪い街を破壊する絶対悪として描かれます。それがどこから来てなぜそうした行動を取るのか、どのような存在なのか、誰も知ろうともしません。研究するのは、弱点を知って対抗し駆除するためだけです。
 今、現実世界でも無条件の絶対悪とされる存在があります。世界の様々な地域で米国を筆頭とする帝国主義諸国とその傀儡・独裁に対して自らの命を投げ出して闘っている人びとがいます。時に行き過ぎ、歪んだ思想に固執し、仲間割れしながら、それでも自分や家族、友人、故郷を守るために闘うしかない人びと、そうした人びとはテロリストと呼ばれます。
 群衆の海の中から突然現れて牙をむき、発見・遭遇したら直ちに無条件で駆除しなければならない絶対悪、それがテロリストです。シン・ゴジラとの闘いは、現実世界の反テロ戦争と同じ構図を持っています。
 行動を封じ込められ都心に残されたシン・ゴジラの姿は、テロの警戒を呼びかける駅のホームや街角のポスターです。ヤクザが用心棒代として金を奪っていくように、政府はシン・ゴジラ=テロリストから守ると称して人びとの生命と自由、人権を奪っていくのです。

究極の国策・国粋映画

 福島第一との関係で見たとき、映画『シン・ゴジラ』は、事故を自然災害にすりかえて原発推進政策を免罪し、被害拡大は初期の政府(民主党政権)の無策によるもので、現場の英雄的自己犠牲と新たに登場した有能な政府(安倍政権)によって事故は封じ込められたと描きあげ、現政権の原発再稼働政策を擁護する国策映画です。
 そしてシン・ゴジラとの闘いを現実の反テロ戦争と同じ構図で描くことで、それを口実とした政府の戦争動員、抑圧強化・人権破壊を正当化する戦争翼賛映画です。
 こうした映画『シン・ゴジラ』のナショナリズムと排外主義の鼓吹は、原水爆と冷戦に反対したゴジラ第一作も、人びとの意識の中で、原水爆とそれに象徴される米英の攻撃に対して神国日本が新たな超兵器によって打ち破るという国粋映画に変えてしまっています。
 戦争の時代のゴジラ映画『シン・ゴジラ』の中に、私は近づく戦争の足音と人びとの生命と生活を守るとして登場しようとしている強権国家、独裁政権の影を感じています

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