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修道院の聖堂
ただ一人沈黙の中で祈る
自我を打ち消し、全てを聖堂の支配者に委ねる
心も体も聖なる静けさの中に溶け込ませると、
肉体の感覚と言葉の知識は消えてしまう
十字架の前に従順にひざまずき、なすがままになれば、
この世の時の流れは止まり、意識は地上を離れる
不安を作り出す全ての記憶が無くなり、
全ての躊躇いを導く物が無くなるまで十字架に清められる
何も求めず、何も応えず、祈りに自分を捧げる
呼吸を忘れ、名前を忘れ、存在を忘れるほどに
生きていることすら忘れ、罪深い自分を忘れるほどに
試練の炎が止まり、御前に引き出された私は全てを十字架の勝利者に捧げ、
彼の意思に従う、ここにいるのは全能永遠の存在と私だけ
すでに私の霊はあなたの手の中、目を瞑り、静かな呼吸を続けながら、
深く深海に沈み落ちるような祈りを続ける
体の揺れはやがて静まり、聖堂と一体、永遠の愛の中に一人
幼子が母の胸の中で乳を飲み、そのまま眠りについてしまうような優しさに包まれて
愛する人と喜びの内に抱き合い、何もかもが赦された時のような感動に包まれて、
私はこの聖なる場に一人
もっと早くここへ来れば良かった、もっと早く祈れば良かったそんな後悔など虚しいこと
わずかな衣服だけになるまで取り払われ、貧しくなった事でここに祈ることが出来る
取り返しのつかない、どうすることも出来ない重荷に潰された我身を憐れみここに来た
“主よ”、僅かに口からこぼれ落ちた呟き
願えども姿は無く、望めども印は無く
“主よ”、一瞬開いた瞳が十字架を捉える
塵を顧みられるのはいつの日か、手が差し伸べられるのはいつのことか
窓に差し込む日はすでに傾き、空気は冷たさを増す頃
遠く歌声、僅かに聴こえる祈りの言葉、繰り返し唱えられる聴き覚えのある祈り、
強い風の中を渡り鳥のように私のもとに辿り着く、
別の部屋から漏れ聴こえる、鳥のさえずりのような囁き
“主こそ真の救い、永遠の喜び、我が力、我が歌、主のみを信じて決して恐れない”
ああっ、聴け、これぞ主の御旨、全てを失い尽くして祈る私に導かれた主の思い
主イエズスキリストが私達の真の救い
この方が私達の待ち望んでいた救い
彼こそ御父が私達に与えられた救いそのもの
彼こそ御父がこの世におくられた救い主
私達は既に彼の救いの内にある
当たり前のことなのに、何故か喜びに涙が噴き出す
信仰する者なら心に刻まれている教えなのに、何故か嬉しくて声をあげて泣き出す
“彼こそ救い”“彼こそ救い”“彼こそ救い”
何度もこみあげてくる思いを抑えきれず床に涙を流す
無くした金貨が見つかった、
失った羊が見つかった、
死んだはずの息子が帰ってきた
胸がいっぱいになる喜びと感謝に、立ち上がることも出来ない
“イエズス様、あなたが私の求め続けた救いなのです”
“あなたの他に救いはありません。あなたが全てなのです”
不安も、恐れも、悲しみも、苦しみも、憎しみも、怒りも、絶望も全てあなたの御前で消え去ります
時が立ち、事情を察したシスターからお菓子とお茶を頂き心より感謝してその場を離れる
イエズスキリストと結ばれて私達はこの世の罪、悲しみ、苦しみ、痛みから救われ慰められる
救いを求めて私たちは彼と出会い、彼の言葉と教えを受け入れ、
洗礼によって彼と結ばれ救いの内に入る。
私たちは彼の救いの中で生き方の真理を悟り、彼を信頼して愛し、
自分の人生を賭けて何があっても彼に従う
イエズスキリストという救いの中で、彼と共に生き、彼を模範として自分を変えてゆく、
考え方も、見方も、話し方も、接し方も、力強さも、優しさも全て彼のようになろうとする
イエズスキリストという救いと共に、どこまでも、いつまでも彼と旅を続ける。
救いの中でイエズスこそが私達の喜び、幸せ、生き甲斐の正体、
彼と共に喜び、悲しみ、苦しみ、耐え忍び、痛みを堪える事は私達にとって大切な恵み、
唯一の喜び、生きる目的
だから何も怖がることも、恐れる事も、心配することも無い
イエズスそのものが私達の救い
彼が私達を救うのではなく、私達は彼によって救いの中に既にいる
彼を信じ愛し模範とすることが私たちの救いである
私達はもう彼の愛によって救われている
もう恐れる事は無い、日々の厳しさのなか、悲しみ、苦しみ全てにイエズスがいる
全てはイエズスの救いの中にある
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