私の形跡

今年こそ皆が平和で穏やかに暮らせますように!!

旅行

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全14ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

 
 
イメージ 4
旅行して3日目。この日は、船で佐世保に向かいます。集合場所は、
佐世保からJR大村線で4つめの早岐という駅。大学時代の先輩が
車で迎えにこられる事になっています。
 この日は早朝にロンドン五輪のサッカー女子なでしこジャパンの決勝を見て、眠気に誘われながら、一路船で佐世保まで戻り、そこから
JR大村線にのり、早岐という駅に向かいました。集合時間は14時
20分。私が着いたのは、13時30分すぎでした。いつも時間にルーズな私です。早めに集合場所へ。
 
 ほどなく、みんなが連れ立って駅に現れました。私がみんなと会うのは約10年ぶり。その中の誰かが、私と連絡を取ろうと、メールを送ってくれていたのですが、メールしたアドレスは、今はもうとっくに
使っていないものなので、なかなか連絡繋がらなかったです。申し訳
ないことしてしまいました。
 
 もうひとつの反省点は、食事。先輩の経営されているペンションでの夕食なのです。テーブルいっぱいに料理が並べられています。
 「お昼ご飯抜いてくればよかった!!」。もうお腹いっぱいで、とても
食べきれない感じでした。 
 
イメージ 1
 正直、みんなんと打ち解けられるだろうかという懸念は、みんなと会うまでは、当然ありました。でもその不安は、みんなと会うことによってかき消されました。1泊2日という短い時間。時間がいくらあっても足りない。食事をしている以外は、ずっとしゃベリっぱなし。ほんとつかの間の歓談です
イメージ 2
  このペンションから夕日を見ることができます。
イメージ 3
 みなさん、めっちゃお久しぶりです。暦では、
イメージ 1
秋ですが、まだまだ暑い日が続い
 
ています。お元気でいらっしゃいますか?
 
 私はと言えば、少し夏バテもしたのですが、元気に過ごしています。
 
先週は、3泊4日で九州へ旅行に行ってきました。実は、今回は、大学時代の
 
友達で先輩が住む長崎の島へみんなで遊びに行こう!という企画がありました。
4日のうち、はじめの2日は単独で、あとの2日は、大学時代の友達と合流して
 
の旅行となりました。まず今回は、集合場所が長崎の佐世保界隈だったので、
 
思い切って足を伸ばして、五島列島(上五島)に行きました。ついて2日目は、
 
午前中島内観光をしました。
イメージ 7
 まず、最初に行ったのが頭ヶ島天主堂。島の信者達が砂岩を切り出し、積み上げて作った全国でも珍しい教会。完成まで7年の歳月がかかったとか。大正7年(1917年)に完成。300年もの長いあいだ、江戸幕府の厳しいキリシタン弾圧に、島民は耐え忍び、明治20年の禁教令廃止とともに、堰を切ったように、島に教会を設立していったようです。どの教会もはじめは、木造建築でやがて石造りや煉瓦造りの教会に建て替えられたようです。
イメージ 8
イメージ 3
 教会の中は、外の石造りの重厚さとは、ブルーと白を基調に清楚で、優しい雰囲気です。モチーフに島のシンボルである椿が用いられています。
 上五島の教会は、みな教会での写真撮影は、特別なことがない限り、OK
でした。資生堂の椿と五島列島の椿は、提携を結んでいるようです。
イメージ 9
 次に行ったのは、龍馬ゆかりの地。この沖で龍馬率いる亀山社中が所有するワイル・ウエフ号が遭難したとのこと。去年の大河ドラマ『龍馬伝』の人気で
新たに龍馬の銅像がつくられたそうです。遭難で命を落とした乗組員を悼み、
龍馬が合掌している姿です。
イメージ 5
龍馬の銅像から、広い大海原がみえます。
イメージ 10
 次に向かったのは、大曽教会。レンガ造りの美しい教会です。大正5年
(1916年)に煉瓦造りの教会が完成。
イメージ 11
 大曽教会より、港を臨む。上五島の島には、たくさんの入江がありました。
どこをとってもビュースポットになり、とっても迷うところです。
イメージ 6
上の写真の赤いところは、火山の名残?だそうです。珍しいので、
撮ってしまいました。
 
イメージ 12
イメージ 13
 一番最後に訪れたのは、青砂ヶ浦天主堂。明治43年(1910年)完成。
現在の建物は、3代目で、2010年に献堂100周年を迎えたそうです。
 平成19年(2007年)1月には、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が
世界遺産暫定リストに掲載されています。これらの教会は、鉄川与助という
人が建設に携わったとか。
イメージ 2
 色の違う煉瓦を並べ、キリスト教の十字架を表しています。
イメージ 4
  上五島で見た教会のなかで、一番奥行があって、大きな礼拝堂です。

ねぶた

イメージ 1
旅館の人から、 「青森にきたら、ねぶたを是非見て帰ってほしい!」と言われて、五所川原にある立ちねぶた館に行きました。
イメージ 2
 この建物は、吹きぬけになっており、まんなかにねぶたがそのままの大きさで展示されていて、上からも
 
下からも鑑賞できます。写真のねぶたは、東日本大震災の復興をねがって造られたもの。ことしの夏の
 
ねぶた祭りでお披露目されるのでしょう。鹿嶋大明神が地震ナマズの上にのっかって退治しようとするもの。
イメージ 3
 ねぶたの起源は諸説あるようです。平安時代にこの地に蝦夷征伐にやってきたときに、敵を
 
おびきよせるために、明り人形をつくったのが、このねぶたのルーツだという説もあれば、江戸時代に
 
津軽藩の初代藩主が上洛したときに灯篭を作らせ、都の川にながしたのがそのおこりだとか。ちょうど
 
その藩主が上洛したとき、お盆の時期だったそうです。
 
 日本人は、祭りが心のよりどころなんだなあと感じました。後ろに見えるのが義経だそうです。
 
夏のねぶた祭りでは、この建物が開いて、そこからこれらのねぶたがでていくようです。

津軽 太宰治の故郷

イメージ 1
 
 五所川原より津軽鉄道にのり、太宰治とゆかりのある街、金木を訪ねました。
イメージ 2
 
 今は、やっていないけれど冬は、車内で石炭ストーブを焚くストーブ列車で有名な津軽鉄道です。
イメージ 3
 津軽鉄道の「金木」という駅から徒歩10分ぐらいのところにある太宰治の生家。
 
レトロで、エキゾチックな感じがしました。太宰治の生家は、お父さんが政治家で実業家。国会議員に当選
 
もしたことがあるそうです。繁栄した時には、500ヘクタールの土地を持って、敷地内に裁判所、警察などがあ
 
り、小作人をたくさん雇っていたそうです。
 
 青森県で4番目に金持ちの大地主だったそうです。
イメージ 4
 生家より、程近いところにある太宰治が戦争終戦直後に疎開してきた家にも行きました。
 
上の写真の部屋で執筆活動に励んだそうです。
イメージ 5
 太宰治の生家、金木の街から徒歩20分くらいのところにある芦野公園。桜がとっても綺麗でした。
イメージ 6

陸奥の桜を訪ねて

イメージ 1
皆さん、ご無沙汰です。楽しかった?!GWもあっという間に
 
過ぎてしまいました。いかがお過ごしでしたか?
 
 私は、桜前線を追いかけて、青森まで北上していました。
 
桜の名所として名高い弘前城に行ったのですが、ソメイヨシノは、散って
 
しまっていましたが、遅咲きのしだれ桜は、とっても綺麗でした。
 
 お天気はめぐまれませんでしたが、ちょっと標高の高いところでは、
 
立派なソメイヨシノも堪能することができました。日頃の行いいいはずなのに
 
(苦笑)。
イメージ 2
 
 上下の写真は、浪岡という小さな街にある城跡に咲いている桜並木です。
 
イメージ 3
 各々の桜の木がすごく大きくて立派。もう見事としかいいようがありません。
なんの変哲もない田園風景に突如としてこれらの桜並木が現われるので、
はじめて見たときは、とても感動しました。
イメージ 4
  夕焼けに染まる桜と岩木山。宿泊した旅館から撮った写真。今回泊った
旅館の浴槽から晴れた日には、岩木山と桜を眺めることができました。
 
 また色々と書いていきます。

全14ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事