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以下、朝日新聞(11.2.22)の『声』から。
まだまだこういうとらえ方をしている人が多いのでしょう。
少し前の私ならこの文章に賛同を示したかもしれません。
【友好に背くロシアの「領土」論】
ロシア外相が北方領土について、「第2次世界大戦の結果、ロシアの領土となった」
と主張したという。いったい誰が、いつ、何を根拠に、そのような決定をしたのか
丁寧に説明していただきたい。
先の大戦は、日本が当時のソ連を相手に始めた戦争ではない。それどころか、
日本はソ連と中立条約さえ締結していた。それなのに、ソ連は1945年8月、
この条約を無視して対日参戦したのではないか。
日本がポツダム宣言受諾を表明した後の8月下旬以降、ソ連が日本の固有の領土
である北方4島を占領したという日本政府の立場は正しい。戦争にピリオドを打った
アメリカでさえ、基地問題はあるものの、日本の国土の一部さえ奪ってはいない。
戦争のどさくさに紛れた主張としか思えない。歴史的にも、国際的にも認められる
論理ではなかろう。開発を進めたい東部に領土を広げ、資源、漁業、戦略上などのため
に利用したいのだろう。
ロシアとの友好を望む日本人の心を踏みにじる行為は慎んでいただきたい。
そして、今朝の『声』には、こんな内容が。
究極的にはこれがベストの方向ではないかと・・・。
以下、一部転載。
【北方の島を中立のアイヌ国に】
この4島のみならず、北海道も樺太も南北・千島列島も、200年ほど前までは
主にアイヌが生活圏としており、そこへ狩猟・漁労・資源採取あるいは交易のため
に日本人・ロシア人が入り込んでいった歴史を学びました。
日本もロシアも、領有権を主張する以前に、これらの地域でのアイヌ民族への
不当な人権侵害を反省しなければなりますまい。
・・・非武装中立の「アイヌ民族記念共和国」を設立することを提案したい・・
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>【北方の島を中立のアイヌ国に】>
これは私が考えていたことと同じ方向ですね。でも根本的に違うところは、私の説は【4島をアイヌ自治区とする】ということです。
4島は日本の島とする。その上で自治区としてアイヌの人たちの管理下で治める。これが僕の考えです。
2011/2/23(水) 午後 5:21
masaoさん、こんにちは。
「自治区」・・いろいろな考え方があるのですね。
話は飛びますが、以前聞いた話で、ず〜っと昔から日本列島に住んでいた先住民族は、大陸から来た人々によって北と南に蹴散らされ、その方たちが琉球人やアイヌ人ということになったとか。
そういわれると顔が似ているような気がします。
2011/2/24(木) 午前 9:11 [ どんぐり ]
こんにちは。
樺太・千島列島の歴史についてですが、江戸時代前半にはすでに日本においてはこれらすべては日本領として認識されており、その後にロシア人が入ってきたという経緯があります。その証拠に1644年に幕府が作成した地図が現存します。形や大きさは正確ではありませんが、幕府にそういう認識があったことの証拠にはなります。アイヌは統一した国を成立させていませんでした。松前藩や江戸幕府が直接支配していたのではなく、複数の部族の酋長などを従属させる形のいわば日本領アイヌ自治区的な存在で支配していました。特に樺太南部や国後・択捉・得撫・色丹・歯舞は歴史的に倭人とのつながりが強く、江戸時代の日本の経済面においてもそれらの地域は完全に日本の一部として組み込まれていました。時にはアイヌと倭人が対立することもありましたが。
2011/3/1(火) 午前 2:26 [ sap*o*obe*f ]
倭人がどんどん北海道を含むの蝦夷地へと進出していったのは、ロシアによる南下侵略の脅威があったからです。ロシア人は幕府の立場を無視していきなり、千島列島や樺太はロシアのものだといってきました。これに対して、幕府はアイヌの住む土地は日本領だと反論しました。そして、アイヌは倭人とロシア人の間に挟まれて悲劇的な歴史に翻弄されることとなります。ロシアの南下さえなければアイヌは日ロの間にはさまれることなく、今も日本領である北海道・樺太・千島列島のふるさとで生活できた可能性が大いにあります。ロシア人の南下さえなければよかったのにとつくづく思います。今もロシア人は北方四島などに居座って南下政策を続けていますけどね。
2011/3/1(火) 午前 2:31 [ sap*o*obe*f ]
sapporobeefさん、詳細なコメントありがとうございます。
>アイヌは統一した国を成立させていませんでした
>複数の部族の酋長などを従属させる形のいわば日本領アイヌ自治区的な存在で支配して
アイヌの歴史はほとんど知りませんが、↑これらこそ先住民族を支配する典型例ではないかと思います。
北海道の地名がアイヌの言葉のあて字となっていることが象徴的です。
ロシア人の強引さは、問題だと思います。
2011/3/1(火) 午後 6:33 [ どんぐり ]
こんにちは。
>北海道の地名がアイヌの言葉のあて字となっている
これはある意味仕方のないことなんです。なぜかというと、アイヌの文化は独自の文字を持たない文化なのです。だから、どうしてもアイヌの地名を文字で表そうとすると当て字になってしまうのです。アイヌは昔に起きた出来事などをすべて、語りで伝承していました。アイヌの文化とはそういう文化なのです。倭人とのつながりを得た場合、どうしてもアイヌの言葉を文字で表そうとすると日本語の当て字を使用せざるを得ないのです。
まあ、倭人も中国から漢字が伝わる前は同じように語りで伝承してましたけどね。ご存知かもしれませんが。
ロシア人の南下がなければ、今ごろは樺太・千島列島あたりは今の沖縄県のような感じになっていたかもしれません。沖縄はもともと倭人とは別の琉球民族の島です。今は倭人も住んでいますが。沖縄の人も一部は本州・九州などに住んでいます。
ちなみに樺太の北部にはアイヌとは別の原住民族が居住していました。
2011/3/2(水) 午前 3:41 [ sap*o*obe*f ]
>ロシア人の南下がなければ、・・・今の沖縄県のような感じになっていたかも
なるほどそうなのですか。(沖縄の現実は大問題ですが)
>樺太の北部にはアイヌとは別の原住民族
長〜い人々の歴史の中で見ると、現在の陣取り合戦のような様相は、強者の奢りに思えてきます。
2011/3/2(水) 午後 1:21 [ どんぐり ]
確かに、沖縄の基地問題は大きいですね。
戦後に米ソは冷戦に突入しましたから、アイヌの住む樺太か千島列島のどこかに米軍基地がひとつぐらいできたかもしれません。できなかったかもしれませんけど(北海道には米軍専用施設は設けられていません。また、共同利用施設としてキャンプ千歳はありますが、現在、米軍は使用していません)。基地が作られたかどうかも、ロシアの軍事的プレッシャー次第でしょうね。でも、北海道の現状を見ると、沖縄ほど多くの米軍が駐留しただろうとは到底、思えません。私が、「今の沖縄県のような感じ」と書いたのは、アイヌが故郷から追われることなく、日本国籍をもつ者として自由に日本国内を行き来できて、東京などに移り住もうと思えばできるし、アイヌ以外の日本人も千島列島や樺太に自由に行き来できるという状態のことを書いたつもりです。特に、アイヌは故郷を離れずにすんだだろうというところを強調したかったのです。沖縄では故郷を離れるようなことにはなっていませんし。文字を持っていなかったアイヌが、独自の力で独立を保つということは並大抵のことでは無理だったんじゃないかと思います。
2011/3/2(水) 午後 8:35 [ sap*o*obe*f ]
ただし、私は文字を持たないアイヌの文化が劣っているというつもりはありません。
ロシアはアジアの一部であるシベリアで多くの原住民を征服して支配しているのに、さらに欲張って幕府(日本)の支配していたアイヌの土地を横取りしました。そのことが、すべて問題の原因です。幕府(日本)の支配していた樺太や千島を横取りしようとしたから、倭人は守りを固めるために北へどんどん進出していかざるを得なかったし、ロシアに対抗するため、軍事的備えも必要となり、日本は軍事大国化していきました。ロシアが南下してくる前は、侵略に備える必要がなかったので、幕府はそれほどたいした軍備はありませんでした。沖縄では外国からのプレッシャーはなかったから、倭人が沖縄へどんどん進出していくようなこともありませんでした。そう思うと、やっぱりロシアの南下さえなければなぁとついつい思ってしまうのです。そうそう、ロシアは幕末に九州の北にある対馬を一時占領したことがありました。イギリスの協力を得てなんとかロシア人を退去させましたが。
2011/3/3(木) 午前 0:25 [ sap*o*obe*f ]
sapporobeefさん、本当にていねいな説明ありがとうございます。
沖縄とアイヌの置かれている立場の違いが、上記の筋道だった説明でよくわかりました。
歴史を知った上で現代の問題を考えることがやっぱり大切ですね。琉球のことにしてもアイヌのことにしても、まったく知らないに等しく、この歳になって、付け焼き刃のように聞きかじっていますので、ありがたいです。
2011/3/3(木) 午前 10:57 [ どんぐり ]