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今年の1月から7月まで、辺見庸氏の鬼気迫る
「1*9*3*7〜『時間』はなぜ消されたのか〜」が、
週刊金曜日にて毎週かなりの分量で連載されていました。
私は、ときに・・唸りながら、絶句しながら欠かさず熟読してきましたが、
読み進むうちに「1937年は、今もなお・・」との思いが徐々に強く
なってきました。
1937年の日本、日本人のしたこと・しなかったこと。
2015年の日本、日本人のしていること・していないこと。
辺見氏自身、「『未了』の南京大虐殺」という言い方をしています。
この連載が単行本になったそうです。
以下は、第5回の中で辺見氏が引用していた半藤一利氏の文章です。
(9月17日の安保法制の参院特別委員会の採決は、存在しなかった
状況でした。にもかかわらず、議事録があとになって捏造されて
しまうという異常事態が発生しています。
渦中にいると、異常を異常とも感じなくなってしまう・・。
原発の再稼働も異常事態。いつまた巨大地震や噴火が起きるかもしれ
ず、福島事故の収束も未だ先の見えない中、それでも再稼働に突き
進む異常事態・狂気・愚行)
ここから↓転載します。
「・・・どうも昭和の日本人は、とくに、10年代の日本人は、
世界そして日本の動きがシカと見えていなかったのじゃないか。
そう思わざるをえない。つまり時代の渦中にいる人間というも
のは、まったく時代の実像を理解できないのではないか、とい
う嘆きでもあるのです。とくに一市民としては、疾風怒濤の
時代にあっては、現実に適応して一生懸命に生きていくだけで、
国家が戦争へ戦争へと坂道を転げ落ちているなんて、ほとんど
の人は思ってもいなかった」
「これは何もあの時代にかぎらないのかもしれません。今だって
そうなんじゃないか。なるほど、新聞やテレビや雑誌など、
豊富すぎる情報で、われわれは日本の現在をきちんと把握して
いる、国家が今や猛烈な力とスピードによって変わろうとして
いることをリアルタイムで実感している、とそう思っている。
でも、それはそうと思い込んでいるだけで、実は何もわかって
いない、何も見えていないのではないですか。時代の裏側には、
何かもっと恐ろしげな大きなものが動いている、が、今は
『見れども見えず』で、あと数十年もしたら、それがはっきり
する。歴史とはそういう不気味さを秘めている・・・」
『昭和史 1926-1945』
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