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戦争のからくり!
戦争は誰が必要として起こすのか? 「拡張する経済と軍国主義は、分かちがたく結びついている。」 《以下、「戦争案内〜映画制作現場 アジアからの報告〜」(高岩 仁著 映像文化協会)からのほぼ転載》 三井物産の企業活動と軍部との関係を示す実例。 日本が満州を獲得して、三井物産が大きく業績を発展させた一つの部門は大豆だった。 満州は、世界的な大豆の産地だった。 それを三井物産がほとんど独占的に買い占め、その油からマーガリンをつくってヨーロッパ諸国に輸出し、油粕は国内で肥料として売ることで大いに儲かっていた。 しかし1920年代になると、三井の大豆の取引高が伸び悩む。 「満州の軍閥張作霖が大豆の買い占めに手を出し始めたので困った」という内容の三井物産支店長会議の議事録がある。 さらに、張作霖は、日本が植民地支配の動脈のように利用していた満州鉄道に平行した独自の鉄道を計画して、着工を始めた。 この鉄道が付設されてしまうと、日本の植民地経営には大きな打撃になる。 鉄道工事が始まったその直後、張作霖は、関東軍によって列車ごと爆殺されてしまう(1928年)。 この翌年、1929年度の三井物産の大豆の取扱高は、倍近くに跳ね上がる。 張作霖爆殺事件は、ただ単に関東軍の仕業であるとしか日本の歴史書には書かれていない。 三井のことは全く触れられていない。 1931年、日本軍は満州事変を起こし、中国本土へと戦線を拡大していく。 1932年には、満州国を建国。 このとき、すでに満州で企業活動していた日本企業の団体「日本倶楽部」は、「満州事変を歓迎する声明」を出している。 侵略した土地で、軍事力を背景に企業活動すれば、現地の住民が抵抗するのは正当であり、当然のこと。 それを“在留邦人の生命財産に対する不法な侵害”として軍事力を行使する。 いつの時代でもどこの国でも、資本主義的経済発展をするとき、まさに「商船は軍艦を呼ぶ」。 私たちは1996年に‘満州’へ調査へ行き、満族の老婆に話を聞いた。 「1932年満州国建国と同時に、大変な量の大豆の栽培を強制された。自分たちの食べるものがなくなるほど大豆の栽培を強制されて、とても苦しかった。(もちろん三井物産の企業利益のために。)」 しかもその後、それまで住んでいた満族の人々を、不毛の原野に追い払って入植させたのが満蒙開拓団。 日本では、開拓団の苦労話だけが伝えられているが、極寒の原野にいきなりほうり出されて、餓死者がでるほど苦労した満族の人たちの話は、聞かれない。 三井物産の大豆の商売のために、どれだけ現地の人々が命を落とし、生活を奪われ、苦労をさせられたか日本の歴史には登場しない。 もちろん、こういった話は三井物産に限らない。 戦争によって、多くの大企業は飛躍的な資本の拡大を実現してきた。 たとえば第一次大戦による大企業の発展(資本金の増大)は、以下のようになる。 《1915年と1919年の資本金の比較》(単位:1000円) 川崎造船所 10000 → 26501 日本鋼管 1600 → 18000 日本郵船 22000 → 58000 日本窒素 3800 → 7600 芝浦製作所 2750 → 5000 東京電燈 44787 → 62500 王子製紙 8400 → 17200 久原鉱業 10000 → 41250 北海道炭鉱汽船 22500 → 34938 東洋紡績 13009 → 19625 郡是製 263 → 2243 戦争は、資本家たちが自らの企業利益のために、引き起こしてきたもの。 拡張する経済と軍国主義は、分かちがたく結びついている。
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