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こ、こんな法律が作られなければならない日本の社会って・・何なのだろう?
自殺者が、ここ何年も、毎年3万人を優に超えています。
自殺未遂者は、その10倍はいることでしょう(つまり30万人以上)。
そして、自殺者と未遂者の身近な人達(少なくても4〜5人はいるでしょう)の精神的な打撃は大きいはずです。
たとえば、「寝たきり老人」という言葉は、日本だけに通用する言葉です。
高齢社会の先進国には、こんな言葉はもちろん、老人を寝たきりにさせるなんてことは、ありません!
「寝たきり」、「老人」という言葉はそれぞれありますが、二つを合体させた「寝たきり老人」だなんて、先進国にはあり得ないのです!
そして、いよいよ!すざましさを増してきている民間の保険会社(アリ○など)の宣伝・・・(テレビの長いCM、新聞の全面広告、チラシなどの広告費に、いったい、いくらかかっているのでしょう?尋常ではない!)。
きっと、老後の不安から加入する人が多いのでしょう。
今、この日本において憲法25条(生存権)は、残念ながら実現しているとは言えません。
第25条 (1)すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
(2)国は、すべての生活部面について、
社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
☆第1項の主語は「すべて国民」、述語は「権利を有する」です。
言うまでもなく、生存権が国民にあるという【国民の権利】が明記されています。
(明治憲法下では、国民の権利ではなく、“国家の恩恵”として、天皇から「施しを受ける」というものでした)
☆第2項の主語は「国」、述語は「努めなければならない」です。
国民の生存権を保証するために、国がしなければならないこと、【国家の義務】が明記されています。
生存権の始まりは、1919年ドイツのワイマール憲法です。
国からの干渉を受けず、縛りをかけられなければ(自由と平等さえあれば・・)、誰でも幸せになれるという考えです(つまり『形式的平等』)。
ちなみに、アメリカは、今でもこの考えですね(公的な保険がなく、民間保険だけ。保険料が払えないで無保険の人が4000万人以上いる)。
資本主義が発達するにつれ、貧富の差という不平等が生じてきました。
社会的経済的強者に対しては、一定の規制をかけ、社会的経済的弱者に対しては、生存権を保障するために国家が保護をするのです。
これが社会福祉であり、社会保障というもので、国家は積極的な施策をとらなければいけないのです。
25条は、国家に対して「介入してくれ」「放っておかないで」という「国の作為を求める」ものです(“社会権”という)。
ちなみに、19条20条21条は“自由権”ですから、国家に対して「介入しないで」という内容です。
国家による適切な介入により、貧富の差がカバーされ、『実質的平等』へ近付いていきます。
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