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重大な憲法違反を、昭和天皇は犯していたのですね・・自ら進んで・・・。
しかもそれは、日本をアメリカに売り渡すに等しいような・・・。
第一のメッセージは、1947年9月19日。
新憲法の施行から、わずか4か月余りのときに、“象徴”であるはずの天皇は、マッカーサーに「米軍による沖縄の半永久的な軍事占領を勧める」という秘密メッセージを送っています。
★天皇は、沖縄を「献上品」として、アメリカに差し出しました(何故かは、あとで詳しく紹介します)。
第二のメッセージは、1950年6月26日。、
これは“日米安保秘密メッセージ”と言われるもので、講和問題の特別全権大使ダレスに、送られています(吉田首相、マッカーサーをも飛び越えて!!)。
日本全土をアメリカに守ってもらいたい(何から?はあとで)、そのためには日本全土の米軍基地化が必要なわけで、「基地問題に関する最近の誤った論争」を是正するためにも、「(当時行われていた)パージの緩和」などを望むという内容です。
結果的に、このメッセージと11回にも及ぶ『マッカーサー詣で』により、日米安保の基礎が作られました。
★天皇は、日本全土を「献上品」として、アメリカに差し出しました。
第三のメッセージは、1951年8月31日。
「対日講和条約に関する日本国天皇の提案」というタイトルで、当時の米ブラドレー統合参謀本部議長から国防長官に宛てた秘密電報の中で、触れられています。
当時は、日本国内で「全面講和」か「単独講和」かで論議がおきていました。
時期が遅くなっても、「非武装・中立を理想とする日本は『全面講和』を追及していく」という意見が、多数ありました。
しかし、天皇は、アメリカに全面的に与する「単独講和」の早期実現を望み、このメッセージにより、アメリカ政府を「激励」しました。
1952年4月28日は、単独講和条約が、発効した日で、沖縄では「屈辱の日」と呼ばれているそうです。
けっして!!政治的な言動をしてはならないはずの、象徴であるはずの昭和天皇は、戦後、非常に積極的に、しかも深く、日本の政治に関与しました。
残念ながら、これは重大な憲法違反と言わざるを得ません。
今ここに至って、沖縄問題、米軍基地問題は、いよいよ深刻になっていますが、その礎を築いたのが昭和天皇です。
とりあえず掻い摘んで紹介しましたが、おいおい詳しくメッセージの内容などを記事にしていきます。
参考文献 「物語 日本国憲法 第九条」(伊藤成彦著 影書房)
「天皇制を知るための近現代史入門」(東京都歴史教育者協議会 いそっぷ社)
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