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ここ数日来の舛添問題フィーバーは異常だ〜。
このマスコミあげての“熱狂”は、もはや全体主義のような気配・・・。
そもそもテレビはプロパガンダ(権力広報)の道具なのだから、今さらテレビ
批判をしても始まらないのだけれど、この熱狂ぶりを見ていると、怖くなる!
7月10日の参院選のことは、なるべく話題にしない作戦だな。
投票率が上がって困るのは、自公なのだから。
でもここまでくると、以下にあるように、だまされる人も悪い悪い、悪人だ。
http://www.magazine9.jp/article/taidan/28539/ より一部転載。
中島 当時のことを調べていくと、空襲があるまではそんなに実感がなかった
ようなところもあるんです。戦地に行っている人は違うんですけれども。
たとえば、日中戦争が始まり、まだ太平洋戦争が始まる前くらいの頃は、
女性たちが三越デパートにいって、兵士に送る慰問袋を買っていたんで
す。自分たちでチクチク手縫いしていたのかと思いきや、デパートで売
っているものを「じゃあ、これを送っておいて」とやっていた。
戦争の実感はほとんどなくて、景気がよくなるので、むしろ歓迎してい
たという印象でした。
中島 今日があって明日が来て…と生活している中で、突然何かが大きく変わ
るわけじゃないんですよね。じんわりじんわりと、気がつかないうちに
変わっていく。
太田 それって「今がまさにそうじゃん!」と思うんです。
そこまで生活に不自由していないかもしれないけれど、おそろしいこと
が政治で進行している。気づいて声をあげている人もいますけど、気が
つかないで能天気に暮らしていると、ある日、「ボンっ」と…。
中島 戦前の人たちだって、ぼんやりしていた人だけじゃなかったと思う。
だけど、そういう声は小さくなっていったり、消されたりということ
があったわけです。
太田 伊丹十三さんの父親である伊丹万作さんが、戦後に書いた「戦争責任者
の問題」という文章の中で、日本国民全員がみんなだまされたと言うけ
れど、夢中になってお互いにだましだまされたりしていたんじゃないか
と書いているんですよね。それから「だまされるということ自体がすで
に一つの悪である」として、だまされたのは悪いことなんだ、というこ
とも言っています。
『多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしてい
ると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえ
ば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へは
いればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほ
うへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつてい
る。 「戦争責任者の問題」(伊丹万作)から引用』
太田 この文章を読むと、70年前に書かれたとは思えないくらい。「だまさ
れている」というと、きつく聞こえるかもしれないけれど、「気づかない」
「気づこうとしない」ということも同じ。
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