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「国を守るために軍隊が必要だ」「軍の力で国を守る」と言うとき、「国」は何を指しますか?
国民(nation,country)ですか?国家(state、government)ですか?
もちろん国家(国家の独立、統治体制)です。
そもそも軍隊とは、国家(支配者を中心とする国のシステム)を守るためのものです。
いざ戦争となり、国民がぼろぼろズタズタにされても、国家という統治機構とその支配者が生き延びればよいという考えです。
いくつかの具体例を挙げます。
★沖縄戦で、日本軍は国民に銃を向けました。壕に隠れていた人々を蹴散らして、軍が占領しました。
★太平洋戦争末期、いよいよ戦局が怪しくなったとき、国体護持のために松代大本営が築かれました。朝鮮人など膨大な労働力を費やして掘られた巨大な地下壕(去年行きました!)は、生き証人です。
★中国残留孤児の問題は、今でも解決されていません。敗戦となるや、軍の上層部は国民を見捨ててさっさと日本に帰ってしまいました。今なお続く棄民です。
★東京大空襲のとき、空襲警報を発令するのに、「天皇御寝のため」6分(!!)遅らせました。6分発令が早ければ、助かった人も大勢いたことでしょう。
★養護学校の生徒の疎開先について、何の手だても講じてくれない役所(教育委員会)に出向いた校長先生に手渡されたものは・・・青酸カリでした。障害者や病弱な人は、国家の役に立てない“役立たず”“足手まとい”として、見殺し同然の扱いを受けました。
軍の目的は、敵に勝つことです。
軍の行動原理は、軍事的勝利を優先する「軍事的合理性」の論理に貫かれていますから、戦いのギリギリの場面で国民の生命を犠牲にすることを躊躇しません(国民を捨て石にするのは、当たり前のこと)。
繰り返しますが、軍隊は敵(人)を殺傷するための組織であり、この目的をいかに効率的に行うかが、メインテーマです。
これは、いつの時代でも、どこの国の軍隊でも、抱える矛盾点ですが、特に!!日本の軍隊は酷かったのです。(その理由として、“日本軍は皇軍だったこと”、“日本人の気質”がある。私が危惧するのは、この2点が引き続き変わらないであろうこと。)
かつての日本政府は、国権の発動としての戦争を引き起こし、国内外ともに莫大な犠牲者を生み出しました。
だから9条が生まれたのです。
あのような惨い、酷い、理不尽な体験を、人類(日本人だけでなく!!)は、もう2度としないという決意が、9条です。
国家権力に、2度と戦争する自由(戦争は国家権力の最大のもの)を与えてはいけないのです。
9条の出来たプロセスを追っていくと、【世界が日本に託した9条】が、明らかになります。
9条は、日本人のためだけのものではない、と言っても、過言ではありません。
(9条については、また後日記事にしていきます)
もし、防衛の最大目的を「国民の生命・財産」とすると、軍事力による防衛は、非現実的です。
特に日本は、狭い国土に住宅や工場、石油・ガスの備蓄庫などが密集しています。
海岸線には、53基の原子力発電所があります。
さらに日本は、原材料・食料・エネルギー資源の大半を、海外からの輸入に頼っています。
これらの現実を考えただけでも、軍事力で国を守ることは非現実的であり、幻想に近いと思います。
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