はんのき日記 PART2

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突然の家宅捜索・逮捕に始まり、厳しい取り調べ、344日間という想像を絶する長期勾留、そして裁判という信じられないような彼の体験談(現在も進行中だが)を聞いていて、愕然となりました。
「こんなことがほんとに起こるの??」「もし自分だったら、どうなってしまうだろう?」と率直に思いました。
「強要罪」でつかまえておきながら、取り調べは「過激派」のことばかり。
「被害届」が出ないのに捜査を始め、ご丁寧に「被害届」まで作ってしまった公安。
344日間という、長期勾留。(本人はもちろん家族にとっても過酷すぎる)

その晩さっそく、夫に聞いてきた話を、かいつまんで伝えましたが、
「そんなのありえないだろう」「公安って、今でもあるのか?」「過激派ってオウムとかだよな」・・・(苦笑)

こんなふうに公安警察の悪口をブログで記事にしていると、私も公安の標的にされてしまうのか?
怖い。
でも、「怖い」のは、地震・雷などの自然災害や幽霊に対して言うべきで、こんなでたらめな理不尽な‘人災’を怖がってどうする?(・・と自分に言い聞かせるが・・)
以下、この事件に関連する文章をいくつか紹介します。



『右翼も左翼も大きく変わりつつあるのに、公安だけは旧態依然として昔のままだ。
こんな例もある。
新左翼のなかでは革マル派は最大党派だ。
だから公安も必死になって「革マルの脅威」を強調する。
かつてのような激しい学生運動はない。
「でも労働組合を握り、不穏な行動をしている」と公安は印象づけている。
2002年11月に、JR東労組で組合を脱退しようとした人間を引きとめて口論になった事件があった。
別に暴力はない(あったら暴行・傷害で逮捕している)。
その人間は半年後に組合をやめ、会社もやめた。
そうしたら、公安はいきなり組合員7名を逮捕し、30カ所をガサ入れ(家宅捜索)した。
「革マル派が脅して会社をやめさせた」強要罪だという。
普通なら事件にもならないのに、7名は半年(じつは344日間)も勾留され、今も裁判中だ。
新聞は公安発表を鵜呑みにして、「革マル派幹部逮捕」と報じた。
「革マル派ではない。事件は冤罪だ」と組合側は言っている。
しかし新聞をみた人は「革マル派なら捜索されても仕方ない」「労組にはまだ過激派がいたのか」と思ってしまう。
これは恐ろしい。
その後、何度もガサ入れは行われ、帳簿や通帳、名簿が大量に押収された。
どうもこれが主目的だったようだ。
「革マル派かもしれない」という予断だけで、公安は何でもやれるのだ。
そして、「過激派は怖い」「公安は必要だ」と刷り込みをしている。』
                      〜鈴木邦男著の「公安警察の手口」(ちくま新書)より〜

(「公安警察の手口」は面白い!後日、ちがう記事でもっと詳しくこの本の内容を紹介できればと思います)


『私は同じ時期に、東京拘置所のB棟8階の独房に収容されていた、浦和電車区事件被告である青年の話を聞いた。
「おまえは革マル派だろう、認めろ」深夜にまで及ぶ取り調べが連日続き、気絶し、気がついたら飯田橋の警察病院で、手錠につながれたまま点滴を受けていたという話を聞き、腹の底から怒りが湧いてきた。
一見、浦和電車区事件というのは、公安事件のように見られたり、狭い範囲で労働組合の事件というように見られるのですけれども、その持っている意味は非常に大きいと私は思う。
常識で考えて、明らかにおかしい話。
私なりに関連資料を集め、分析した結果、本件に関してJR東労組の闘いを支持することに決めた。』
              〜佐藤優(起訴休職外務事務官・作家)『国家を斬る』・『創』12月より〜


『JR総連に対する弾圧は、02年11月、「浦和電車区事件」で始まった。
警視庁公安部が「組合の指示に従わない運転手を脅迫して、組合を脱退させ、退職に追い込んだ」として、JR東労組大宮地本の梁次邦夫副委員長ら7人を「強要」容疑で逮捕した。
『朝日新聞』は梁次氏を《JR東労組内の「マングローブ」と呼ばれる革マル派組織の幹部で、事件の中心人物》と書いた。
各紙がJR総連を「革マル派」に仕立てる報道を繰り広げた。
この「事件」を含め、JR総連に対する「捏造捜査」は、この5年間に計6件、家宅捜索は180カ所に及ぶ(JR総連調べ)。
そのたびに、メディアは「JR総連=過激派」とする公安デマをばらまいた。
JR総連は、平和・人権・民主主義を掲げ、アメリカのアフガン・イラク侵略に反対し、「戦争ができる国作り」に抗う。
大手労組の「体制化」が進む中、公安はその突出した闘いに「標的」を見出した。
浦和電車区事件で東京地裁は、昨年(07年)7月、7人に懲役1〜2年の有罪判決(執行猶予付き)を言い渡した。
「梁次首謀による退職強要」という検察主張の核心が崩れ、「退職強要」では梁次氏ら5人の関与を認定できなかったが、「組合脱退強要」で強引に7人を有罪とした。
退職の約半年後に捜査員が「被害者」をたずね、「被害届」に署名させて立件した。
そんな「事件」で、7人は344日間も勾留された。
一審判決はそれを「一定の制裁」と追認した。
警察・検察に裁判前の「制裁権」を与える裁判官!
判決の翌月、JR東日本は「有罪判決」を理由に社員の6人を懲戒解雇処分した。
二審が始まる前に「有罪確定」で解雇する経営者! 』
            〜週刊金曜日 2008.2.8(689号)「JR総連への政治弾圧」より〜


『浦和電車区事件の不当逮捕・不当勾留の資料を読むと、これは国策捜査です。国策裁判です。
もちろん弁護団の人が、法律で緻密に積み上げることと、「こういう社会を許していいのか」というような取り組みをして、この国策捜査は力関係で変えていくしかない。
格差社会になればなるほど、強権的に異議ありの人たちを封じ込めるしかない社会になってきている。
国策的にかけられてきたものには、ひとつひとつ、われわれが跳ね返す小さな努力を、積み重ねていくしかないと思う。』
                〜二木啓孝(元日刊『ゲンダイ』編集長)2005年11月での講演録より〜

彼は何をしでかして、逮捕されたのでしょうか?
じつは「強要罪」という罪名でした。
彼が同じ職場のY君に対して、「労働組合からの脱退と職場からの退職を強要した」ということなのです。
彼を含めて7人が同日逮捕されました。
つまり職場内の組合の会議(話し合い)そのものが、罪に問われてしまいました(もちろん暴力沙汰はなかった)。

Y君にとって、その話し合いは、よほど理不尽なものだった?
それで、がまんも限界で警察に訴えた?

しかし、どうやら違うようです。
おおまかに逮捕までの流れを追うと・・・・
  2000年12月〜 組合の会議などで、組合とY君との意見の不一致
  2001年2月28日、Y君、組合脱退
  2001年7月、Y君、会社退職
  2001年12月〜 公安警察の捜査が始まる
  2002年1月〜、Y君の自宅を、公安警察が訪問し始める
  2002年2月11日、Y君に、「警察が作成した被害届」を出させる
  2002年11月1日、警視庁公安二課によって、組合員7人が家宅捜索・逮捕される      


この事件は、いわゆる「JR浦和電車区事件」です(私は知りませんでしたが)。
この事件の‘進行’には、いくつも疑問点が・・・。
まず、これは埼玉県下の出来事なのに、埼玉県警ではなく、警視庁(つまり東京都の警察)の公安部が動いていること(7人は霞ヶ関の本庁に連行される)。
逮捕された7人は、JR東日本・京浜東北線運転手です。

01年にJR東日本を退職したY君は、すでに別の会社で働いていました。
そのY君の自宅を公安刑事が訪問したのが、02年1月でした。
公安刑事は数回にわたり、Y君を警視庁に呼び出し、「被害届」を出させました。
その「被害届」は、「警察が作成し、自分はサインをしただけ」(公判でのY君の証言)でした。
ある時は、Y君が仕事に出かけようと車に乗ると、公安がその車にまで乗り込んできて、いろいろたずねたそうです。
一般的に、被害者による「被害届」が警察に出されて、はじめて警察が捜査に乗りだすものですが、この事件の場合は、順序が逆です。
Y君が自ら警察に行って被害を訴えたのではなく、公安警察主導で「事件」がつくりあげられています。
こういうのを「事件のでっちあげ」というのでは??

私は、彼(逮捕された彼)のここまでの話を聞いていて、あの事件と似ている!!と思いました。
あの事件とは、立川反戦ビラ事件です。
公判で検察側証人として出廷した自衛官は、「公安警察官が、‘警察自ら作成した被害届’を持って、宿舎を訪問し、住民に捺印させた」と語っています。
ここでも公安警察主導の「事件」づくりです!
公安って、事件をねつ造するのが仕事なのかな???          
                                            つづく

僕は革マル派??

ある朝突然、警察がドドッとやってきて、家宅捜索される。
示された令状を読む手が、ガクガク・ワナワナ震えて止まらない。
ようやく家宅捜索が終わったと思ったら、な、なんと!逮捕令状まで示された。
気が動転し、口がまわらない。
「わ、私を、た、た、逮捕ですか〜!?」(TVドラマでよくこういう場面があったけど、まさか自分が?!)
頭の中で、ぐるぐる一生懸命考える。
僕は何を悪いことしたんだろう??
何だろう?何だろう?僕は飲み過ぎると何かやってしまうことがある。
きっと何かよほどまずいことしちゃったんだろう。
ガチャンと手錠をはめられた自分の両手を見つめるが、自分の手でないような妙な感覚。
手錠って結構重い〜。

警察署では、連日の取り調べ(朝9時から〜夜8時20分まで)。
なぜか、‘事件’に関係のないことばかり聞かれる・・・というか、問いつめられる。
「そうやって黙っているのは、極左集団と同じだな。おまえは過激派なんだろ。革マルだろう?」
「国民の大多数が君の謝罪を望んでいるんだぞ」
「革マルじゃないと組織のリーダーになれないんだろ?」
「おまえはまだ若い、これからだろう。過激派なんてやってていいのか」
過激派の恐ろしさや革マルのことばかりをくり返しくり返し聞かされる。
そのしつこさといったら・・・ほんとに自分は革マルか?と錯覚してしまう?
(革マルの意味さえ、知らないのに・・)
革マルについての資料まで持ってきて見せて、まるで革マル・過激派のレクチャーを受けているようだった。
取り調べの最後の捨てゼリフは、「夜道を酔っぱらって一人で歩くなよ」

そして、勾留。
344日間。


・・・・という生々しい体験談を、先日聞く機会がありました。
以上は、その体験談のほんの‘さわり’です。(言葉の言い回しなど、私の記憶なので正確でないところもある)
ところで、彼は何の罪で逮捕されたのでしょう?
取り調べで「過激派・極左集団・革マル」という言葉がたくさん飛び交っているから、きっとよほど危険で暴力的なことをしでかしたと、想像するでしょうか?
たとえば、「皇居の森に向かって火炎ビンや石を投げた」
      「新幹線の車内に爆弾を仕掛けようとした」
      「東京タワーによじ登り、‘洞爺湖サミット粉砕’という大きな垂れ幕を掲げた」
      「国会議事堂の正面で角材振り回して大暴れした」
  ・・・などなど、いろいろ考えられますが(こんなんだったら、現行犯逮捕されてるか)。

ところで「革マル」という言葉の意味は? 〜広辞林より〜
          ‘日本マルクス主義学生同盟 革命的マルクス主義派’の略称。
           反代々木系学生組織の一派。
           1954年に結成された革命的共産主義者同盟の学生組織マル学同が、
           63年に分裂してできた。機関紙は「解放」。
                (わかったような、わからないような・・・)       つづく

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/51/47/tocka_jikkoi/folder/1078840/img_1078840_55309417_0?20080524194511

【CS神奈川懇話会】反戦ビラ弾圧と平和運動の行方

話題提供:大洞俊之さん(立川自衛隊監視テント村・反戦ビラ弾圧事件元被告)
     Amnesty International「良心の囚人」 東京都立川市在住
日  程:2008年7月19日(土曜日) 
時  間:午後6時(5時30分開場)
場  所:川崎市中原市民館3F第1会議室
(JR南武線または東急東横線武蔵小杉駅より徒歩約5分)
所 在 地:川崎市中原区小杉町3−262−1
     (電話044−722−7171)
参 加 費:500円(懇親会費は別)
主  催:政治の変革をめざす市民連帯・神奈川
連 絡 先:070−6641−7850(佐藤)
【会 場】http://www.city.kawasaki.jp/88/88nakasi/home/index.htm
【C S】http://www.siminrentai.com/index.html
【救援会サイト】http://www011.upp.so-net.ne.jp/tachikawatent/index.htm
【BORAさんブログ】http://hansenbira.blog.so-net.ne.jp/
【さっちゃん♪】http://www.geocities.jp/sacchan_mangostin/infomation/dannatu.html

4月11日(金)、最高裁は反戦ビラ弾圧事件に対し不当判決を下しました。そこで、昨今の政治・言論弾圧と日本における反戦・平和運動の行方について、大洞俊之さんに語っていただきます。是非、ご参加ください。

ブロガー諸氏による転載協力と参加を求む☆

転載元転載元: ロシア・CIS・チェチェン

今朝はめずらしく、フジテレビ「報道2001」を見始めたのですが、チベット人権問題に対する高村外相のあいまいコメントに、ガックリ来ました〜。
隣に座っている中国人の大学教授の方をチラチラ見ながら、気兼ねしつつ、宙ぶらりんなコメントに終始していました。
もっと日本の姿勢をきっぱり!はっきり!言えばいいのに・・・と。
日本の外交って、一事が万事こんな感じなのかと改めてわかってしまいました。

でも、でも、正直言って、私はチベット問題についてよく知りません。
・・・というか、今まで関心なかったのです。
なので、ここで私が偉そうにコメントするのもなんなので・・・いつも鋭い視点でブログを発信している天木直人氏の記事を転載(一部)させていただきます。
とくに「突如として起きたチベット騒動が、米国と中国を主役とする国際政治そのもの」には考えさせられます。


             〜以下、天木直人氏のブログから〜

      【2008年04月26日 米国に翻弄される国際政治(その4)−チベット騒ぎに振りまわされる日本】    

人権問題にしても、チベットと言う国にしても、およそ無関心だった日本が、なぜ急にチベットの人権問題で大騒ぎをしているのか。いったい誰がチベット問題で騒ぎを大きくしているのか。

それを冷静に考えると、この問題の真相が見えてくる。
・・・・・
少数民族の人権などにおよそ関心のない反中国右翼が、ここまでチベット自由と叫ぶ。そして右翼とは水と油の人権問題至上主義の左翼が、このチベット問題に関しては、同床異夢で、チベット解放を叫ぶ。
おかしいと思わなくてはいけない。
メディアは、他社に遅れてはならじと、競ってニュースに飛びついて大騒ぎをする。一般の国民は訳がわからないままに、そんなメディアに翻弄される。
しかし、そんな空騒ぎも、長野の聖火リレーが大過なく終わったとたんに、終わるであろう。メディアも取り上げることなく、国民の忘れてしまうだろう。

    所詮日本人にとって、チベット問題の歴史的意味などわからない。関心もない。
・・・・・

先日上海から来た中国人の知人とチベット問題について話す機会があった。その彼が言っていた事はこうだ。
  ・・・中国人の多くは、この動きの背後に米国がいると思っている。
  米国は中国を警戒している。
  当面は中国の経済発展を願い、中国の経済力を利用しようとしている。
  しかし心の底では決して米国は中国を認めない。
  むしろ中国を潜在的な脅威とみなしているいる。
  だから米国の対中政策は常に二面性となる。
  経済的には重視するが政治的には不安定化工作を忘れない。
  中国はこのような米国の本性を知っている。
  だから中国も、表面的には米国と協力して自らの経済発展を目指すが、決して米国を信用しない。
  米国への警戒は怠らない。
  中国はまた、米国が、日本と中国の間を離反させようと考えている事も知っている。
  そもそも米国は日本と中国の関係が良好になる事を好まないのだ。
     日本もそんな米国ともう少しうまくつき合ったほうがいい・・・

この中国人の友人の言葉が正しいかどうかは私は知らない。
しかし少なくとも、突如として起きたチベット騒動が、米国と中国を主役とする国際政治そのものである事だけは確かである。
日本も、中国に見習って、これからの対米関係を、友好心と警戒心の二面性を持って、したたかに進めていかなければならない。

                       〜以上、転載〜  


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