はんのき日記 PART2

多く読み、多く見聞きし、自分で考え、少し発信します・・

愛国心って何?

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ちょっと(かなり?)前の話題ですが、もう一つの方も載せたかったので…。

kiss me, girl, and your old one
a tip you need, it is years till you're near this
sound of the dead "will she know
she wants all to not really take
cold caves know moon is with whom mad and dead"

訳:
僕にキスしたら君のその古臭いジョークにも(サヨナラの)キスをしておやりよ
君に必要な忠告をあげよう 死者たちのこの声が君に届くまで何年もかかったんだよ
「国家ってのは本当に奪ってはならないものを欲しがるけど
そのことに気がつく日が来るんだろうか? 冷たい洞窟だって知ってるんだ
(戦争で傷つき)気が狂ったり死んでしまった人たちをお月さまはいつも見てるってことを」


註:古臭いジョーク (old one)

ちなみに以前紹介した方(「KISS ME」)は、こんな歌詞でした。

Kiss me, girl, your old one.
Till you’re near, it is years till you’re near.
Sounds of the dead will she know ?
She wants all told, now retained,for, 
cold caves know the moon’s seeing the mad and dead.


【訳】

私にキスしておくれ、少女よ、このおばあちゃんに。
おまえがそばに来てくれるまで、何年もかかったよ、そばに来てくれるまで。
死者たちの声を知ってくれるのかい。
すべてが語られ、今、心にとどめておくことを望んでくれるんだね。
だって、そうだよね。冷たい洞窟(どうくつ)は知っているんだからね。
お月さまは、気がふれて死んでいった者たちのことをずっと見てるってことを。


もう1つの方と1行目がほぼ同じ。("and"がはいるところだけ違う)
最後は「お月様は見ているんだ(知っているんだ)」っていうのが
文脈的にも発音的にも合ってるんでしょうね。

転載元転載元: 愛と勇気vv

“日本一の愛国者”鈴木邦男氏の数々の提言を紹介しま〜す!
『愛国者は信用できるか』(鈴木邦男著 講談社現代新書)からの引用です。


●明治維新前には「藩」がすべてで、そこが「くに」だった。
だから「愛国」という言葉はない。
「愛」という言葉は、キリスト教から入ってきたのだ。
ともかく、「愛国」「愛国心」「愛国者」は明治以降に翻訳され、つくられた言葉だ。

●(三島由紀夫の言葉を引用して)
〈日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であって、「愛」ではない。
もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限定無条件でなければならない。
従って、「人類愛」といふのなら多少筋が通るが、「愛国心」といふのは筋が通らない。
なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである〉

●「愛」は無限定無条件なはずなのに、「愛国心」は自分の国しか愛さない。
それどころか、他国とは敵対する、戦争もする。
自国の中でも、ちょっと考えが違うと、「非国民!」「売国奴!」「反日分子!」と言って糾弾し、切り捨てる。
どこにも「愛」はない。

●「愛」という普遍的な装いをしながら、実は、対立・憎悪を煽る時に一番よく使われる。
今だって、「中国、韓国になめられるな!」「北朝鮮をやっつけろ!」と叫ぶ人々が多いし、・・・

●アメリカのように世界中から人々が集まって人工的につくった国ならば、常に国家を意識し、国旗・国歌を中心にまとまる必要があるのだろう。
愛国心も必要だ。
しかし、日本の場合は、二千年以上も国家を意識しないできた。
明治維新以降、「西洋に追いつき追い越せ」で、急遽、近代国家をつくったのだ。
憲法をつくり、国旗・国歌をつくり、愛国心を教えた。

●日本への愛なんていらない。
ひたすら恋していればいい。
(三島は)そう言うのだ。
愛は表に出るし、強制する。
見返りを求める。
ところが恋は一方的だ。
秘めた心情だ。
一生口に出さない恋もある。
胸の奥深くしまっておく恋心だ。
日本人も、そうした恋心を日本に持てばいい。

●「愛国」と「憂国」の違いが分かった。
・・・・三島由紀夫は愛国は嫌いだったのだ。
三島の好きなのは憂国だったし、・・・・自決するのは皆、憂国の故だ。
愛国で自決する人はいない。
愛国は、戦争のように強制された死になる。
・・・愛国は保守的であり、憂国は革新的である。

●・・・憂国は暴発的な決起に結びつき、危険な連鎖のように見える。
愛国は現状維持的で平和のように映る。
しかし、一概にそうは言えない。
憂国は、時に暴力的になり、暴発し、連鎖する。
しかし、あくまでも個々人の自発的な意志に任されている。・・・
その点、愛国は一見平和的だが、暴発すれば国民全体を巻き込む。・・・
憂国は部分的で短期的だが、愛国は全体的で長期的だ。
「憂国の士」はそれほどいない。
しかし、「愛国」は全員が強制される。
「愛国心を持つのは当然だ」「国民の常識だ」と言われる。
戦争の時は特に顕著だ。
その全体の流れに対し消極的な人間は、「非国民!」「売国奴!」と言って袋叩きにされる。
つまり、愛国心は、そうでない人間を排除し、罵倒するために使われることが多い。
これは危険なことだ。
「憂国」よりも「愛国」の方が何百倍も凶暴だし、残忍だ。


(私のアンテナにビビッ!!ときた、気になる提言は、まだまだたくさんあります!最後にもう一つ紹介)

●愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。
口に出して言ったら嘘になる。
また他人を批判する道具になるし、凶器になりやすい。
だから、胸の中に秘めておくか、どうしても言う必要がある時は、小声でそっと言ったらいい。

   これは断言できる。
   僕は日本一の愛国者だ。
   いや、世界一の愛国者だ。
   なんせ、愛国運動を四十年間もやってきた。
   国歌「君が代」は五千回以上も歌った。
   国旗「日の丸」も同じくらい揚げた。
   部屋の壁にも「日の丸」を貼っていたし、街宣はいつも「日の丸」の下でやってきた。
   靖国神社には五百回も参拝した。
   「教育勅語」も暗誦した。
   これ以上の愛国者はいないだろう。
   「愛国者コンテスト」があったら軽く優勝できる。

・・・・という書き出しで始まる『愛国者は信用できるか』(鈴木邦男著 講談社現代新書)は、面白い!!

なんてったって、日本一、いえいえ世界一の愛国者の貴重な提言の数々なのですから、その言葉はずっしり重いんです。
「日の丸」「君が代」をビシッと決めたがる東京都教育委員会の先生方の愛国者度と、彼の愛国者度とを比べてみたりして・・・(勝ち負けは言うまでもない)。
教育委員会の先生方、悔しかったら、もっともっと「君が代」を歌ってね!
朝昼晩はもちろん、夜寝る前にも歌わないと間に合わないでしょ(口パクダメよ)。
「日の丸」は、部屋の壁だけじゃなく、風呂場やトイレにも貼って、見かけるたんびにペコペコしないとね。

これぐらい自ら実践してこそ、他人にも強制できるわけで・・・。


・・・以上は、あくまでも前置きでした、この本の内容については・・・次回にします(苦笑)。


  追記(2008.4.7)  続・日本一の愛国者による提言〜『愛国者は信用できるか』〜
               http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/40232371.html

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「君が代」斉唱の声量調査

二年前福岡県久留米市で、学校ごとの「君が代」斉唱、声量調査を同市教育委員がやっていた。
同市教育委員会は、2004年4月同市の小中学校40校の校長にに対して、卒業・入学式で子供たちの歌った「君が代」の声量を「大」「中」「小」と評価し、報告を求めた。
同年5月に同市議会に提出された資料によると、卒業式で「大」18校、「中」16校、「小」6校、入学式で
「大」16校、「中」19校、「小」5校であった。
校長らは「口をあけていたから『中』に」、「大きいことも、小さいこともないから『中』に」と、市教委に回答したと述べています。市教育委員会は「小」の学校長に対して「口頭注意」をしたとという。この「声量調査」は、市民団体の抗議で同年に中止になった。【しんぶん「赤旗」(13日付)から要旨抜粋】
「声が小さい!」と旧陸軍を思い出す
「国を愛する心情を育てるようにする」という新学習指導要領が教育現場にいけば、「愛国心」のABC通知表評価につづき、「君が代」斉唱の「声量評価」という、とんでもない指導がやられた。しかも子供たちの「君が代」を歌う声が小さいと校長が「口頭注意」をうける。「声が小さい!」と竹刀で殴打された戦前の旧日本陸軍を思い出す。久留米では中止になったが、東京都は「君が代」を歌わない、国旗掲揚に起立しない教職員を処罰している。
「政治家の教育介入」と海外の新聞も注目
ニューヨークタイムズ紙は11日の国際面の半ページーをさいて、日本の教育基本法改悪の動きを特集「日本の保守派が戦前の『美徳』を学校に」、「愛国心、伝統、道徳を強調し、学校管理に政治家が大きな影響力」を行使できるようにするものと指摘し、「平和憲法改定作業の前兆」だと紹介。また、教育基本法が改悪されれば「全国規模で政治家が地方の教育に影響を及ぼしてくる」としています。
「内心の自由侵さない」は首相の「空蝉」
今回の教育基本法改悪で小泉首相は、「内心の自由を侵すものでない」といっているが、「自由を侵さない」とは具体的なものである、「国民主権を否定した『君が代』」「国威発揚の道具としてもちいられた『愛国心』」などに国民、教員が反対するのは、どれも「反戦・平和」を願う自由な心情(内心)の発露である」、こうした「内心の自由ほ犯す」ことが、教育の現場では行われているのである。
この問題に具体的対処してこそ「内心の自由を侵さない」といえるのであろう。
首相の言う「内心の自由を侵すものでない」ということが、退陣前のなんの裏打ちもない「空蝉」に聞こえる。

転載元転載元: 快刀乱麻

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「愛する」の反対は?

「愛する」の反対は何でしょう?
「嫌う」?「憎む」??・・・

歌手のさだまさしさんが、以前「“愛する”の反対は、“無関心”です」と言っていたのを思い出しました。
「愛すればこそ、相手のことが気にかかり、心配もし、時には憎んでしまうこともある」
私も同感です。
「憎しみ」も「愛」の中に含まれるのです!!

「愛する」の反対は「無関心」です。
これは、子育てにも通じるものがあります。
非行に走ってしまった子の心理を辿っていくと、「自分のことを親身になって、気にかけてくれる大人がいなかった、さみしかった」というのが多いそうです。
そして、さだまさしさんは、自衛隊イラク派遣に対する無関心に、異議を唱えていました。
自分の住む“この国”を愛すればこそ、この国のことが気になってしかたない。
この国の行く末に、無関心ではいられない・・・。

でもでも!!「この国」に無関心な人はけっこういるかな?
在日米軍再編に無関心、故郷の自然破壊に無関心、国会審議に無関心・・・国を愛さない人達??(まさか、非国民か?!)

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