はんのき日記 PART2

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近代天皇制の罪

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先日のテレビで、まさこさんが古式装束姿でしずしずと宮中祭祀に臨む様子が放映されていた。
まさこさんがこういう儀式に参加するのは、2002年以来のことだという。
まさこさん、本当に皇后になっちゃったのね・・・。
そういえば思い出した、以前に読んだ「プリンセス・マサコ」。
この本は、なかなか日本語版(翻訳版)が出版されず、ちょっとゴタゴタしたいわく付きの本。
まさこさんの皇后着任祝い(?)として、この本の紹介をしようと思う。
以下は、出版を巡るゴタゴタも含めて、古い拙記事の再掲。

【完訳】「プリンセス・マサコ」 〜菊の王座の囚われ人〜
          (ベン・ヒルズ著 藤田真利子訳 第三書館) 

時はさかのぼり、2007年5月のこと。
英語に堪能な知人が、「プリンセス・マサコ」を入手したので、
さっそく見せてもらった(読ませてもらったのではない!)。
著者は、オーストラリア人ジャーナリストのベン・ヒルズ氏。
「ヒルズ氏の本をめぐる騒動は、著者にひとつの良い結果をもたらした。
現在この本は、アマゾンの日本版サイトAmazon.co.jpで、一番よく売れている洋書なのだ」
(2月19日の ロイター通信)・・とあるように、彼女もアマゾンで購入したのだ。
立派な装丁で、手にしたら、けっこうずっしりと重い。
表紙は、ピンク色の大輪の菊の花がド〜ンと前面に来ていて、その後ろに、
まさこさんがいるが、独特な異様な雰囲気を醸し出している
(細かいことだが、紙の表紙を取り外したら、赤とピンク色のハードカバー
となっていた)。副題は、‘Prisoner of the Chrysanthemum Throne’
意味は、直訳すると「菊の花の王家の囚人」つまり、「皇室の囚われ人」ということか。
ページをパラパラめくってみたけれど、やっぱり読めな〜い!!
こういうときこそ、英語ができない自分を情けなく思う。
なので、途中に組み込まれている写真のページに見入った。
ハーバード大学の頃の彼女の元気溌剌としたコロコロした丸顔には、一瞬のかげりもない。
知人は、まだ読み始めたばかりなので、詳しい内容は、あとで教えてもらうことに。
著者のヒルズ氏は、まさこさんの同級生などに徹底的に取材を重ねたそうだ。
名前を出して、証言している部分もあるという。

・・・それにしても、である。
日本語訳を出版する予定だった講談社は、外務省や宮内庁の「事実と違う内容が
書かれている」とかなんとかの批判を受けて、出版を断念した。
日本はこうして世界の人達から笑い者にされる。【知らぬは日本人ばかりなり】・・って。
日本は典型的な後進国だ、表現の自由・言論の自由のない・・・
(あ〜恥ずかしい!情けない!)。
「臭いものには蓋をしろ。」「都合の悪いことは、下々の者に知らせるな。」
でも、「読んではいけない」と禁止されると、よけいに読みたくなるのが人情で・・。
6か国語が堪能なまさこさんは、すでにアマゾンで取り寄せて、
一気に読破してしまっているかもしれない(まさか、それも禁止?)。
この本を読めば、まさこさん、今よりも、元気になれるのではないかな。

そして、2007年9月。
待ってました!!「プリンセス・マサコ」日本語版!
ようやく待ちに待った本が出版されました〜。
昨日さっそく購入してしまいました。
 【完訳】「プリンセス・マサコ」〜菊の王座の囚われ人〜
      ベン・ヒルズ著  藤田真利子訳  第三書館 (定価1800円+税)
そしてもう一冊、となりに並んでいたので、ついでに思わず買ってしまった本・・・
   「『プリンセス・マサコ』の真実」〜“検閲”された雅子妃情報の謎〜
             野田峯雄著   第三書館 (定価950円+税)

「同書は、皇室にべったりとくっつく、もしくは逆に皇室批判へ傾斜していく、
そのようなたぐいのものではない。また、いたずらに皇室との距離の近さを
かかげて誇ったり、ましてや奇をてらったものでもない。・・・・・著者の
ヒルズ氏は、たとえば日本のメディアが目をつむってしまったけれど外国の
メディアが報道してきた、浩宮や雅子妃にまつわるいろんな出来事などを
きわめて丁寧に拾い、それらを、取材を通じて検証し、広げ、かつ深め、
つまり虚構から事実を選りわけて“本当の物語”を紡ごうとしている。
彼は『プリンセス・マサコ』の取材と執筆に15ヵ月間をかけ、この旅程は
日本のみならずオーストラリアやイギリス、アメリカなど5万キロメートル
におよんだという。・・・・・この英語版の06年11月出版からほどなく
講談社から日本語翻訳版が出ることになった。同社は翌07年の3月12日の
発刊を予定。翻訳をベテラン翻訳家の藤田真利子氏に依頼し、同時にヒルズ記述
における事実誤認などを徹底的に洗って原稿校正を何度も重ね、とにかく慎重を
期して印刷・製本の直前にまで進んできた。・・・・07年2月上旬に編集作業
のほぼすべてを終えたという。しかし事態は暗転する。・・・・2月16日、
講談社が出版中止の決定を発表し、せっかく息せききるようにしてつくりあげた
自身の日本語版をあっさりと暗闇に投げ込んでしまったのだ。」 
        (「『プリンセス・マサコ』の真実」まえがきより) 
お気づきのように、今回出版したのは講談社ではなく、第三書館です。
なぜこういうことになったのか、「真実」には、そのいきさつが詳細に語られて
います。講談社の翻訳版では、英語の原文を180ヵ所も削り取られてしまい
ましたが、今回のは【完訳】です!2冊ともまだ読み始めたばかりですので、
しっかり読み終わった後、感想などを記事にしていきたいと思います。
    ・・・・・・・・

一気に読んでしまいました「プリンセス・マサコ」。
う〜ん、まず一言感想としては、こういう本が‘日本では’出版しにくい
のは、由々しき問題だということ!!(怒)
当初は、大手の出版社といえる講談社から翻訳版として出版できるはずでした。
それが180カ所にも及ぶ削除と無断書き換えを余儀なくされた上に、
結局は、出版停止に追い込まれたのです!(重大な問題)
著者のベン・ヒルズ氏(オーストラリア人)の物言いは、
たしかに遠慮なくあけすけでズバズバッときます。
けっして上品とは言えない言葉もポンポン飛び出します。
皇室に絶対的な高貴さと上品さを求めたがる人々にとっては、眉をひそめる
表現が少なからず見受けられます。でも、著者ヒルズ氏のまさこさんへの
眼差しは、けっして悪質ではない・・・どころか、人間的なあたたかさに
裏打ちされていると思います。
「自分を生きる」ことが許されず、心身共に打ちのめされているまさこさん
に対して、同じ人間として同じ目線で見つめています。
それにひきかえ、黒衣の男たち(宮内庁の役人)の非情さ・冷酷さ・傲慢さに、
今さらながら「なんとかならないのか」という気持ちになりますが、
象徴天皇制という“究極の無責任制度”を許す私たち一人ひとりの責任でも
あるということを、忘れてはならないのだと思います。
ず〜っと読んできて、最終章の10章「めでたしめでたしでは終わらない」
のほんとに最後のくだりを読んでいて、不覚にも私は涙が出そうになりました。

P.345〜 「自殺、という考えてはならないことを除けば、可能性は
3つにまとめられる。離婚する、皇室から逃げ出す、宮内庁を改革する。
最初の選択肢はありそうもない。雅子妃と皇太子はまだ愛し合っているよう
に見える。お互いに愛し合っているし、小さな愛子を愛してもいる。皇太子
が皇位をあきらめるという2番目の選択肢もやはりありそうにない。従順な
皇太子はこれまでずっとそのために育てられてきたのだ。宮内庁から小さな
譲歩以上のものを勝ち取るということについては、過去13年の経験から、
いちばん可能性の低い筋書きだということは明らかだ。・・・・14回目の
結婚記念日が近づくが、雅子妃の行き先は見えない。時代遅れの皇室制度の
ために、そして父親の一族の名誉のために、わが身を犠牲にし続ける雅子妃に、
ほかにとる道はない。数年後に皇后になった時には、それがさらに苦しい茨
の冠であることがわかるだろう。新しい権力が手に入るどころか、生き方へ
の制限は倍加するだろう。・・・・雅子妃は、夫の中世の牛車の図面への
新しい熱意を共有するのが、あるいは、美智子皇后の蚕のコレクションを
さらに繁殖させるためにハーバードで受けた教育を利用するのが、自分の
人生の使命だということを発見するのかもしれない。娘の愛子が成長し、
宮内庁の養育係によって型にはめられ、従順な操り人形となるのを見守るだ
ろう。友人や家族は一人、また一人と離れていくだろう。義務と名誉という
どこも悪くはない概念に屈して、国のために人生をあきらめたあの梅雨の日を、
彼女は後悔して生きていくだろう。」

今のままの天皇制が続くかぎり、彼女が心からさわやかに笑える日は来そう
にありません。天皇制を利用したい人達や無邪気に天皇制にすがる人々に
とって、そんなことはどうでもよいことなのでしょうが・・・。
それにしても、そもそもの始まりは、彼女が皇太子に見初められてしまったこと。
逃れても逃れても逃れようがなかった末に、皇太子との結婚へと向かったまさこさん。
せめて「皇室外交」(これはありえないのだが)が出来るかと思ったけれど、
皇室(宮内庁)はそんな甘いところではなかった
(キャリアなど生かせるはずもない)。
人工授精の第一人者の力を借りて、ようやく授かった第一子は女の子だった・・・。
「お世継ぎを・・」という重圧に苦しめられ、鬱病に・・・(適応障害ではない)。
講談社から出版されていたら、人工授精とか鬱病とか秋篠宮がプレイボーイ
で手が早いとか、ざっくばらんなことはすべて削除されていたわけで、
なので、結果的には第三書館から【完訳】という形で出版に至ったことは、
せめてもの救い(事実を知ることが最初の一歩だから)です。

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先日、NHKが「天皇の祖先である天照大御神」と報じていました。
いくらなんでもそれはないでしょう〜!
以下もひきつづき、2006年2月の記事からの転載です。

    ☆      ☆      ☆

「2600年にわたる天皇制の伝統」とは、どんなものなのでしょうか。
先日の2月11日は、「建国記念の日」でしたが、昔は紀元節といわれ、
1872年(明治5年)に制定されました。
2月11日は、1872年から2531年前の元旦、つまり、
B.C660年に!(弥生時代!)初代の神武天皇が即位した日とされています・・。
いうまでもなく、これはあいまいなものです。、
また、太陰暦から太陽暦に換算するのは難しく、はじめ1月29日と
していたのを、1872年の10月、太政官布告で2月11日としました。

とにかく明治になって、近代日本にふさわしいようにと大あわてで
創られたのが、「万世一系」の天皇制です。伊藤博文らが、日本人の精神を
束ねるために、近代国家として演出したいがために、創りあげたのが、
「男系男子による万世一系」の『近代天皇制』なのです。
明治以前、つまり江戸時代までの天皇制こそ、『本来の伝統による天皇制』
(京都の御所で密やかに暮らす一つの王家・・・だから、その王家の
暮らしぶりや儀式がどんなに男尊女卑であろうと知ったこっちゃあない)でした。
江戸時代まで日本列島に住む人々の多くは、天皇など知りませんでした。
人々にとって、藩主こそ自分たちのお殿様でしたから。
伊藤博文らは、宮中の奥に引っ込んでいた天皇に目をつけ、
近代日本国家演出のために、天皇に神権的な権威性を与えました。

“天皇に神権的な権威性を与えたこと”
・・・これが「江戸時代までの天皇制」との決定的な違いであり、
『近代天皇制』の最大の問題点です!
国民一人一人が、徹底的に天皇の存在を意識させられ、個人の生き方まで
天皇によって支配されたのです。
明治、大正、昭和と、それこそ命に関わるほど徹底的に!「【現人神】としての天皇」
が日本人に刷り込まれました。天皇自ら「人間宣言」をしたにも関わらず、
お正月の一般参賀で、皇居前で「天皇陛ばんざーい」と叫ぶ人たちを見ていると、
今なおその名残が続いているように思います。
さて【現人神】としての天皇の根拠は、皆さんご存知のように「古事記」と
「日本書紀」とされているわけですが、、この、血を血で洗うすさまじい内容に
ついては、後日紹介するとして・・・。
「神話」を、私は否定するつもりはありません。
文学としての価値、民族の文化遺産としての価値は、貴重だと思います。
しかし、神話を根拠とする『近代天皇制』は、あまりにも非科学的で、
はっきり言って笑っちゃいます!!
生きている人間を【現人神】として崇拝する非合理さは、笑止千万です。

まさこさん、“現代の神話”である「万世一系」の「伝統」に押しつぶされないでー!
「万世一系」という『近代天皇制』の根拠を、「古事記」「日本書紀」の記述に
沿ってきちんと調べれば調べるほど、その根拠は、おぼろげなものになります。
たとえば初代の神武の生い立ちは、いうまでもなく、伝説(神話)そのものです。
2代から少なくても9代の開化までは、「欠史8代」といわれるように、
まったく記紀に記述がありません。
それに、もし本当に9代の天皇がいたとすると、天皇の支配は、
なんと弥生時代(B.C660年!!)にまで、さかのぼってしまいます。
当然ですが、その痕跡を残す遺跡や遺物は、まったく見つかっていません。
それどころか、神武天皇陵は、明治期に突貫工事で小丘をつなぎ合わせて
土盛りしたものだし、3代、4代、5代の天皇陵は、自然丘陵ということが
明らかです。また、9代の開化天皇陵は、古墳時代中期に造られていて、
考古学的に時代が合いません。さらに、10代以降も架空とされる天皇が多い
・・・考古学者の大多数の意見です。
ようやく古代史学者の間で、見解の一致を見るのは、19代以降です。
さらにさらに、その後の「万世一系」をたどっていくと、26代の継体天皇は、
なっなんと!!15代応神の5世孫です。5世孫??なにそれ?ピンときま
せんが・・・つまり《11代前の応神の5代目の孫》ということ。
当時の大王(おおきみと読む=天皇という言い方も明治になってからです)は、
たくさんの側室をもうけていました。景行天皇の場合には、80人の子どもが
側室との間にいたと、記紀に記されています。仮に、大王に10〜20人ぐらい
の子どもがいたとして・・・4代目には1000人を超すでしょう。
5代目には???・・・10000人を超えそう・・・・アリャー!はっきり言って、
もう継体さんは、他人でしょう。ここで王朝が代わったとみるべきでしょう。
いや、わずかでも天皇の血を引いているのであれば、O・Kというのであるなら、
つまり誰がなってもよいわけで・・・。まして、このころ(5世紀後半)は、
波乱の時代でした。はたして11代前の天皇の5代目の孫を捜し出せるものでしょうか?
うーん、疑問はつきません。まさこさんは、これらのことについてどう考えるかなあー。

   参考文献  「『日本』とは何か」 網野善彦著 講談社
         「まんが 日本人と天皇」 雁屋 哲作 いそっぷ社
         「女性天皇論」 中野正志著 朝日新聞社
         「GYROS ♯4 天皇制と日本人」 勉誠出版

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昨日から今日にかけてのテレビの異様な改元報道に、気が滅いります。
前記事につづき、以下も、2006年2月の記事からです。

     ☆     ☆     ☆

きこさんが、第三子を妊娠されたとのこと、おめでとうございます。
小泉首相は、このタイミングで皇室典範改正を断念したようですが、
うーん残念・・・。
女系天皇を認めるか認めないか、と言う大きな分かれ道でしたが、
とりあえず今のままと言うことでしょう。
象徴天皇制は、再確認しますが、一夫一婦制で「理想の家庭」と
いうことが大前提にあります。
「男系男子による万世一系」にこだわるのであれば、
たとえ理想の家庭像は崩壊しても、一夫一婦多妾制と華族制度の復活が
必要となるのです。
この“大いなる矛盾”をとりあえず先延ばししようということでしょう。

さて、あまりマスコミでは取り上げていない宮中祭祀の問題。
宮中祭祀とは、主に皇居内の宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)
で行われる天皇家の祭りのことです。
天皇が出席するものだけでも、年に25回以上あるそうです
・・私たち下々の者には知らされていませんが。
このうち天皇が自ら行う祭祀は、13個です。
新嘗祭、神嘗祭をはじめとして、元始祭、紀元節祭、神武天皇祭、
春秋二季の神殿祭、皇霊祭・・などなど(皇霊祭などは一般で言うところの
法事みたいなものか?)。
特に11月23日の新嘗祭は、最も重要で、女性は出席できません。
(大嘗祭は、天皇の代替わりの時に行われる即位してはじめての新嘗祭)
秋に収穫した穀物を皇祖神に供えて、一緒に食べるというこの祭祀では、
穀霊が女性とされています。
生産する力、生殖する力をそなえた女性の霊格とされるそうで、
だから、その祭祀を執り行う天皇は、男性でなくてはならないというわけです。
また、女性は汚らわしく、祭祀を執り行えないという価値観が宮中では
今なおあります。女性は、生理中(8日間)は宮中三殿に上がることはできません。
皇后は生理になると、どんな祭祀でも出席しないそうです。
こう見てくると、やはり女系は無理そうですね。

でも、もう一歩論を進めると、これら数々の祭祀のほとんどは、
明治になってから創られたという事実を私たちは、きちんと知るべきです。
天皇が自ら執り行う祭祀13個のうち、新嘗祭と神嘗祭以外の11個は、
明治期に新しく創られた!!(発明された)のです。
だから、女系・女性天皇に合わせて、また新しく“古式ゆかしい伝統”
を創ればいいのではないでしょうか。

皇室典範論議を先送りせず、女系をこの際、認めちゃいましょう。
そのほうが、まさこさんも踏ん切りがつくと思います。 

女性皇族は、生理中は宮中祭祀に出席できない・・・これは、
女性を不浄のものと見なす価値観です。
宮中内では、今なおこういう価値観が、はびこっているようです。
天皇家では、女性が生理の場合、「汚らわしい」と、
お風呂は最後にされてしまうのかな?
我が家では、全く気にしないというか、生理なんだから、
なるべくきれいなお風呂がいいという考えです!
だから「一番風呂」にどんどん入ります!
「汚らわしい」なんて言わせません!!

さて、現天皇は1989年の即位の時に、「朝見の儀」において、
日本国憲法の遵守を誓いました。
この発言に、戦前のような天皇制の復活を望む人々は、がっかりしたそうです。
日本国憲法の遵守・・・つまり「国民主権の下での象徴天皇制」
を遵守するということです。
現天皇は、国民の意のままに従いますと、言っているのです。
皇室に対して、“理想の家庭像”を望む国民の声が、
圧倒的に多いわけですから、当然“理想の家庭像”優先で行くべきです。
「男系・男子・万世一系」優先は、“理想の家庭像”を崩壊させます。

まさこさんは、この「両立が超困難なこと」を求められ続けててきたわけで、
体調を崩してしまったのは、当然といえば当然です。
まさこさんは、もともとは健全でまっとうな価値観を持っていたと言うことでしょう。
天皇家に嫁ぐにあたっての読みは、残念ながら甘かったとしか言いようがありません。

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今日は、2019年4月30日。
明日は、 2019年5月1日。
ただそれだけなんですけど。

以下は、2006年2月3日の“思想犯的な”記事。

2年以上の長きにわたって、体調を崩しているまさこさん。
皇太子妃がこんなにも長い間公務に就けないというのは、
「万世一系」始まって以来の重大事かもしれません。
週刊誌のタイトルには、「離婚」の文字が躍るようになってきました。
妃の唯一にして最大の公務が、「お世継ぎ」を産むことであり、
「万世一系」そのものが皇室の存在意義であるならば、
まさこさんにのしかかる重圧は、想像を絶します・・・・。
国会に皇室典範改正の法案が提出されるようで、これに関わって、
政治家(ほとんど男性)たちが、勝手なことをしゃべっています。
現代の皇室に求められているのは、理想の家庭像です。
もちろん一夫一婦制です。
それが象徴天皇制ということです。
それなのに、皇位の継承については、「男系・男子・万世一系」となって
いるわけです。これは矛盾しています。
両立が無理なことは、はじめからわかっていました。
美智子皇后が、乳母制度を廃止して、母乳で育て、
はじめて親子同居に踏み切ったのですが、一夫一婦制になれば当然のことでしょう。
それ以前は、側室の子が多かったのですから、親子同居はギクシャクしてうまく
いかなかったのではないでしょうか?
そこで、まさこさんの幸せさがしのために、
私がタブーをものともせず、提案しましょう。
世界のどこか超秘境に(そんなとこあるわけないか)、
皇太子さん・まさこさん・娘さんの3人でにげちゃうのです
(皇籍離脱は認められていないので覚悟の逃避行になる?)。
もしくは、まさこさんが皇室から離れることです。
つまり離婚です。
娘さんを連れてということは、まず不可能でしょう。
本当につらいでしょうが、これが決断できるかどうかです。
もし私だったら、子供の年齢にもよりますが、正直わかりません。
今が一番かわいい年齢ですから、ほんとにむずかしい・・・・。
でも私は、皇室に嫁ぐ以前の颯爽としたまさこさんに戻ってほしいなーと、
思ってしまいます。
いまさら私が言うまでもなく、彼女のキャリアはすごかったのです。
「ああ、もったいない」の一言です。そして「皇室ってねー、ホントに
大変なところだったのよー。しきたり、伝統、わけのわからない儀式とか、
想像を絶する世界だったわー。」だなんて・・・。
でもまさか、イギリスのダイアナさんのように、
謎の死を遂げさせられる??なんてことはないですよね。

さて大切なことを確認しましょう。
「お世継ぎ問題」は、起きるべくして起きたということです。
「男系の男子継承が、万世一系の日本の伝統」といいますが、
一婦一夫多妾制がこの伝統を支えてきました。
「歴代の天皇は、皇后のほか、妃、夫人、女御、更衣ら多くの側室を持つ。江戸末期からの天皇の配偶者を見ると、光格天皇は8人、仁孝天皇は7人、孝明天皇は4人、明治天皇は7人いた。江戸時代の115代桜町天皇から明治天皇に至るまでの連続8代の天皇の母は側室で、彼らは嫡子ではない。後の大正天皇も、側室の権典侍との間に生まれた庶子である。」(「女性天皇論」中野正志著、朝日新聞社より)

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世論調査などによれば、天皇制を支持する人が約8割だそうです。
マスコミはもちろん世間でも、天皇制批判はずっとタブー。

私は個人的には、明仁さん、美智子さんの誠実そうな人柄を好ましいと
は思ってます。でも、だからといって象徴天皇制という日本と米国の
支配層にとって好都合なシステムを良しとすることはできません。
天皇制は、米国による日本への“間接統治”の便利な道具立て(モノ)です。
天皇家の人々に、人権はありません(特権はある)。
「モノ」とは、人間扱いされていないということです。
天皇制を支持する人たちは、いつまで天皇家の人々をモノ(人形)扱い
していくのでしょうか???
天皇・皇后の「個人的な人柄」と天皇制という「間接統治の仕組み」とを
混同してはいけないでしょう。

天皇や皇后の、最近の度重なる真摯な護憲発言は、憲法を土足で
踏みつける安倍首相の言動に危機感を抱いてのことです。
戦争放棄(武装放棄)とひきかえに天皇制は残されました(国体の護持)。
天皇家の人々にとっては、日本国憲法の平和主義(戦争放棄)は、
自らの生存基盤そのものなのです。

先日の日米トップ4人(2プラス2)による合意で、
もはや日米安全保障条約も、平和憲法も、実質的に改定(白紙に?)
されてしまったようなものです。
今後、米国はシームレスに日本を“直接統治”していくのでしょうか。
その場合、米国にとり、天皇制という道具は、もはやどうでもよい「モノ」
なのかもしれません。米国の一存でどうにでもなる天皇家は、
日本一の親米家(従米家)でもあるわけです。

逆に、先日の拙記事 http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/63798292.html
の中で記した、天皇や皇室の人たちへの忖度が引き起こすことの危険性は、
支配層の思惑により、今後ますます大きなものとなっていくかもしれません。
どちらに転んでも、天皇家は八方塞がりです。


以下は、天木直人氏のメルマガ2015年5月7日号より

===========================================================
「米国に利用された象徴天皇制」をバラした毎日新聞の真意は何か
===========================================================

5月4日の毎日新聞が、特集連載「日本国憲法 制定過程をたどる」の
2回目の記事の中で、昭和天皇はマッカーサーの米国によって戦争責任
を無罪放免された、という昭和史の秘話を書いた。

この事は、いまや知る人は知っているが、それでもまだ多くの国民は
知らないタブーである。
一昔前なら、決して新聞などで明かされるような話ではない。

私が昭和天皇とマッカーサーの関係の「不都合な事実」をはじめて詳
しく知ったのは、豊下楢彦氏の秀作「安保条約の成立過程ー吉田外交と
天皇外交」(岩波新書)だった。
ちなみにその著書には、東京裁判を乗り切った昭和天皇は、その直後
にもうひとつの恐怖、つまりスターリンの共産主義革命の恐怖に襲わ
れ、この恐怖から逃れるために昭和天皇はマッカーサーに在日米軍によ
る防衛を乞うたという、もう一つの「不都合な真実」が語られている
が、さすがに毎日新聞はそのことには触れていない。

いずれにしても、毎日新聞が、戦争放棄と象徴天皇制がセットになって
GHQによって昭和憲法に盛り込まれた事を、このタイミングで書い
た事に私は驚いた。
そして思った。なぜこんな事を書いたのかと。
ひょっとして、このような米国による押しつけ憲法だから、我々は自
らの手で憲法を書き直すべきだと言いたかったのか。

あるいはそれとは真逆で、天皇制を守るために実は日本の当時の指導
者もそれを喜んで受け入れた、そんな日本にとっても都合のいい憲法を
変えるべきではない、と言いたかったのか。

実は、私が憲法を一字一句変えてはいけないと考え始めた大きな理由
の一つがここにある。
つまり、我々日本国民は、平和憲法の成立過程について知らない事が
多すぎるのだ。
そして、いまではかなりのことが明らかにされたが、それでもまだ隠
されている事は多く残っている。
なによりも、日本国民はほとんどそれらの歴史を知らないままだ。
そのような状態の中で憲法を変えて歴史の真実を消し去ってはいけない。

私は憲法を未来永劫変えるなというつもりはない。
しかし、少なくとも日本国民が憲法の成立過程と米国の関与を十分知
るようになるまでは、そして平和の大切さについて意識を成熟させるま
では、憲法を変えてはいけないと思う。

もし憲法を一事でも変えてしまったら、その時点で憲法は新しい憲法
となり、次々と変えられて行くことになる。
そしてそのような修正と共に、我々がもっともっと知らなくてはなら
ない昭和の歴史が葬り去られていく。
そうあってはならないと思うからだ。
昭和憲法は、我々の意識がもっともっと成熟しないうちは一字一句変
えてはいけないのである(了)

転載元転載元: はんのき日記 PART2

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