はんのき日記 PART2

多く読み、多く見聞きし、自分で考え、少し発信します・・

近代天皇制の罪

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今さら私などが指摘するまでもないことですが、
元号は、権力者が人々のその時間をも支配する巧妙なシステムです。
テレビをつけると「平成最後の〜〜」のオンパレードで、
本当に気分が悪くなりますょ・・・。
5月1日以降は、「令和最初の〜〜」があちこちで聞かれることでしょう。
それにしても、「令和」がまさに、安倍の一声で、3月27日に提案され、
ドタバタでチャッチャと決まったとは・・・。何という軽さ。
あまりにも馬鹿馬鹿しい〜!
(もちろん重ければ良いということではなく)

以下は、本日の天木直人氏のメルマガです。

【「令和」は安倍首相と中西進氏の合作だったことを認めた読売】 

私が元号「令和」について書くのはこれが最後だ。
読売新聞が令和決定の背景についての特集記事を三回に分けて連載を始めた。
その第一回である「令和改元 上」がきのう4月27日に掲載された。
そこには、今年3月の時点で、安倍首相が、古谷一之官房副長官補が
挙げてきた新元号案のリストを見た上で、「ほかにも元号案を出して
もらえないか」と難色を示したと書かれている。

新元号決定日が4月1日と差し迫った中で、古谷官房副長官補が
土壇場で頼ったのが万葉集研究の第一人者として知られる中西進国際
日本文化研究センター名誉教授だったと書かれている。

そして、3月27日に新元号についての極秘会議が首相、菅官房長官、
杉田和博官房副長官らの出席のもとに開かれ、古谷官房副長官が新た
に取りまとめた案が説明され、その中に中西進氏が政府の追加依頼に
応じて考案した「令和」があったという。

かくて「令和」4月は1日の懇談会に示された6案の一つとなり、
懇談会ではほぼ全員が令和を推して決まったのだ。
読売新聞が4月1日2日に行った世論調査で、62%が令和に
「好感を持っている」と答えた事を知った安倍首相は、
「大成功だ」と手放しで喜んだという。

以上が、読売新聞の令和決定に至る検証記事の概要である。

これを要するに、令和は安倍首相と中西進氏の合作であり、
発表された4月1日のわずか3日前に安倍首相の一声で決まった
ということである。
これがすべてだ。
それにしても、ここまで詳しく読売新聞が令和決定の経緯を公開して憚らない。
誰もそれを批判しない。
驚くべきことである(了)


教育勅語の教えをすすめるPTA会長。
このPTA会長は、きっとよかれと思ってやっています。
だからやっかいなのです。
こういう人に対しては、具体的に紐解いて批判してあげなければなりません。
究極的に「命を差し出す」ことを説く教育勅語を
小学生にすすめるとは、言語道断!!許せません。
とりいそぎ、過去記事を元にアップしました。


「父母に孝に」 (親孝行し)
「兄弟に友に」 (兄弟姉妹仲良く)
「夫婦相合し」 (夫婦仲むつまじく)
「朋友相信じ」 (友とは信義をもって交わり)
「恭倹己れを持し」(身を慎んで無礼な行動なく、
          常に自分を引き締めて気ままにせず)
「博愛衆に及ぼし」 (広く世間の人に仁愛を及ぼす)

教育勅語は、部分的に取り出すと、たしかに良さそうな内容が並んでいま す。
「爾臣民(なんじしんみん)」の守るべき道徳的・実践的徳目
(つまり、天皇が「臣民」の従い守るべき道徳を示すために「下し賜った」
もの)として、掲げられています。「教育勅語にも良いところがあるじゃ
ないか」と言うとき、だいたいこのあたりの徳目を指しています。

続きはこうなります・・・
「学を修め業を習い、以て智能を啓発し」
「徳器を成就し、進て公益を広め、世務を開き、常に国憲を重んじ、国法に遵い」
という徳目がきます。

・・・そして、これ↓です!
「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」 
事変や戦争などの国家の大事が起こったならば、勇気をふるい一身を捧げて、
君国のために尽 くさなければならない。そうして天地と共にきわまりない
皇位のご盛運をお助け申し上げるのが、我ら臣民の務めである。

すべての徳目を、この『最高目的』に集約させていくのです。
つまり、究極の教育目標は「お国のために、天皇のために、いのちを差し出せ」
です。「教育勅語にもいいところがあった」などとという言説を耳にしますと、
背筋が凍ります。


さらに『父母に孝に』『夫婦相和し』と言いますが、実際はどうだったのか?
以下は、資料として紹介します。

「我が皇祖皇宗国を肇むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり」
これは、「教育勅語」の最初に出てくる一節です。
はたして天皇家の方々は、代々、私利私欲のない徳のあつい方たちだった
のでしょうか?はからずも、天皇家自身が編纂した史書「日本書紀」には、
天皇家の重ねてきた残虐行為・不道徳な行為が山のように、記されています。

☆第20代安康天皇は、大草香皇子を殺し、その妻を自分の皇后とする。
 大草香皇子と皇后の子どもである眉輪王は、
 のちに安康天皇が酒に酔って自分の母である皇后の膝枕で寝ている
 ところを殺してしまう。すると、のちの21代雄略天皇になる安康天皇の
 弟が、その眉輪王を殺してしまう。

☆雄略天皇は、自分の兄たちを何人も殺す。
 わがまま勝手に部下を斬り殺す。
 自分の求めに背いて、他の男と通じた夫人とその夫を焼き殺す。
 ・・・など、人を殺すことが多かったので、人々は天皇を「大悪の
 天皇」と誹謗した。

☆第25代武烈天皇は、妊婦に腹を割き、人の生爪をはいで、その手で
 芋を掘らせ、人を池の桶に入らせて、流れ出てくるところを矛で突き殺し
て遊び、人の髪の毛を抜いて木に登らせて、その木を切り倒して殺すのを
 楽しみにし、・・・(キリがない)。
 武烈には子がなく、殺し合いが続いたため、他に跡を継ぐ王子達も残っ
 ていないので、第15代応神の5世孫という人間を捜し出して、26代継体
 とした。(「11代前の天皇の5代目の孫」は、もう他人。ここで王朝は変
 わったということ。)

☆壬申の乱の時は、天智天皇の息子の大友皇子を、叔父の天武が殺す。
 そして、天智の娘で天武の后になり、その亡き後、女帝となる持続が、
 叔父で夫である天武の息子の大津皇子を殺す。

・・・という具合に、近親相姦、親子・兄弟・叔父甥の殺し合い・・
なんでもありだった・・
“皇祖皇宗の遺訓”とは、い ったい何なのでしょうか?

「教育勅語」は、「日本書紀」の神話部分をもとに、天皇の権威付けを
しています。でも、その「日本書紀」には、天皇一族内の殺し合いの血を血で
洗うような残虐な行為が、無数記録されています。
「父母に孝に」「夫婦相和し」「朋友相信じ」とは程遠い事実・・・。
とくに「妾制度」(これこそ天皇家の中心的伝統)が当たり前だったのに、
「夫婦相和し」も空しい。

そもそも天皇家は、世界史的に見れば、普通のありふれた王家だったのです。
そのありふれた王家の一つに過ぎない天皇家を、神格化し、神聖化し、
そしてついには国民一人ひとりの生き方まで縛り、方向づけたことが、
近代日本の不幸でした。
とくに“個人としての生き方”まで、天皇( 教育勅語などを通して)が
支配したという点が、『近代天皇制』(明治期以降の天皇制)の罪深さです。
「教育勅語」には少なくとも3点、事実に反することがあります。

(1)天皇家の起源
(2)代々の天皇が、徳の高い者ばかりだったこと 
(3)日本人が、昔から天皇に忠誠を尽くしてきたこと

戦前の絶対主義天皇制下の教育において、中核的役割を果たしたのが、
「教育勅語」と「御真影」だったのです。
(参考文献はいろいろありますが、記憶が曖昧で不明)

転載元転載元: はんのき日記 PART2

イメージ 1

教育勅語の教えをすすめるPTA会長。
このPTA会長は、きっとよかれと思ってやっています。
だからやっかいなのです。
こういう人に対しては、具体的に紐解いて批判してあげなければなりません。
究極的に「命を差し出す」ことを説く教育勅語を
小学生にすすめるとは、言語道断!!許せません。
とりいそぎ、過去記事を元にアップしました。


「父母に孝に」 (親孝行し)
「兄弟に友に」 (兄弟姉妹仲良く)
「夫婦相合し」 (夫婦仲むつまじく)
「朋友相信じ」 (友とは信義をもって交わり)
「恭倹己れを持し」(身を慎んで無礼な行動なく、
          常に自分を引き締めて気ままにせず)
「博愛衆に及ぼし」 (広く世間の人に仁愛を及ぼす)

教育勅語は、部分的に取り出すと、たしかに良さそうな内容が並んでいま す。
「爾臣民(なんじしんみん)」の守るべき道徳的・実践的徳目
(つまり、天皇が「臣民」の従い守るべき道徳を示すために「下し賜った」
もの)として、掲げられています。「教育勅語にも良いところがあるじゃ
ないか」と言うとき、だいたいこのあたりの徳目を指しています。

続きはこうなります・・・
「学を修め業を習い、以て智能を啓発し」
「徳器を成就し、進て公益を広め、世務を開き、常に国憲を重んじ、国法に遵い」
という徳目がきます。

・・・そして、これ↓です!
「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」 
事変や戦争などの国家の大事が起こったならば、勇気をふるい一身を捧げて、
君国のために尽 くさなければならない。そうして天地と共にきわまりない
皇位のご盛運をお助け申し上げるのが、我ら臣民の務めである。

すべての徳目を、この『最高目的』に集約させていくのです。
つまり、究極の教育目標は「お国のために、天皇のために、いのちを差し出せ」
です。「教育勅語にもいいところがあった」などとという言説を耳にしますと、
背筋が凍ります。


さらに『父母に孝に』『夫婦相和し』と言いますが、実際はどうだったのか?
以下は、資料として紹介します。

「我が皇祖皇宗国を肇むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり」
これは、「教育勅語」の最初に出てくる一節です。
はたして天皇家の方々は、代々、私利私欲のない徳のあつい方たちだった
のでしょうか?はからずも、天皇家自身が編纂した史書「日本書紀」には、
天皇家の重ねてきた残虐行為・不道徳な行為が山のように、記されています。

☆第20代安康天皇は、大草香皇子を殺し、その妻を自分の皇后とする。
 大草香皇子と皇后の子どもである眉輪王は、
 のちに安康天皇が酒に酔って自分の母である皇后の膝枕で寝ている
 ところを殺してしまう。すると、のちの21代雄略天皇になる安康天皇の
 弟が、その眉輪王を殺してしまう。

☆雄略天皇は、自分の兄たちを何人も殺す。
 わがまま勝手に部下を斬り殺す。
 自分の求めに背いて、他の男と通じた夫人とその夫を焼き殺す。
 ・・・など、人を殺すことが多かったので、人々は天皇を「大悪の
 天皇」と誹謗した。

☆第25代武烈天皇は、妊婦に腹を割き、人の生爪をはいで、その手で
 芋を掘らせ、人を池の桶に入らせて、流れ出てくるところを矛で突き殺し
て遊び、人の髪の毛を抜いて木に登らせて、その木を切り倒して殺すのを
 楽しみにし、・・・(キリがない)。
 武烈には子がなく、殺し合いが続いたため、他に跡を継ぐ王子達も残っ
 ていないので、第15代応神の5世孫という人間を捜し出して、26代継体
 とした。(「11代前の天皇の5代目の孫」は、もう他人。ここで王朝は変
 わったということ。)

☆壬申の乱の時は、天智天皇の息子の大友皇子を、叔父の天武が殺す。
 そして、天智の娘で天武の后になり、その亡き後、女帝となる持続が、
 叔父で夫である天武の息子の大津皇子を殺す。

・・・という具合に、近親相姦、親子・兄弟・叔父甥の殺し合い・・
なんでもありだった・・
“皇祖皇宗の遺訓”とは、い ったい何なのでしょうか?

「教育勅語」は、「日本書紀」の神話部分をもとに、天皇の権威付けを
しています。でも、その「日本書紀」には、天皇一族内の殺し合いの血を血で
洗うような残虐な行為が、無数記録されています。
「父母に孝に」「夫婦相和し」「朋友相信じ」とは程遠い事実・・・。
とくに「妾制度」(これこそ天皇家の中心的伝統)が当たり前だったのに、
「夫婦相和し」も空しい。

そもそも天皇家は、世界史的に見れば、普通のありふれた王家だったのです。
そのありふれた王家の一つに過ぎない天皇家を、神格化し、神聖化し、
そしてついには国民一人ひとりの生き方まで縛り、方向づけたことが、
近代日本の不幸でした。
とくに“個人としての生き方”まで、天皇( 教育勅語などを通して)が
支配したという点が、『近代天皇制』(明治期以降の天皇制)の罪深さです。
「教育勅語」には少なくとも3点、事実に反することがあります。

(1)天皇家の起源
(2)代々の天皇が、徳の高い者ばかりだったこと 
(3)日本人が、昔から天皇に忠誠を尽くしてきたこと

戦前の絶対主義天皇制下の教育において、中核的役割を果たしたのが、
「教育勅語」と「御真影」だったのです。
(参考文献はいろいろありますが、記憶が曖昧で不明)

突然降ってわいたような、天皇による(?)「生前退位の意志」報道。
私自身は、明治以降の天皇制が権力者の都合良いように捏造・歪曲さ
せられている数々の事実(!)にもより、近代天皇制に反対の立場です。
久しぶりに「書庫」も『近代天皇制の罪』です。
以下の記事は、納得いく部分が多かったので、自分用のメモとして
アップしておこうと思います。

全文はここです→ http://lite-ra.com/2016/07/post-2416.html

・・・実は、宮内庁関係者の間では、今回の「生前退位の意志」報道が、
安倍政権の改憲の動きに対し、天皇が身を賭して抵抗の姿勢を示した
のではないか、という見方が広がっている。
というのも、生前退位こそが、今、安倍政権や日本会議が復活を目指し
ている大日本帝国憲法の思想と真っ向から対立するものだからだ。

生前退位というのは江戸時代後期までの皇室ではしばしば行われていた。
ところが、明治になって、国家神道を国家支配のイデオロギーと位置づけ、
天皇を現人神に仕立てた明治政府は、大日本帝国憲法と皇室典範によって、
この生前退位を否定、天皇を終身制にした。
「万世一系」の男性血統を国家の基軸に据え、天皇を現人神と位置づける
以上、途中で降りるなどということを許すわけにはいかない。
終身制であることは不可欠だったのだ。

つまり、明仁天皇はここにきて、その明治憲法の真髄とも言える終身制を
ひっくり返し、真逆の生前退位を打ち出したのである。
天皇が生前に退位するということは、天皇は国家の「役職」にすぎないと
いうことを示すことだ。役職だから、時期が来たら退位する。
役職を果たせなくなったら交代する。もし、これが制度化されたら、
天皇をもう一度、現人神に担ぎ上げ、国民支配のイデオロギーに利用する
ことは難しくなる。そのために、天皇はこの「生前退位の意志」を明確に
したのではないか、というのだ。
天皇と皇后がこの数年、安倍政権の改憲、右傾化の動きに危機感をもって
いることは、宮内庁関係者の間では、常識となっていた。
実際、第二次安倍政権が発足し、改憲の動きが本格化してから、天皇、
皇后はかなり具体的で踏み込んだ護憲発言を何度も口にしている。

2013年には、天皇が誕生日に際した記者会見で、
「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき
大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本
を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくため
に当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いてい
ます。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思い
ます」日本国憲法を「平和と民主主義を守るべき、大切なもの」と最大限
に評価した上で、わざわざ「知日派の米国人の協力」に言及し、「米国に
よる押しつけ憲法」という右派の批判を牽制するような発言をした。

・・・・また、天皇、皇后は日本国憲法の精神に沿った新しいかたちの
皇室作り、皇室の旧弊の改革にも熱心に取り組んできた。小泉政権のときに、
女性・女系天皇が検討されたのも、実は明仁天皇の意向があったとされている
し、皇居や御用邸を一部開放、最近は、自分の葬儀や墓について、陵墓を縮小
して、埋葬を土葬から火葬へ切り替えたいという希望も表明している。

しかし、安倍首相やそれを支える右派勢力にこうした天皇皇后の姿勢を真摯に
受けとめようという気配はまったくない。それどころか、八木秀次など御用
評論家に天皇批判をさせる一方、改憲の動きをますますエスカレートさせた。
そして、先の参院選ではとうとう改憲勢力が3分の2を超えた。
しかも、安倍政権の背後に控える改憲の発信源は、戦前回帰を狙う日本会議だ。
日本会議の改憲の究極の目的は、まさに、明仁天皇が脱却を目指してきた大
日本帝国憲法の復活であり、自民党の改憲草案もその明治憲法回帰の延長線
上にある。
もし、そんな方向での改憲が進められれば、これまで進めてきた護憲と皇室
改革が水泡に帰す。
天皇はこれに相当な危機感を抱き、再び天皇が「現人神」として利用される
ことがないよう「生前退位」の制度化の流れを作り出そうとしたのではないか。

こうした見方は、まったく報道されていないし、これからも報道されること
はないだろうが、皇室取材をしている記者やジャーナリストの間では、一般
的な認識になっている。
海外メディアの中には、今回の行動が安倍首相の改憲に対するものであると
書いている新聞もある。
米「ニューヨークタイムズ」は13日付けの紙面で、「生前退位の知らせは、
まさに安倍晋三総理の自民党が参議院で圧勝した3日後のことだ。安倍総理は
改憲発議の要件である3分の2議席を獲得したのである。安倍氏は長年にわたり、
日本の完全な戦争放棄を謳う憲法の条文を覆したい(overturn)という野望を
抱いている」と書いた上で、「天皇は公的な政治的権限を有していないにせよ、
今上天皇が生前退位によって皇位を継承させる徳仁皇太子の存在は、安倍首相
が目指す憲法改正と好対照をなしているかもしれない」と指摘している。

一方、安倍官邸や日本会議は逆に、この報道に苛立ちを隠せない。
官邸は、一旦は報道を天皇の強い希望ということで、渋々参院選後の報道を
OKしたものの、オフレコで、菅官房長官がNHKに激怒するコメントを発してい
るという。
また、安倍政権の御用学者で、日本会議常任理事でもある百地章日本大学教授
は朝日新聞に「明治の皇室典範をつくるときにこれまでの皇室のことを詳しく
調べ、生前退位のメリット、デメリットを熟考したうえで最終的に生前譲位の
否定となった。その判断は重い。生前譲位を否定した代わりに摂政の制度を
より重要なものに位置づけた。そうした明治以降の伝統を尊重すれば譲位では
なくて摂政をおくことが、陛下のお気持ちも大切にするし、今考えられる一番
いい方法ではないか」と、困惑を隠しきれないトーンで生前退位を否定する
コメントを出した。

天皇の身を賭した最後の改革への試みは果たして実を結ぶのか。
安倍政権は官邸に渋々、皇室典範の改正の検討チームをつくったといわれている
が、明治憲法を否定する「生前退位」に本気で取り組むとは思えないのだが……。

「ただ、安倍さんは歴史に名前を残すということにものすごい執着があり
ますからね。皇室典範を改正し、自分の任期中に生前譲位ということになれば、
元号を自分の手で変えることができる。意外と深く考えずにそっちに乗る可能性
もあります」(政治評論家)
いずれにしても、安倍の頭の中にあるのは天皇を政治利用することだけ。
こういうのをきっと連中の用語では「君側の奸」というのだろう。
(エンジョウトオル)

イメージ 1

世論調査などによれば、天皇制を支持する人が約8割だそうです。
マスコミはもちろん世間でも、天皇制批判はずっとタブー。

私は個人的には、明仁さん、美智子さんの誠実そうな人柄を好ましいと
は思ってます。でも、だからといって象徴天皇制という日本と米国の
支配層にとって好都合なシステムを良しとすることはできません。
天皇制は、米国による日本への“間接統治”の便利な道具立て(モノ)です。
天皇家の人々に、人権はありません(特権はある)。
「モノ」とは、人間扱いされていないということです。
天皇制を支持する人たちは、いつまで天皇家の人々をモノ(人形)扱い
していくのでしょうか???
天皇・皇后の「個人的な人柄」と天皇制という「間接統治の仕組み」とを
混同してはいけないでしょう。

天皇や皇后の、最近の度重なる真摯な護憲発言は、憲法を土足で
踏みつける安倍首相の言動に危機感を抱いてのことです。
戦争放棄(武装放棄)とひきかえに天皇制は残されました(国体の護持)。
天皇家の人々にとっては、日本国憲法の平和主義(戦争放棄)は、
自らの生存基盤そのものなのです。

先日の日米トップ4人(2プラス2)による合意で、
もはや日米安全保障条約も、平和憲法も、実質的に改定(白紙に?)
されてしまったようなものです。
今後、米国はシームレスに日本を“直接統治”していくのでしょうか。
その場合、米国にとり、天皇制という道具は、もはやどうでもよい「モノ」
なのかもしれません。米国の一存でどうにでもなる天皇家は、
日本一の親米家(従米家)でもあるわけです。

逆に、先日の拙記事 http://blogs.yahoo.co.jp/ff6988m/63798292.html
の中で記した、天皇や皇室の人たちへの忖度が引き起こすことの危険性は、
支配層の思惑により、今後ますます大きなものとなっていくかもしれません。
どちらに転んでも、天皇家は八方塞がりです。


以下は、天木直人氏のメルマガ2015年5月7日号より

===========================================================
「米国に利用された象徴天皇制」をバラした毎日新聞の真意は何か
===========================================================

5月4日の毎日新聞が、特集連載「日本国憲法 制定過程をたどる」の
2回目の記事の中で、昭和天皇はマッカーサーの米国によって戦争責任
を無罪放免された、という昭和史の秘話を書いた。

この事は、いまや知る人は知っているが、それでもまだ多くの国民は
知らないタブーである。
一昔前なら、決して新聞などで明かされるような話ではない。

私が昭和天皇とマッカーサーの関係の「不都合な事実」をはじめて詳
しく知ったのは、豊下楢彦氏の秀作「安保条約の成立過程ー吉田外交と
天皇外交」(岩波新書)だった。
ちなみにその著書には、東京裁判を乗り切った昭和天皇は、その直後
にもうひとつの恐怖、つまりスターリンの共産主義革命の恐怖に襲わ
れ、この恐怖から逃れるために昭和天皇はマッカーサーに在日米軍によ
る防衛を乞うたという、もう一つの「不都合な真実」が語られている
が、さすがに毎日新聞はそのことには触れていない。

いずれにしても、毎日新聞が、戦争放棄と象徴天皇制がセットになって
GHQによって昭和憲法に盛り込まれた事を、このタイミングで書い
た事に私は驚いた。
そして思った。なぜこんな事を書いたのかと。
ひょっとして、このような米国による押しつけ憲法だから、我々は自
らの手で憲法を書き直すべきだと言いたかったのか。

あるいはそれとは真逆で、天皇制を守るために実は日本の当時の指導
者もそれを喜んで受け入れた、そんな日本にとっても都合のいい憲法を
変えるべきではない、と言いたかったのか。

実は、私が憲法を一字一句変えてはいけないと考え始めた大きな理由
の一つがここにある。
つまり、我々日本国民は、平和憲法の成立過程について知らない事が
多すぎるのだ。
そして、いまではかなりのことが明らかにされたが、それでもまだ隠
されている事は多く残っている。
なによりも、日本国民はほとんどそれらの歴史を知らないままだ。
そのような状態の中で憲法を変えて歴史の真実を消し去ってはいけない。

私は憲法を未来永劫変えるなというつもりはない。
しかし、少なくとも日本国民が憲法の成立過程と米国の関与を十分知
るようになるまでは、そして平和の大切さについて意識を成熟させるま
では、憲法を変えてはいけないと思う。

もし憲法を一事でも変えてしまったら、その時点で憲法は新しい憲法
となり、次々と変えられて行くことになる。
そしてそのような修正と共に、我々がもっともっと知らなくてはなら
ない昭和の歴史が葬り去られていく。
そうあってはならないと思うからだ。
昭和憲法は、我々の意識がもっともっと成熟しないうちは一字一句変
えてはいけないのである(了)


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